託された魔剣

 少しだけ歩みを速めながらも、ホークたちは歩きのままでファルネリアを追っていた。


 追いかけるといっても、資金潤沢な勇者隊は早馬を使い、馬が疲れれば乗り捨てて次を調達してでも移動できるのに対し、ホークたちは基本はロバを引いての徒歩だ。簡単に追いつけるわけはない。

 それでも焦らない。目的地のナクタは現在地からそれほどは遠くないし、ファルネリアたちは戦う前にも色々やるはずだからだ。

「ナクタで姫たちが突入する前に、先にいた兄君の手勢たちと待ち合わせ、再編成し、作戦を立てる時間があるだろう。それから突入するなら、歩きの我々でも戦が終わって間を置かぬ程度の時間に辿り着けるはずだ」

「完全な手遅れではない頃合いかな。姫さんたちが一瞬で終わっちまわない限りは」

「それでいいの?」

「姫たちもただ無謀に突撃して死のうとしているわけではない。だが、他の勇者隊からの救援要請は恥を忍んでのもの。姉姫アーマントルード様の行方が知れぬとなれば、見て見ぬ振りはできないのだ。迅速に動きつつ、姉姫様の身柄を確保することを念頭に、慎重にことを運ぶだろう」

「だけどロータスに手持ちの武器の大半を預けていったということは、いざって時は少しでも多くの戦力を本国に渡すためだろう。それだけヤバい現場ってことだ」

 ホークの物言いにロータスは頷く。

「今後考えられる展開は二つ、うまく我が姫がナクタで勝利した場合、そしてできなかった場合。もし勝てた場合はナクタを奪還し、クラトスはロムガルド勢力圏に入る。だが、姫がそれを維持するのは難しいだろう。例え戦で消耗せず全て残ったとしても、第四隊の人数ではクラトス全体の安寧を得るのは不可能だ。背後を奪われたとなれば、レイドラに進んだラーガス軍も黙ってはおるまい。となれば、ナクタを取ればすぐに撤退戦になる」

「そこを俺たちが助けて、そのついでにロムガルドまでドサクサに紛れて護衛してもらうっていうのが一つ目の案。……このままロンデ街道を回って行っても、レヴァリアまで俺たちだけじゃちょっとしたことで足止めを食いまくるだろう。まだ魔王軍の手が届いてないロムガルドかベルマーダにさっさと入っちまうのが手だが、レイドラ国境の時みたいに足元を見られて面倒が増えないとも限らない。何より、ラーガスに気づかれて本気で追い立てられたらおしまいだ」

「魔族女は……ラーガス本隊相手じゃ手を貸してくれないんだっけ。でも、だからって他の魔王軍にこっちから手を出すのは……」

「だからこそ姫とロムガルドに恩を売るのだ。それは姫も望むところだ」

「勇者隊が瓦解した今、ロムガルドの連中は非常事態だ。普段はふんぞり返ってても、今なら猫の手だって借りたい。ここでの援護は撥ねつけられねえよな。……ロータスがレヴァリアまでの護衛をやり遂げるより先に、本気で俺たちと姫さんが同盟を組む絶好のチャンスだ。今なら見栄っ張りのロムガルド王も、他人の手を借りることに文句は言えねえ」

「ふぇー……ホークさん、そんな難しいこと考えてたの?」

「そりゃ、子供じゃねぇからな」

 ホークとしては、味方でありながらもどうしても立場の違うロータスを、なんとかきちんと「味方」に入れる方法はないだろうか、と常々思っていたところだ。

 それには姫君に借りっぱなしではいけない。こちらからも「貸し」を作り、一方的関係でなくする必要がある。

 その当ては何もなかったのだが、今がその絶好機なのだった。

「もう一つの展開の可能性。姫が負ける場合のことも考えておかねばならない。……言いたくはないが、こちらの可能性の方が高い。姫は優秀な御方だが、我が国の勇者としては上の下といったところ。他が総崩れとなっているのに、第四隊だけで戦況を変えられるほどの力はない」

「お前と姫さんだとどっちが強いんだ」

「魔剣使いとしてのポテンシャルだけなら姫に分がある。体捌き込みなら私の勝ちだ」

「つまり二流じゃな」

 イレーネが茶々を入れた。ロータスは苦い顔をする。

「ジェ、ジェイナス殿と比べられれば、一流と胸を張れるものがそういるものではないっ」

「戦う前に負けを認める相手がある時点でお前は大したことはないというんじゃ。戦士ならどんな相手にも『最後に笑うのは自分だ』と信じて挑まずなんとするか」

「ぬぅ……」

「長生きをした奴はこれだから駄目なんじゃ」

 イレーネは嘲る。ホークは改めてロータスが不憫になる。

「力の性質がそういうもんなら仕方ねえだろ。俺はまだ自分の力の全てはわかってねえし、メイの戦闘力は別種だ。通じるかもしれないって思う無謀が、ロータスの冷静さより上とは限らない」

