再戦、魔剣狩人
ふらふらしつつも「宿もうすぐそこだから」と言ってライリーは別れていった。
それを見送りながら、ホークとロータスは顔を見合わせる。
「……あいつ、俺と同じ……なのかね」
「かもしれん。何しろホーク殿の能力自体、他で見たことも聞いたこともないからな……もしかしたら、と思うが。ホーク殿としてはどう見立てたのだ」
「全く同じ能力だとしたら、ちっとも疲れた様子がないし、連発可能みたいな様子だから、アイツは俺より何歩も先にいることになる。だから亜種なんじゃねえのかとも思うが……どっちにしろ、魔剣が扱える分アイツの方が上だな」
「……ふむ」
険しい顔をするロータス。
ホークは彼女から視線を外し、言い訳がましく言葉をつなげた。
「世界一じゃなきゃ不満……ってわけでもねえが、あんな奴にお株を奪われたのはちぃっとばかりショックだ」
「あんな奴、とは」
「金持ちでチャランポランで暴力嫌いなんて間抜けなことを言う、そのくせ何もかもに恵まれてる奴。……年上の同業か、あるいはメイみたいな奴だったら納得できたかもな」
「……なるほど。わからんでもないな。……私も持たざる者だ」
「んなこたねえだろ」
「魔法も魔剣も、体術の心得も、私は二流だ。二十年も生きていない若者が軽々と私を超えていくのを幾度も見てきたからな。複雑な気持ちは理解する」
「俺にとっちゃ何百何千年もの余命が一番羨ましいさ。あと顔」
「なんだ。私がそんなに好みか。もう少しムードのある状況で言えばよいものを」
「エルフが人間から見りゃ美形揃いなのは単なる事実だろうが。それくらい美形なら女に苦労しねえだろってだけだよ」
「気にするほどの醜男ではあるまい。実際メイ殿も姫も積極的ではないか」
「子供に好かれても困るんだっつーの。……やめようこの話は。俺に優しい結論が出る気がしねえ」
ホークが話題を投げ捨てることにロータスは逆らわなかった。
「とにかく、あの御仁が敵にならないことを祈るばかりだな。ホーク殿が白旗を上げるなら姫でも私でも勝負にはなるまい」
「敵になんてなるのか。あいつは利も害もないセネスの騎士だろ」
「我々の味方が言うほど多くないのは身に沁みてわかっているだろう。逆に敵となり得る者は多い……例えば、レイドラのハプロニス公爵や、あのアーマントルード殿下やアルフレッド殿下……彼らのツテがどう回っていくものかわからぬともいえるのだ」
「姉姫まで勘定に入るのかよ」
「無い話でもあるまい」
「……俺たちはただただ魔王軍を撃退したいだけなのに、面倒ばかり増えるもんだよ」
イレーネがいてくれれば、とまた思う。
イレーネならば能力も知恵もあり、どんな障害でもなんとでもなっただろうに、と思う。
「幸い、まだ敵ではない。セネスを抜け、レヴァリアにさえ辿り着けば、我々だけの戦いは終わる。旅を急がねばな」
「風向きが変わらないうちに、ってか」
「そうだ」
思えば、ただ雨と泥の中を死体を抱えて歩き始めてから、随分色々な「横風」が吹いたものだ。
◇◇◇
翌日。
「んぅ……ひ、ひゃわぁ!?」
「……今日はファルか」
「な、ななっ、なんで同じベッドに!?」
「俺じゃねえよ。昨日寝た時はメイはそっちのベッドだったんだよ」
ホークは欠伸をしながら起き上がり、窓の木戸を開ける。
宿に帰るとメイは既に寝てしまっていた。その時点では髪は銀だったのは確認している。
暴れていたファルは床を這うようにして隣のベッドに戻り、そしてホークを恨みがましく、じっと見ている。
変な所では積極的なくせに、自分のペースから外れたところでは妙に恥ずかしがり屋で打たれ弱い。あのリディックという中年騎士も扱いには困ってたのかなあ、とホークは思いを馳せた。
「昨日はしっかりメイと交代の練習したのか?」
