次の段階へ

 ファルの両手で「フレイムスロウ」がオレンジの光を、「エアブラスト」がエメラルドグリーンの光を孕む。

「ま、待て……勇者ともあろうものが、一般市民に魔剣など振るうのは道にもとるとは思わないのかっ!」

「いえ、全く。……ご存知ないかもしれませんが、ロムガルドの勇者はどんな敵にも手加減しないものです。例え全くの一般人を街ごと焼き払ったとしても、それが必要と認められれば王家は必要な犠牲と呼ぶでしょう。まして、刃を向けた無法者に何の遠慮が要りましょうか」

「くっ……野蛮人どもめっ!」

 リーダー格の男が両手で印を結び、何事かの魔術を使おうとする。幻聴を送ってきたことといい、やはり魔術師のようだった。

 が、そんな隙を与えるほどファルは鈍くない。

「ええ。野蛮にいきましょう」

 ダン、と踏み込む。一歩の踏み込みで何ヤードもの距離を詰め、リーダー格を守ろうとした有象無象の雑魚を、両剣でつむじ風のように回転しながらすれ違い、まとめて4人胴切りにする。

 次の一歩でリーダー格の男に迫り、両剣を突き出しつつ魔剣の力を解放。

「ぐおあああああっ!?」

 ボウッ、と火柱が立ち、リーダー格を火達磨にして空に跳ね上げる。

「貴方には消し炭が似合いです」

「このガキ!!」

「よくもメンターを!」

「おいでなさい。今の私にかなうものなら」

 微笑すら浮かべるファルは、髪色以外はいつものメイと同じ姿のはずなのに、もはやファルネリアとしか思えない風格を漂わせて周囲を囲む不穏分子たちを挑発する。

「ホーク様、ご覧になっていて下さいな」

「メイの体で無茶すんなよ!?」

「ふふ。他の誰より、無法者を気取る貴方の物言いが一番正しいというのが楽しいところです」

 ファルは優雅に笑って、流れるような身のこなしで、襲い掛かってきた不穏分子たちを新たに3人、斬り捨てる。

 間合いの取り方も剣捌きも、まるで次元が違う。

 小さな体でありながら、卓越した身体能力を存分に駆使し、魔剣効果を使うこともないままに、大の男たちが一刀で命を絶たれていく。

 それは魔剣の力抜きでも、メイの異様な格闘技術抜きでも、ファルネリアが積み上げてきた研鑽が一流である証だった。

「今なら、私に触れられる者はいませんとも」

「姫、無茶をなされますな! 私やゲイルもおります!」

「口より早く手を動かしなさい、ロータス。世に仇為し、ホーク様たちの道を阻む者たちに手心は必要ありません」

「姫……」

「それと私はファル。貴方もそう呼びなさい」

 その名を口にするたびに、彼女は大切な物を愛でるように微笑む。

 なんとなくホークも察した。……彼女にとって、それは自分の存在がホークに認められた証だ。

 彼女が世界の命運を託したレヴァリア一行の一員として、姫君という肩書の外で手に入れた新しい姿が、この世に居場所を持った証。

 ……そして、おそらくずっとロムガルドの虎の子、“勇者姫”として過ごしてきた中で、家族以外で初めてかもしれない……もしかしたら家族にすら与えられたこともなかったかもしれない、「愛称」という宝物。

 ホークが彼女の正体を紛らわすために何気なく与えたそれは、きっと彼女にとっては、人生を左右しかねないほど大切な存在なのだった。

 ロータスの言っていたことが改めてわかってくる。アンバランス極まりない彼女の人格に、ホークはどんどん深入りし、手形をつけていっている。

 魔王戦役は、まだ予断を許さない。ホークも彼女も、そしてメイも、決して無事に生き残れないかもしれない。

 だがその先があったら、どうなってしまうのだろう。

 ロータスがファルネリアの未来を望み、ホークを煽った気持ちもわかりはするが、本当にこのまま彼女が未来を迎えたら、だいぶややこしいことになるのではないか。

 だんだんホークも怖くなり始めていた。

「テメェ、ボンヤリしてんじゃねェ! ……オラァッ!」

 死体袋を引きずったまま、寸時足を止めてしまったホークを援護して、ゲイルが抜き放った「フレイムスロウ」の柄で敵を殴り飛ばし、爆炎を放って後続の追撃を牽制する。

「お前は女の方運んでっからいいだろうが、こっちは大の男の死体なんだぞ、ボンヤリじゃねえよ重いんだよ!」

「言い訳してる暇があったらさっさと安全な所まで運ぶか応戦しろボケ!」

「簡単に言うんじゃねぇ、これだから体力バカは嫌なんだ!」

「またバカって言いやがったな! 覚えてろヨ!?」

 ホークは“祝福”直後の疲労に加え、蓄積した芯からの疲れでだいぶしんどくなっている。もう昨日のいくつかの騒ぎを経て翌日ではあるが、その間に休息らしい休息は取れていないのだ。

