暗闇の出会い

 ホークたちは足早にセネス公国への道を急ぐ。

「セネスって確かうちの勇者様のライバルみたいな人いたよね」

「ジェイナスがどう思ってるかは生き返らせてみないとわからないが、世間的にはそう言われてるな。黄金騎士ライリーだろ」

「そうそう。あの人なら魔王とやってもいいセンいくんじゃない?」

「剣術の腕では確かに互角って言われてたがな……」

 黄金騎士ライリー。

 セネス公国において由緒正しい家柄に生まれ、天才的な才能で若くして頭角を現した騎士だ。

 ただし、勇者とは呼ばれていない。それには理由がある。

「黄金騎士は腕はいいが経歴に傷がつくのを極端に嫌がる男として有名だな」

 ロータスが肩をすくめる。

「ジェイナス殿の出る剣術大会にもそれが嫌で出なかったとか。周辺諸国合同のドラゴン討伐にも、確実に勝てる陣容でなければ顔を出さないという」

「チキンハートの黄金騎士さんかー……」

「セネス公国に一本しかない最上位魔剣『ゴールドウイング』を帯びることを許されるほどだ。腕は確実にいいのだがな。そんな調子だから、セネスではなんとかして勇者の称号を与えようとしては諦めるのを繰り返していると聞く」

 魔剣が使えるというだけで勇者と呼ばせているのはロムガルドだけだ。

 セネスも含めた諸国では、それに加えて目に見える実績がなければ勇者と称えるのを良しとしない。

 その箔をつけさせようとしては無碍にされているようだった。

「敵に回るってことはないだろうが、あまり関わりたくない奴だな……面倒臭い予感しかしねえ」

「それはあちらも同じだろうな。ジェイナス殿に匹敵するメイ殿がいるのだ。万が一を嫌うならカチ合うことはないだろう」

「あたしたちが逃げてる間に、他の国もどんどん勇者出して少しでも押し返してくれたらいいのに」

「姫がジェイナス殿にこだわったのには理由があるということだ。もしもこうであれば……という願望込みであれば、魔王に対抗できる可能性のあるものは他にもある。だが現実として頼れるのはジェイナス殿しかないのだ」

「一人に押し付けるのってよくないよねえ」

「だからといって有象無象をおだててけしかけるのが、必ずしも得策ではない」

 強い者がどんどん出て魔王と対決してくれれば理想の展開なのだが、そうもいかない。

 体裁上は勇者がたくさんいることにしたいロムガルドは、魔剣をたくさん用意して物量を当てる作戦を計画し、そしてあのザマだ。

「世界が魔王に取られちゃったら経歴も何もないのに」

「全くな。だが愚痴を言っても始まらん」

「会う予定もないチキンのことはいいだろ。それよりもうすぐパルマンの街だ。どうする」

「どうするとは」

「スルーしてくのか、一泊泊まるか。もう変な連中の襲撃はないと言ってただろ。今度こそベッドでゆっくり疲れを取らせてくれ」

「ふむ……野営続きだからな」

 ロータスの言う通り、ロムガルドに入ってから既に三日間、野営で旅を続けている。

 メイは時々ファルと入れ替わりながらも野営を楽しんでいるし、ロータスはそもそも柔らかいベッドで寝たいという素振りもないが、ホークは夜露の心配も虫に這われる不快さもない綺麗な寝床でぐっすりと寝たかった。

「俺だってたまには水浴びもしたい」

「ホーク殿も昨日すればよかったではないか」

「できるか! あんな状況で!」

 野営地の目の前に小さな滝があったのだが、ロータスとメイはさっさと脱いでキャッキャしながら体を洗ったのに対し、ホークは着替えを軽く洗って干しただけだった。いつものように一緒に水浴びするか? と誘われたりしたが、できるはずもなかった。どっちも積極的過ぎて身の危険を感じた。

 反応がまるで生娘だと自分でも思うが、ロータスともメイとも今の距離感を維持したいのである。

 ジェイナスが復活して余計な責任から解放されたら、どうも「熟練者」らしいロータス相手に多少火遊びしても問題ないかな、と思い始めてはいるのだが、二人と死体二つを連れていく責任が自分にあるうちは、未体験なアレコレによる余計な感情のもつれは作りたくないのだ。

