宵闇の魔法戦

 ホークは夜のテント群を駆け抜け、野営地全体の気配を探る。

 近くにいくつも大型のテントがあり、魔族たちの争いを聞きつけてローブの人間たちが幾人も飛び出してきている。が、ホークは彼らの目につかないようにうまく気配を殺しつつ歩くことができた。

 そして、メイとロータスのような「異物」が囚われていそうなテントを特定する。

「武器はこの際、こだわってもいられねえよな……」

 愛用の短剣を取り戻すのがベストではあるのだが、10張以上もあるテントから一個のアイテムを探し出すのは、捕虜を探すよりも格段に手間だ。

「何か刃物」という具合に探索条件を緩めれば、手に入るものはあるだろう。

 いずれにせよ、ホークがあの「魔族」と戦うなら、奥の手の“祝福”しかない。

「手に馴染んだ刃物」という条件が生み出す微妙な差異は、普段使いでこそ意味が出る。“祝福”の生み出す効用を考えれば、それは大した差にならない。

 ホークは素早く判断して、まずはメイたちの救助を優先する。

 目星をつけたテントに近づいて確認。やはり、いる。

「……何か始まったようだな」

「ホークさん、大丈夫なのかな」

「さてな。ただで死ぬ御仁でもないとは思うが、相手は魔族を手玉に取ろうという輩。ホーク殿の努力でどうにかなるとは限らぬかもしれん」

「うぅー……あの魔族女は自分でどうにでもなるだろうけど、ホークさんになんかしたら絶対許さない」

「本当にメイ殿はホーク殿が好きなのだな」

「アンタも魔族女も、あたしが途方にくれたって助けてくれないし、何も教えてくれないし。……『正しい人』だって思えるのはホークさんだけだもん」

「正しい……?」

「ホークさんは、きっと『正しい』。あたしはそう思う。……そりゃ、アンタたちの方が学はあるし、魔王や世間のことも知ってるかもしれない。でもホークさんはもっと根本的なところで、大事なことを忘れないでいてくれる人だと思う。……あたしみたいに何かを殺すためだけに生まれた化け物や、アンタみたいに物を知りすぎて自分で判断できない奴と違って」

