使役術士
「なるほどね。つまり君たちは『レヴァリアの勇者一行』ってわけか。……ジェイナスがやられてたってのは驚きだけど」
対戦のあと、改めてファルネリアがいる理由を聞いたライリーは、仕方なく話したホークにふむふむと頷いた。
「ホーク君もああいう手合いに向かっていける胆力があるっていうのはそういうことだったんだね。自分で言うようなチンピラっていうんじゃ説明がつかない」
「お前が昨日起きなきゃ、サクッとさっきのアレで魔剣狩人始末して終わりだったんだがな」
「それはすまなかった。間が悪い奴ってよく言われるんだよ」
はっはっはっ、と悪びれずに笑うライリー。
「確かにあんな必殺技があれば、二流どころはみんな見つかった時点で終わりだね」
「……一流はそれでも
「恥じることはないよ。正直、君が敵に回ったらと思うと寒気がするね。君一人でウチの騎士団全滅させかねない」
「……だから見せたくねえんだ」
危険視されるというのはロクなことではない。
味方として振るわれるならいいが、もしこれが敵なら……というのは、戦いに身を置くなら誰でも考えることだ。
そうなった場合、打つ手なしの力なんてものがあれば、排除できるものならしたいというのも人情だ。
特にホークは国家の依頼で動いているし、オンリーワンに近い能力。排除しておく意味は特に高い。
「ホーク殿はやらせるわけにはいかないぞ」
「彼はジェイナス様と並ぶ、魔王への切り札。敵意を抱くというのなら、ライリー、あなたとでも刃を交わさねばなりません」
「おいおい。僕は今丸腰だろ。そんなに毛羽立つなよ。『ゴールドウイング』のない僕なんて、ちょっと鼻が利くだけのどこにでもいる貧弱な坊やだ」
ライリーはその言葉通り、「ゴールドウイング」をファルに気前よく預けていた。ホークとの試合のためだ。
「君らと敵対する気はないよ。魔王と戦う同志になるつもりもないけどね」
「……そうですか」
「僕のことよりも……ホーク君。君はこのままでいいのか?」
「あ?」
ライリーは少しだけ真面目な顔でホークを見つめた。
「そのチカラ、その生き方、今の状況……アンバランスだ。君は流されてないか、ってね。余計なお世話だけど。……ファルネリア姫みたいな人間と一緒にいると、つい誰もが自分なりの理由ってやつを考えることを忘れる。興奮して戦っている最中は忘れたままでもいいんだ。だけど、いつか突き付けられるよ」
一拍、置いて。
「何を目指して戦って、どこまでなら失ってもよかったのか。戦いの終わりにはみんな、それと向き合うことになる。帳尻を合わせなきゃいけなくなる。……その先なんて考えていない奴らに何もかも預けるなよ。人間は何より自分が生きるためにこそ戦うべきだ」
「ライリー!」
「君は黙っていてくれ、ファルネリア姫。僕は友人として忠告してる」
ホークはライリーの目を見返し、そして逸らす。
少し、心当たりはある。
魔王戦役という熱狂、人類の危機という題目の大きさに、つい忘れそうになるのだ。自分が報酬のために駆け回る、ただの盗賊だということを。
今までは上手くいっている。色々と手に入れ、取り落としながらも、また致命的に失ったものはない。
だが上手くいかなかったとき……取り戻せないものを失ったとき、それでも今の戦いを後悔しないと言えるのか。
それを失わないために、どこで見切りをつけるべきか。大事なものが天秤にかかった状況で、何を取るか。
ホークはそれを見失いそうになっている。
ライリーはその不安定さ、ホークの身の丈に合わない肥大化した使命感を見抜いていた。
「受け取っとくよ。その忠告」
「ホーク様」
「別に放り出そうってんじゃないさ。……ただ、俺は勇者じゃないからな。確かに、自分の理由は必要だ」
ホークはファルから「ゴールドウイング」を受け取って、ライリーに返して肩を叩く。
「次に会う時もまた奢ってくれよ」
「そういう状況ならね」
「もちろん、って言っとけよ。裏切りは黙ってやるもんだぜ」
「それもそうだ」
複雑な笑みを交わし、別れる。
お互い、これ以上に踏み込むべきではない。踏み込ませるべきではない。
交わらない道を行く相手に、いくらかの敬意を捧げながら、背中を向ける。
◇◇◇
「また無駄に大量に魔剣が手に入っちまった」
「これほどの量の魔剣……しかも盗品だ。どうしたものかな」
パルマンの街をロバと荷車を引いて離れながら、ロータスとホークは“魔剣狩人”の置き土産をどうしたものかと唸る。
彼が魔法の鞘に入れて帯びていた数十本の魔剣は、そのままホークたちの手元に来てしまった。
「本来ならばロムガルドの当局に提出するのがいいのだが」
「こっちが調べられちまう。わざわざ兄王子に居場所知らせるようなもんじゃねえか」
