魔族の協調者

「そろそろ起きろホーク」

 頭に衝撃が走り、ホークは混乱しながら目を覚ます。

 夢も見ず、自分が何者かということも忘れるような深い眠りだった。

 縛り上げられた両腕と両足に痛みが走り、何故そんな状態なのだ、とさらに混乱してバタバタ動き、頭をイレーネにもう一度蹴られる。

「見苦しい。落ち着かんか」

「うぇ? あ、あぁ? ……イレー……ネ?」

「騒ぐな。お前は眠らされた。あれから四刻ほどじゃ。メイとロータスは別の場所に捕まっておる」

 簡潔にイレーネが状況を教えてくれる。

 その言葉で自分がまずい状況であることを思い出し、ホークはジタバタするのをやめる。

「四刻って……もう夜か?」

「ああ。周りは見えるか」

「寝てたんで何とか」

 ずっと眠っていたので瞳が開いている。闇に適応している。

 メイのような獣人なら、闇でもほぼ不自由はない。元々ホークは夜目は利く方だが、獣人などの種族特性に対抗するほどではなかった。

 見回すとテントの中のようだった。個人が使うようなせせこましいものではない。戦の本陣としても使えるような立派なものだ。

「……真っ暗なのはどういうことだ。お前も捕まってるのか」

 イレーネだけ足が自由なのは不公平だ、と思ったが、イレーネは「違うわい」と言う。

「儂が明かりを要らぬと言うたまでじゃ。儂ら魔族は夜の獣と同等の目が基本じゃからな。火明かりは人の都合による無粋に過ぎん」

「……俺が倒れてからの説明を簡潔に頼む」

「儂までもろとも全員に眠りの魔術を使われたのじゃが、儂には効かず、お前ら三人とロバだけ倒れた。そのまま人質代わりにお前らが捕まえられて今に至る」

「お前ひとりなら逃げられたんじゃないか」

「儂一人でどこへ行けというんじゃ。……ま、放っておいてもよかったといえば確かにそうじゃが、アスラゲイトの連中がどう出るかも見ものじゃての。付き合うてやっておる」

「…………」

 怪しい連中の強引な拉致も、イレーネにとっては子供の海賊ごっこのようなものか。

「……早くメイとロータスを見つけて合流しないと。あ、ジェイナスたちの死体はどうだった? 見逃されたか?」

「それがな」

 イレーネが何かを言おうとすると、そこでテントの入口が開かれる。

「なるほど、レヴァリアの勇者ジェイナス。ということは女の方はパリエスの高位神官リュノですか。道理で優秀な素材だ」

 ホークがはいずったまま目を向けると、そこにはローブ姿のドリューク老人がいた。

「横死していたとは知りませなんだ」

「素材と言うたか。何に使うつもりじゃ」

「いえ、まだ何も。どうも我々のような立場となると、人の死体も魔物の骨も、材と呼んでしまいがちでしてな。因果な商売です」

 ドリュークは奇妙に手を動かすアスラゲイト式の礼をして、それから照明の魔術でテント内を照らす。

 そしてイレーネを再び見る。

「我々アスラゲイトの民は、魔族に対し然るべき敬意を払い、そのお力を拝借しながら真理の道を辿ることを志しております。魔族の知恵は偉大。その魔族を無視する他国はもちろん、無意味に争い、はては滅ぼそうとするロムガルドなど愚かな国々とは一線を画します。ご希望とあらばその手足となる眷属、千でも万でも、なり手はおります。我々は今、世を滅ぼす魔王と戦うための一つでも多くの知恵、新しき力を欲している」

 ホークはその老人の言いように違和感を覚える。

 それはまだ子供といえる歳で飛び出した祖国への、長いことくすぶっていた疑問でもあった。

 魔族を尊重するのはいい。

 確かに中には話の通じる魔族もいる。そうでない魔族も多く、交渉しようとして門前払いを食った結果、アスラゲイトの軍に少なからぬ被害も出ているが、それでもハナから皆殺しで対処するロムガルドよりは理性的といえる。

