盗賊と勇者たち

 金髪になったメイは、地面に図を描いて説明し始めた。

「今現在、私というかファルネリアは魔王に殺されかけています。むしろ殺してくれた方が話は早かったんですが」

「何を言ってるんだ」

「いくらメイ殿でも少々聞き捨てならんぞ」

「黙って聞きなさいロータス。話が進みません」

 鼻白んだロータスを、メイは木の棒でビシッと指して黙らせた。

「おそらくホーク様やロータスは知らないでしょうが、生き返りの秘法には2つの種類があります。ひとつは死んだ人間を蘇らせる方法、それともうひとつは『死んだ瞬間に別の場所で複製体に魂を飛ばす』という手法です。後者に関しては魔族の秘伝なので知らなくて当然ですけれど」

「え、いや、あー」

「……ガルケリウスがやった、とイレーネ殿が言っていた手法だろうか」

「……えっ、知ってるんですか?」

 メイがなんだか妙に残念そうな顔をした。ドヤ顔がしたかったようだった。

 それを横でポカンと聞いていた神官勇者マリンが、ハッとしたように首を突っ込んできた。

「そ、それはパリエス教会では机上の空論とされている禁術のはずです! 肉体の断片から別の複製体を作るというのは危険な……」

「魂なき器はアンデッド化の恐れが強く、徹底して浄化した空間に置いてもまだ危険が残る。それに本体からの『魂の緒』の繋ぎ替えは困難を極め、現状ではどういう術式をもってしても実用化は不可能……という論文ですね。私も読みました。あなたの師匠筋の神官の著作でしたね、マリン」

「……!」

 すらすらと、難しい話を嫌うメイができなさそうな話をしてみせる「金髪のメイ」。

 ホークとロータスは顔を見合わせ、これはただメイが何かの衝撃でイカレているという単純な話でもなさそうだぞ、と頷き合う。

「ロムガルド領内の魔族討伐戦の記録を辿ると、どうもその論文に反して、死を欺いている魔族がいたのではないか、という疑いがあるのです。その話を教会関係者にしても埒が明かず、私は知己を通じてパリエス様本人と連絡を取り、裏付けを得ました。……思った通り、魔族は実用化していたのです。いえ、技術的難易度をクリアすれば、この手法の方が極めてローコストで安全と言えるものですらあったのです。なんといっても原理が原理なので、頭が粉微塵でも関係ありませんし」

「ちょっ……待ってください、パリエス様本人と……えっ、何を言っているんです!?」

 マリンは混乱していた。ああ、自分と同じ反応だ、と思う。

 神様が自分と同じ次元で生きている、というのは、遥かな高次存在と考えていた身には青天の霹靂なのだ。

 そんなマリンを面倒臭そうな目で見た金髪のメイは、とりあえず無視することにしたようだった。

「まあそういうわけで、そういう備えをしていた私は死んだ方が簡単だったのですが。……魔族は魔族で色々考えているものらしく。パリエス様からの手紙でも長い警告がありました。曰く、殺しても無駄だと理解した魔族は、しばしば相手を瀕死のまま長期間封じる術を使う……術者によっては数十年単位で生き地獄を味わうことになる、と」

「……そうか、死んだら復活するっていうならギリギリまで弱らせたまま殺さないってのも手なのか」

 ずっと瀕死で何もできなければ、死んでいるのと変わらない。殺すことで生き返ってしまう可能性があるなら、そうした方が効率的だ。

 いずれ魂の入っていない複製体を探して始末してから、万全の状態で本人を殺せばいい。

「そして死にたくても死ねない状態にするばかりでなく、命を保護したうえで苛烈な拷問を行って、相手の心を壊す魔族もいるそうです。心を折ってしまえば、例え復活したとしても刃向かいようがないですからね」

「……ひとつの便利な手段が生まれれば、それに好き放題させないための手段も次々開発される……というわけか」

「そうです、ロータス。……ここでようやく私の今の状態に話が向くわけですが」

 棒人間でファルネリア、魔王、そしてホークたち三人を描き、また離れた場所に「ロムガルド」と書いた四角を描くファルネリア。

 木の枝で地面にゴリゴリ描いているとはいえ、絵心があまりになく、そこらの子供の落書きにしか見えないが、とにかく説明するための図のようだった。

「ここで私を……ファルネリアを殺せば、ロムガルドで即復活する。魔王はあのあと、術の用意に気づいてしまいました。姉上が調子に乗って私にトドメを刺せばよかったのですが、ホーク様たちが去る時に謎の弓手が姉上を倒してしまいましたので」

