黄金騎士

「酒に任せて今日会った相手に身の上話というのも恰好が悪いが、言い訳はさせてくれるかい。黄金騎士なんてごたいそうな名前は単に家伝の鎧のせいさ。古いやつでね。みんなゴージャスだって最初は驚くんだけど、デザイン的にはダッサいんだよこれが。正直着たくないんだけど家の見栄でどうしても着ないわけにいかなくてさあ」

「……腕はいいって聞いたが。セネス最強の魔剣も預けられてるそうじゃねえの。それなのに貧弱アピールってどうなんだ?」

「ああ、剣術はなんかさあ、できちゃうんだよね。でも半刻も稽古したらヘロヘロだ。見ればわかるだろ、この腕の細さに胸板の薄さ。はっきり言って僕、弱いよ?」

「剣術ができるってのと矛盾してる気がするぜ」

「相手と構え合ってさ、じっと見てればだいたい何がしたいかとかタイミングとかってわかるよね。いや、わかるんだよ。人に言ってもイヤミな奴って目で見られるんだけどさ。で、ちょっと意地悪い感じに相手を引っ掛けてスコンってやる。僕にとっては剣術って子供の頃からそういう遊びで、それがそのまま大人になっても通用しちゃってるだけなんだよ。だから僕はそういう勝負は上手いよ。自分で言うのもなんだけどね」

(……天才って奴かよ。まあ、メイみたいに才能と肉体と意欲の揃ってる奴ばかりでもないのはわかるが)

 ホークは目の前の青年の理屈をそう解釈する。

 道場剣術という括りでの才能は高く、しかしそれに合わせた鍛錬はしていない。

 存在自体がイヤミなタイプだな、と内心で毒づく。

「負けるのが嫌で、格上と当たりそうな剣術試合やヤバそうな作戦を逃げ回ってるっていうのは?」

「負けるのが嫌っていうわけじゃないよ。いや、まあ嫌だけど、連勝記録作りたいとかそういう理由ではないんだ。キンキラのダサい鎧で疲れる試合とか討伐戦とかしたくないじゃん。本当は全部出たくないんだけどさすがにそれだと勘当されちゃうからさ。できるだけ注目されない奴で、比較的疲れない感じの呼集には適当に応えてるよ」

「……強いんだよな? セネスでは一番」

「だから、さっき言ったみたいな勝負ではそう考えてる人もいる、って程度だよ。団長クラスの年寄り騎士とは真面目に勝負したことないし」

「……それなのに魔剣渡されてるのか?」

「僕が若いからサマになるって思っただけじゃない? 魔剣自体使えない騎士結構いるし、魔剣が反応する中で僕が一番マシだったとかじゃないかなあ」

 飄々と言いながら、給仕におかわりを持ってこいとジェスチャーするライリー。

 ホークは噂と本物のギャップに拍子抜けし、そして軽く笑って酒に口をつけた。

「……聞いてみるとしょっぺぇ世界だ」

「全くだよ。っていうか、そういう客寄せ看板にされたせいで、たまーに野良の武芸者とかに突然挑戦されたりして困るんだよね。こうして旅行に出れば、誰も僕を“黄金騎士”だなんて言わないから気楽なんだけどさ」

「絵を描く方が好きなのか」

「当然だね。さっきも言ったけど暴力は嫌いなんだよ僕。汗かいて疲れるのとか殴られて痛いのなんて好きな奴がいるのが信じがたいよ。……って言うと、お前騎士のくせにって怒られるんだけどさ」

