祝福の応用

「ナイフ投げはそんなに得意じゃないぞ。余分の刃物ガチャガチャ持って歩くのは目立つし怪我しかねないからな。遊び程度だ」

 ホークはそう言いながらも、寄越された三本の短刀を指の股に挟み、うち一本を握って軽く素振り。

 ホークが知るナイフとバランスが違う。ロータスの短刀は刃幅も細身で厚さもなく、少しでも手元が狂うと突き刺さらなそうだった。

「こんなん投げに使えるのかよ」

「多少上級者向けではあるな。綺麗に投げねば当たっても刺さらないぞ」

「俺に恥かかせたいだけじゃねえか……?」

「まあまあ。外したところで金も命も減りはしない。とりあえず投げてみると良い」

 ロータスは少し離れた場所に薪を立て、ホークに短刀を投げるよう促す。

「“アレ”をやってる状態でか?」

「否、まずは普通に投げてみると良い。ああも疲れるというなら、そう乱発はできんのだろう。練習だ」

 暖炉の火だけが明かりの廃屋。

 部屋の隅にはロバたちもいるが、火の燃える音だけの静かな中で、ホークは仕方なく言われた通りに短刀をそっと構える。

 一応「得意じゃない」という保険は掛けたが、うまく刺さらなかったらやはり恥ずかしい。

 何度か手を伸ばし、引き、顔の横と前方の間で往復させ。

「はっ」

 投げる。

 ……カンッ、と短刀は薪を弾いて倒し、カランカラン、と床の上で回って止まった。

「…………」

 メイとロータス、それぞれ武術の達人たちの見守る中で、ホークは情けない結果にどうコメントをつけようか悩む。

「……一応、レヴァリアによくあるタイプのナイフならちゃんと刺すくらいはできるんだぞ?」

「き、気にすることないって。ほら元々真っ黒女の急な無茶振りだし!」

「……私の名前はそんなに覚えにくいだろうか。それとも発音が難しいのか、メイ殿」

「だって真っ黒だし」

 メイは未だにロータスを認めたくないらしい。

 訂正を諦めたロータスはホークに向き直る。

「……と、とにかく……うまく扱えないものを持たせたのは、敢えて、のことだ」

「なんだよ。やっぱり恥かかすつもりだったのか」

「恥だのなんだの小さいことを気にするでない。簡単にはできないはずのことが、かの絶技によるならば可能なのではないかと思うのだ」

「……なんで」

「私がホーク殿を最初に見た時、あんなに零れていた短剣で獣人兵の首を三人、見事に割っていた。いかなる名剣かと思えば、まだ物が切れているのが不思議なほどのオンボロの短剣であれをやったという。……ただ速く動くだけの技ではないと思うのだ。理想通りに事を為す……つまり、有り得ない精確さこそが、かの絶技の本当の特色ではないかと思う」

「よくそんなところに注目してたな……」

「私も荒事の世界に身を置くようになって長いが、見た覚えのない種類の技芸だからな。……それに、かのレヴァリア王家が、ただの酔狂で怪しい無法者に世界の大事を託すとは思えん」

「……レヴァリア王家って、なんかあるのか」

「まさか、本当にただの小国とは思っておるまい?」

 まるで「いまさらその疑問もないだろう」とばかりにロータスが流したので、ホークはかえって気になる。

 レヴァリアは……自分の雇い主は、少なくともロムガルド王家ほどに愚かではなく、したたかな連中だとは思う。

 だが、世界的に見れば大した勢力を持っているわけではない。そんな国がいつしか魔王討伐の本命のような扱いを受けているのは、言われてみれば不思議だ。

 ただジェイナスという天才が生まれた国だから?

 メイという天才が生まれた国だから?

 ……今まではそう信じてきたが、ロータスにそれ以上の「何か」の存在をほのめかされてしまうと、素直にただの偶然とは思えなくなってくる。

 いや、そんなことは……今はいい。

 ホークは残った短刀2本を構え、集中を深くし……吹雪を、呼ぶ。


 音もなく。

 ホークの手を離れた短刀は、倒れた薪の尻に綺麗に揃って深々と突き刺さっていた。

「…………」

「やはり、飛び道具も見事に制御できるか」

「……自分でやっといてなんだが、信じらんねえ」

 ホークは自分の手を見る。

 いつもの“祝福”は「可能なことを早回しでやった」というだけの感覚だったので、出し抜いたという達成感はあったものの「信じられないことをやった」とまで思ったことはない。

