クラトスへの転進

 ホークたちはロンデ街道を戻り、ピピン王国への道の分岐点まで帰ってきた。

「無茶せずにもう少しだけのんびり来てたら、ピピンにいるうちに勝手にラーガスが暴れてくれて、クロイセルと会うこともなく、もぬけの殻の国境抜けられたんかなあ」

「楽はできたかもしれんな。クロイセルに会わなければ一旦引くこともなく、イレーネ殿とも会えず、ドラゴンには打つ手なしだったが」

「……ドラゴンだって、もう少しタイミングが遅ければ、アスラゲイトの連中がなんとかしてたかもしれないし」

「どうかな。それに今現在も状況は良くなっているわけではない。戦わねば手に入らなかった自信もあろう」

「盗賊の俺が妙な自信をつけてもしょうがねえんだよ。最終的にはメイやジェイナスが魔王と戦うんだ」

 ピピンに通じる道を眺めて感慨に耽りつつ、今までの戦いを振り返る。

「俺の一発芸をどこまで極めたって、結局は一発限りだ。あの手この手で保険をかけてくる魔族にゃ通じないし、結局魔王にもそうだろうよ」

 イレーネには幻像ですり抜けられ、ガルケリウスはまだ殺しきれていないという。

 ホークの“祝福”は、一度凌がれればそれまでだ。四半刻という時間は、隙を見てもう一度仕掛けるには長すぎる。

 だが。

「それでも、全く無意味な芸ではない」

 横で聞いていたイレーネはそう評価する。

「注意深く使えばどんな強者といえども絶対に止めることができん一手があるというのは、少なくとも有象無象の濫造勇者よりは価値のある存在といえる。儂はロータスよりはお前の方が怖いぞ?」

