五人の野営
宿屋も派手に焼けてしまい、街の別の宿を取るのも難しかったので、ロータスたちはロバだけ引き取ってさっさと街を出発していた。
そしてホークはベッド一床分の小さな荷車にファルとともに乗せられていた。
「……ぅ」
「おはようございます」
「……!?」
ホークが目覚めて最初に目にしたのは、びっくりするほど近いファルの顔。
ぎょっとして飛びのこうとして荷車の縁に背中をぶつける。本来ロバ一頭立てで飼い葉運び用に使われるものらしく、幌もなければ縁も貧弱で、乱暴にぶつかれば壊れてしまいそうだった。
「な、なんっ……なんだ?」
「ロータスに身を預けて寝入ってしまわれたのです。もう宵です。ロータスやゲイルたちは野営の準備をしていますよ」
「……夜か。って、何で姫さ……ファルまで横に寝てるんだ」
「いつメイさんに代わってしまうかわかりませんし、まだ薪拾いをしている段階で他に安全な寝場所もないので」
「……起きていきなり他人の顔が近いと、いくら俺がチンピラでもビビるからな。勘弁してくれ」
「ロータスもマリンも見ていませんよ?」
「見てないからなんなんだ」
「ホークさんが何かしらの気を起こしても誰も咎め立てたりはしません」
「お前、メイの体使ってるってことに少し気を遣おうな? この前キスしたの、メイ意外と怒ってたからな?」
「そうなのですか?」
とても意外そうに言うファル。
いや、メイも怒っている方向性が若干おかしかったが。
なんにせよ、彼女の肉体はまだホーク的にはギリギリ守備範囲外だし、他人の体でこれ以上ステップアップしようとしないで欲しい。
というかロムガルド王室は国の未来を担う王女にもう少し慎みを教育すべきではないのだろうか。旅先でたまたま縁を持った下民に手早く入れ込み過ぎだ。
「お目付け役の……あのリディックっておっさんがいなくなったせいで必要以上に弾けてないか?」
「どうでしょう。リディックの前ではそんな話、したことなどありませんし……それにホーク様だから気軽に甘えられている気もします」
「なんでだよ……」
「メイさんがこれほどまでに信頼しているのですもの。何があっても決して悪いようにはしない方だとわかります」
「そりゃメイがいなきゃ死ぬからな」
「貴方にとってはそうかもしれませんが、メイさんはもっと深い信頼をしていますよ。……例え家族でも、私の周りにはそれほど信じられる人はいませんでした。例え私のカラダが目当てでも、本当に甘えていい、というのは嬉しいものです」
「カラダ目当てとか怪しげな感じに言うな。正確にはメイが大事だってだけだからな?」
命を捨てて、肉体を捨てて。
姫君はだいぶその立場をエンジョイしているようだった。
つくづく思うが、運命に選ばれた立場というのも考え物だ。子供が子供らしく甘えて過ごすことすら許されないなんて。
「私にも優しくしておいて悪いことはありませんよ? なんならロムガルドの王になるチャンスもあるかもしれません」
「俺は王様には興味ねえよ。っていうかお前の境遇を知れば知るほど興味なくなるわ」
「実は王位に興味ないのは私もなんです。やっぱり気が合いますね、私たち」
「とにかくメイの体なんだからあんまり暴走するな。あとで俺が怒られる」
「なら、不埒なことも何でも平等にすればいいんです。同じ体なんですし、一度でも二度でも同じことでしょう?」
「だからそういうのお前が決めるなって言ってんの! っていうか今回のお前のターン長いな!」
色々と興味津々なお年頃の少女、しかもその体は他人というのは、考えようによっては無敵状態だ。
メイも無鉄砲というか無防備というか、色々積極的過ぎるところがあるが、ファルはそれに輪をかけた走りっぷりだ。
「早くメイに交代しろ。というかメイとよく話し合え。一つの体を共有するにあたってお前らはちょっと軽はずみ過ぎる。色々」
「よく話し合っているつもりなのですが」
「今が魔王戦役の最中で、ジェイナス送還を果たさなきゃ打つ手なしってとこまでしっかり加味して話し合えよな。そこまで考えたら能天気にベタベタしてられるもんじゃねえから」
「ホーク様、真面目過ぎるってよく言われません?」
「覚えてる限りでは初めて言われたよ」
盗賊が言われる言葉ではない。
しばらくして焚き火がつけられ、ロータスが呼びに来た。
「起きたかホーク殿。最悪、今夜は起きないかもしれんと思ったが」
「俺もこんなに早く目が覚めるとは思わなかったよ」
クタクタという言葉では表現しきれないほどの疲れが溜まっていた。今も抜けきったわけではないが、こんな短時間である程度マシになったのはマリンあたりが魔法をかけてくれたおかげだろうか。
