治療手段

「この宿場は前からならず者に狙われとったんです。魔王戦役が起きてから徴兵も始まって……若いもんがいなくなっちまったせいでウチみたいな田舎はああいう連中が出るとどうしようもねえ。頼りにしようにも軍は魔王のことで手いっぱいで、こんな地方の宿場の守りなんて見ちゃくれねえんですわ」

 宿場の村長はレミリスの見舞いに訪れ、居合わせたホークたちが何も知らずにレミリスを助けたことを知ると、宿場の窮状を訴え始めた。

「ここまで来た感じ、そんなに手いっぱいというほどロムガルド軍が良く動いてたようには見えなかったが」

「正直、派閥争いが激しいのだ。どれだけの兵力を蓄え、どれだけの小領主を従えて誰に付くか……戦後を考えれば、上手い立ち回りをすれば大出世も狙えるのが今だ。……特に今は、中央は混乱しているだろうしな」

 第一王子が死に、第一王女も離反し……第二王女も実質的に敵の手に落ちた、今は。

 ロータスは言外にそう含んでホークに目くばせする。

 ロムガルドの国民には直接その話題は毒だ。パニックを誘発することになる。

「なるほど、とにかくお上はお上で手いっぱい、と」

 ホークとしても深入りして意味のある話題ではない。雑にまとめた。

 村長は頷く。

「そこで大弱りになってたところに、空から舞い降りてきたのがあのワイバーンと、レミリスさんってわけで」

「それで野盗狩りしてたってことか」

「ん。チョロに、牛一頭、くれた」

 一宿一飯の恩義ということか。

「本当にありがたいことです。怪我が治るまでゆっくりとご滞在くだせえ」

「チョロ、結構、食べる。いかないと」

「す、少しの間なら宿場に出入りの猟師が、鹿でも狼でも持ってきてくれますとも」

「…………」

 宿場の周りにはそれほど大きくない農場が何軒かある程度で、三日に一度も家畜を差し出していたらそのうち負担になるのは目に見えている。

 しかし野生のもので賄おうにも、そろそろ夏場で実りは少なく、動物たちも痩せる時期だ。これまたワイバーンに満足させる量となると、負担がのしかかる。

 それでも野盗の集団に根こそぎ奪われるよりはマシとは言えるが。

「怪我が早く治ればいいんだよな。このへんにパリエスの神官はいないのか」

 神官にウーンズリペアを施させれば、レミリスが寝ている必要はない。

 他人に提供させずとも、自力でワイバーンを操り、獲物を取らせることができる。なんなら、別の土地に移ることもできる。

 だが。

「ここにはいねぇです。教会自体はあるけんど、一応癒しの神術を使えた先代は十年前にぽっくり逝っちまって……新しく来た神官は神術はさっぱりで。村のもんが大怪我をしたら、パルマンまで行って癒してもらうしか」