「……やめるってわけにいかねえのか」

「やめたら勘当だよ。だって一応貴族だもん。貴族っつってもまあそんな大した家格でもないんだけどさ、路頭に迷うのは嫌だよね」

「……なるほど、金持ちは金持ちで大変ってわけか」

「そうそう。まあ暴力嫌いって言っても死ぬほどってわけでもないから、折り合い付けつつ、ね」

 ヘラヘラしつつ、ライリーはおかわりの酒をまたうまそうに呑む。

「……どうでもいいけど、そんな庶民向けの酒でよくそんな満足そうな顔ができるな、お前。貴族なんだろ」

「え、美味いじゃないか」

「……セネスの酒はレベル低そうだな」

「うん? まあ確かにこっちに比べたら何でもマズいって言われるね」

 ホークがピピンの酒場で呑んだ酒に比べると、まるで泥水で割ったような代物だが、ライリーがそうまで満足しているのを見るとセネス公国の程度も知れる。

「これからセネスに行く用事でもあるのかい」

「まあな。ちょいと通らなきゃいけない感じになっててな」

「残念だなあ。僕も帰りの頃合いなら一緒に行って観光案内でもできたんだけど、まだ三日前に来たばっかりなんだよね。二ヶ月のバカンスでそのままトンボ帰りじゃ流石に勿体ない」

「たまたま風呂場で行き会っただけの黄金騎士にそこまで頼むほど厚かましくねえよ」

「そうかい? 是非にと言われたらちょっと考えちゃうよ」

「迂闊に借りは作らねえ主義だ。下手に頼りにするとヤバい女に最近絡まれたしな。気にせず絵の勉強してろよ」

「ははは。君、若いのに女に苦労してるみたいだねえ。僕もモテたい」

「顔だけならモテそうなもんだが」

「それがなかなかねえ」

 上機嫌のライリーと杯を重ねる。


       ◇◇◇


 少し呑み過ぎた。

「こんなに頭がフラつくほど呑むなんて不覚だ」

「えぇ~? なんだよ君5杯も呑んでなかったじゃないかぁ」

「チンピラなもんでな。デロンと隙ができたらどこからブッスリくるかわからねえ。そうなるほどは呑まない主義なんだよ」

「真面目だなぁ。君チンピラのくせに真面目過ぎるってよく言われない?」

「記憶にある限りでは二回目だ」

 そんなに真面目に見えるのだろうか。貴族とか王族がネジ緩いだけではないのか。ホークは少し羨ましくなりつつ、自分よりベロベロになってしまった黄金騎士に肩を貸して夜道を歩く。

 自分も土地鑑に明るいわけでもないし、旅を急ぐ身だ。こんな酔っ払い放っておいてもいいんじゃないか、と少し思ったが、奢ってもらった手前は放置もできないのがホークの性分だった。

 しかし、ロムガルドはさすがに前線からはまだ遠い(少なくとも現地住民はそう認識している)だけあって、夜道もそれほど危険な匂いはしない。

 これがピピンやレイドラ領内だったら、魔王軍のドサクサ紛れに何をしてもトンズラできると踏んだ無法者が、どこからともなくねっとりと値踏みする視線を飛ばしてきたものだが。

