裏切りの姫君

 再編された勇者隊は総勢で40名ほどにも及んだ。

 それら全てがジェイナスとまではいかなくとも、ロータス並みの戦闘力を備えているというなら、40人で一軍にも匹敵する。

「しかし……元々これ以上の人数で敗走したというのに、力押しで攻め込むのはあまりに無謀だ。姫は何を考えている」

「もしかして、戦力に隙ができてるタイミングなんじゃない? ちょっとこの街、静かすぎるし」

「かもしれねぇが……とするとなおさら、あの優雅な姫さんが、ああも雄たけび上げてドタバタ突っ込んでくるっていうのも違和感あるな。ピピンではああじゃなかっただろ」

 ホークたちは教会の鐘楼からその様子を観戦する。

 防壁を破壊し尽くされたナクタの街はどこからでも侵入し放題。攻める側にとって好条件この上なく、特に魔剣使いが攻撃しやすい大通りは絶好の進撃ルートといえる。

 それを止めようとした多少の魔王軍兵は鎧袖一触で斬り捨てられ、勇者たちは一直線に街中央の王城に突撃していく。

「ヒュー。……あれだけの勢いがあればなんとかなるって思っちまうのもわかる。古の魔剣も結構あるだろ、あれ」

「姫やリディック殿も然り、各隊のおもだった手練れは大抵、古の魔剣を帯びている。私に与えたのは本当に必要ないからだろうな」

「……割と姫さんも酷いな」

「私が『ロアブレイド』を手に入れたことをご存じなかったのだから、せめてもの守りにこれだけ寄越されるのは厚意以外の何物でもあるまい」

 その姫君は桜色の光を放つ魔剣を手に、陣形中央から後続に指示を与えていた。

「やはりアルフレッド殿下の隊が先陣か。姫は指揮を任されなかったようだな」

「そうなのか」

「姫なら先陣はリディック殿あたりに任せ、自分はそのすぐ背後からフォロー。既に敗因を知る他隊の勇者は後詰に回らせるだろう。……一度崩れた隊は感情的になっている。いくら傷を癒して急場の再編成をしても、本来の実力を発揮するのは難しい。自滅の危険を避けるために予備戦力として下げておきたいのが本音だろう」

「リベンジに燃えて突っ込んでくれてるんだから、非情に徹すればつっつき役として使い捨てるのがベターじゃねえかな」

「勇者の数には限りがある。手練れならなおさらだ。これ以上減らされれば我が国の守りすら危うい。……何より、ここで勝っても大勢は取り返せんのだ。勝手に燃え尽きてもらっては困る」

「でも、姫さんは主導権を握れなかった。……立場悪ィのかね」

「“勇者姫”として国元では絶大な人気を誇る反面、他の王子に長く仕えているベテランの勇者たちの中には『小賢しい若輩が生意気な』と鬱屈する者もある。特に今回は現場に遅れて現れたのだから、状況を耳で聞いた程度で訳知り顔で前に立つな、と噛みつかれたのかもしれん」