「……パルマンかぁ」

「ワイバーンで乗り付けるには不適……だな」

 大きな町にワイバーンが突然寄っていけば、降りる前に迎撃されてしまう。混乱も起きるだろう。

 この宿場の村が小さく、ワイバーン以上に野盗に困らされていたからこそレミリスたちは受け入れられたのだ。

 しかし、レミリスだけをパルマンに連れていくとなると、ワイバーンをここに放置することになる。それも心配だ。

「ワイバーンの使役術ってどうなんだ? 一日ぐらいワイバーンから離れて放っておいても大丈夫なのか」

「無理」

「……どう無理なんだ」

「チョロ、暴れる。一日三度、術、かける。静かになる」

「つまりチョロは本来獰猛な性格なので日に三度は術で沈静化してようやく操れているというわけだな」

「ん」

 ロータスの翻訳にコクコク頷くレミリス。

「……懐いてたりしないの?」

 メイがなんだかガッカリしたような顔をする。

「懐いてる。私だけ。他食べる。運動好き。やんちゃ」

「レミリス殿以外の人間は捕食対象と考えているし、放っておけば活発に飛んで走って動き回るのだな」

「ん」

 コクコク頷くレミリス。

「つまり……半日放っておけば周囲に迷惑がかかるし、かといって大きい街にも寄れない……」

「神官連れてくるしかないってことになるよね」

「ふむ」

 三人はそろって腕組みをする。

「あの……つかぬことを伺うけんど、旅人さんらは……レミリスさんのお知り合いで? あ、いや、ここまで親身になってくれるとは随分な方たちだと」

「赤の他人だ」

 村長の質問に、ホークは例によって断言するが。

「性的なイタズラ、しあった仲」

 レミリスは淡々とホークと自分を指差す。

「ホークさん?」

「ホーク殿、詳しく聞こう」

「黙れよ! っていうか性的イタズラってなんだよ! 医者ごっこ程度だろうよ!」

「四歳で、お互い、放尿観察、した。相手の皮、剥いてみたりした」

「覚えてねえよ!」

「事実」

「ほんと黙って! マジ俺覚えてないしそっちの二人が目を爛々と光らせてんだろ!」

「幼き性の開花。なかなか興奮するシチュエーションではないか」

「あたしの目が光ってるのは単に狼人族なせいですー。っていうかホークさん子供の頃ドスケベだったんだ」

 女たちが怖い。手が付けられない。

 顔を覆うホーク。その肩に村長の節くれだった手が乗る。

「あんたよくやっとるなあ。儂、自分一人で女二人以上連れて旅なんかしたくねぇよ」

「俺だってしたくなかったよ……」

「若いころは嫁いっぱい取ってウハウハ暮らす貴族に憧れたりもしたもんだが、今となっちゃ女三人寄ったのに敵う気がしねえ。いや、カミさん一人にも敵いやしない」

「……って、そんなんじゃなくて! お前らも変なことで盛り上がるな!」

 ホークはハッとして立ち上がり、キャッキャとホークの幼少時の話をしようとしだした女三人を一喝する。

「それよりレミリスの傷をどうにかするって話だろうが!」

「そ、そうだな」

「……治るまで休ませてあげたらいいだけじゃない?」

「そうもいかねぇ。……いや、もう回りくどいのはやめだ。レミリス。俺たちに協力しろ」

「?」

「俺たちはレヴァリアに行きたい。そのワイバーンの翼で、一刻も早くだ。そのためにお前を治す」

「……レヴァリア? なんで?」

「そうしなきゃ魔王に勝てないからだ。手間取れば手間取るほど、犠牲が増える」

「……???」

「あの……お兄さん、どういうこって?」

「村長は聞かない方がいい。忘れてくれ。……下手すると命にかかわる話だ」

「へ、へえ」

 村長が出ていく。ドアの外で聞き耳を立てている気配はあるが、既に警告はした。

 もしホークたちの正体に感づいたとしても、レミリスがホークたちに協力してくれるなら問題ない。アルフレッド王子に伝わる頃にはもう国外だ。

「俺たちはレヴァリアのジェイナスの死体を運んでる。奴はキグラスで魔剣『デイブレイカー』を失って倒された。だが、レヴァリアに連れて帰れば生き返れる。……魔王にも帰り道に遭遇した。奴にはロムガルドの勇者の力がまるで通用しなかった。ジェイナスなしでは勝てない」

「……今、ホーク、レヴァリア、いるの?」

「そうだ。俺はあれから盗賊として盗みで生きてきた。アスラゲイトから流れに流れて……根城はレヴァリア王都ハイアレスにしていた。なりゆきで王家に捕まって……こういう時のために、ジェイナスについてってたんだ」

「……そう」

 レミリスは目を伏せる。

「よかった。それなりに……頑張ってたんだ」

「お天道様に顔向けはできねぇが。盗賊としては、それなりにな」

 レミリスは俯き、微笑み……少し目元を拭い。

「条件、いい?」

「聞いてから考えるが」

「私、それやると、多分、怒られる。……チョロと私、守って」

「ふむ。現時点で他国の国境を侵犯している上、レヴァリアという直接の隣国に無断で利する行為をすれば下手をすれば追放、ことによってはアスラゲイトから刺客すら差し向けられる……それをホーク殿の力なり、レヴァリア王国の権威なりでワイバーンごと守ってほしい、というわけだな」

