それぞれの謀
メイはホークの言った通りにドリューク翁を存分にぶちのめしてから合流した。
とはいえ、メイの本気だと並の人間が一発でも耐えきれるはずはないので、死なずに済ませたからにはだいぶ手加減をしたのだろう。
「放っておいたら死んじゃうかもしれないくらいには叩きのめしたけど。治癒の術を使える魔術師もいるでしょ、多分」
「歯が全部無くなる勢いだったがな……」
「リュノ様なら歯ぐらい生やしてくれると思う。それくらいの術者がいたらいいね」
ことバイオレンスに関しては、メイに甘さは一切ない。
横で見ていたロータスが若干引くぐらいには激しくやっていたようだ。
それはともかく。
「ここって元の位置からどれくらい離れてるんだ?」
ホークはイレーネに尋ねる。
イレーネは何かを指を立てて数えつつ、概算してくれた。
「ざっと30マイルほどじゃな」
「そんなにかよ。どうやって」
「魔術師が10人も揃うと、転移術というのが使えてのう。まあ一人でもやれんことはないが、下準備にだいぶ手間がかかる」
「転移術……野戦レベルで実用してるってのは初めて知るな」
名前の通り、遠方に移動する魔術。話だけは昔ホークも聞いたことがある。
複雑な魔法陣を予め構築することで、バスケットに収まるサイズのものを近くの街同士で送り合う魔術として、の話だ。噂では書状の融通に使われていたと聞くが、先端研究組織では人間すらも扱えるのか。
「そんなに遠くまで自在に飛べるなら、軍隊が使ったらひでぇことになりそうだが」
「連中の技術レベルでは、帰り道専用の術といった感じのようじゃの。龍探しとして、先の遭遇場所までは班ごと飛ばす浮遊魔術で地道に移動していたようじゃ。それでも早馬程度の速さで移動できるが」
「それはそれで薄気味悪い光景になりそうだな……」
微妙な高速で滑るように移動するローブの集団。夜道で見たら新手のアンデッドと誤認しそうだ。
「ロバさんたちが待っててくれるといいけど」
メイはリュノの死体を背負いつつ辟易した顔をする。もしもロバがいなくなれば、またどこかで調達しなければずっと背負って移動だ。
「なんなら儂が飛んで行って、暗示魔術でこちらに向けて歩かせよう」
「ああ……そういう真似もできるのか」
ロバたちが見つかるかどうかは問題だが……無事でさえあれば、イレーネにもどうしても見つからないということはなさそうだ。
「小間使いをするのじゃ、代償は貰うがの」
「そもそもお前が狙われたとばっちりじゃねえか」
「なんでもかんでもサービスでは示しがつかんからのう」
「……チッ。代償はなんだ。それ次第でどうするか考える」
ホークが苦々しい顔で言うと、イレーネは翼を広げながら喜々として答える。
「なに、簡単なことじゃ。たっぷり按摩でもしてもらおう」
「按摩って……マッサージかよ」
「年寄りになると他人に揉みほぐされるのがなかなかの娯楽になるものでの」
「魔族の年寄り論なんて嘘臭いが……それで済むなら」
「うむ。成立じゃな。……なるべくこの場は急いで離れろ」
最後の一言は少し真剣な声音で言い、イレーネは翼を打って空に飛びあがっていく。
「……なんだ?」
ホークは首をかしげる。リーダーであるドリュークは戦闘不能、護衛の魔族ガルケリウスもしっかり討ち果たしたというのに。
「ホーク殿。言う通りにしよう。イレーネ殿がいるからこそ魔術師たちは手出ししてこないが、私の対抗魔術も万能ではない。油断を突かれればまた面倒にならんとも限らん」
「……それもそうか」
イレーネが雑魚の残党を細かく気にする女にも見えないが、一応ホークは納得し、メイと頷き合って急ぎ足で場を離れる。
腐っていないジェイナスの重みは久しぶりで、なんだか妙な感じがした。
◇◇◇
余計な妨害はほとんどなく、丘陵地帯を素直に進んでいるうちに朝になる。
「さすがに何時間も死体担いで歩くのはキッツイな……」
「ホーク殿、そろそろ代わろう」
「助かる」
ジェイナスは既に死んでいるとはいえ、24歳の人間男性として不足のない体格をしている。血が抜けている分は軽いといっても150ポンドはある。
それを担いで歩くのは“祝福”を半日置いたとはいえ二度使った(しかも無理気味の「二回分け」もやった)ホークにはだいぶキツく、しばらく歩くごとにロータスに代わって貰ってようやく歩き続けられるという具合だった。
メイと二人で進んでいる時には休み休み進んでいたのだが、今更こんな歩き方でレヴァリアまで帰るなんて気が遠くなる。ロバのありがたみが身に沁みた。
「エルフの里で道具袋が便利な奴になっててよかった……これ以上重い荷物が増えてたらやってられなかったぜ」
腕を回しながらホークは嘆息する。
そして、文句も言わずにリュノを担いだまま連続で歩き続けているメイを見て……すごい体力だな、と今更感嘆し、また先ほどの野営地で聞いた言葉をふと思い出す。
「そういえば、メイ」
「なに?」
「お前、自分の事バケモノだとかなんとかってさっき言ってたよな」
「え、あ……うん。聞いてたんだ」
「一応な。あれ、どういう意味だ?」
ホークはメイの戦闘力の高さを「天才」だと思ってはいたが、その強さは自嘲的な響きを与えるべきものとは思えない。
強いというのは誇るべきことだ。少なくとも今この時代、人はまだ研ぎ澄ました武術を無用の長物といえるほどには安全ではない。
「……ホークさんと旅してると、思うの。あたしは、人間として育てられてなかったな、って」