「……メイ殿」

「だから、ホークさんになんかしたら絶対許さない。化け物に生まれたなりの意地、見せてやるんだから」

「……そうか。……ところで」

 ロータスはホークが覗き見ている方をちらりと見た。バレている。

「そろそろ動いてもいいのなら、私はいつでもいいのだが」

「え? ……何言ってるの、真っ黒女」

「いや、何。縛りは色々な意味で得意分野でな」

 メイと同じように手足を縛られていたはずのロータスは、ぱらりと縄を落として何事もなかったように立ち上がる。

「ホーク殿がどこにいるかわからぬのでは大人しくしているしかなかったが」

 それを見て、見張り役だった魔術師が慌てた。

「あっ……ど、どういうことだっ!」

「アスラゲイトの縛り方は芸術性が低くて困るな。私の趣味でない」

 彼女は縄抜けが得意なのだった。ホーク以上に。

 ドヤ顔をしているロータスに、慌てて魔術師が魔法を撃ちこもうとする。

 それを阻止するため、ホークは走る。まだ“祝福”は温存しなくてはいけない。武器もない。なんの変哲もない飛び蹴りしかできない。

「んがっ!」

 それでも、体力のない魔術師には十分に激しい暴力だった。

 フードで見えていなかった方向から蹴りが顔にクリーンヒットし、魔術師は昏倒する。

「ロータス! メイの縄を早くほどけ!」

「承知した」

「え、ええっ!? 何、いつからいたの!?」

 メイだけはうろたえていたが、それは後回しにしてホークは魔術師の所持品を漁る。

「……くそっ、旅装なのに刃物の一つも持ってないのかよ。これだから魔術師は」

 短いものでもいいからナイフが欲しかったのだが、彼は持っていなかった。

 旅にはナイフ一本は必需品だが、アスラゲイトの魔術師は物の切断程度なら魔法でやってしまうとも聞く。

 これではイレーネに加勢にも行けない。

「武器を取られたか。まあ私もだが。……ホーク殿、使うならこれを持って行け」

 ロータスは片刃の短刀を鞘ごと放って寄越す。愛用の短剣よりは短いが、ホークの使い方なら十分に戦闘に耐える長さだ。

「お前今武器取られたって言わなかったか。どこに持ってたんだ」

「女には隠し場所が多いのだ」

「待てよ。10インチくらいある刃物を女の隠し場所に仕込めるか馬鹿。どんだけびっくり人間なんだよ」

「どういう想像をしたのかは追及しないが、咄嗟に胸の間に道具袋を仕込んだだけだ」

 魔法の道具袋ならこのくらいの長さの剣は入る。

 ホークはロータスが下半身からヌルリとこれを出したのを想像していたが、よく考えたら変な匂いとかはしていなかった。

「お、驚かすなよ……」

「この変態ならお尻の穴からそれ出してもおかしくないよね」

「メイ殿は私をなんだと思っているのだ。その種類の性癖は私にはないというのに」

 とにかく、身体検査を徹底しない甘いアスラゲイトの魔術師たちに感謝する。


 三人がテントを出ると、そこにはドリュークが佇んでいた。

「出ていいと言った覚えはありませんが」

「許可を取ってほしいなら先に言えよ。まあ、大人しく聞く義理は最初からねぇが」

 ホークは短刀を構える。この老人には先ほどの見張りのような隙は感じられない。武術の心得があるのか、それに近いものを持っているのだろう。

「ドリューク殿。貴殿が用があるのはイレーネ殿のはず。我々にかかずらうことはないだろう。何より、これ以上はロムガルドやレヴァリアを敵に回すぞ」

「だからこそ、です」

 老人は杖を構える。

「イレーネ殿への人質として機能するなら良し。そうでないなら貴方がたは、『ドラゴンによって横死した』ことになっていただくのが、我々にとって好ましい。『国際問題』は望むところではありませんのでな」

「なるほど。それは合理的だ」

 ロータスは目を細める。

 老人の杖が光り……何も起こらない。

「む」

「メイ殿」

「はいはい」

 ロータスに声をかけられた瞬間、メイが老人に突進する。

 一陣の風としか形容のできない身のこなしで、ビュッと一直線に老人に拳を突き込む。

 が、老人の体の手ごたえはない。

 一瞬で老人の姿が別の場所に移動している。が、それもメイは素早く殴る。

 今度は当たる。

「グフォッ……!?」

「イレーネ殿のような格闘巧者ならともかく、魔術師の幻像回避など、メイ殿の速さの前ではただひと手間の差でしかない」

「何故……昏倒の魔術が効かぬ」

「魔術が扱えないと言った覚えはないが?」

 ロータスはテントの中の段階でホークたちに対抗魔術を施していた。

 直接的な攻撃魔術ならともかく、眠りや痺れのような間接的な魔術ならある程度影響を防げるものだ。中級と言ったところの魔術で、才能があれば10年ほども学べば扱える。

 そして、エルフ族は人間よりも魔法の才能者が著しく多い。

「エルフの生は永くてな。先ほどはしてやられたが、二度同じ手は食わぬ」

「ぐぬ……っ」

「おいジジイ。俺たちの持ち物とジェイナスたちの死体を返せ。それで命は取らねえでおいてやる。こっちも忙しいんだ」

 ホークは老人に短刀を突き付ける。メイが手加減してくれたおかげで老人は震えながらも睨みあげていられるが。

「……そう簡単に事が運ぶと思うのか。こちらは仮にも魔導帝国の特殊魔術機関……」

「ああ、どうしてもっていうなら口割らなくてもいいぜ。この程度の数なら『ドラゴンによって横死した』ことにできる程度には、俺たちも腕に覚えがある。……イレーネが全部やったってのは、ありゃ嘘だ」

「く……!」

「部下たちと一緒に死ぬか、ちょっとしてやられた程度を我慢して手を打つか。もう一度言うが忙しい。あんまり悩むなら死んでから悩んでもらう」

 本当はホークも数十人の魔術師を相手にはしたくない。ロータスの対抗魔術は「あくまである程度だぞ」と注意を受けているし、攻撃魔術の乱舞する戦いになったらロータスやメイも危険だ。