 ホークがやったというのは気付かれていないようだった。「今のメイ」が本当にファルネリアだとすれば、の話だが。

 疑っているというより、話の結論が明かされていないので今の状態を断定しようがない。

「魔王は死ななかったのか」

「矢が刺さったようなのですが、さすがに一旦倒れはしたものの起き上がりましたね。姉上はそのまま死んでしまったようですが……魔王の様子ではいずれ生き返らせるかもしれません。少なくとも我が国にとっては、寝返った姉上の姿は絶大な意味がありますから」

「……死ななかったのかよ」

「あの弓手に心当たりが? 勇者数十人を相手取っても傷一つ負わなかった魔王に矢を当てるなんて、恐ろしい腕前です」

「……その話はまたそのうちな。今はお前だ」

「あ、はい。……それで、地を這ったファルネリアは、その『瀕死の状態』を維持するための封印術をかけられ、ナクタ城の玉座に……リディックの魔剣『オーシャンフューリー』で、腹を貫通されて縫い止められてしまっています。かろうじて喋ることはできますが常に激痛に苛まれ、遠からず壊れることでしょう」

「……でしょう、ってお前」

 彼女自身の話のはずなのに、妙に他人事だった。

「そこでファルネリアは最後の手段として、このペンダントにかけたもう一つの『策』を使ったのです。……元の体に最低限の自我を残して、大半の記憶と人格をよそに飛ばし、保存する魔術。これもパリエス様の授けて下さった術です」

 記憶? 人格?

 それは魂と何か違うのか? とホークは首をひねる。

「……つまりどういうことだ? それは……ええと、そんなことができるなら素直に用意したカラダに乗り換えたらいいんじゃないか?」

「私の魂は元のまま。というより、魔王の封印術が効いている限り、あの体を離れることはできないでしょう。そういう事態になって、心が破壊されるのを危ぶんだなら……私の『健康な状態』の心を別に分けておけばいい、ということです。もしもファルネリアがあの状態のまま、どんな苦痛や恥辱でボロボロにされようとも、こちらに分けた記憶と人格をまた戻せば、被害は最小限で済みます。そういう、まあ言うなればカウンターカウンターと言いますか、そういう術の触媒がこのペンダントなんです」

「はあ」

 ……よくわからない。

 結局ファルネリアなのかそうでないのか。どういう扱いにすればいいのか。

 とにかく、メイには今、ファルネリアから分割された記憶と人格……まあ生き霊でも取り付いていると思えばいいのだろうか。ホークはそう理解する。

「……本当は最悪の場合、マリンにでも持たせるつもりだったのですが。メイさんが通りかかってくれた上、レヴァリアに戻るというので、一番安全だと思ってお渡ししました。……まさか城まで追ってきていたとは思いませんでしたけれど」

「……メイは万一の時の都合のいい寄生先、ってことで目を付けてたわけか。宝物と言って渡して騙して」

「そう言われても仕方のない事とは思います。いずれ謝罪はいたします。私に動かせる富ならば、どれだけお渡ししてもいい」

「お前な」

 ホークはあくまでしれっとしているファルネリア……の人格? に指を突き付けて詰め寄る。

「俺は貴族とか王族とかのそういうのが気に食わないんだよ。テメェの都合で騙して利用して、金はやるから黙ってろって? メイはウチの勇者パーティ二番手だぞ。本来は王族だからってどうにでもできるほどの雑魚じゃねぇんだふざけんな」