「そこは『無礼者!』って叱り付けてやりゃいいだけじゃねえの?」

「なかなか高慢な振る舞いはできないのが我が姫の美点であり短所だ。長兄ヘンドリック殿下や姉姫アーマントルード殿下に比べると、やはり若すぎる分迫力にも欠ける」

「あの姫さん、実のところいくつなんだ? 俺よりは下に見えるけど、貴族のトシは読めねえんだ」

「14歳だ」

「じゅうっ……メイと一個しか違わねえのか……」

 肌艶の良さの分は市井より若く見え、気品と落ち着きは同い年よりも成熟した感覚を与える。

 ちぐはぐな印象を与えられて混乱している自覚はあったが、そこまで若かったか。

 それなら、歳のいった武辺には侮られるというものだ。

「それよりも、他のところに目を配れ。先ほどのアーマントルード殿下、私の見間違いでないとしたら……厄介だ」

「ああ……」

「ね、ねえ、どういうことなの? なんで行方不明のお姫様が見つかって、そんなに深刻な話になるの?」

「さっきの状況をよく考えてみろ。勇者の死体を教会に詰め込んでおく冒涜。魔王軍が意識せず偶然にやったんでないとしたら、あの姉姫の仕業ってことになる」

「……え、ええ? なんで?」

「それを見つけた俺たちを見て、ロータスがいるのに助けも求めずニヤついて、挙句に魔王軍兵がすぐに現れる。偶然の話に思えるか?」

「……わかりやすく言ってよう」

「姉姫は味方を魔王軍に売ったんじゃねえかってことだ」

 ありえない話ではない。

 命の危機となれば、親兄弟だって売る人間はいる。

 前回の壊滅で兄王子は死に、無敵のはずの勇者隊もさんざんに追い散らされた。

 僅かな手勢とともに逃げ回り、追い詰められた姉姫は、部下の命と魔王軍への恭順を交換条件に寝返った……そういう話なのではないかとホークは睨んでいるのだ。

「だとすれば、姫さんたちは裏切り者を引き取るためにここに飛び込んできてることになる。まんまとカチ合っちまったら、今度こそ勇者隊は魔王軍の罠でパクッ、てなもんだ」

「そ、そう……なるんだ。じゃあ早く知らせないとっ」

「今から勇者隊のところに追いついて話をしても聞き入れてもらえない。特に姉姫の配下が信じねえ。下手すりゃこっちが無礼打ちだ。……俺たちが姉姫を押さえる方がいい。さっきは近くにいたんだ、王城に一直線に走ってる姫さんたちより早く捉えることもできる」

「そっか。じゃああたしこっち見る」

「ロータスはそっちを。イレーネは……いいや」

「なんじゃ。仲間外れか」

「お前は協力したいのかしたくないのかわかんねえんだよ。いちいち突っかかってくんな」

 鐘楼から見える景色に、三人で手分けして目を凝らす。

 イレーネはつまらなそうにホークの肩に肘をかけ、ホークが嫌そうな顔をすると口笛を吹きながら目を明後日の方に向ける。たいへん構ってほしそうだった。

「さっきの女の人……どういう服だっけ」

「赤いドレスにクリーム色のケープだった。目立つ色なので見間違うことはないと思うが……」

「邪魔な建物がだいぶ多いから見逃さないってわけにはいかないな……あっちの道に入っちまったら城まで一直線だが、ここからじゃ見えねえ」

「建物に入り込んで隠れてるってことは……」

「もしも姫さんたちの来訪が不意打ちだったなら、気まずくて隠れるってのもあるかもな。だが、それなら楽だ。姫さんたちは、信用してる相手に罠にかけられることは防げる」

「でも王城には勇者隊を蹴散らす戦力がまだいるかもしれないんでしょ……?」

「だとしても、あれだけの勇者集団に俺たちが加勢してどうなるってもんじゃない。もしそれで姫さんが負けたら、その死体だけ盗みに行くってことで……」

「セコイなぁ」

「何度も言うが、最終的にはレヴァリアまでジェイナス連れて行かなきゃなんにもならねぇんだからな。今回はうまくいったらすごい有利になるってだけの、いらない寄り道だからな」