「お前通訳に向いてるな、ロータス」

「これでも実際に言語の違う南との通訳を任されていたこともある」

 胸を張るロータス。やたら解説臭い物言いに対して若干皮肉も込めたのだが、効いていないらしい。

「ロバさんたちと一緒に歩くのでもいいと思うけどー」

「いくつ修羅場くぐったと思ってんだ。途中でロバが何度死んでてもおかしくなかっただろうが」

「むー。……せっかく長い旅だったのにロバさんたちとお別れかぁ。レヴァリアで飼いたかったのに」

「魔王がなんとかなってから引き取りに来い。何もかも、ジェイナスを無事に生き返らせてからだ」

 メイをなだめる。ホークもロバたちに愛着が湧いてきたところだったので、気持ちはわかる。

 しかし、ワイバーンで今後の旅程を一気に短縮できるならば、背に腹は代えられないのだった。

「ホーク。責任、取る?」

「向こうまで着いたら俺の任務はもう終わったようなもんだ。王家だって悪いようにはしない。いや、させないさ」

「私とチョロ、ずっと、守る?」

「……迫り方が怖いぞ」

「ホーク」

 ずい、と身を乗り出して、そして背中の傷の痛みでベッドに崩れ落ちるレミリス。

「っ……痛い」

「お前は寝てろ。……まずこの傷を治す手立てを見つけてからだ」

「やはりパルマンから神官を拉致してくるのが一番早いだろうな」

「矢の一本程度の傷、一日寝てれば治っちゃうもんだと思ってた」

「お前と一緒にするなメイ。それじゃあパルマンに戻るか」

「待って。ホーク」

「……何だよ」

 レミリスはぷるぷる震えながら身を起こして、自分の荷物を指差す。

「あの中……本、ある」

「本?」

「魔術機関、襲われた……手近の本、みんな、道具袋で、取った」

「アスラゲイトの魔術機関の本か。もしかしたら癒しの神術に近いものも載っているかもしれん」

「そういうもんなのか?」

「かの国は魔族からあらゆる知識を吸収し、魔の英知で世を治めることを旨としている。その知識をもってすれば、今までパリエス教会の不可侵領域だったそれすら、解明できているやもしれん。癒しの神術は、他のどの知識よりも世のためになることだろう」

「だとしても、それはやっぱり国家で管理しようとするもんじゃねえか。そう都合よく手近の本に載ってるものかね」

「調べる価値はある」

 ホークとロータスは彼女の荷物から小さな道具袋を見つけ、中の本を手当たり次第に取り出して広げる。

「読めるか、ロータス」

「ホーク殿こそ」

「俺にとっちゃ故郷の文字だ。それに、それなりに盗賊としても魔法は調べないと儲けを取りこぼすからな」

 パラパラと本のページを繰る。見出しは小難しいものの何とか理解できるが、本文は完全にさっぱりだった。

 だが、いくつか本を調べたその末に、ホークはひとつ、使えそうなものを見つける。

「『疑似的にウーンズリペア効果を再現する霊薬調合についての実験記録』……?」

「霊薬……?」

「駄目だ、内容まではよくわからねえ。っつーか効果なしの項がほとんどみたいだが、それ以外のところも何言ってんだコレは」

「貸してくれ」

 ロータスがその本をパラパラと速読する。

 そして。

「なるほど。……神官拉致に踏み切る前に、少しは試す価値がありそうだ」

「何が書いてあったんだ」

「役に立つ薬は作れそうだ。が、そのためには材料を手に入れるために、やはり大きい街に行かねばならん。……ならば、パルマンだな」

「結局それか」

「誘拐や殺しは専門外でも、盗みは得意なのだろう?」

「……まぁな」

 ホークは渋々頷いた。

 誰とも知れない神官をなだめすかしてウーンズリペアを使わせ、使い捨てるよりも、薬を作ればそれで済むならそれに越したことはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る