メイは少し物憂げな顔をして、話し始める。
「ホークさんも最初驚いてたじゃん。あたしがなんにも知らないって」
「いや……うん、まあ、そうかもしれないけど。世間知らずなだけで化け物ってのは違和感あるな」
「多分、ホークさんは知らないと思うけど……あたしたち一族はね。王家から直々にお金とかいろいろ貰って、ずっと『最強』を生み出すための努力をしてるんだ。何百年も」
「え? 何百年? ずっと王家が援助してるのか?」
「そう。だから商売の仕方も、お野菜や果物の育て方も誰も知らない。生まれてから死ぬまでただ拳を突き続ける、そんな人生が当たり前。普通の人が見たら変なことやってるとしか思えない修行とかもいろいろあるよ。一族の中には組手の最中に死んじゃった人もいっぱいいる。あたしのおじいちゃんも、あたしの拳を受けて死んじゃった。でも、それを誰も悪いことだと言わなかったし、思ってもいなかったと思う」
「……お、おう」
「ジェイナス様やリュノ様は、あたしがそういう生まれだって知ってたし、それぞれ似たような専門家の生まれだったからね。一緒にいても全然おかしいと思わなかった。でも、ホークさんと一緒にいるとやっぱり自分が異常なんだなってわかる。きっと、そういう意味で『正しい人間』であることは、誰もあたしに期待してなかったんだってこともわかる」
「…………」
ホークは唖然とした。
凄まじい腕前だとは思っていたが、内実は才能という一言で済ませていいものでは決してなかった。
……ロータスは静かにコメントする。
「それがレヴァリアという国なのだ。……おそらく、メイ殿の言う通り、ジェイナス殿やリュノ殿も相当に計画された『天才』なのだろう」
「……ずっと昔からそうなのか」
「常に成功しているかという点では疑問もあるが、少なくとも漫然と才能者を見つけて騎士だ勇者だと叙任しているわけではない。人間族としては執念深すぎる上、禁忌的でもあるほどの『強者創出』への情熱は、裏では魔族の関わりを噂されるほどだ」
「……確かに気が長いが、長寿の種族は他にもあるぞ」
「同じ長寿でも、エルフ族はそんな風に他種族の血を弄ぶことを忌むからな」
ホークは二人の表情を見比べ、気を落ち着けるために空を見る。
……ここでも、魔族か。
イレーネが妙にこだわるのも頷ける。
そして。
「……じゃあ、俺みたいなのを横入りさせる理由が、なおさらわからねえな」
「うむ。正直なところ、一体どんな意味があるのか興味が尽きないが」
「本当に俺は、奴らから見たらただの盗賊だ。レヴァリア王家にも奥の手は明かしてねえ。……それにリュノやジェイナスには『古来からのしきたりで盗賊を同行させる』って説明されてたらしい。だけど本当にそんなしきたりがあるのか、俺みたいな外様にはさっぱりなんだよ」
「ふむ……」
ロータスも考え込んでしまう。
代わりにメイが口を開く。
「200年前はともかく、前回は失敗してるんだよね、レヴァリアの魔王討伐。やっぱりそういう、普通な人がいないといけないって話もあったのかも」
「それにしてはホーク殿の才能は……いや、今の時点であまり予断を置くべきではないのかもしれんが」
「なんだよ。気になるところで止めるなよ」
そんな話をしているところに、イレーネの白い大きな龍翼がばっさばっさと戻ってきた。
「イレーネ。ロバたちは見つかったのか」
「儂を追うように魔術を仕込んできた。まだしばらくかかるとは思うが、いずれここに辿り着くじゃろ」
「助かる。……ロバじゃなく荷車を用意すべきかもな。こういう時に面倒が多い」
「しかしホーク殿。荷車だと上り坂や細い道は難儀だぞ」
「背負うよりはマシなんじゃねえ?」
死体の運び方についてグダグダと議論を始めてしまうホークたちに、イレーネは心持ち真剣な顔で問いかける。
「して、どうじゃ。しっかりと後を確認して振り切ってきたか。妙な魔術を付けられておらんか」
「……なんだ? そんなにあいつらが気になるのか?」
ホークは少しからかうように言う。しかしイレーネは未だふざけた調子に戻らず、溜め息をつく。
「正直、面倒な奴らに会ってしまったというのが本音じゃな。皆殺しも大局を崩しかねぬが、これ以上の関わり合いはたまったものではない。儂の正体も知っておるからの」
「ああ……そこか」
「それに、ガルケリウスじゃ。奴に付きまとわれるのもゾッとせん」
「……倒したじゃん」
ホークは確かにあの魔族の首を飛ばし、念のために脳天を突き刺し、心臓まで滅多刺しにした。
例え魔族といえども、あれで死なないとなるとどうすればいいのかわからない。
が。
「奴は死んでおらんぞ。いや、死んだが遠からず蘇るじゃろう」
「……え」
「人が死の理を超える術を手に入れておると言うに、まさか魔族の程度がそれと大して変わらぬなどと思っておるまいな」
イレーネはホークをジト目で見つめた。
「奴の下手な演技を見て何も気づかんかったか。……あれは死を介して呪印契約を破るための芝居。そうでなくば、ああも舐めくさった戦いをするはずがあるか」
「……も、もしかして50点ってのは……」
「奴の演技への採点じゃよ」
イレーネは再び大きなため息をついた。
「奴とももう関わりたくはないが、そうもいかんじゃろうな。せいぜい呪印が解けた腹いせが済んだあと、儂らのことを少しでも長く忘れてくれているとよいが」
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