ナクタ潜入

 クラトス王国は畑作と牧畜が盛んな典型的農業国で、のんびりした気風が特色の国と言われている。

 が、国民の気風とは別に、軍の練度が高いことでも知られていた。

 国全体がなだらかで、また家畜の扱いにも歩兵の体力にも自信があるために、特に大部隊同士の陣形戦闘が得意。古来からの複雑な合図を駆使した敏速な部隊展開は個々の戦闘力を何割も高め、少ないながら魔剣が使える騎士も擁していた。

 だが、そんなクラトスも魔王軍の旗揚げとほぼ同時に一気呵成に攻め落とされ、王家は滅亡した。

 王都ナクタは堅牢だった市壁をことごとく破壊され、出るも入るも勝手放題。

 その中心の王城は、魔王の腹心の中でも随一の知能と兵力を誇るラーガスという将軍に一年以上にわたって占拠されていたが、それを満を持して討伐するのが大陸随一の武闘派たるロムガルド王国の精鋭「勇者隊」三部隊による作戦。……の、はずだった。

「確か王子か一人死んで、一人は現地入りしてなくて、姉姫は行方不明。今、勇者隊には指揮官がいないってことになるのか?」

「第一王子ヘンドリック殿下と第一王女アーマントルード殿下は直接指揮をされていたが、現地入りしていない第二王子アルフレッド殿下は、隊の指揮系統を厳格に序列付けしていたはず。アルフレッド隊が残っていたなら、彼らがまとめていると思うが……」

「でも、そういうのって隊同士でも、こっちが長兄派だから前たちは下だとか、そういう争いがありそうだな」

「ないとは言わんが、この場合は結局アルフレッド殿下が生きている関係で継承権が上になる。表立って盾突けはしないと思う」

「……ああ、そうか」

 兄の方がいくら偉くても、死ねば無意味。次の王位は弟に転がり込む。

「……変なこと聞くが、そういう時って死んだ兄王子の復活にはみんなで協力できるもんなのか?」

 ホークは少し嫌な想像をしながらロータスに聞く。

 ロータスは首を振った。

「……確実とは言えんな。遺体を回収できなかったと言えば、体のいい謀殺の完成だというのは事実だ。それに関しては死ぬ方が悪いで片付いてしまう面もある」

「やっぱりか。……生き返りの秘法ってロムガルドでもやってるんだろ」

「一応な。……おぞましくはあるが、生き返る物ならそうせねばならん命はある」

「それでも、そういうところで『王子ならどうあっても不慮の死で済まされるべきじゃない』みたいな道理や建前を大事にはしないもんかね」

「理想としては、人を救うという行為に個人の損得は挟まず、道徳的であってほしいものだが。……死者がまだ必要か否か、結局は生きた者が決める話だ。ジェイナス殿のように、例え犠牲を払うことになったとしても、誰もが復活を望むというのは、言うほど多いことではない」

「…………」

「それに魔族がどうなのかは知らんが、人類の生き返りの秘法には限度もある。頭が粉々にされていたなら、もう復活の望みがない」

「……あ、やっぱりそうなんだ」

 納得したような声を上げたのはメイだった。

「ホークさんが最初に王家の指示として言ってた手順に、体は捨ててもいいけど頭は持ってこい、みたいなのあったよね」

「ああ……そういえば」

 あの時はホークたちには意味が分からなかったが、どうもちゃんと意味があるらしい。

「って、つまり頭さえあれば生き返れるのか?」

「極論な。無論、体もある方がいい。だが胴体だけでは復活はしない。……そのあたりのことは国からきちんと説明を受けていないのか、ホーク殿は」

「本当に死ぬなんて思ってなかったし、もしもの時のための指示書も詳しくはなかったんだよ。……つまり、死んだの一言で復活の検討されてる様子もない兄王子は、頭をもう吹っ飛ばされたかもしれないってわけだよな」

「あくまで憶測ではあるがな。情報が姫からの僅かな口伝えだけでは……」

 ロータスは少し困った顔をして。

「ただ、ヘンドリック殿は問題児だ。魔剣の才能がないのに勇者より前に出たがり、長男として甘やかされたせいか感情的で幼稚だ。……これを機に、参謀気質の弟アルフレッド殿に乗り換えたがる勇者は少なくないかもしれん」