 しかし、確かに「“祝福”を発動したのに、手元が狂って失敗した」なんていう経験は、今までになかった。

 自分が下手なせいで「できるかどうかわからないこと」なんて、“祝福”の予定には組み込まなかった。

 やってみれば理解できる。そんな心配はいらない。100%成功する。

 自分でも知覚しえないその一瞬に、余計な不確定要素は入り込みはしない。

「なんでこんなことになるって……お前、わかるんだ?」

 ロータスは“祝福”の情報を、何か持っているのだろうか。

 そう思ってロータスを見たが、ロータスは肩をすくめる。

「類推だ。先に言った理由も一つ。それと、貴殿は速く動くだけと思って使っているフシがあるが、単純に速く動いたら、止まるのにも只事でない力が必要なのが道理。瞬時にあれだけの距離を移動するならば、勢いで空さえ飛べよう。……しかし、おそらくそういう問題の技ではない。ならばあの芸当ができるのには別の理屈があるはず、と目星をつけたのだ」

「…………」

「チンケな泥棒に使うのもいいが、これはもっといろいろな可能性のある技であろう。貴殿が今まで想像もしていなかっただけでな。……それでもつまらぬ盗賊と自らを押し込めるか、ホーク殿?」

「……そこに話題戻るのかよ」

 ロータスは微笑んだ。これこそがホークが「歪んだ」理由なのだろう、と見抜いていた。

「何、歳を取れば言いたくなるものよ。人生の序盤戦で何を一丁前に訳知り気分で渋がっているのか、とな」

「……余計なお世話だ」

 ホークはそれだけ言い、暖炉の近くで座り込み、丸まって横になる。

 メイはそんなホークとロータスを交互に見て、何が気に入らないのかムスッとした。

 部屋の隅で、ロバたちは鼻を鳴らした。


       ◇◇◇


 翌朝、ホークたちはエフラの街を出発した。

 特に見送る者もない。この街でのひと暴れは、表向きホークたちと関連付けられることはない。

 いずれ魔剣を失ったリンズは放逐されるか何かして、元兵士たちは知らん顔でこの街を守るのだろう。

「あとは平地……レイドラ国境までは少し楽に行けると思いたいよね」

「レイドラに近づけば近づくほど魔王軍の勢力は弱まるはずだ。姫さんたちの部隊が行き道である程度蹴散らしているだろうし、ディアット落としが始まってるはずの今は、ここらにあまり大戦力も残ってないだろうから……姫さんたちに感謝だな」

「他に注目を集めてくれる人たちがいるって、気持ち的に楽だね……」

 そんな会話をしているホークたちの後ろで、ロータスは腕組みをして難しい顔をしながら歩いている。

「……うーむ」

「何か気になることでもあるのか」

「……剣に何と名付けようかと思って悩んでいる」

「剣って……魔剣?」

「大事ではないか。ロムガルドの新型は元より型ごとの銘があるが、古の魔剣は所有者が呼んでやらねば個体名もない。ここからレヴァリアまで持ち歩いて、下手すればジェイナス殿の佩剣になるやもしれぬ以上、いつまでも魔剣魔剣と呼ぶのも味気ない」

「……好きにしたらいい」

 呆れるホークにはお構いなしにロータスはピコンと思いついた顔をする。

「『デイブレイカージュニア』はどうか。斬撃の性質としては『デイブレイカー』によく似ているし、ジェイナス殿がいずれ持つと思えば良い揃いとなる」

「『ジュニア』ねぇ」

「っていうか赤の他人にジュニアはないよね……」

 微妙な反応をするホークとメイを見て、ロータスはぐぬぬと悔しそうな顔をしてしばらく黙考。

「『ムーンライト』。これでどうだろう。暁を呼ぶもの『デイブレイカー』と良い対比ではないか」

「俺、その名前の魔剣、他に3本知ってる。全部別の隣国で」

「なんと」

「みんな伝説の『デイブレイカー』にちなみたいんだろうな。ありきたりなんだ」

 どれも「デイブレイカー」には及ばない。

 そして数年前の武芸大会で、所有者が見事全員ジェイナスと当たり、使い手の方もジェイナスには程遠い、と天下に知らしめられていた。

「では方向性を変えて『チャーチバスター』など」

「事実だけど、それをジェイナスが振るうのマズくないか」

「ぬぬぅ……いっそ『白光砕撃剣』とかそういう方向性で」

「ビャッコーサイゲキケン……悪い、覚えられそうにない」

「『ブレイヴソード』はどうか」

「まんまだろ! それ魔剣って一般名詞で呼ぶのと大差ないだろ!」

「『ながいけん』」

「面倒臭くなってきたなら一度保留しろよ!」

「『俺の魔剣が急に現れた盗賊に盗まれて戻ってこない』」

「それはネームじゃなくてタイトルっていうんだ。しかもなんでリンズ視点なんだよ」

「『デイブレイカー通常版』」

「通常じゃなかったのかよ今までのは!」


「……ホークさんって人嫌いかと思ってたけど意外と付き合いいいよね?」

 メイには呆れられた。

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