「男二人組なんて面白くもねえ、か」

 ホークは貧乏なチンピラそのものだし、ライリーも今は金持ちそうなのは腰の剣だけで、服は貴族ぶったものでもない。獲物としては「おいしくなさそう」ではある。

 ……いや。

「……いい夜だ。つまらねえオチは遠慮したいんだがな」

 ホークが背後に向かって少し大きく、しかし低い声でカマをかける。

 ……返答がある。

「その男の腰の物を寄越せばいい」

「だからそういうつまらねえオチをつけるなって言ってんだよ。失せろ」

「黄金騎士ライリー。魔王と戦う勇なき軟弱者に至宝たる最上位魔剣は過ぎたるものだ。貰い受ける」

「無視すんな」

 ホークは背後にゆっくり振り向く。

 両腰に鞘を合計四本差した小男が立っていた。

「なんだテメェは」

「下郎に名乗る名はない」

「そうかよ。まあ実際興味ねえけど」

「貴様もライリーもここで死ぬ。事実はたったそれだけだ」

「チッ。そっけねえフリしてよく喋る強盗だ」

 ホークはライリーを放し、短剣を抜く。

 小男は顔を隠す口布の下で低く笑った。

「俺を相手にそのチンケな刃物で抵抗する気か。知らんとは幸せなものだ」

「ほんとよく喋るな。お前実は自己主張したくて仕方ないだろう。よく似た変態知ってるぜ」

 ホークがそう言うと、近くの屋根の上から黒い影が落ちてきた。

「聞き捨てならんな!」

「いたのかよ変態」

「何故いないと思った?」

「……メイについてるもんかと」

「メイ殿はこんな路地裏で勝手に危機になったりせんからな」

 ロータスは小男を見据える。

「“魔剣コレクター”のバフェットだな?」

「ふん。“魔剣狩人”という通り名なら知っているが」

「コレクターだろう。そうも自慢げに魔法の鞘を持ち歩いて、数十本も揃えてまだ足りぬか」

「そういう貴様は“漆黒の黒き暗黒”か。黄金騎士を狙えば、面白い相手が釣れた」

「あれ前も聞いたけど有名なのかロータス。どっかではかっこいい扱いなのか?」

 ホークの素の質問をロータスは真顔でスルーした。

「ホーク殿がその気なら負ける相手ではないが、奴はここ数年、ロムガルド周辺を荒らしまわっている曲者だ。あらゆる量産魔剣に加え、古の魔剣もいくつか奴の手に落ちていると聞く」

「その小僧が俺に勝てるとでも言うのか。長生きが過ぎて耄碌したようだな、エルフ」

「知らんとは幸せなものだ」

 ロータスは鞘から「ロアブレイド」を抜く。

「ほう。それは俺も見たことのない魔剣だ。いい収穫になりそうだぞ」

 バフェットも鞘から魔剣を二本抜く。片方はマリンの使っていた「キラービー」と同じ物だ。もう片方は知らない魔剣だった。

 が、そこで倒れていたライリーが起き上がる。

「うぁ~……何、何してるんだい? 今一瞬寝ちゃってたからわかんないんだけど教えてくれる?」

「“魔剣狩人”だってよ」

「ああ……ふぁあ、っと。何、『ゴールドウイング』欲しいって輩?」

 欠伸交じりに曲者を見るライリー。

「よく来るんだよねえ」

「呑気にしてていいのか」

「月に一度はくるんだよそういうの。ロムガルドにまで来るのかぁ」

「……その御仁は寝かせておく方がいいのではないかホーク殿」

「かもな。おい、やっぱ寝てていいぞ」

「僕のお客だろう?」

 ライリーは面倒臭そうにしながらもフラフラ進み出た。

「いいから来なよ。君が勝ったら剣でもなんでも持って行け。僕が勝つけど」

「……クク。酔って何もわかっておらんようだな」

「だって君、弱そうだもん」

「……なんだと」


「構え方。目配り。間合いの取り方。声の調子から滲む油断。どう見ても二流」


 ライリーはトロンとした目でそう言うと、次の瞬間にはバフェットの額にトン、と指を突き付けていた。

「僕の勝ち。……もう一回やる? 次は抜くよ」

「ぬ……ぁ」

「僕は暴力は嫌いだが、死ぬほど嫌いってわけじゃない。疲れるからそんなに長くは付き合わないよ。一回でその首、落とすからね」

 ライリーはホークたちに背中を見せたまま、言いしれない不気味な凄みを発する。

(……あいつ、まさか……“祝福”の使い手か!?)

(……わからぬ。私にも動きが見えなかった……)

 ライリーに指を突き付けられ、バフェットは尻餅をつき……数の多い鞘をガチャガチャ言わせながら遠ざかりつつ、両手の魔剣を振り回して逃げ出す。

 幾本もの短剣が飛び、半月型の斬撃が宙を薙いできたが、それをライリーは突っ立ったまま、腕だけで無造作に抜いた剣で叩き落とし、打ち消した。

 ホークとロータスは震撼する。貧弱だなんてとんでもない。

 まさにジェイナスに匹敵しかねないほどの強者の風格だった。

「はい、終わり。……悪かったね、変なことに巻き込んで。……っていうか君、誰?」

「……ロータスという。ホーク殿の旅の連れ合いだ」

「さっき言ってた変な女って彼女の事? 確かに変だ」

「変だけどそいつより変な女もいたんだ」

「世の中広いねえ」

 ライリーはそう言って笑い、欠伸をかみ殺した。

 疲れ果てた様子はない。

 もし、先ほどの動きが“祝福”なのだとしたら……。

(俺より“祝福”の扱いが数段上で……その上魔剣使いってことかよ)

 ホークは戦慄を禁じえなかった。

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