「今はどこだ」
「ロンデ街道からロムガルド西部に向かう支道だ。順調にいけば明日の昼には国境の関に着くだろう。……ロムガルドにさえ入れば先だってのような茶々は入るまい。今宵は柔らかくない寝床で我慢しよう」
「お前が柔らかい寝床に入ってるところ、見たことないんだけど……」
タルかクローゼットか、あるいは屋根裏か。ロータスは不必要にそんな場所ばかり探して過ごす癖がある。
ロータスは堂々と胸を張った。
「どんな寝方でも疲れは残らぬ。それもまた私の才能だ」
「その一言で済ませていいもんかな……」
こんな奴が今やロムガルドの勇者たちでも最強戦力かもしれないところに不安を感じる。大丈夫か世界は。
「メシにしようゼ。ロクなモンはねぇがヨ」
三叉に組んだ木を二つ、焚き火の左右に置き、そのてっぺんに横棒を渡して鍋を吊るゲイル。
「煮戻した干し肉のスープと堅パン、それと葉物の塩漬け。こんなことなら果物の一つも手に入れてから出てくるべきでしたね」
マリンがホークとファルにスープをついでくれる。
「こういう食事も悪くはないものです。ピピンの旅の最中にはついぞ体験できませんでしたが」
「姫様にこんな質素な食事で我慢しろというのは心苦しいのですが」
「贅沢が常に最良でもないでしょう。風情というものがあります」
簡素な野営食がことのほか嬉しいらしいファル。
そういえば、とホークはファルを観察する。……干し肉を食べるファルは相変わらず嬉しそうだが。
「……メイは肉、嫌いなんだよな」
「そうなのですか? 狼人族なのに?」
「いつも炒り豆ばっかり食ってた」
「変なヤツ」
ゲイルも煮ていない干し肉をむしり食いながら妙な顔をする。やはり狼人族は肉好きが標準のようだ。
「食ってて体が拒否する感じとかないのか」
「特にそんなことは……」
「本当に個人の好みの問題なのか。メイのことだからまた変な体質関係かと思ってた」
「また?」
「……メイの体、パワーがものすごいのは知ってるだろうけど……怪我の治りも異常に速いんだ。刀傷作っても一日で治るし。もしかしたら、なんかそういう人体改造みたいなもんの副作用かと思ってたんだけど」
「人体改造だァ? 姫様……ファル様のカラダにそんなん使って大丈夫かヨ」
「嫌なら出て行ってもらっていいんだぜ」
「チッ……」
ホークの挑発に、ゲイルは乗らずに目を反らす。すっかり大人しくなってしまった。
当のファルはホークのトゲのある物言いなどどこ吹く風だ。
「私はメイさんの体が気に入っています。……『私』になると金髪になってしまうのが少々残念なくらい」
「金髪は好きじゃねえのか」
「銀の髪の方が金のアクセサリーは映えるんです。金には逆に銀のティアラなどがいいんですが……私には何故か皆、黄金のアクセサリーばかり渡すもので、メイさんが羨ましくて」
「贅沢な悩みだな……」
金のアクセサリーなんて、庶民は身に付けるどころか手に取ることすら難しい。
「なんとか銀髪のままで『私』になる方法はないものでしょうか……」
「それよりまずは自由に交代をコントロールすることだろ。少なくともブッ倒れないように……っていうか、さっきやってたよな、一回」
宿から出て不穏分子たちのアジトに向かう前、メイがノータイムでファルに交代していた。
それはどういうことなのか。
「メイさんは自分の意識を、拳法の精神集中の応用である程度自由に消すことができるみたいなんです。っていうより、やってみたら出来た感じで……でも私の方から呼び出す手段がないんですけれど」
「メイとそこも相談な。……このままじゃ安定感が低すぎて、長丁場で信用ならないままだ。戦力としてファルを数えるのは気が引ける」
「とはいえ、ホーク殿が全て片付けていくわけにもいかぬ……」
ロータスと二人で腕組みするホーク。ファルの剣腕は想像以上なのだが、いつ急に意識不明になるかわからないというのは本当に怖い。
「そいつのアレは、メチャクチャのデタラメじゃねぇのかヨ。アレができるんなら勇者なんていらねェだろ」
「アレとはなんです、ゲイル」
「わかんねェんだ。わかんねェが、一瞬でそこらじゅうの奴をパーッとブッ殺しちまってヨ」
「…………?」
マリンは何を言っているんだ、という顔をした。それはそうだろう。ゲイルの説明も下手過ぎる。
「ホーク殿のあれは奥の手だ。みだりには使えぬ」
「なんでだヨ」
「見ての通り、凄まじく疲れるのだという。……それくらいのデメリットなどお釣りがくるほどの業だがな」
「……まァな。……魔王にはもっと努力していけばいつか勝てるかもしれねェが、盗賊のあれは俺が勝てるモンじゃねェ」