「私を濫造勇者などと呼ばないで欲しい。そもそも私が勇者と名乗ったのは第五魔王戦役の頃までだ」

「妙なところにこだわる奴じゃ。とにかくお前はちっとも怖くはない。引っ込んどれ」

「ぐぬ……」

 ホークにしてみれば、ロータスは非常に高性能なユーティリティプレイヤーだ。

 盗賊としての技術や隠密斥候能力はホークの上を行き、戦闘技術もメイ程とは言わないが半端な敵を寄せ付けない。その上勇者を名乗れる魔剣の才能と、魔法能力まである。

 まるでホークたちレヴァリアの勇者一行を一人で兼任するような多才は、本人の奇行癖を差し引いても、ほとんどの国で喉から手が出るほど欲しい人材といえるだろう。

 だが、魔族やドラゴンといった「超一流」の世界では通用しない。

 それが不思議でもあり不憫でもある。ホークが彼女の立場だったらと思うと胃が痛む。

「なんにしたって俺は信用ならねえ飛び道具みたいなもんだ。俺に頼らなきゃ成り立たなくなったら、もう負けみたいなもんだと思うぜ」

「それはそうじゃがな。……なんせ弱いからのう。うかうかしておると触られただけで死にかねぬ」

「お前らが強すぎるんだよ! 普通の成人男子としちゃ貶されるほど弱くはねえよ!」

「普通の成人男子程度の鍛え方のまま魔王と戦うことに疑問を持て」

 それを言われるとぐぅの音も出ない。そこらのモンスターと戦うのだって「普通」の腕っ節では不安なのだ。

 魔王と言えばその親玉。軍が総力を挙げても歯が立たない相手なのだ。普通でいいはずがない。

「だから俺は戦う予定じゃなかったんだっつーの……急に行けって言われてそんな鍛えてる暇あるかっつーの」

「今からでも鍛えるか? 魔王戦役はこじれれば十年二十年続くこともある。無駄にはならんぞ」

「それでコーチ料とか言ってまた代償取るんだろ」

「不満か」

「不満に決まってんだろ!」

「もっと払い甲斐のある代償にしてやるというに」

「払い甲斐ってなんだよ……」

 なんにせよ、ホークを勇者レベルのツワモノにするよりはジェイナス復活の方が確実だ。

「むしろメイやロータスを強化するアテとかないのかよ……」

「むぅ。ないわけでもないのじゃが」

「本当か?」

「儂の取引相手はホークじゃての。お前が払わんと話が始まらんのじゃ。それにメイは儂のことが嫌いなようじゃし」

「……具体的なプランを教えろ。ことによっては……多少は頑張る」

「ふぅむ」

「だ、だめだよホークさん。そもそもあたし今でも魔族女に殴り合いで負ける気しないしさ」

 メイも交えて騒ぎつつ街道を南下しようとする。

 と、ピピン方面の街道に動きがあった。

「む。……あれは」

「ロータス?」

 ロータスが反応したのでホークも見る。国境付近まではまだ遠く、地平線近くの小さな点に過ぎない。

 だが、よくよく目を凝らしてみれば……それは馬に乗った集団だということはわかる。

「馬の集団……それも駆け足?」

「ああ。……今ピピンから堂々と馬で駆けてこれる集団というのは限られるな」

「……!」

 言われてホークは気づく。そんな集団はもう、魔王軍とファルネリア隊以外にいるはずがない。

 ピピン軍は既に散り散りだし、民間の脱出者で堂々と隊伍を組んで馬を出すだけの実力者は、今頃までピピンに留まっているはずがないのだ。

 ならば、ファルネリアが舞い戻ってきたか……あるいはファルネリアが負け、ピピンの魔王軍がラーガスの進撃に加勢するために現れたか。

「見ておく必要がある」

「か、隠れるか……?」

「隠れ場所などないだろう」

 見回せば多少の木立がある程度で、周りは見渡す限り見通しのいい夏の草原。

 隠れるとしてもその辺の低い藪に身を潜めるのがせいぜいで、それも既に距離を縮めつつある馬の集団から見逃してもらうのは難しいだろう。

「またこのパターン……?」

 メイが少しうんざりしながら荷物を道の脇に放る。

「イレーネ」

「あれが敵でも儂は手伝わんぞ。魔王軍との正面衝突に手出しはせん」

「チェッ」

 相手がイレギュラーでないなら、イレーネは頼りにできない。

 しかし、よほどの将でなければロータスとメイが揃えば勝てるだろう。魔族や魔王そのものでないのなら、ホークも戦いようがある。

 ……とはいえ、ここに魔王軍が現れるということは……勇者隊を平らげた実力者ということにもなってしまうが。

「言ったそばから俺が鍵になっちまうのは嫌だなあ……」

 相手が単独の実力者なら、ホークが仕留めればいい、という話になる。

 そうすればメイとロータスがあとはやってくれるだろう。

 ただ、それでも数の不利は否めない。いけるか。

 だんだんと近づく馬の集団を見ながら、ホークは最悪に備えて策を練る。


 が。

「あれは……姫だ」

「え?」

「勇者隊も皆いる。ディアット攻略はつつがなく成せたのか」

 ロータスが武器を収め、姫君を迎えようと小走りで駆け出す。

 慌ててホークとメイも追い、少し遅れてイレーネもついてくる。


 姫君は隊の先頭にいて、ロータスやホークの姿を認めると片手を上げて隊全体の速度を緩めさせ、ゆっくりと減速する。

 そして目の前に来ると身軽に馬から飛び降り、ホークたちに駆け寄ってきた。

「無事でしたか!」

「いくつかトラブルもありましたが、なんとか」

「話はまた詳しく。……私たち第四隊はこれよりナクタの救援に向かいます」

「ナクタ!?」

 クラトス王国の首都。レイドラに電撃侵攻した智将ラーガスの先日までの居城だ。

「兄上姉上の隊が軒並み壊滅したそうです。ヘンドリック兄上は戦死。アルフレッド兄上は現地入りしなかったために無事でしたが、アーマントルード姉上は行方知れずになったようです。それぞれの隊の残存が集まり、姉上を探すために再度ナクタを攻撃すると。私もディアットで落ち着いているわけにはいかなくなりました」