「あぅ……は、はい、メイさんの言う通りに呼吸を整えて精神を集中したのですが……思ったようには。駄目出しをしてもらうにもまた居眠りをしなくてはいけませんし」
「時間かかるのは避けられない、か。でも思ったタイミングで代われれば弱点ほとんどなくなるんだから、がんばれ」
「そう……ですね。弱点が丸出しのままではいけませんよね」
「……お互い大変だな」
「え?」
ホークの“盗賊の祝福”も、ファルとメイの人格保存術も、身近に他に使い手がいないせいで「いじり方」がわからない。
いや。
ホークの場合は「先達」がひとり見つかったと言っていいのか。しかし彼のようになるまで、どういう訓練をすればいいのだろう。
「そういえばファル。お前、隣の国の騎士とかには詳しいのか」
「……突然ですね。周辺国の有力な騎士の情報は、一通り知っていますけど」
「セネスのライリーのことは?」
そういえば、昨日与太話をしたのはメイの方で、ファルに話は届いていない。
特に変わった答えを期待してはいなかったが、「そいつに会ったぜ」と半ば自慢するつもりで話題に出してみた。
「……ライリー……黄金騎士ライリーのことですか?」
「ああ、そいつなんだが」
「好きではない相手です」
「……え?」
ファルがそんなことを言うとは思っていなかったので、ホークは虚を突かれた。
「不真面目なくせに強い。そして、私たちの生き方を嘲笑う。……魔王など対岸の火事と言い切る無責任な男です。二度と会いたくはない」
「……そ、そんなに? いや、仮にもロムガルド第二王女にそんなこと言ったの、あいつ?」
「お知り合いですか?」
「……まあ多少」
昨日一緒に飲んだ仲だが、所詮一日の出会い。それは知り合いと呼べるかも怪しいところだろう。
「彼が勇者と呼ばれない理由を知っていますか? 龍を倒せないからではない。格下相手の剣術巧者だからでもない。……最初から魔王相手の戦いなんてしないと公言しているからなのです。セネス王室は随一の武芸を誇る彼に何とか勇者の称号を与えようとしましたが、その発言で立ち消えになりました。魔王を倒す者こそが古来の勇者。彼は『そんなものはやりたい奴がたくさんいるが気が知れない。自分は絶対にやりたくない』と堂々と言い放ち、それによって教会組織からの加護も手控えられたという経緯を持ちます。我が国の勇者は皆、彼のような腕は持ちませんが、魔王と戦う意志だけは確固たるもの。彼はそれを鼻で笑ったのです」
「…………」
やらかしてたんだなあ、とホークは引きつった笑いを浮かべる。
魔王に備え、命を投げ打ち、魂すらも魔王を倒すために使おうとするファルネリアにしてみれば、その使命を雑な態度であしらわれれば憤慨するのは当然と言える。
ライリーはマイペースな男だが、さすがに勇者王国ロムガルドのそういう伝統に無頓着でいることが得策でないことはわかるはずだ。
そして、それだけ怒らせた相手がいる国に堂々と遊びに来ている神経もちょっと信じがたくなる。
「……実は昨日会ってな。あいつ、もしかしたら俺と同じ……似たようなチカラを持ってるんじゃねえかって場面を見ちまって」
「この街に……ライリーが」
「それで……ええと」
教えを乞おうか、みたいな話の展開も考えていたのだが、ファルの硬い表情を見てしまうと、どうしたものかと思う。
……と。
その時、外が騒がしいことに気づく。
「……なんだ?」
ホークは気まずい空気をスルーしたいのもあって、窓に取りつく。
そこらの路地や商店から人々が出て、不安げに一方向を見ている。
何があるのか、とホークが首を伸ばすと、少し遠くで大きな石造りの三階家が、突然砂のように砕けて崩れ落ちた。
「!?」
「あれは……『デストロイヤー』です!」
「ロータスが乱心したのか!?」
「まさか、そんな」