「ホーク殿はむっつり助平のくせにプライドが高過ぎるのか難儀だな。そんなに得物の大小が見られたくないか」

「そんなことはどうでもいいだろうが。いや、ああいうところで平気で混浴するようなややこしい関係は遠慮したいんだよ」

「混浴ぐらいで何が変わると思っているのだ。だから童貞臭いと言われるのだぞ」

「やかましい変質者」

「どっちが女の子だかわかんないよね、ホークさんの恥ずかしがり方って」

「恥ずかしいとかそういう問題じゃないんだよ! いやお前らがそのへん正常な神経ならそれでいいことなんだよ!」

 ややこしい。本当にややこしい。

 ホークも別に純潔を大事にしているわけではないのだ。機会があればお金で解決できるお姉さんと一晩の恋愛をしてもいいと思っている程度には。

 ただただ状況が許さないのだ。ここで無責任に近寄ってくるまま、生存のキーパーソンたちの女体に手を伸ばせるのはアホか本物の英雄だ。ホークはどちらでもない。

「メイ。今のお前に今の俺が言っても全然効果はないと思うが聞いてくれ。ああいうの気軽にやってると絶対将来ヤケドする」

「半日くらいで治るから大丈夫だよ」

「もうやだこの超人」

 思ったのと違う方向で話が通じない。

「とにかく俺は常識的に倫理的に体を洗いたいんだよ。ここらには公共の風呂屋くらいあるだろロムガルド人」

「あるにはあるが。……ホーク殿がもう少しヤンチャ者なら楽しい施設だろうに、この調子ではなぁ」

「お前もゲイルみたいにエロいことに“祝福”使えっていうクチか?」

「そんな反則を使わず、正攻法で覗くのが盗賊の意地ではないのか」

「全くわからねえロマンの話をするな」

 ニヤつきもせずにおかしなことを言う変質者との会話は疲れる。

 そして、世間知らず過ぎるのかわざとなのか、ツッコんでくれないメイもどう矯正したらいいのかわからない。

 騒ぐ三人は道行く人に奇異の目を向けられながら、パルマンの街に入っていく。


 パルマンはロムガルドには20以上あるような規模の地方都市だ。

 小国であれば首都になってもおかしくない、というと都会に思えるが、城などはなく、外敵に備える市壁や堀もそう目立つものではない。

「ここらはロムガルドとしては最古の領土に属する。今となっては平和なものだ」

「昔は違ったのか」

「第五魔王の頃にはバリバリの武装都市だったものだ。大きな戦いも何度も経験した。防壁は砕かれ堀は魔王軍に埋められ……それからロムガルドは大きくなって、王都も南のアルダールに遷都して……ここは小国家群との交易を中継するだけの街になったのだ。もっとも、レイドラが落ちた今、久方ぶりの戦場になるかもしれんが」

 街はずれの宿屋に部屋を取り、人心地つくホークたち。

 いつものようにメイは同室で、ロータスは便宜上隣に一人部屋を取っている。実際はクローゼットにでも隠れて寝るのだろう。

 これなら襲撃者が来てもお互い心配しなくていい。

「ジェイナスたちの死体も部屋に運ぼう。レイドラの時みたいに盗まれると厄介だ」

「ロバさんも部屋に入れてあげたいよね」

「そこまで宿屋に要求するわけにもいかねえだろ」

 襲撃はないと言われても警戒はする。

 ロータスを信用していないわけではないが、妨害しかねない「敵」はいるのだ。ファルネリアの存在に対して余計なアクションを取りかねないアルフレッド王子という敵が。

「そういや、ファルとの入れ替わりは何か法則見つけられたか?」

「寝るとだいたい入れ替わるけど、それ以外はそんなに……急に眠くなって入れ替わっちゃうときもあるし。その時にちょっと話はできるんだけど、話した後にどっちが表に浮かぶかは、思った通りには決められないんだよね」

「ファルはお前が自主的に引っ込むことはできるようなこと言ってたけど」

「うん。それだけはできるようになったけど、一方通行じゃね……」

「今欲しいのはファルを急に呼び出す方法じゃなくて、都合が悪い時にメイを表に出す方法なんだけどな……」

 王子はファルを調べようとしているかもしれないのだ。そんな時に誤魔化しとしてメイを自由に表に出せないと不都合だ。

「その集中法、ファルに教えるってことはできないのか?」

「言っても伝わらないかもしれないんだよね……これ、あたしがマスターした時もヒントほとんどなかったし。獣人拳法ってそういう、フィーリングでわかれって感じなの多いんだ」