「儂に言わせれば、そんな恰好のいいものではないがな。……だから魔剣使いや魔術師は底が浅いんじゃ」

 イレーネは、ロータスのその諦めに似た冷静さに何やら含むところがあるようで、目を細めて吐き捨てる。

「魔剣も魔術も、他人の真似がうまく出来たの出来ないの、そんなことを測る物差しでしかないではないか。それだけに頼った奴は見ていてつまらんわい」

「はいはい。お前はとりあえず少し黙っててくれ。……まずは姫さんが行って負けたらどうする、だろ」

「そ、そうだな。……今予想できる状況としては、ナクタに後詰が到着していたというのが考えられる。いくら知略が回るとはいえ、ラーガスの武力は勇者隊を容易に蹴散らせるものではなかったはず。おそらくはドラゴンに匹敵する別の戦力が来ていたと見ている」

「……“創造体”か」

「あるいは、な」

 ジェイナスたちを失った後、最初に戦った“奇眼将”ドバルを思い浮かべる。

「魔王は……ドラゴンもそうだけど、それに匹敵するような怪物を自力で作っちまえるんだった、よな」

 ロータスに問う。彼女は頷く。

「過去の魔王も、隠し玉の“創造体”を手慰みに多く生み出している。クラトス支配を強めている間に、誰もが未だ目にしていない怪物が、キグラスの魔王領から呼びこまれていたとしても不思議ではない。とすれば、その後詰にナクタを任せられる算段ができたからこそ、ラーガスはレイドラ攻略に打って出たとも考えられる」

「そこに、ラーガスの手勢しかいないと思い込んだ勇者隊がノコノコ到着して……ドカン、ってか」

「姫たちもそう簡単に滅ぼされることはないだろうが、こと魔王戦役に関しては常識が全く通用しないからな。……だが、最悪でも生き返りの秘法がある。我々が勇者隊でも歯が立たなかった脅威にかなうかどうかは未知数だが、死体を回収するのはホーク殿の力があれば、たいていの場合で可能だ。そういう場面に間に合えば、ホーク殿が姫に売る恩……作る絆としては最大級になるだろうな。命の恩人だ」

「……なんか含みを感じる言い方だな」

「ホーク殿は姫が好みと見るが?」

「んなもん考慮してどうするんだよ。っていうか金持ち美少女が嫌な男がいるかっていう一般論じゃねえか」

「チャンスがあるやもしれんぞ? 国々がひっくり返る魔王戦役のドサクサでは、道ならぬ恋も花開くことがままある。私もいくつも見てきた」

 口元は口布で見えないが、目元だけでニヤニヤするロータス。

 当然、そこにはメイたちも抗議する。

「真っ黒女……言いたいことあるんだけどいい?」

「ロータスよ。どういうつもりじゃ? 儂を差し置いてポッと出の女にホークの童貞をくれてやる腹積もりか」

「ホーク殿が姫を救う気が上がるだろう。私は可能性の話をしているまで。……ロムガルドの域外の者と我が姫が深い仲になることは、大局的に見ても悪い話ではない。……今のままでは姫は不幸になるからな」