 だが、魔王は魔族の中から生まれるのだ。

 ホークはずっと、その魔王の元たる魔族にへつらう祖国の姿勢が理解できずにいた。

「おい。昔から疑問だったが、アスラゲイトは魔王と何で戦うんだ。魔族の味方でございっていうんなら、魔王にだって味方するのが筋じゃねえのか」

「……イレーネ様。このような見識の者が眷属では、不自由も多いことでしょう」

 ドリュークはホークを哀れな動物を見るような目で見下ろし、イレーネとの会話を続けようとする。

 ホークは最初から会話の相手ではない、という態度だった。

 そしてイレーネはというと、野営テントに似つかわしくない豪華な椅子にふんぞり返りながら、溜め息。

「勘違いをしておるのう」

「左様」

「ホークが、ではない。ドリューク、お前が、じゃ」

 赤紫の髪の魔族は、肘掛けに頬杖をついて目を細める。

「魔族とそれだけ結んでおれば、眷属の多寡で魔族が釣れるなどと思うまいに。魔術機関の長と言ったか。魔術の研究には長けておっても、それだけのようじゃ。もう少し魔族を知ってから儂に手を出すべきじゃったな」

「……私がお気に召しませんか」

「召さんな。連れを人質にして魔族と交渉するというところまでなら、人間なりの魔族への恐れということで目を瞑りもしよう。じゃが、それは儂の連れよりお前たちが偉くなったということではない。優位を語り、他者を見下し、自分に付くのが得策と語るのは、人相手の売り文句じゃ。それをそのまま上位者に使えると思うなら愚かの極みよ」

「……これは、失礼を」

「興味が全てじゃ。儂はお前の提供できる全てに、全く興味がない。他の魔族も同様じゃろう。儂の興味を引く自信がないのなら大人しく巣に帰れ。それが身の為じゃ」

「……そうですか。残念です」

 老人は悄然として首を垂れる。

「イレーネ、話が済んだなら俺の縄、解いてくれないか」

「男なら縄ぐらい引きちぎってみせんか。儂の昔の眷属どもはそれくらい朝飯前じゃったぞ」

「蛮族と一緒にすんなよ……」

 イレーネの足元にはいずり、背後で縛られている腕を無理やり上げて解いてもらおうとする。骨を外して縄抜けできなくもないが痛いし、普通に解いてもらえるならその方がいいのだった。

「……これでよいか。足は自分で外すがいい」

「ああ、そうしたい……っていうか短剣も道具袋もねえじゃんか。どこに持っていきやがった」

「ドリューク、こやつの持ち物を返せ。……ドリューク?」

 イレーネが呼ばわるが、老人の姿はそこにはない。

 代わりに、獣を思わせる喉声を響かせながら、入り口ではないところのテントの側面が、ビリリッと破られた。

「!」

 ホークは足の縄をほどくのを一旦諦め、イレーネの陰に隠れるように素早く転がる。

 襲撃者は誰だ。


「フウ~ゥ……ようやっと話ができるなぁ、イレーネちゃんよ」


「っ!! お前は……」

「覚えてるか? 覚えてねえかァ。お互い歳を食ったもんなぁ。俺だよ。ガルケリウスだ」

「……何用じゃ。儂はお前に用などない」

 月夜を背景に、巨人というには少し足りない程度の巨体がイレーネとホークを見下ろす。

 顔は牙を持つ山羊。全身に紋様のように生える毛が印象的な筋骨隆々の肉体を持ち、右腕には人の頭骨で作ったらしい数珠のようなものを巻いている。背には烏の翼を備えていた。