「うむ。そう考えると当局との接触は避けたい。……となるとネコババしかないが」
「それにしても量が多すぎるんだよな……干渉するから魔法の道具袋にも入れられねえし。かといって奴みたいにいくつも腰に差して歩くのも間抜けすぎる」
「どうにかして処分するのが順当だな。魔法の鞘というだけで見る者によっては宝と思われる。目立つと不埒者につけまわされることにもなろう」
「いいのは取っちまって、残りはどっかに投げ捨てるか裏の世界に流すべきだな」
「裏の世界と言っても、そうやすやすと潜り込めるものではあるまい」
「うーん……せめてレヴァリア国内なら多少は顔が利く相手もいたんだが」
ほとんどが量産品とはいえ、魔剣はそれだけでひと財産になる代物だ。
もしもホーク一人なら、多少無理をしてでも全て持ち帰り、金に換えていたところだ。数十本もあれば下手をすれば一生遊んで暮らせる額になる。
が、そんな無茶な旅をするわけにもいかない今は、あまりその額が魅力的には思えない。それで寄ってくる危険の方が気がかりだ。
特にこのご時世、奪ってでも魔剣を欲しがる者は、バフェットにも劣らない危険な相手である可能性も高い。
「どうしたものかな。投げて捨てるとなると場所に注意しなければ不埒者の手に渡ってしまう」
「埋めるってのはどうだ。魔王戦役が片付いてから掘り出したらいい」
「魔剣は魔王と戦うために用意されたのだぞ。本末転倒だ」
「捨てるのとどんな差があるってんだよ」
「ううむ……この際、ロムガルドの騎士団の駐屯地にでも忍び込んで置き去るという手も」
「そんな寄り道してたら、それこそ兄王子に見つかるぞ」
「困ったな……」
魔法の鞘四本。
一本に平均で7~8本も入っているが、そのうちひとつはファルに与えるとして、残り三本分の鞘をどうしたものか。
「荷車の裏に括りつけるか? さすがにそんなとこは滅多に調べないだろ」
「どこに持って行って処分するかの問題が先だ。元々ロムガルドの財産なのだからロムガルドに還元したいが……」
「兄王子の戦力になるばっかりじゃねえか」
「それ以外の勇者は皆壊滅しているのだから仕方あるまい」
「そうは言うが、ファルの安全を考えるとな」
ロータスとホークが議論を続ける。
ファルは荷車で寝ていた。
急に眠くなった、ということなので、しばらく寝たらメイに戻るのだろう。
パルマンからさらに東へ続く街道。人はまばら。
ロムガルド国内は野盗や魔物の出る危険も少なく、比較的安全な地域。
そのはずだった。
急に人の流れが変わる。
「おいロータス。ちょっと待て。なんかおかしいぞ」
「む?」
ホークたちと同じ方向に行く旅人は消え、逆に向かって慌てて急ぐ旅人が多くなる。
「おい、どうした。何があった」
「この先の宿場が魔獣にやられたらしいんだ。みんな続々と引き返してきてるぜ」
「なんだと」
「俺はパルマンに戻る。騎士団や勇者が何とかしてくれるのを待つよ。アンタらもそうした方がいい」
「魔獣ってなんだよ」
「知らねえよ。みんながそう言ってるだけだ」
捕まえた旅人は早口で答えると、さっさと歩いて行ってしまう。
「ロータス。そういうのってよくあるのか」
「あまり聞かんな。この国では魔物は魔剣の試し切りの的にされる。そうそう繁殖するものではない」
「手に負えると思うか?」
「ファル殿かメイ殿が目を覚ましていれば、どんな相手にもそうは負けるものではないと思うが」
無駄に揃った魔剣もある。新しいチカラに目覚めたホークもいる。
過大な慢心とも思われなかった。
「……どうする? 行くか?」
「ホーク殿に任せよう」
「……足止めは食いたくない。行くぞ」
ホークは即断する。
丘を二つ越える頃に見えてきた宿場は、なるほど煙を上げている。
「壊滅……してる、って感じか?」
「難しいところだな。それにしてはまだ綺麗に見える」
「一部で火事が起きてるだけって風にも見えるよな」
「うむ」
慎重に状況を見極めようとする二人。
そこにメイも起き出してきた。
「んぅ……何、なんで止まってんの?」
伸びをしながら荷車から降り、ホークたちと一緒に宿場を眺めるメイ。
「火事だねぇ」
「なんか魔獣にやられたっていう話があったんだよ」
「それにしちゃあんまり壊れてないよね。あ、人が歩いてるのも見えるよ」
「……お前目がいいな」
ホークでも相当目を凝らさないと、そうとは判別できない。
耳の良さも大したものだが、目の良さも相当のようだ。
と、そこでメイがハッと顔を上げる。
「ん? どうしたメイ」
「ちょっ……上!」
「なん……うわああ!?」
ホークとロータスも見上げて驚く。
巨大な翼がバッサバッサと上空をふさいでいる。
「ドラゴン……か!?」
「いや、ワイバーンだ。ドラゴンの劣等種で体は細くブレスも持たない」