ホークは窓から飛び降りる。二階だったがホークにとってはそれほど気になる高さではない。ファルも慌てて戻り、ホークがしばらく駆けたところで追いついてきた。最低限の着替えをしたようだった。
「ロータスがそんなことをする理由がありません」
「わかってる。……しかしあいつ、朝から気配がない」
「え?」
「やりあってるんじゃねえか。その乱心野郎と」
ホークは、筋書きに少し想像を働かせる。
魔剣を持つ無法者なら、おそらくは昨日の“魔剣狩人”バフェット。
それが戦っているというのなら……ロータスは、逃がした彼に対し、先手を打ったのではないか。
バフェットは「ゴールドウイング」とともにロータスの「ロアブレイド」も欲しがっていたのだ。
バフェットはライリーにはかなわないと見たかも知れないが、そのまま放置して旅立とうとすれば、必ず「ロアブレイド」を狙って襲ってくる。
その前にバフェットを始末しに行ったのではないか。
「あの馬鹿なら考えそうだ」
ホークか、せめてメイを連れていけば圧勝できるだろうに、わざわざ一人で決着をつける。
自分は助っ人のはずなのだから、逆に迷惑をかけては立場がない、と思ったのかもしれない。
「は、話が見えないのですが」
「昨日、魔剣を山ほど持ってるらしいイカレ野郎とやりあったんだ。取り逃がしたから、あいつ一人で始末つけに行ったんだと思う」
「……“魔剣狩人”ですか」
「有名人か」
「勇者や魔剣職人がよく襲われていましたからね。神出鬼没で手を焼いていたのですが」
「ロータスとしちゃ、返り討ちにする絶好のチャンスってわけだ」
「手を焼いているみたいですけどね。急ぎましょう」
現場に辿り着いてみると、思った通りにロータスとバフェットが対峙していた。
「“漆黒の黒き暗黒”、なかなか
「貴殿こそなかなか手品が多い。そこまで使いこなしているとは思わなんだ」
「褒めるな。照れる」
「まあ、今日までの芸だ。少しは誇らせてやる」
ロータスが瓦礫の間を縫って駆け、バフェットに迫りつつ魔剣を抜く。
が、バフェットは僅かに先手を取って魔剣を抜き、半月状の斬撃を繰り出す。
それをロータスは抜いた「ロアブレイド」で叩き消し、返す刀でバフェットに巨大な光の束を叩きつける。
が、バフェットは半月を放った魔剣をそのまま宙に投げ、新たに抜いた魔剣で「ロアブレイド」の攻撃を割って左右に反射する。
「!?」
「『エビルミラー』だ。その手の魔剣効果は全て跳ね返せる。タイミングが合っていればまっすぐに返すこともできる」
「チッ……難儀な代物を」
「とっておきだ。俺にこれを使わせたことは快挙だぞ」
バフェットはその魔剣を逆手で構えつつ、もう片方の手で新しい魔剣を抜く。
「せっかくのエルフだ。死なぬ程度に斬って今際の際に体を楽しませてもらおうか」
「悪いが貴殿は好みではないな」
「好まれても困る。俺が見たいのは屈辱と苦痛で狂いそうなエルフの痴態だ。せいぜい、いい声で鳴け」
「勝った気になるのは……早いぞ!」
ロータスは再び蛇のように動き、バフェットに攻撃を浴びせる。
魔剣効果ではなく正面からの斬撃、それに短刀投げや投石を組み合わせた舞踊のような攻めに、しかしバフェットは余裕。
「ぬるい、ぬるい! 魔剣なくばこの程度か、“漆黒の黒き暗黒”!」
「まだまだ!」
どうやら彼女とバフェットはほぼ互角程度の腕があるらしい。
ホークはどこで介入しようかと考え、周囲を気にする。
二人の戦いを遠巻きに眺めている者は多い。たまに攻撃のとばっちりが向かい、慌てて逃げまどっているが、それでも大半は最後まで戦いを見届けるつもりのようだ。
その前で“祝福”を使うのは抵抗がある。
ほとんどの一般人は何が起こったかなどわかるはずもないが、万一を考えれば、あまり派手なことはしたくない。
しかし、ロータスを見捨てるわけにもいかない。