「嫌だねえ。妹姫二人もどういうドロドロが絡まってるんだか」

 ホークはロムガルドのそういうところが嫌なのだ。

 生臭い話もあるだろうとは思っていたが、ここまでとは。

「とにかく、それらを姫さんがどれだけしっかり握り込んで戦えるか……戦うにしても相手の情報がないんじゃ、二の舞かもしれないが」

「我々はそこに後から追いつくんだ。細かいことまで考える必要はない。他の勇者たちは放っておくにしても、いかに我が姫をうまく逃がせるか……それだけだろう」

「だな。……さてさて、シンプルな状況で済んでるといいが」

 ホークたちは不気味に静まり返ったナクタを丘から見下ろし、最後の装備点検をする。

「イレーネ。ジェイナスたちの死体とロバの番は頼めるか」

「儂を置いてきぼりにするつもりかの」

「だって手伝わないんだろ。留守番ぐらいしてくれよ」

「お前たちを手伝うわけではないが、見物はする気で来ておるのじゃぞ。……ロバには眠りの魔術、死体には不可視の魔術でもかけておけばよかろう。……その程度はロータスめにもできそうなものじゃ」

「……じゃあロータス、頼む。イレーネにやらせるとまた代償がアレだし」

「私もそれほど達者な方ではないのだがな……」

 ロバと死体はそういうことで、森に隠しておく。

 ホークは弓と矢を用意。相変わらず腕には不安が残るが、“祝福”の副次効果を利用すれば有用な場面もあるだろう。何より、敵に近づかずに事が決められるのは“祝福”使用後の疲労を考えると非常に大きい。

 ロータスは全ての魔剣を並べて確認。一本ずつ鞘に納め、最後に抜き打ちで次々に別の魔剣を振り出せるか確かめる。

 シャッ、シャッ、シャッ! と芸術的なまでの剣捌きで色の違う剣閃を見せ、そしてロータスは頷く。

 メイは特に用意はないので豆をぽりぽり食べている。

「それでは、行こうか。姫たちは姉姫様を探しているはずだ。気配を探りながら慎重に街に乗り込もう」

「いざとなったらすぐ逃げるぞ。集合場所は当然ここだ」

「はーい」

「儂はホークについていくとしようか。戦えというのは聞けんが、いざとなれば飛んで逃げるのに便乗させてやっても良いぞ」

「お前はいないもんとして扱う。っつーか余計なことするなよ。勇者隊に正体バレたら本気で厄介なことになるからな。あいつら国内の魔族滅ぼしたんだからな」

「知っておるわい。安心せい。喧嘩なら巻き込まず勝手にやるわい」

「喧嘩もやめろっつーの!」

 四人でコソコソとナクタの街に向かっていく。


       ◇◇◇


 ナクタは静かなものだった。

 人々は一年以上の魔物の圧政の間、ただただ自分たちに興味が向かないように過ごしていたため、僅かに出歩いている人々も、ホークたちの姿を見るなり、そそくさと関わらないように離れていく。

 ピピンにはまだしもあった人らしい営みは、この街では感じることはできない。街の主だったラーガスが去ったとはいえ、それはまだ「解放」ではなかった。彼らはまだ虜囚のままなのだ。

「魔王軍兵の姿は見当たらないな」

「もういないのかな……でも、それにしては雰囲気おかしいよね」

「お二人とも、油断はするでないぞ」

「……ホークよ。一旦どこかに身を隠した方が良いかもしれん」

「なんだよ。何かわかるのかイレーネ」

「魔力の残滓じゃ。この感じなら、前回の衝突は一週間も前。つまり儂らが例の姫君に会うより前じゃ。……姫君らは他の落ち武者どもとの待ち合わせか語り合いに時間を使ったのじゃろう。ここではまだ、戦っておらん。つまり、これから巻き込まれることになる」

「ナクタじゃなく、他の場所に回ったって可能性はねえのかな」

「そこまでは面倒みられんわい。とにかく棒立ちでおっては、ことが始まった時に踏み潰されるぞ」

「ふ、踏み潰される? まさか本当にドラゴンでも……」

「それならかえって簡単なんじゃがな。狩り方は覚えたじゃろうに」

「もう一度やれったって、あんなんできる気しねえよ」

 ぼそぼそと呟き合いながら陰鬱な市街を見回し、うまく隠れられて、できるだけ様子を窺いやすそうな建物を探す。

「そこのパリエス教会に入ろう」

「誰かいるかな」

「司祭がいたら素直に話せばいい。もし関係ない奴がいたら……」

「いたら?」

「最悪、コレもんで」

 鞘に入れたままの短剣の柄頭を軽く揺らすホーク。

「だ、駄目だよ。あたしたち人助けに来たのに台無しだよ」

「こういうところの住人は恐怖に駆られて何するかわかんねえだろ。最悪ったら最悪だよ。いきなり鐘を鳴らして魔王軍呼び集めて、怪しい奴見つけましたー! なんてやられたら詰みだろ」