 せめて仮眠くらいしないと“祝福”で使った根本的な体力は戻る気がしない。

 あと一回。それが平静を装える限度だろう。まだなんとか走れるが、もう息を整えても取っ組み合いができる力はない。

「ロータス! 死体をかばえるスペース作ってくれ! ファル! 突っ込んでないでこっちのフォローを頼む!」

 せめて張り上げることができる声で、必死に彼女らを動かして自分の弱みをカバーさせる。

 ロータスは多対一の変則戦闘に関しては熟練であり、ホークの指示の意図を正確に汲み取ってくれる。酒場の時のように「なんとなくのコンビプレー」は読み違えても、いざ現場の戦術で下手を打ちはしない。

 そしてファルはホークの言葉に、小犬のように素早く従ってくれる。

 あっというまにホークへの攻撃を防衛する陣形が成立し、手強い二人を攻めあぐねた敵の攻撃は、余ったゲイルに向く。

「ひでェ!?」

「貴殿も勇者なら凌いでみせよ!」

「彼女の死体を守り切れなかったら魔剣は没収、勇者号も剥奪ですよ」

「そりゃねェだろヨ! 畜生クソチンピラばっかり!」

「あと、次にホーク様をそう呼んだら両腕ヘシ折って谷に捨てるとメイさんが言っています」

「勘弁してくれヨォ!!」

 半泣きで魔剣を振り回すゲイル。

「……おいファル。メイと話すのって意識飛ばさないとできないんじゃねぇのか」

「メイさんならそろそろ言うと思っただけですよ。私もだんだん腹が立ってきていますし♡」

「……とりあえず嘘は良くない」

 実際、メイならホークをずっとぞんざいに扱うゲイルにそろそろ折檻しているだろうとも思う。

 でもファルも危険度ではメイと大差ない気がする。笑顔でいきなり人を斬れるぶん、彼女の方が心臓に悪いかもしれない。

「姫、ホーク殿と仲良くされるのは良いことですが……」

「ファルと呼びなさいと言ったはずですが。……それにゲイルも含め、ロムガルドの勇者は勇者隊というだけで思い上がり過ぎなのです。それはジェイナス様のような、真に『勇者』たる先人が、多くの修羅場を潜り抜けて手に入れた畏敬と栄光。それを継ぐにふさわしい品格を持ち、困難に自力で立ち向かえぬなら、本当に剥奪すべきだと思っています」

「手厳しい」

「勇者の名は本来、彼の背を見た民草の口から生まれるべきもの。魔剣の才能で簡単に名付けられるべきではない。……ゲイルがもしも本物であるなら、王や私が何と言おうと、いつかきっとそう呼ばれるでしょう。……そうでしょう、ロータス?」

「この土壇場の時代に、新米に理想を叩きつけてやるものではないでしょう」

「お前ら呑気にしてるが、リュノだってそんな新米の一か八かの試練のタネにしていいわけじゃねえからな?」

 ホークは周囲の状況を確認し、溜め息をつく。

 ロータスとファルは守りに徹しているので、数人が距離を取って囲んでいるだけで決して攻め込んでこない。ファルの凄絶な斬撃を見てしまえば、無策で突っ込んでも何一つ望みがないのは分かるのだろう。

 そしてゲイルは一度に6人に攻撃されている。

「フレイムスロウ」の威嚇効果は高いが、ゲイルの使う「爆発」効果は威力の集中が難しく、見た目の派手さと裏腹に素早く伏せるだけで致命傷を避けることができる。

 そして、魔剣発動の予兆としての光の高まりは、ゲイルが威力調節もできない腕前な以上、誤魔化すことも隠すこともできない。

 爆発とともに突進してのがむしゃらな攻撃が持ち味のゲイルは、リュノの死体を守りながら戦うのは不得手の極みだった。

「バカ騒ぎはお開きだ。さっさと片付けて帰るぞ。こんなトコにいつまでも用はねえ」

 ホークは、憎たらしいが未熟な「仲間」に、手を貸してやることにする。

 これが最後だ。最後の“盗賊の祝福”だ。


 集中する。

 魔法の水袋と干渉して飛び散ってしまった「道具袋」の中身には、投げ短刀なども含まれている。

 それに、既に倒れた敵の持っていた斧や短剣もあちこちに突き立ち、転がっている。

 久しぶりに“祝福”を酷使して体の限界近くまで来たせいか、いつもと感覚が違う。

 タイミングが切羽詰まっていない分、手の届く範囲が広く感じる。

 意識の中で「予約」を始めても、行動のための体力配分に余裕が作れる。

 これはもしかして、「やりすぎた」せいで感覚がおかしくなっているんだろうか、と思いながらも、「これ以上は無理」と自分の感覚が訴えるギリギリまで、そこらの武器を拾っては投げ、あるいは手近の敵に叩きつけ、一撃で致命傷を与えていくイメージを練り上げていく。

