街道の巨怪

 レイドラ国内をぐるりと回るロンデ街道。

 回り道のように見えて、この道なりに進むことがどの周辺国へ行くにも近道となる。

 広く整備された道は一軍が通るにも不自由はなく、また円を描く主道から放射状に他国への一本道が派生する単純な道筋ゆえに、迷うこともない。

 人通りの多さは戦時の今でも健在で、異種族も多く行き交う中ではホークたちも目立つことはない。

 そんな中で、ホークたちは今後の行動について話し合いながらゆっくりと歩いている。


「まずは誰か偉い奴に話を通しておかないといけない。俺はレイドラに詳しくないんだが……っていうか他国の国情のことを知ってそうなのはロータスだけか。ハプロニス公爵ってどんな立場のどんな奴だ。話、通ると思うか」

「そうだな。公爵殿というだけあって重厚なお人柄と聞くが、他ならぬ嫡男のことだ。冷静ではなくなっているやもしれん。直接話を持っていくのは戦争を仕掛けるようなものかもな」

「じゃあ他の有力貴族に心当たりはあるか? 俺たちからの訴えを聞いても無碍にせず、派閥争いで握り潰されもしないような……」

 クロイセルの話をどうにかレイドラ側に納得させてからレヴァリアに帰りたい。それがホークの考えである。

 魔王を放ってレヴァリアに宣戦布告……なんてことは、いくらハプロニスが貴族最高位の「公爵」に叙されているとはすいえ、そうそうありえないだろうが……レイドラを通らないことには再び戦場へ帰ることもままならない。関係を悪化させたままにしておきたくはない。

 が、ロータスは首を振った。

「レイドラの内情は通り一遍の知識しかない。正直、ハプロニス公爵の所在すら、今から調べなくては判然としない。あまりこまごまやっている余裕のある状況ではないのではないか」

「そうだけどよ……じゃあこのままレヴァリアにコソコソと抜けていっちまえっていうのか?」

「それ以外にないだろう。たとえ都合のいい貴族を見つけられたとしても、我々が信用されづらい面子なのはいかんともしがたい。真相はあの通りなのだからこの際無視して行ってしまえばいい」

「……なあ、最悪……最悪の仮定の話になるが、もし話がこじれまくったら、クロイセルを殺った俺の首が『誠意』ってことでレイドラに差し出されて話をつける、って流れになったりしねえかな」

「ホーク殿は心配性だな」

 ロータスは一笑に付したが、ホークにとっては切実である。

 レイドラ王国とレヴァリアは国家規模としてはほとんど同等。一概に強い態度に出られるわけでもない。

 せっかく帰りついてもその場でお縄、次の日には斬首で魔王戦役の終わりを見ずにジ・エンド……なんていう結末は勘弁願いたい。できるなら、こちらに非はないことをちゃんと主張してから進みたいのだ。

「馬鹿らしいのう。それこそお偉方がそんなことをしようとしたら、例の瞬間移動でなんとかしてしまえばよかろう」

 干し肉をムシムシと行儀悪く食べつつ、イレーネが雑なことを言う。

「まさか俺を捕まえるために無策ってことはないだろ。眠りの魔法でも仕込まれたら抵抗できねえよ」

「せっかく人類の希望を持ち帰ったというのに、そんなみみっちい争いの為に首を斬られるというなら、人類はどのみちそこまでじゃろうな」

「そういうのが有り得るのが人間ってモンだろ、よくも悪くも」

 ホークは人類は存続すべきだと思うが、偉い貴族の考えることは信用していない。

 無条件で英雄が守られるなんてことはない。利が合わなければ裏切られるときは裏切られる。歴史は証明している。

 それでも、放り出すわけにはいかないのがつらいところだ。

「……そうじゃ、なんなら今のうちに勇者の体に呪いでもかけておけばいい。お前が解かなければ、早晩勇者はまたポックリ死んでしまうというわけじゃ。生きている者はいろいろ暴れて難しいが、死体にその手の呪いを仕込むのは簡単じゃぞ。そういう脅しを持っておけばおいそれとは殺されまい」

「お前の発想は本当に邪悪だな!」

「人間は生き汚くてナンボじゃろ。せっかく儂が契約してやったというのにくだらん死に方で満足するでない」

「満足する気はないけどよ……ああもう、他皆殺しにしても、あのボンボンだけ生かしておけばよかったなぁ」

 ホークは頭を抱える。後悔先に立たずだ。

「でもさー、ここまで来た感じ、別に指名手配されてるって感じでもなくない?」

 メイがロバの背の食料袋から炒り豆をつまみ食いしつつ見回す。

 たまに兵士らしい者ともすれ違っているが、ホークたちがじろじろ見られた感じはない。

「話が回っていないか……俺たちが目立っていないか、だな。奴らの死体は片付いてたから、クロイセルが俺たちに突っかかって死んだのを誰も知らないってことはないはずだが」