「一応練習するに越したことはないだろ。……って言っても、メイの場合は自分は強制的に眠らされてる間にファルに任せるしかないから、もどかしいか」

「うん。自分で努力するのは得意なんだけど、寝てる間に努力して、って任せるのはちょっとあれだよね。……それに引っ込んじゃうとホークさんと一緒にいる時間減るし」

「死活問題なんだからさあ」

 とはいえ、入れ替わりで裏人格に現在を任せ、自分は引っ込んだら最後、待つしかない……というのが、ホークの思っている以上にストレスが大きいのは想像に難くない。

 お互いを把握し、信用できる人格ならともかく、ファルネリアとメイはそんなに深い友情を育む間などなかったのだ。

 それを慮りながらも、ホークは敢えてメイに任せることにする。

「じゃあ、俺は風呂屋行ってくるから」

「あ、あたしも」

「お前は練習。昨日しっかり水浴びしただろ」

「ぶー」

 本当は一緒についていてやるのもいいのだが、自分だけ体が臭うのは気になっている。あまり悪臭がすれば隠密行動にも差し支える。清潔であるに越したことはない。

 ホークは着替えを手に宿屋を出る。


       ◇◇◇


 風呂というものには地域差がある。

 今でも冷たい水で身を清めるのが正道、ということで沸かした湯に入る文化がない地域もあるし、昔から温泉に浸かるのを楽しんでいた地域もある。

 ロムガルドはどちらかといえば後者で、小さな村でも公衆浴場の一つくらいは必ずある。

 ただし、これまた文化的な問題で、風呂場では明かりを焚いてはいけない(同性とはいえ他人の裸がよく見えるのは道徳的でないから)という不文律があるために、浴場は怪しい雰囲気に包まれていた。

「滑って転ぶなよ。お互いにぶつかってもいいようそっと歩け。この前も近所の爺さんがうっかり滑って頭打ってくたばっちまったからな」

「危ねえなあ」

「だからと言って煌々と照らすわけにはいくまいに。みんながマナーを守れば事故は起きない。それだけのことさ」

 風呂屋の店主にそう言われ、ホークはもう既に薄暗い脱衣場で服を脱ぐ。

 そして風呂場にそっと踏み込む。

 あまり新鮮ではない湯気の匂いと、闇の中で大声で世間話をする近所のおっさんの声。

 どちらかというと闇の中で行動するのは得意な盗賊のホークは、どこに人がいるかは把握できるし地形もわかる。だが、少し目が悪いとこれは大変だろうな、と思った。

「失礼」

 ホークは近くの誰かに断りながら浴槽に入り、垢を落とす。

 こんな暗いと洗い場などという気の利いたものはない。誰も彼もが湯の中で垢をこすり、身綺麗になったと思ったら出るのだ。おかげで湯は濁り、浴槽内は不潔極まりなかったが、それがこの時代の「風呂」で、誰もが納得している。