「わ、わかった。おかしい反応しそうな人だったらあたしに任せて。どうせちょっとの時間だし気絶させれば済むから」

「それがいい」

 ホークは器用に人を気絶させるような技術はない。一般人なら殺す方が早い。

 そっと教会の扉を開け、中に踏み込んで……ホークは足を止める。

「メイの出番はなさそうだ」

「え?」

「ハナから死体置き場になってやがる」

 死臭。

 闇の中にうずたかく積まれる、腐りかけた死体の山。

「パリエス教会を死体置き場に、か。魔王軍の考えるやり方でもない気がするが」

 魔王軍は教会を敵視していない。どうでもいいものとして納屋や店舗と同列に見ているというべきか。

 キグラス亜人領はそもそもの文化が違うので、人類にとっての光の象徴をどうこうする行為に意味を見出さないのだ。

 敵というなら何もかもが敵。そこに聖職者だのなんだのといった区別はしない。

「偶然……じゃ、ないかなあ」

「……む。待て」

 ロータスは死体に近づく。

 その血に濡れて渇き、どす黒く斑に染まった衣服を検めて……立ち上がり、短く黙祷を捧げる。

「知り合いだ。パーキンス、レティシア、フロイド」

「……勇者か」

「うむ。……一週間前といったな。これくらい腐るにはちょうどいい頃合いだ。その時に死んだのだろう」

「勇者の死体置き場、ってか……」

「そ、その人たちも生き返らせるために持って帰ったら?」

「メイ殿。……そうはいうが、生き返りはそう簡単では……」

 ロータスが困惑した顔をメイに向け、そのさらに背後、教会の入り口を見て目を見開く。

 ホークもメイもバッと振り向く。イレーネは最初から見ていた。


 そこには、うすら笑いを浮かべる女が一人。


「えっ、だ……」

「誰だ」

 メイは驚き、ホークは短剣を抜く。しかし、すかさず女を押しのけて魔王軍兵が何人も入ってくる。

「貴様ら、何者だ!」

「勇者どもの残りカスか!」

「……正解」

 小さく呟いたメイが、入ってきた魔王軍兵たちの真ん中に飛び込み、一瞬で全員の顎や側頭部に拳を叩き込んで残心。

「ま、違うトコの残りカスだけど」

 軒並み倒れる。

「殺したか?」

「死んでもおかしくないのを入れたけど、派手すぎると騒ぎになるから吹っ飛ばない程度にね」

「よし。トドメ刺しとくか」

 ホークは倒れた魔王軍兵に一人ずつ短剣を突き立てる。いい気分ではないが、騒ぎが広がるのは困る。

「……って、真っ黒女。何固まってるの」

 ロータスは目を見開いたまま固まっていた。

 イレーネが眼前でパチンと手を叩き、ハッとしてようやく動き出す。


「……アーマントルード、殿下……」

「……え?」

「先ほどの女……アーマントルード殿下、だった」

「姉姫?」

「あ、ああ……」

「じゃああれを保護すれば、姫さんはそのままロムガルドに帰せたじゃねえか……何をぼやっと……」

 ホークはそこで違和感に気づく。


 何故、それなら……笑っていた?


 ホークたちは初対面なのでいいとして、ロータスのことを知らないとは思えない。

 それがここにいるのに、声もかけず、駆け寄りもせず……何故。

 それに……魔王軍兵は、「勇者ども」と戦っていたのだとしたら、真っ先に姉姫こそ捕らえるはず。

 それを、何故押しのけた?


「……おい、これ……もしかして」

 ホークが疑念を口にしようとしたその時、どこからか轟音が響いてくる。

 慌ててホークたちは鐘楼に上り、音の方向を見た。


 陰鬱な街に、鮮やかな鎧を着飾った勇者たちが鬨の声を上げ、魔剣を振るって突入してきていた。

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