「ホーク殿」

「邪魔すんな、俺はこいつに筋ってもんをな」

「そんなことが理解できぬような方と思うか」

「メイは自分のカラダ乗っ取られてんだぞ! 義理も何にもねえ他国の嘘つき女にだ! 笑って済むかよ!」

 ホークはロータスの襟首を掴む。

 そのロータスも元を質せばロムガルド側。ジェイナスもリュノも死に、中立とはいえホークの頼みを聞くと言ってくれたイレーネももういない。

 メイはホークにとってただ一人、どんな事態になっても信用できる味方で……いや、もはや家族のように思っていたのだ。

 そのメイの体に勝手なことをされている。本人の同意を得ずに、あんなに苦しめて、挙句に乗っ取って。

 ホークはそれに腹が立った。

 ファルネリアはその手をそっと上から握り、引く。

「申し訳ありません。この身が元のファルネリアなら、殴るなり嬲るなり、なんなりと……と言えたのですが」

「……っ」

「メイさんの体では、傷つくことすら許されない。……ですが、私も多くの同胞の死を背負っています。このまま諦めるわけにはいかないことをご理解ください」

「……カラダを出ていくってわけにはいかねえのか。そっちのマリンって女、あいつが本当は適任なんだろ」

「えっ」

 マリンはいきなり話を振られて慌てた。

「わ、私の体に姫様を……そ、そんな、恐れ多い」

「いえ。敢えて……図々しいと理解しながら、メイさんに居座らせてもらいます」

 ファルネリアは強い目でそう言い切る。

「なんでだ」

「我が国の者であるマリンでは、ただの避難先にしかならないからです。……メイさんと貴方なら、魔王と戦える。ジェイナス様とリュノ様が復活すればなおの事。そして、あのイレーネという魔族をも味方につけた貴方たちなら、この魔王戦役を最後まで戦い抜く器量があると考えます。私はそこに関わることを望みます。勇者の国の、“勇者姫”として」

「……俺はともかく、他の三人は確かにその器だ。だからこそお前は邪魔だと思わねえのか?」

「メイさんとは共存します。私の見識もご提供します。それに、いずれまたナクタに戻り、かの者の封印を解かない限りは、私は国元に帰っても、蘇ることも采配を振るうこともできません。どうかレヴァリアまでの道のりを……そしていつか封印を解き……あるいは壊れた私を殺すまで、どうか」

「……っ」

 ホークは少女の覚悟に気圧される。

 彼女は、メイと一つしか違わないのだ。子供と言ってもいい歳なのだ。

 それなのに、魔王戦役をここまで広く捉え、勝つために努力し、身を捧げ……そしてホークのような下賤に侮蔑されても、許しを請い、前に進もうとする。

 それに対し、ホークはどこまで言う資格があるだろうか。

 自分の言うべき範囲が分からなくなる。

 これがジェイナスなどの他人がリーダーの時なら、いくらでも憎まれ口を叩いてしまえばいい。決めるのは自分じゃない。無視されてふて腐れるとしても、ホークはシンプルな態度でいい。

 だが、ホークは今は唯一の「レヴァリアの勇者一行」の意志決定者だ。

 ホークは向き合わなくてはいけない。現実に。姫君の訴えに。

 ロータスを見る。

 ロータスはホークがどういう決断を下すか注視する。

 彼女は外様だ。相談して意志を与える権利はないし、そのつもりもない。

 ホークは今、決めなくてはいけない。


「……メイが嫌がったら、そっちのマリンに大人しく移れ。……それ以外は、仕方ねえ」


 ホークは、結局そう言うしかない。

 王族の、そして世界を救おうと真剣に考える英雄の覚悟に、堂々と壁を立てるだけの強さはホークにはなかった。

「わかりました。今相談します」

 彼女はそう言って頷くと、目を閉じ、倒れる。

「……おい?」

「姫!?」


       ◇◇◇


 そして、半刻後。

「ものすごくふんきゅーしたけど話、まとまったよ。……とりあえずおっけー」

「……メイに戻った」

「毛の色がまた銀に」

「戻れなかったら流石に許すも何もないよ!」

 目を覚ましたメイの申告によると、どうやらファルネリアの希望は通ったらしい。

「ええと……わ、私はどうしたらいいんでしょうか」

「……おい最初から説明してくれヨ、マリン」

 所在なさげなマリンと、ようやく敗北のショックから立ち直って途中から騒ぎを見ていたらしいゲイルも加わり、彼らの旅はまたレイドラに戻るところから始まるのだった。

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