「……にしても……お、おい、戦えるか!?」
「やってみるが……メイ殿、やるぞ」
「ちょっ……え、ちょっと待って! 何か様子が変!」
「何がだよ!」
言っている間にワイバーンはるみる近づいて来て、唖然としているホークたちの近くを少し通り過ぎ、街道そばの草原に降り立つ。
ホークたちを襲うつもりはないようだった。
魔剣を構えたロータスと、いつでも“祝福”で対応できるように気を張ったホーク、そして気の抜けたような顔のメイ。
三人の前で翼が畳まれる。
その背中に、人間が乗っていた。
「……あなたたち、危ない。この辺、野盗いる」
「いやお前が何なんだよ」
「魔法使い」
どこか、ぼんやりした感じの少女だった。
フードつきのローブを纏い、先端に水晶のはめ込まれた上等な杖を持っている。歳の頃はホークと同じくらいだろうか。
そんな少女がワイバーンの背中に横座りしていた。
「使役術。アスラゲイトの。最近の」
「アスラゲイト……?」
「知らない?」
「いや国は知ってるが」
「そう。そこ」
なんだか話が通じているようで通じていないような奇妙な感覚がある。
「野盗。来た。やっつけた。チョロが」
「……チョロ?」
「舌、チョロチョロするからチョロ。……かわいい」
何故か片言で喋る少女。そして彼女がぺしぺしと鱗を叩くとワイバーンが甲高くひと鳴き。
どうもこのワイバーンの名前がチョロというようだ。
「……つまり貴殿はワイバーンを使役する術を持ったアスラゲイトの魔術師で、野盗を撃退した。それを通りがかりの旅人たちが見て宿場が襲われたと思った。そういうことか」
「お前よく今ので話がわかったな……」
「状況を組み立てるとそうなるだろう」
ロータスが総括すると、少女はこくこくと頷く。
「とにかく我々は宿場を抜けていきたい。良いな」
「まだ、近く、野盗いる。気を付けて」
「ああ、忠告痛み入る」
「いやロータスお前、スルーすんのかこんなワケのわかんない奴。しかもアスラゲイトだぞ。ここロムガルドだろ」
「私たちはとにかく進まねばならぬだろう。害為さぬというなら見過ごせばよいのだ」
「お前がそういうならいいんだけどさ」
ワイバーンを人が操る。それこそ魔王軍ならともかく、人類側では聞いたこともない業だ。
いや、聞いたことがないわけでもないか。
(……そういえば、そんな研究してるとは言ってたな)
レイドラでのドラゴン騒ぎ。
あれもドラゴンを使役しようという試みの失敗が産んだ惨劇だったはずだ。
その技術の完成形がこれなのか、あるいはドラゴンに発展形を試みたのか。
一応は納得しつつも、それが何故ロムガルドで野盗狩りなんかやっているのか、という違和感は拭えないまま、ホークたちはソロソロと通り過ぎようとする。
……と。
「ねえ」
「あ?」
「……ホーク?」
少女はホークを見ていた。
「……なんだ?」
「やっぱり、ホーク?」
「……?」
ホークは少女が何を言っているのか、しばらくわからずにいた。
そして、ようやく彼女の前で、ホークはまだロータスにもメイにも名を呼ばれていないことに気づく。
「……私、レミリス」
少女は自分の胸に手を置いて、そう言う。
「忘れた?」
「……レミリ、ス?」
ホークは、ずくっ、と心臓の上あたりが疼くのを感じる。
「ホーク殿?」
「え、何、誰、知り合いなのホークさん」
「……っ」
「ホーク」
ホークは首を振り、そしてレミリスを睨んで、吐き捨てる。
「誰だ。俺は確かにホークだ。だがお前なんか知らない」
「嘘」
「ホーク違いだ。どこにでもある名だ」
「違う。ホーク。私の、ホーク」
「知らねえって言ってる」
「待っ……」
ホークがレミリスから顔を背け、戸惑うメイやロータスを促して先を急ごうとする。
だが、その時、レミリスの声が途切れ、ドサッという音がする。
「!」
思わずホークは振り返る。レミリスは背中に矢を生やし、地面に転げ落ちて倒れていた。
遠くに何者かが弓を構えているのが見える。すぐに拳を突きあげ、その周りから何人もの男たちがこちらに走り出すのが見えた。
ワイバーンは主が倒れても動かない。使役術というだけあって、勝手な行動はできないのか。
「……メイ、ロータス!」
「うん!」
「委細承知!」
ホークの叫びに応え、二人は即座に拳と武器を構えて飛び出す。
ホークは倒れた少女に駆け寄り、矢の刺さったところを見る。
心臓ではないが、油断ならない位置だ。
「ホー……ク……?」
「知らねえっつってんだろ! ……くそっ!」
悪党として生きる決意と共に、決別したはずの過去が、故郷が。
何故今、何故ここで追ってくるのか。
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