「まさかあたしたちにやられたなんて、誰も信じてないのかもよ?」

「その線もあるか……」

 希望的観測。

 小娘のメイ、変質者のロータス、そして若いチンピラとしか見られないホーク。

 とても武装した30人の兵士を瞬殺するとは思えないメンツだ。

 もしかしたら他の要因で……例えばホークたちの後から魔物か山賊でも現れて、そのせいで死んだと勘違いされているかもしれない。

「そうだといいな。それだと楽だ。メイがちびっこでロータスが変質者なのもたまには役に立つな」

「ものすごく納得いかない褒め方するよね」

「私は変質者ではないと何度」

 二人に服を掴まれて、ホークは愛想笑いをしながらなだめる。

 そうだ。その線で行こう。ホークたちがやったのではないと言い張れば最終的責任は逃れられると思う。

 真相は潔白なのだから嘘をつく方がよくない気もするが、どうせ都合が悪ければ踏み潰される真実なんて、大した価値を持たないものだ。

「いやー気が楽になった」

 現金なものだが、ホークはすっかり気をよくした。

 が、その直後、彼らの後方から土煙を上げた集団が来るのを見て取り、慌てる。

「お、追っ手じゃないかアレ?」

「落ち着いてホークさん、今頃になってそんな……」

「な、何百人もいるな……さすがに魔剣一本で抵抗できる数ではない」

 青ざめる三人。

 イレーネだけはニヤニヤと笑っている。

「さて、どうするホーク。儂に頼めば斯様な奴ら、あっという間に火の海に沈めてやるが」

「さ、最終手段としてそれも検討する」

 魔王に絡まないならそんな乱暴な頼みも引き受けてくれるのか、と今更ながらに思うが、そんなことをすればますます話がややこしくなるばかりだ。

 というか、無法が過ぎればホークたちも魔王と変わらなくなってしまう。

 しかし死ぬのは勘弁してほしい。それくらいなら魔族に頼るのも……。

「くそ、俺はそんなことしたくてここまで来たんじゃねえぞ……!」

 ホークは彼らが到来するのを祈るように待つ。

 ホークたちを追っているのではありませんように。せめて何か勘違いしていてくれますように。

 言い訳はどうしよう。ジェイナスたちはどうなるのか。

 イレーネは……どこで使うか。いや、そもそも本当に助けてくれるだろうか。


 土煙の集団は、ホークたちには目もくれずに急ぎ足で通り過ぎていく。


「……あ、あれ?」

 メイが拍子抜けした顔をして、ホークは慌てて抱え込んで叱る。

(き、気づかれてないならいいだろ!)

(でも、なんであんな……国境の兵力ほとんどじゃない、あれ?)

(奴らの事情なんてどうでもいいんだよ、切り抜けられれば!)

 ホークはそういう認識だったが、ロータスは目を細め、兵士たちの一人に並走して呼びかける。

「何故そう急がれている! 見たところピピン国境を守る隊、国境を放棄されるのか!」

「国境どころじゃねえ!」

 兵士は怒鳴り返した。

「王都シングレイが落ちた! 旧クラトスのナクタにいたはずのラーガス軍に一気にやられた! お前たち、シングレイには近づくな!」

「馬鹿な!? クラトスはロムガルドの勇者隊が三部隊も回っていたはず!」

「知らねえよ! 全部やられたんじゃねえのか!? 俺たちは脱出した他の部隊と合流して国の北側に集結する! 死にたくなければ南には行くな!」

 兵士は怒鳴り、遠ざかっていく。

「……クックックッ。どうやら細かい心配は吹き飛んだようじゃの」

 呆然とするロータス、そして顔を見合わせるホークとメイ。

 イレーネだけが楽しげに笑っている。

「……勇者隊が全滅……馬鹿な」

「しっかりしろロータス。智将とか言われてるラーガスのことだ、直接対決を避けたんじゃないのか」

「そ、そうだな。確かに……しかし、レイドラが落ちるとなると、戦略がメチャクチャになる……」

 青ざめるロータス。

 レイドラから西にクラトス、北西にピピン。そして南に行くとロムガルド。

 クラトスとピピンに展開したロムガルド勇者隊は、レイドラを押さえられると本国との連絡も補給も、隊同士の連携もバラバラにされてしまう。

「いくらなんでも、早すぎる」

「ロムガルドはいつもながら、魔王との戦いを意気込みながら侮りおるの」

 イレーネは肩をすくめる。

「魔王はなんでもできる。この程度の奇襲、魔王の業のデタラメさに比べれば序の口じゃろう」

「そう……だが」

「ようやく祭りが始まりよるぞ。大陸を掘り返して炎にくべる、百年に一度の大祭じゃ。……もう幾度も見たのじゃろ」

「……今回こそは、早く決着をつけたいのだ。もうあんな惨劇は見たくなかった」

「そうも強気で行くには、どうにも力が足らぬな」

 イレーネはふと空を見る。

「見よ。……祭りの気配を察したか、あんなモノまで出て来よったわ」

「えっ、何?」

 メイがつられて空を見上げ、何を指しているのかと探す。

 やがて見つけた彼女が目を見開き、呆然と指を向けたのをホークも追う。


 空を、巨大なドラゴンが飛んでいる。

 頭から尻尾まで、ざっと200フィートはありそうな巨龍だ。

 その姿は見る間に大きくなってホークたちの頭上を通り過ぎ、しばらく前に駆け去っていった兵士たちに追いつき、胴体で踏み、摺り潰すように着陸して殺戮を始める。


「えっ……え、なんで……ドラゴンってこんな人里にわざわざ出てくるようなモノじゃ……」

「モノにもよるわい。……さて、どうするホーク」

 イレーネはあくまで楽しそうに。

「奴らを殺り尽くしたらこちらに来るかもしれん。戦う覚悟はできておるか?」

「……冗談だろ」

 ホークは呟く。

 そんなモノと戦う手段は、少なくともホークには、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る