 だが、ホークの脅しに老人は屈した。

「あのテントだ。ロバ以外は全てあそこにある」

「ロバは?」

「運ぶのが手間なのでそのまま放した」

「クソが」

 老人を蹴りつけ、ロータスに短刀を渡して老人を任せ、メイと一緒に持ち物と死体を取りにいく。


 そして、見張りの魔術師をメイがあっと言う間に殴り倒して、すべて取り戻した。

「道具袋も死体袋も全部広げられて、回収すんの大変だよぅ」

「水袋までカラにされてやがる……なんてこった。くそ、片付けは任す」

「ホークさん!?」

「イレーネにもう一匹、魔族が突っかかってんだ。いつまでもほっとけねえ」

「あたしも行く!」

「早く回収してロータスのところに行け! それであのクソジジイを死なない程度に殴って魔法使えなくしてから来い!」

「む、無理しないでよ絶対!」

 短剣と道具袋ひとつに投げ短刀三本、それに矢の束と合成弓を取り、ホークはイレーネたちのいた場所に駆け戻る。


 イレーネとガルケリウスは、場所をほぼ移さずに戦いを続けていた。

「ったく、たまんねェなァ……忘れてたぜ。“魔毒の華のイレーネ”なんて仇名、あったっけなァ」

「古い話じゃ。その頃には“氷撃のガルケリウス”などと売り文句があったな、お前も」

「氷撃とは地味だよなァ。まぁしょうがねェんだけどよ。俺ァ周りに気を遣う魔族だったんでな。森で毒や炎をポンポン飛ばしゃあ笑い事じゃねェことになるもんな」

「まるで儂が気を遣わぬ我が侭娘じゃったかのように言う」

「ガッハッハッ! 娘とはまたなかなか言うもんだ。あの頃でさえエルフやそこらの種族なら十分ババァだったじゃねェか」

「ほう? 今のは今夜一番癪に触ったぞ」

 軽口を叩きあいながら、壮絶に凝縮された魔術を叩きつけ合う。

 ガルケリウスの左腕と翼の一部は紫色に染まって腐り、イレーネの翼も凍り付きながら盾になっている。

 周囲にまばらにいる魔術師たちもその戦いに介入はできない。いや、あまりに高度な攻撃魔術を至近距離で撃ち、受け止め合う魔族相手に、人間如きの魔術で何ができるだろう。

 そしてホークも、その戦いには呆気に取られている。

 素人目にもわかる。次元が違う。

 こんな恐ろしい攻撃をぶつけ合う化け物たちの戦いに、刃物の一本や二本で何ができるのだろう。

 いや。

 このレベルが「魔王」のレベルなのだろう。しかも、彼らは本気ではない。

「俺に……それでも、どうにかしろっていうのかよ」

 イレーネはそう言ったのだ。ただの冗談だったとも思えない。

「ホーク」

「戻っては来たぜ」

「早かったのう。まだエロいことは何もされておらん」

「空気読めよ小僧。サービス精神が足りねェぞ」

「お前らは俺に何を求めてるんだ」

 飄々としたイレーネもそうだが、このガルケリウスという魔族も顔が山羊なおかげか全然読めない。

「どうしろってんだ」

「魔族くらい殺してみせい」

「いきなり無茶言うぜ……」

「ガッハッハッ。なんだその小僧に俺を殺せって? 酷ェこと言うなァ。魔剣ぐらい持たせてやれよ。そんなモヤシ相手にカッコイイ戦いなんて演出してやれねェぜ」

「…………」

 ホークはイレーネを見る。

 イレーネは挑戦的な笑みを浮かべたまま。

 ガルケリウスは舐め切ったポーズで手を広げ、短剣を手にしたホークにかかってこいとばかりに首を上げる。

 ホークは、自分に何かをさせようとするイレーネを信じることにする。


「悪いね。……俺もカッコイイ戦いは専門外なんだよ」

 集中。

 ガルケリウスに、短刀を投げつける。それだけを念じて、意識を殴りつける吹雪を呼ぶ。


 短刀は、ガルケリウスの両目、水平の瞳孔に沿うように深々と突き刺さる。本物だ。

 間髪入れず、「二回分け」。


 ガルケリウスの太い首を一振りで斬り飛ばし、額に短刀の最後の一本を突き立て、心の臓のあたりを滅多刺し。


 ドサッ、とガルケリウスが倒れた。

 首はゴロンゴロンと傍らに転がった。

「……く、はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 鼻血が口元まで垂れる。「二回分け」は、やはり負担がきつい。

 が、思った通りの攻撃が全部決まり、ホークはガルケリウスの体の上から転がり落ちるようにして離れる。

「見事じゃ」

 イレーネは笑い、ホークに駆け寄って支える。

「……よ、よかったのかよ……」

「儂を寝取ろうとした相手にそう情けなどいらんじゃろ」

「いや、お前」

 ホークはイレーネの考えが分からない。そんなに険悪な仲にも見えなかったが。

「じゃが、まぁ……50点じゃな」

「?」

 イレーネはガルケリウスを振り返る。

「今のうちに行くぞ」

 彼女の見せた表情に疑問を覚えながらも、ホークは従った。

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