「わかってるけどー」

 文句を言うメイを宥めながら索敵を続ける。勇者隊の進撃の音はどんどん遠ざかっていく。

 そうしていると、またイレーネがピクリと真面目な顔になった。

「……む」

「今度は何だ」

「……やれやれ。ああいうのは嫌いじゃ。メイは得意ではないのか?」

 イレーネはアゴをしゃくる。少し遠い建物の影に動くものがある。

 ホークはそちらに目を移して……そして硬直した。

「やべっ……おい、メイ」

「なに?」

「あれっ!」

 指差す。

 生え散らかした雑草のような髪の下に見える単眼。

 二階家の屋根にゆうに及ぶ、巨人族に倍する巨体。

「……あ、あー……あれ?」

「あいつだろ」

「別人じゃないかなあ」

「そんな何匹もいてたまるか」

「……あいつみたいなのあたしも嫌い。負ける気はしないんだけど気持ち悪い逃げ方されたし」

 メイはいやーな顔をした。

「なんて名前だっけ」

「“奇眼将”ドバルだよ。なんでお前が忘れてんだ。今までで一番の大物だっただろうが」

「ドラゴンの方が凄かったし」

「……お二人とも、あの創造体を知っておられるのか」

「うん」

「こっち見てるよな」

 ホークたちの方に、大巨人はズシンズシンと歩み寄ってくる。

「しばらくぶりだな、小僧ども。……前のようにはいかんぞ」

 単眼の大巨人は歯をむき出し、笑う。

 その手に持つ巨大な棍棒は、不気味に輝いている。

「……なあ、あれ」

「魔剣だ」

「これは……まずいのう」

「あんなお城の柱みたいな魔剣あるんだ……」

 四人は鐘楼の上でポカンと口を開け、そして争って屋根に飛び出し……ドバルは彼らめがけて、超巨大魔剣を振り上げた。


 爆光。


「……おおおおっ!!」

 教会は周囲の建物を巻き込んで根こそぎ粉砕される。

 が、ロータスは残り三人を背後に背負い、魔剣「シールド」をかざして破壊光から味方を守った。

「な、ナイス、ロータス!」

「保つかどうかは微妙な線だったが……あの創造体、魔剣使いの才能はそう優れておらんと見える」

 ロータスはゆっくりと魔剣を鞘に入れる。

「クフフフフ……新しく仲間を得たか。そう簡単に終わっては面白くない」

「あたし一人に負けて下半身捨てて逃げてった奴がよく言うよね」

「魔王様の創造体を、二度も同じやり方で倒せると思うなよ」

 ドバルは余裕たっぷりに言うと、棍棒とは逆の手に数珠状の何かの玉を取り出し、玉一つで人頭大のそれを一つ、指で潰す。

 シュボッ、と何かがそこから吹き出し、彼の手を怪しい光が覆う。

「触れるだけで溶ける魔毒の付与術だ。二度とナメた真似はできんぞ」

「自信満々だと思ったら、人から貰ったアイテムで吹け上がっちゃったかぁ」

「なんとでも言うがいい。死ぬのは貴様らだ」

 右手に超巨大魔剣、左手に魔毒。

 怪力の大巨人は、メイには二度と負けない、とアピールする。

 メイは溜め息をつき。

「ねえ、ドバルさんだっけ? ……もしかして、あっちの勇者隊無視してあたしたちに寄ってきたのって、ロムガルドのお姫様の差し金?」

「ほう。さすが真の勇者ジェイナスの郎党よ。あの女が裏切り者と見切っているか。ああ、そうだ。ジェイナス一行の小娘を追っているというのは教えてあったのでな。……醜いものよなァ。所詮は人などあんなもの。我らを邪悪と見下しながらその本質は獣そのものよ」

「ああ、そう。……なんかあたしがやるとエッチな目に遭いそうだから真っ黒女、やれる?」

「承ろう」

 ロータスは鞘を手に進み出る。

「なんだ、お前は」

「知らずともよい。貴殿はここで死ぬ」

「我の魔剣を受けてなお、言うか」

「魔剣を受けたからこそだ。素人の振り回しは見るに堪えん」

 鞘を構え、ロータスは深く腰を落とし。


「魔剣は、振り回せばよいというものではないっ!!」


 抜く。

 一閃、凄まじい光でドバルの目を潰し、二閃、伸びた剣がドバルの左手の内側の腱を切断。三閃、刺突がドバルの単眼を貫き、四閃、とどめの「ロアブレイド」が胸の中央に叩き込まれる。