「そりゃあ、あのお姫様はちょっと色々息苦しそうだと思うけど」

「姫君など後に回せ。童貞を儂が食った後にせよ」

「お前らそういう所で一番盛り上がるのやめろよな?」

 ホークも意識しないわけにいかなくなってしまう。いや、そんなつもりはないのだ。

 しかし、姫の美貌は本当に滅多に見ないほどで、レヴァリアの何人かいる姫だってあんなに綺麗ではなかったと思う。

 それと、命を救ったのがきっかけで甘い恋愛。ベッドイン。

 17歳男子としては、チラリとも想像しないわけにいくまい。

 顔が赤くなったのを自覚して、咳払い。どうにか無理に話題を変えたい。

「こほんっ。……それより、お前の鞘の中、どんな剣があるか確認しなくていいのか」

「これか」

 ロータスが腰に差した魔法の鞘を握る。

「『ロアブレイド』も収めたので合計8本。まあ、どれも量産魔剣だ。『ロアブレイド』が一番上等で間違いはないが……」

「どんなのがあるか教えてくれないか。手の内が分かってないと、いざという時に任せられるか判断できない」

「また強引な話題換えだが……いいだろう」

 ロータスは苦笑して、鞘から剣を振り出してみせる。


 最初に出した剣は、振り出した勢いで10フィートほどまで切っ先が伸びた。

 それが振り終わりには2フィートほどの元の長さに戻る。

「『エクステンド』。一番扱いやすい魔剣だ。なんといっても連発が利く。その分、魔剣効果としては地味だが」

「姫さんも使ってたな、それ」

「街中ではこれに限る。隙が生じない上に、今の倍くらいまでは伸ばせるからな。雑兵を切り捨てるにはうってつけだ」

 その剣を収め、次の剣。

 抜いた剣にロータスが気合を込めると、その前方の草花が急に振れて暴れ出す。

「『エアブラスト』だ。風を起こせる。これは使いどころが少々難しいので、あまり好まれないな」

「風を使うのって便利じゃないの?」

 メイが言うと、ロータスは苦笑する。

「棒立ちの人一人程度なら吹き飛ばせる。が、身を低くした者や重装兵、巨人は無理だ。風で傷を与えるのも難しい。剣で斬りつける攻撃と風で牽制する動き、ちぐはぐになりやすくてな。もっと扱いやすい魔剣を皆使う。砂漠などでは自然に目つぶしになるので、地味に強烈なのだが」

「なるほどー……そういう威力だと確かにそうかも」

 そう言って「エアブラスト」を収め、次の剣を抜く。

 禍々しく煤けた色の光を纏う剣だ。

「これは『デストロイヤー』。破壊の剣だ。打ちつけるとちょっとした石や鉄の壁なら問答無用で破裂させる。これも人気は微妙だな」

「すごく強そうなんだけど……」

「腕への反動が強い。素人が使うと手の骨がメチャクチャになる。そして魔剣寿命が異常に短い。新品でも平均で三度も使えば壊れるな」

「……なんでそんなの作ったの」

「必要な場面もある。それに元となった魔剣はもう少しまともだったんだ。特性を模写しきれていなかった」

 ロータスは苦笑して、また剣を変える。

「『フレイムスロウ』。これは炎を放つ剣だな。あの馬鹿声のゲイルが愛用しているが、見た目も派手なので愛好者は多い。攻撃能力や再使用時間のバランスもいいしな」

「そういえばあいつ『爆炎勇者』とか名乗ろうとしてたな」

「あれは珍しい体質でな。魔剣の効果に『クセ』が乗って、本来火芸のように吹き出すところが奴の場合は派手に爆発するんだ。奴はそれを稀有な才能と信じて、自分を稀代の勇者と疑っていない」

「色んな意味で迷惑な奴だな……」

 ホークはやかましい狼人勇者を思い浮かべ、これから行き会う時にも極力離れようと誓った。

 ロータスは次の剣を抜く。

「『フラッシャー』だな。これも愛用者が多い。ただ光るだけの剣だが有効だ」

「ただ光るだけ?」

「戦っていれば剣を見ないわけにいかないからな。過剰な光量で目を潰すんだ。自分は兜の庇に魔法でもかけて光を防御すれば、一方的に攻撃できる」

「……なんかずるいな」

「魔剣がずるくないわけがあるまい」

 そうなのだが、何かずるいという意味が違う気がする。ホークにはうまく言えないが。

 そして、最後に右の順手と左の逆手で二本抜く。

「『スパイカー』と『シールド』。どちらも初期型の単純な魔剣だ」

「剣なのにシールド?」

 メイが怪訝な顔をすると、ロータスは頷く。

「私が『ロアブレイド』を小規模展開して魔法を止めるだろう。あれは魔剣の威力を調節しないといけないが、これはそういう使い方のみを想定したものだ。普通に扱うだけで刀身を中心に球状の力場を作り、魔法を防御する。他の応用はできない」

「……うわあ」

「その代わりほとんど隙がないから魔術師戦では非常に便利なのだ。最初期に生まれたものだが、今でもこれが一番と言い張る勇者もいる。……こちらの『スパイカー』は逆に攻撃型だな。50ヤードの遠距離まで届く、突きの一撃に特化している。使った後の再使用時間は少しかかるが、シンプルに強い。……ただ、そこまで離れて戦うのも多くないので、より使いやすい『エクステンド』に取って代わられたものだが」

 それで、七本。

「それと『ロアブレイド』で全部か。……それだけ揃えば、いろいろできる幅が広がるな」

「古の魔剣に比べれば、ほとんどがただの一発芸だがな。……だが、向こうに着けば役立つことになるかもしれん」

 ロータスは戦意をみなぎらせる。

 ホークも気持ちを引き締める。今度は遭遇戦ではなく、敵の前に自ら駆け出すのだ。


 これが最善なのだという自分の確信が、ただの慢心かもしれないとほんの少しだけ疑いながら、クラトス王都ナクタを目指して進む。

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