 足は虎か獅子のような肉食動物の後ろ脚に似た、爪を持つ獣足だったが、尻尾はまるでドラゴンのように哺乳類にあるまじきほどに太く、その巨体の直立歩行を支えていた。

 デタラメな特徴を持つその姿こそ、人の想像する魔族の典型。

 イレーネのように人間と見分けがつかないものこそが本来イレギュラーなのだ。

 身長は9フィートには少し足りないか。5フィートや6フィート足らずのイレーネやホークにとっては、まるで幼子と大人といった体格差だ。

「何故ここにおる。お前の領地はずっと東じゃろう」

「お前もずっと南だよなァ。まあ、そんなもん人間みたいに誰に断って決めるわけでもねぇんだ。お互いどうだっていいやな」

「さては人間の手先に成り下がったか」

「手先。手先かァ。いいねぇ。……あァ、似たようなもんだろうよ」

 魔族はプライドが高い。だから否定するかと思えば、魔族ガルケリウスは認めた。

「奴らの口車に乗って、呪印契約を七つ、バラバラに積み重ねて……気がつけば綺麗に俺ァ、人間の皇帝とやらの言いなりに動かなきゃならなくなってらァ。今や人間の用心棒扱いだ。辛いねェ」

「して、どういうつもりじゃ。旧交を温めに来たわけでもあるまい」

「わかれよ。お前は大人しくねェんで困るんだよ。……魔族が領地で大人しく引っ込んでるなら誰も気になんかしねェんだ。だがよ、『はぐれ』はよくねェんだとよ。座り場所も決めずにフラフラしてたら魔王も魔族も見分けがつかねェのが人間なんだ。『魔族の協調者』としちゃ、ちょいと無理してでも座って貰わないわけにはいかねェってこった」

「計算外を認められぬということか。やることがロムガルドと変わらんな」

「どっちも人間ってこったろ。……さて、俺と喧嘩をするか、翻意してアスラゲイトに別荘持ってのんびりするか。どっちでもいいんだぜ」

 黒山羊はベロリと舌なめずりをした。

「役得に、たまには壊れない相手と思う存分交尾するのも楽しそうだ。俺の相手をすると巨人の女でもすぐに死んじまいやがる」

「儂は楽しくなさそうじゃな」

「なァに、楽しくなるようなクスリもアスラゲイトにはあるぜ。使うと相手の女は俺にヤリ殺される瞬間まで狂ったようにヨガるんだ」

「それは用意のいいことじゃが。……趣味ではないな。ホーク。そろそろ縄は解けたか」

 イレーネの後ろでホークは立ち上がる。

「おかげさんで。でも手ぶらじゃ何もできねえぞ」

「なんとかせい」

「無茶言ってくれるなよ」

「嫁が寝取られそうになっておるのじゃぞ。男なら怒れ」

 イレーネの軽口には辟易するが、しかしアスラゲイトのやり口には怒りを覚えるのも事実。

 国内ならまだしも、ここはアスラゲイト帝国ではない。

 域外に自分たちの実験のとばっちりを撒き散らしたのみならず、それに絡んだ他国の勇者一行を巻き込み、謝意どころか強制的に従えて戦力を奪おうとする。

「ったく、どこもかしこもロクでもねぇのばっかりだな。世界の危機って時に」

「全くじゃ。わきまえてほしいのう」

「お前もだいぶロクでもねぇからな?」

「心外じゃ。胡散臭いほど協力的な女に向かって」

「自分で胡散臭いって言うなよ! 自覚あんのかよ!」

 ガルケリウスは軽口を叩きあう二人に対し、おもむろに踏み込んで蹴りを放つ。

「間男が目の前にいるってのに楽しそうじゃねェか」

「テメェで間男とか言ってんじゃねえよ!」

 ホークはイレーネともども横っ飛びでかわす。

 勢いでテントの入り口から飛び出すが、テントはガルケリウスの巨体が強引に踏み込んだことにより一気に倒れてしまった。

「武器探してくる。一人でなんとかしててくれ」

「戻ってきてエロいシーンに入りそうになっていても遠慮なく邪魔するんじゃぞ?」

「やかましい」

 イレーネを置いてホークは走る。

 四刻も寝たおかげでドラゴンと戦った疲れは抜けていたが、かといってあの魔族に勝てるのだろうか。

 そもそも自分が何とかする方向になっているのがおかしくないだろうか。

「俺は盗賊だぞ馬鹿野郎」

 ホークは愚痴ったが、当然誰が聞いているはずもない。

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