 残りの全ての敵が、ホークの「攻撃予約」内に入ってしまう。いつもなら2~3人を殺すのが限度だというのに、10人を超えた。

 さすがにおかしいだろう、と思いながらも「できなければその時はその時だ」と腹を括る。


「終われ」


 意識が横殴りの吹雪……ではなく、足元から湧き上がる砂のように細かい泡に飲み込まれる感覚。


 そして。

 次の瞬間にホークは十数ヤード先に移動し、文字通り全て終わらせていた。

 一瞬前まで生きていた敵は、全員が首や心臓、頭部に致命傷を受けて一斉に倒れ伏した。

「……!!」

 ズシ、と全身を襲う限界の疲労。

 膝が落ちる。眩暈がする。

 だが、それ以上に「成功した」ことが信じられない。

「……嘘だろ……!?」

 振り返って自分の戦果を見る。本当にできている。

 何がどうなって急に効果が拡大したのか、自分で全くわからない。

 そして、ファルとロータス、ゲイルはその怪奇現象を数瞬遅れて認識する。

「え……えっ、ホーク様……!?」

「馬鹿な……ホーク殿、これは貴殿か!?」

「なん……なんだァ!? いつの間に全員死んで……お、お前がやったのかクs……盗賊!!」

 生き残った敵はいない。全ての危険は、この場から消えて失せた。

 それを理解し、全員がホークに駆け寄る。

「……わけわかんねぇや」

「それはこっちの台詞だボケ! なんだ、何しやがった!」

「……これがホーク殿の実力だ。貴殿が見えないうちに全員、この御仁が一人で殺ったのだ」

「……聞きしに勝りますね……メイさんの言っていた以上です」

 ホーク自身を含め、全員があまりの結果に呆然としている。

 ホークは自分の手を見た。

 疲れ切り、震えているが、いつもの自分の手だった。

 だが、それが急に何か恐ろしいものに見えた。

「……もしかして……“祝福”は、成長する……いや、使いこなしてなかった……のか?」

 それに答えられる者は、この場にはいない。

 ホーク以外の誰も、その力の全容などわかるわけがないのだ。

「……ロータスの言ってたのは……こういうこと、かヨ」

 ゲイルは周囲を見渡し、その苛烈なまでの殺戮能力に震えて、そしてホークを今までと違う、畏怖の入り混じった視線で見る。

 今までの舐めた態度が気に食わなくて仕方なかったのに、ホークは何故か少し寂しかった。


       ◇◇◇


 町に戻るとマリンが怒った顔で待っていた。

「私を置いていくことはないじゃないですか!」

「そうは言っても、貴殿が早く弔わなければ不埒者たちは多かれ少なかれゾンビ化して災いになっていただろう。そしてこちらも一刻を争ったのだ」

「でも……まるで私が要らない子みたいじゃないですか!」

 まるで子供のように喚くマリン。ホークはそれが何だか妙に嬉しい。

 帰り道はずっと妙な雰囲気のままだったのだった。ロータスだけは元々理解していた(規模はともかく)ので、いつも通りでいてくれた(肩も貸してくれた)ものの、ゲイルは鬱陶しい元気はどこへやら、ずっと黙り込んで死体運びに励み、ファルも想像を超えたものを見たショックで態度がぎこちなくなっていたのだった。

「不穏分子たちは全て倒してきた。後腐れなく、な」

「そんな危険なことなら……ますます神官の私を置いていくなんて!」

「いや」

 ロータスはホークとファルを横目で見て。

「我々などが力になるというのすら、おこがましいかもしれない。……レヴァリアの勇者一行は、強いぞ」

「……そうかも知れませんが……ゲイル、あなたがそんなに静かだなんて」

「……うっせぇヨ」

 元気のないゲイルをマリンが心配する。

 彼女には彼女のままでいてほしい、となんとなく思うホークだったが、それよりも疲れて眠くて仕方がない。

「悪い。ロータス……あと、頼むわ。疲れた」

「……任された」

 ロータスの肩に何もかも預けて、ホークは目を閉じる。

 戦いはやはり自分の役目ではない、と思う。

 こんな風に恐れられるのは望むところではなかった。

 おそらくそうも言っていられない事態が続くのだろうな、とも予感しながら、今はただ、眠りたかった。

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