 それでもドバルの分厚い胸筋は焦げ抉れはしても内臓まで打ち込めていなかったが、そこに後ろから跳躍したメイの渾身の横蹴りが叩き込まれる。

 魔剣に耐えた筋肉が、衝撃に波打ち、破裂する。

「グオッ……!」

「あんたより、もっとすごいのに遭っちゃったから……こんなのはっ!!」

 返り血を受けながら、メイは地面に降り立ち、踊るようにもう一度跳び。

 自らの首に巻くように振り上げた渾身の裏拳を、打ちつける。

 飛び掛かる勢いと合わせ、その一撃はドバルの胴体を、「拳で」袈裟斬りにした。

「オゴオォォッ!!!」

「新技の練習台、ありがと。……それと、二度と会いたくないから死んで」

 倒れたドバルに、メイは完全に肉食獣の目で飛び掛かり、両手両足でありとあらゆる攻撃をその頭部に加える。


 しばらくして、そこには完全に頭部をただの歪な残骸に変えられたドバルが残った。

「これでもう出てこないよね」

「……いつも思うけどお前キレると本当ヤバいな」

「キレ……? ん、どちらかというと怒ってるというよりうんざりしてるんだけどね。でっかいだけでつまらない相手だし」

「めちゃくちゃ目が獣っぽくなってたんだが……」

「あれ、あたしたちの拳法の得意技。本能をコントロールするの。普通の武術だと本能は抑え込むけど、うちの流派では逆に好きなタイミングで全開にして、肉体の限界を使い切るみたいな趣旨の修行があって」

「……とりあえず細かい理屈はわからないけど、まだガチ本気ではなかったというのはわかった」

 怖い子なのだけは確実なので、今後もできる限り手懐けていきたいと思う。

「ホーク殿、姫たちを追おう。この怪物に連絡する暇があったということは、アーマントルード殿下は既に近くにはおるまい」

「……そうだな。それに敵の陣営についてるってのもはっきりした。ほっとく手はないな」

「できるだけ戦わずにお姫様を救出して離脱、だよね?」

「ホーク殿の技の使いどころが問われるな」

「プレッシャーかけるなよ。もしも絶対に話にならないなら、何もせずに帰るってのも選択肢だぞ」

 言い合いながら王城を目指す。

 ……いつもなら盛んに茶化すイレーネは、妙に静かになっていた。


       ◇◇◇


 王城までの道には点々と魔王軍兵の死体が転がり、勇者隊はほとんど阻まれずに快進撃したことがうかがえる。

 逆に、前回はどういう理由があって壊滅したのか不思議なほどの順調さに見えた。

「後からついていく方としては楽だが……こんなに順調だと、今度は何の手伝いも出来なくて気まずい合流になりかねないか?」

「そんなことにはならぬ。何しろ姉姫様が敵とつながっているのだ。万事無事には済むまい」

「それもそうか……だけど、姉姫が裏切ってたとして、ここにもうろくな魔王軍戦力がいないっていうオチなら、逆にどういう態度に出てくるかが予想つかねぇよな」

「そんなはずはないと言っている。……そんなに簡単なら、屈強の勇者たちを従えたヘンドリック王子はみすみすやられるはずがない……絶対に何かがあるのだ」

 王城の門を慎重に通り、ホークたちは城内に侵入する。

 途中の吹き抜けや外壁にいくつもの脱出用のロープをかけ、いざとなった時にはすぐに脱出できるように気を使いながら進む。

「……静かだな。何かいるなら剣戟や魔法の音くらいしそうなもんだが」

「確かにな。……あるいは城ごと使った罠か。昔そういう戦いがあった」

「第一魔王の伝説だろ。知ってる。でもそれって確か引っ掛けられるの魔王側だったよな」

「意趣返しというのも有り得るぞ」

 囁き合いながら慎重に進むホークたちは、ついには勇者隊に追いついてしまう。

(出るなよ)

(わかっている)

(なんか喋ってるよ)

 物陰に隠れ、ホークたちは彼らの様子を窺う。


「ここにはあなたお一人だとでも?」

「ああ、ドバルって奴が城下にいるが、まあ奴のことは放っておこう。奴の手が必要な場面でもないし、お前たちにも関係がない」

 どうやら、玉座に座る人物とファルネリア姫が対話しているらしい。

 玉座の人物は不敵な若い男だった。キグラスの亜人らしい野卑なセンスはそのいでたちのどこにもなく、玉座に負けないほど優雅な佇まいは只者でないと一目でわかる。

 ホークは急に嫌な予感がした。

「それで用件を聞こう。遠路はるばる、そうも元気よくこのナクタ城に走ってきて、ただの散歩というわけでもあるまい? ロムガルドの勇者姫」

「……このナクタと、我が姉アーマントルードを返していただきます」

「返せと来たか。ナクタがいつお前たちロムガルド人の物になったんだ? 主のいない隣国に乗り込んで所有権を主張するのは、火事場泥棒という奴じゃないか。武力で貰い受けた魔王軍の方がまだしも正当性がある」