「……なんと。あれほどの戦力で返り討ちにされたと……?」

「厳しいですが事実のようです。あなたたちはレヴァリアを目指すのですか?」

「ええ。シングレイ陥落で王都北方に戦線が後退し、右回りのルートは危険になりましたので左回りで……」

「本当はロータス、こんな時にこそあなたの力が欲しいところですが……ジェイナス様の復活こそがやはり一番の大任。そちらの任務をぜひとも成功させてください」

 ファルネリアはそう言って、腰に付けた鞘をロータスに渡す。

「これを。私には過剰です」

「……姫!?」

「あって困る物ではないはず。必ずや、必ずや……世界を救う希望を、守って下さい。ロータス」

 躊躇していたロータスだったが、ファルネリアの行動をだれも止めないため、結局恭しくそれを受け取った。

 そして、ファルネリアはホークに微笑みかけ、そしてメイにも声をかける。

「メイさん。お渡ししたペンダントはまだ持っていますね」

「あっ……えっと、はい。今返しましょうか」

 それは「また会うまでは手放すな」と言われて受け取ったはずのペンダント。

 また会ったと言えばそうとも言える状況だが、姫君は首を振る。

「大事に持っていてください。あなたが持っているのが一番確実です」

「……そ、そうですか? あたしたち、結構危ない感じにも……」

「お願いします。肌身離さず、大事にしてください。いずれわかりますので」

「……えっ?」

 そして、途中で増えた道連れと認識したのか、イレーネにも一礼すると、ファルネリアは再び馬に飛び乗る。

「では、慌ただしくて申し訳ありません。ごきげんよう!」

 ファルネリアが馬の腹を蹴り、勢いよく馬はいなないて走り出す。

「ロータスよ! 大任、任せたぞ!」

「死ぬなヨ!」

「ロムガルドの誇りを! 国父ロミオの加護を!」

 後続の勇者たちも一声ずつかけながら続き、怒涛のようにファルネリアの勇者隊は駆け去っていく。

 そして、静寂と共に残された謎の鞘を、ロータスは大事そうに抱いて祈るように頭を垂れる。

「……それ、何だ?」

「鞘だ」

「いやそれはわかる」

「特別製の鞘だ。この鞘に10本まで魔剣が入る。特殊な道具袋のようなものだ。……姫の魔剣がそれだけ入っているのだ」

「……って、それ預かっていいのかよ。今から城攻めなんだろ、姫さん」

「だから私も驚いたのだが……リディック殿が何も言わなかったからには、必要な分は別にしてあるのだろう」

「まさかカラじゃないだろうな」

「いや、ある」

 ロータスは鞘を腰に構え、鯉口の前で手を握り、早抜きの動作をする。

 すると、その手に魔剣が現れている。

「しっかり入っている。七本は残してあるな」

「なおさら、なんだってロータスにって感じだな」

「……姫は、いよいよ覚悟をしているのやもしれん」

 生きて帰れない覚悟。

 そして、その後にできるだけ残すという覚悟。

「……ホーク殿。相談がある」

「ああ。……俺もちょっと提案がある」

 ロータスとホークは瞬時、見つめ合い、そして拳をゆっくりと差し出し合って、ぶつける。


『追おう』


「ちょっ……ホークさん、真っ黒女!?」

「これは奇特な。……重ねて言うが」

「お前には頼らねえよ、イレーネ」


 恐ろしい戦いが待っているかもしれない。

 だが。

「姫さんを助けるのは無理かもしれないが……やられたら死体くらいは盗んでやる」

「そうだな。邪道の我々らしくやろうか」

「み、見捨てろとは言わないけど、もう少しよく考えて決めるべきじゃない!?」

「よいよい。盛り上がるのう。せいぜい頑張ってみるがいい」

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