こんな大喧嘩になる前に混ぜてくれれば簡単だったのに、と心の中で舌打ちをし、結局は見られても仕方ないと割り切ろうとしたその時、遠巻きの観衆の後ろからライリーが顔を出した。
「おー。やってるね。……昨日の奴かあ。やっぱり懲りてなかったんだ」
「ライリー」
「加勢していい?」
少し無精ひげの目立つ顔で彼らを指差すライリー。
それを耳にしたバフェットは素早く位置を入れ替え、ライリーとロータスを同じ方向に相手取る形にする。
「昨日のような不意打ちは効かんぞ、黄金騎士!」
「別に不意打ちでもなかったと思うんだけどなあ。……でもまあ、次は抜くって言ったよね」
ライリーはスタスタと踏み出し、瓦礫に片足をかけて剣を抜く。
嫌になるくらい様になっている。
「君がそのまま遠くに逃げたならともかく、この街でまだ暴れるっていうなら逃がした僕の責任だからね。……やろうか、魔剣コレクター君」
「ふっ……どんな魔剣だろうと『エビルミラー』を抜いた俺には通じんぞ!」
「ああ。よく知らないんだ? これ」
ライリーは掴んだ剣を軽く挙げる。
その刀身が淡く黄金の光を放つ。
「結構珍しいから有名だと思ってたよ。……これ、別に剣からなんか出るタイプじゃないんだよね」
剣から溢れた光はそのままライリーの腕を伝い、体を伝い、全身にオーラじみて行き渡る。
「行くよ」
ライリーはオーラを残像のように残しながら軽く跳ぶ。
その体は重量などないように十数ヤードを飛び、着地の衝撃もまるでないかのように、膝下だけで軽くステップすると、また数ヤードも位置を変えている。
「これ、僕本人を強化してくれる魔剣なんだよ。だから『シールド』とかそういうので防ぐの無理だよ。……ああ、ちゃんと僕の太刀筋が見えるなら別だけど」
トン、トン、トン、と石畳を、瓦礫を、立ち木の枝を足場に、黄金の軌跡を残しながらライリーはバフェットの周囲をからかうように飛び回り、そして無造作に剣を振るって、「エビルミラー」をまず弾き飛ばす。
次を取ろうとしたバフェットは、抜いたそばからライリーの剣に打ち落とされ、幾本もの魔剣が周囲に散らかっていく。
「やっぱりお粗末だなあ」
「お……おのれ!」
「諦めない根性は認めるけどさ。やっぱり剣を抜くっていうのは覚悟してるってことなんだよね?」
飛び回るのをやめ、ライリーはスッと笑みを消す。
「その覚悟に応えよう。騎士として」
適当に振り回していたように見える剣を、両手で構える。
それだけで、ライリーが急に「騎士」の風格を纏う。
だが、そんなライリーの姿を見て、バフェットは不敵に笑う。
「やはり坊ちゃんだな。黄金騎士」
「……?」
「詰めが甘いわ!」
バフェットは下段回し蹴りの要領で突然足元の剣をガシャシャッと蹴りつける。それだけで魔剣が反応する。
「フラッシャー」は光を放ち、「キラービー」が大量の分身を生んで飛ばし、「フレイムスロウ」が炎を吹き上げ、跳ねあがった「デストロイヤー」が地面に突き立って爆発的破壊を生む。
「握ってないのに魔剣発動しやがった!?」
「やる!」
「ホーク様、伏せて!」
ホークたちはデタラメな魔剣発動から身を守るために瓦礫の影に飛び込み、そしてライリーはそれらの直撃を受けて立ち尽くす。
即座にバフェットは逃げ去っていく。
「おのれ……追う!」
「ロータス、先走るな! 俺を連れてけ!」
ロータスを追ってホークは走る。
そのホークに寄り添うようにファル、そして何発かの魔剣の直撃を受けたが黄金のオーラのおかげで服が切れて汚れた程度のライリーも並ぶ。
そして。
「……ホーク君。君、なんでファルネリア姫と一緒にいるの?」
「!?」
ライリーはトン、トン、と軽く跳ねるような動きのままでホークの全力疾走に並びながら、怪訝な顔でファルを見ていた。
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