ゲイルはすっかり負け犬の顔をしていた。
珍しい魔剣に対する特性を持ち、いずれ世界最強になれると意気込んでいた若い彼が、初めて見た「勝負にもならない圧倒的な攻撃」だったのだ。そのせいでこんなにも大人しくなってしまったのだろう。
「ファル殿とメイ殿の観察と推論は急務だな。……ロムガルドに入れば唯一残った王子のアルフレッド殿下が遠からず接触してくるだろう。王位継承権などのことを鑑みれば、ファル殿のことを正直に言うのは危険だが、たばかるわけにもいかん。それまでになんとか二人の存在を安定させなければ」
「ロータスさんは、アルフレッド王子が姫様をどうかしてしまうと思っているんですか?」
「可能性は排除できんと言っているのだ。ロムガルドそのものも、あの魔王に狙われていることを考えれば……王位など砂上の楼閣といえるかもしれんが、それでも大陸二大国の片割れの王位というのは人を狂わせる力がある」
「問題は山積みだな……いっそロムガルドは避けていくか?」
ホークはそう提案したが、現実的でないというのもわかっている。
何よりゲイルとマリンはロムガルドに返さなくてはいけないし、このまま国境を渡らずにレイドラにいれば背後からいつ魔王やラーガス軍に襲われるか分かったものではない。
レイドラはもはや障害物のないまっさらの大地だ。今にも敵が飛びついてきてもおかしくない。
諸々の危険を承知で、それでもロムガルドを通ってレヴァリアを目指す方がいいのだ。
「……明日にはロムガルド……あんなに帰りたかったのに、負けて戻るとなると……気が重いものですね」
マリンが火を見つめながらつぶやく。
大手を振っての凱旋ではなく、敗走だ。それもまたトラブルの予感を感じさせた。
「ただ負けて戻るわけではない。最後に勝つために戻るのだ。気持ちを負けのままにしてはいかんぞ、マリン」
「そうですが……」
「血泥にまみれているからそんなマイナスの考えになる。そうだ、近くにいい泉がある。帰る前に共に身づくろいでもしよう」
「ちょっ……ロータスさん、そういうのは男性の耳に入らないように言ってくださいっ!」
「気にするな。どうせ負け犬と童貞だ」
「なっ……」
「だから童貞とか呼ぶなこの変質者!」
「はっはっはっ」
ロータスは朗らかに笑って立ち上がり、林の中に歩き出してしまう。
「私を覗きたいなら覗いてもいいぞ。それも青春だ」
「絶対それ何か罠とか仕掛ける奴だろう!?」
「見損なうな。童貞相手に乳の一つも出し惜しむほど私が無粋な女に見えるか?」
ロータスはそう言ってさっさと行ってしまう。
残った男女四名。
とても気まずい空気が流れる。
マリンはついていったものかどうしたものかと中腰で悩んで結局座り、男二人をジト目で見張る。
いわれのない疑いを受けたホークとゲイルは顔を見合わせ、そしてファルはというと。
「私も身づくろいがしたかったところです」
「姫様!?」
「ファルですよ、マリン。……あ、ゲイルは来てはいけませんよ。『スパイカー』で刺します」
「い、行かねェヨ!?」
ホークはどうしろというのか。いや、言いたいことはわかるが行ったら負けな気もする。
ファルの姿が消えていき、残る三人。
「……い、行ってはいけませんよ、ホークさん」
「行けるかよ……」
「……ならいいんですけど」
ボソボソとマリンの釘刺しに応じるホーク。
……ふと、「童貞ども」ではなく「童貞と負け犬」だったことが少し気になって。
「……そういや、お前……女、いるのか?」
ゲイルに聞いてしまう。
ゲイルはとても気まずそうな顔をして。
「……い、いるっていうか……その……」
「ゲイルのいた騎士団では叙任祝いに新米を娼館に連れていく風習があるそうです。不潔な」
「お、おいっ」
マリンに低い声でバラされたゲイルは、まるで立場がない。
……しかしホークは無意味に負けた気分になった。聞くんじゃなかった。
「……なあ、お前は……童貞なのかヨ」
「うるせえ」
「……アレ使えば、エロいことなんてどうにでもなるんだろ。どうせ世間体なんて何もねェチンピラなんだし」
「そんなことに使うチカラじゃねえよ! むしろ斬新だよその発想!」
目にもとまらぬ早業でどうしろというのか。下着でも盗むのか、誰にも気づかれずに覗けるポジションでも確保するのか。何も解決になっていないだろう。
「だから……何なんです、アレって」
マリンは不服そうな顔をした。まだわかっていなかった。
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