「……言葉を弄するつもりはありません。用件は言いました。我々は剣をもて、それを達成する覚悟です」

「なるほど。ユーモアの足りない妹君だ。……ではこちらもシンプルに答えるとしよう。ナクタが欲しいならやらんでもない。田舎町はもう飽きている。次はロムガルド王都アルダールか、その次の大きさの……なんといったかな。とにかくそちらにでも越そうと思っていたところだ」

「…………!!」

「次の話だが、アーマントルードは帰りたがっていない。特にファルネリア、お前の元にはな」

「……な、っ」

「寝物語にはちょうどいい、実に興味深い悲劇じゃないか。なあ、アーマントルード」

 男がそう言うと、ホークたちの隠れる場所のすぐ近くの入り口から、アーマントルードが数人の勇者を伴って現れた。

「姉上!」

「アーマントルード様!」

「お前たちも……無事だったのか!」

 アーマントルードの姿に安堵する者、驚く者、そして従う勇者たちを見て無事を喜ぶ者。

 勇者隊が反応する中、アーマントルードはその身なりの良さに不似合いなうすら寒い笑みを浮かべている。

「ファルネリア。……よくぞ来ました。待っていましたよ」

「……姉上、どういうことですか。彼の話は……」

「事実です。……帰る気はないですよ。だから、あなたを待っていたのです」

「何を……」

「あなたがいけないのですよ、ファルネリア。……私も、兄上たちも、皆……勇者の国の王家に生まれながらその才を持っていなかった。予言では魔王戦役がいつ起こってもおかしくない時代に、私たちはただびととして生まれ、あなただけが授かってしまった。それがいけないのです」

 アーマントルードは笑みを消した。

「民は“勇者姫”をこそヒロインと祭りあげましたよね。主役はその時点であなた一人。ましてこの身は女。魔剣の力も魔術の才もなくば、どう努力しても道化にもなれない。それでも、魔王が生まれればロムガルド王族として、虚しく旗を振るしかないのです。あなたにわかりますか? 主役にも、脇役にすらなれない舞台に、無視されるだけの背景として上がる者の気持ちが!」

「姉上、目を覚ましてください……! 主役だの脇役だの、そんなものは幻想です!」

「いっそあなたも無能なら良かった。上に立つ私たちがみな無能なら、栄光を得られぬ役回りなら……そんな立場にも納得ができたのです。……残酷よね。でも、でもね、ファルネリア。あなたの言う通りなの。全て幻想だったのよ、ファルネリア」

 アーマントルードはゆっくりと玉座の隣に立ち、座す青年の首に腕を絡める。

「主役も脇役も、ありはしなかった。あのバイザークやルティカ、ホルトもみんな、主役でも脇役でもない、ただ舞台に上がった瞬間、死体という背景になってしまった。そう、勇者としての才なんて何の価値もなかったのよ。……わかる? そんなものに拘泥して、勝利を信じて、勇者が魔王を討伐する、なんてお題目を無批判に守り続けるくだらなさが! 私たちを縛り付け、あなたを羨望することになった価値観の無意味さが!」

「姉上!」

「魔剣を使うチカラなんて、そんなものはね、魔王にかかれば瞬きほどの時間で誰にでも与えられる才能でしかないの! 私たちはそんなものをありがたがっていたのよ! そんな御方に勝つとか負けるとか言っていたのよ!」

 姉姫の目は、狂気に霞んでいた。妹を凝視しながら、何も見ていないような不気味な目になっていた。

 そして、ホークたちは戦慄する。

(……って、ことは……!)

(まずい……まずいぞ、ホーク殿!)

(魔族女、なんで言わなかったのっ……あれって!)

(…………)


 青年はアーマントルードの胸を無造作に掴み、恍惚とさせながら不敵に言う。

「この間は顔を合わすまでもなく吹き飛ばしてしまって申し訳なかったな。申し遅れた。俺が今代の魔王ジルヴェインだ。それで、剣をもて何をすると言ったか。……いいぞ。お前たちのその表情が見たかった。どれ、始めようか」


 彼が立ち上がると同時に、アーマントルード配下の勇者たちも、かつての仲間たちに対して魔剣を抜いた。

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