「よそ者かい」

「……そういうアンタもか」

「ああ、わかる? 君はイントネーションが北の方だね」

「アンタは地元民にしちゃ妙にノーブルな感じの発音だ」

「旅行者だよ」

「俺もだ」

 闇の中で、近くで入浴していた男と声を交わす。

 ただでさえ不安な環境、黙っているのはトラブルの元だ。喧嘩を売ってきているのでなければ、そこそこに相手するのが無難だ。

「こんな時期に旅行とはな。魔王軍はレイドラまで踏み入ったぜ」

「ああ、聞いてる。シングレイがやられたらしいよね。早く誰かが倒して欲しいものだよ」

「そんな他人事みたいにしてないで、国に帰った方がいいぞ」

「君もね。もっとも、帰る先がやられそうでなければ、だけど」

「それを言われるとな。……レイドラからは色々行けるんだ。次はどこに侵攻されてもおかしくないぜ」

「物騒だよねえ。僕は絵の勉強がしたいだけなんだけど」

「画家志望か」

「そんなたいそうなものじゃないよ。ま、道楽だ」

「金持ちはいいね」

「地位があると余計なものも色々背負うことになる。道楽の一つもさせてもらえなきゃ人生は闇さ」

「余裕のあるお言葉だ。俺も将来そういうのが言える身になりたいね」

 ホークはそこそこで会話を打ち切り、浴槽から上がる。

 喧嘩腰になっても仕方がないが、いつまでも語り合えるほどウマの合いそうな相手でもなかった。


 浴場を出て、手ぬぐいで湯と汗を落とし、風呂場を出る。

 さっぱりはしたが、ついでに腹も減った。最近はあまり食事も豊かではない。

「やあ」

 そして、ホークのすぐ後からほこほこと湯気を立てて、背の高い金髪のヒョロヒョロ優男が現れた。

 闇の中で聞こえた声だった。

「お前は……」

「君がさっきの声の人かい? 一杯おごるよ」

「随分気前がいいな。さすが金持ち」

「酒場に一人では入りづらくてね。相棒が欲しかったところさ。呑める?」

「マズい酒以外はな」

「奇遇だ」

 ところどころトゲのあるホークの物言いも鷹揚にかわし、金髪青年はホークの肩を叩いて誘い、近くの酒場に足を向ける。

 腰に下げた拵えのいい剣が、唯一の身分証明だ。

(……どこぞの貴族の息子ってところか。庶民の風呂屋に護衛もなしってのは豪胆だが)

 ホークは警戒しつつも、タダ酒の魅力に勝てずに彼の後について行く。


「さて、今日の出会いに乾杯」

「乾杯」

 カン、と陶器の杯が音を立てる。

 青年は酒をググーッと呑み干して、うまそうに息を吐いた。

「風呂上がりの酒はいいね。人生は美しいと感じるよ」

「お前の人生随分軽く変わるな」

「なかなか変わらない人生よりはずっといいんじゃないかな」

「面白い奴だな」

 ホークは少し笑う。

 ジェイナスにどことなく似た感じがする。ホークのひねくれた物言いを気にせず、暖かく余裕のある年上の風格で切り返してくる。

「最近、鬱陶しいバカや変な女に絡まれてばかりだったからな。少しマトモな奴と酒が呑めるのは久しぶりだ」

「嬉しいことを言うね。ま、ただの放蕩者だけど」

「結構なこった。お前の放蕩で困るのは俺じゃない。俺はただ奢られるだけだ」

「いいねえ。確かにそうだ。酒にそんなのは関係ないよね」

 はっはっはっと笑う青年。その背後に酔漢がヨロヨロと近づいてくる。

 ホークは感づいた。あの酔漢……いや、酔ったフリの男、「狙っている」。

「おい、後ろ」

「えっ?」

 青年が振り向くと、酔漢はわざとらしくよろけて青年に覆いかぶさる。

 が、青年はその酔漢の額を指で押し、動きの流れを変えながらスルリと立ち上がって体を入れ替える。

 酔漢の手が、剣を掴み損ねて空を切ったのが、ホークにははっきりわかった。

「……くぅぅっ……なんだテメエ何しやがる!」

 椅子に頭を打って逆ギレする酔漢に、青年は指を振って微笑んだ。

「悪いね。人とぶつかるのは好きじゃないんだ」

「あんだコラァ!」

「それと、この剣はちょっと渡せないよ。大事なものでね」

 青年は微笑んだまま、目だけ少し笑みを消す。

 急に、おかしな凄みが青年から発せられ、酔漢は青くなった。

「お互い酒はおいしく呑もうよ。……ね?」

「……は、はいっ」

「よろしい。戻って」

 青年が言うと、酔漢は慌てて離れていく。

「ありがとう。危うくスられるところだった」

「……俺が言うまでもなかったんじゃねえか」

「そうでもないさ。もし取られて本気で逃げだされてたら、だいぶ僕は分が悪かった。酒の油断は怖いよね」

「……どこまで本気だか」

「見ての通り体力がなくてね。喧嘩は本当に嫌いなんだよ」

「そういう気配じゃなかったぞ」

「貴族はハッタリがうまくなるものさ。直接殴っちゃいけない場面多いからね」

 青年は椅子に座り直した。

「ま、国元では貴族でも、この大国では一旅行者だ。気を付けないとね」

「……アンタ……なんなんだ?」

「……ああ、そういえばまだお互い名前も知らないね。この際、知らないままで飲んでお別れってのも悪くないかと思ってたけど。どうする?」

 杯片手にホークを試すように視線を向けてくる。

「……ホーク。アスラゲイト生まれのケチなチンピラだ」

 レヴァリアの、とは名乗らない。

 それを受けて、青年は少し間を持たせてから、ぼそりと名乗る。

「ライリー。見ての通りの貴族の放蕩息子。セネス公国から来たんだ」

「……ライリー……黄金騎士ライリーか」

「ありゃりゃ。知ってるんだ。……そう、そのライリーだよ」

 青年は微笑んだ。

「イメージと違うかい? よく言われるんだ」

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