魔剣奪取

 ホークたちは領主邸から大した苦労もなく逃げおおせていた。

 誰も寄せ付けない力でもって立ったはずの頭目リンズが、あっという間に魔剣を奪われ、一人でダウンしている。

 駆けつけてみればそんな状況になっていたことに対する困惑が大きかったのだろう。

「魔剣ひとつで統率されていたのなら、その魔剣がこちらにある以上、無茶な追っ手はかかるまいよ。追跡を命ずるべきリンズに従う理由がもうありはしないし、魔剣使いを『瞬殺』する使い手に向かっていくほど度胸がある者もおるまい」

「全面的にお前ひとりの仕業じゃねえか……俺に盗ませる意味あったのか? いや……」

 ホークはほのかに光る魔剣を弄んでいるロータスに突っかかった。

「そもそもお前、勇者だったのかよ」

「はて。姫は『レヴァリアに我が隊の勇者をつけることが、それほどに無意味な行為とでも?』と言っていたはず」

「……ゆ、勇者をつけるのを俺たちが嫌がったから、お付きの暗殺者でもよこしたのかと思ったんだよ! それならそうと早く言えよ!」

「どうせ逃げるのみの旅路。私の隠し芸があろうとなかろうと変わるまいに。それに、私は自分を勇者と思っているわけではない」

「……ロムガルド基準では勇者だろうが。それに、あんなスゲェ威力の斬撃を出せるなら、ドラゴンだって倒せそうだぞ」

「ホーク殿は龍とまみえたことが無いとみえる。あれを倒すというのは、本当に簡単なことではないのだぞ?」

 ロータスは道具袋から黒い布を取り出して魔剣に巻きつけた。どうもうっすら光るそれが宵闇で目立つのが気になるらしい。

「多少いい魔剣を振り回すだけで誰でも勝てるなら、それこそ勇者に真も偽もあるまい。……だが、ジェイナス殿ならあるいは、この魔剣でも勝てるやもしれん」

「……そんなに違うもんなのか、魔剣使いの能力って」

「うむ。まあ、積もる話をする前にメイ殿のところに戻るとしよう。あまり遅れるとホーク殿が私と『夜のお楽しみ』にでも興じていたと疑われてしまうぞ?」

「なっ……」

「ふむ、興味ありげだな? どうしてもというならお相手仕るも吝かではないが」

 ややわざとらしく、少し色っぽい目をしてみせるロータス。

 顔を半分隠しているとはいえ、エルフは総じて美しい種族だ。妙に様になる。

 が、ロータスに調子づかせるのはプライドが許さない。

「黙れ変質者」

「いや、それはないだろうホーク殿。女に多少気のある素振りをされて即その返しはあんまりだろう」

「色んな意味で怪しさしかない奴にいきなり色目を使われてもイラつくだけだ」

 半分見栄だった。

 ホークは一匹狼気質のため女と縁が薄く、興味そのものがあることは否定できない。

 しかしロータスはさすがに雰囲気を出すには変人すぎる。かろうじて取り繕うことができた。

「お前の言う通り、さっさとメイに合流しよう。話はそれからだ」

「つまらん御仁だ。いくら恰好悪いのが嫌でも、時には醜態を演じる余裕もなければ人生は鼠色だぞ」

「醜態って俺にどんな恥かかせようとしてたんだ!」

「性欲に負ける男は大抵恰好が悪いものよ。だが性欲に負けない男が楽しい人生を送れるかというとだな……」

「やっぱ解説しなくていい」


       ◇◇◇


 街郊外の廃屋で留守番をしていたメイは、休むロバに寄りかかって寝ていた。

「おいメイ。おーい」

「……んぅ? あれ、偵察終わった?」

「丸ごと片付けちまった。ロータスが」

「いやいやいや、ホーク殿がやったのだろう。私は最後に少し手を出したのみ」

「やかましい。まずは全部説明だ。お前本当は勇者だっただろ」

「勇者などと粋がっていたのは第五魔王の時だけなのだが」

「また推定年齢上げやがって!」

 第五魔王戦役は約190年前に終結している。

「え、どういうこと? ちょっと待って、あたしにわかるように話してってば」


 …………。


「というわけで、これがリンズの持っていた魔剣だ。おそらくこのあたりの好事家か誰かが持っていたものを、戦争のドサクサで手に入れたのだろうな」

「そこらの物好きが強力な魔剣なんて……そういうことって有り得るの?」

「勇者と出会うことさえなければ、魔剣は力のあるなしもわからぬ。ただの遺跡発掘の珍品よ。それに強力と言っても『デイブレイカー』には遠く及ばない。威力にして五割か六割、発動間隔は……そうだな、ざっと五倍も休めねば撃てん代物だ」

 魔剣の性能をざっくりと推し量るロータス。

 それを感じ取る感覚は、才能のないホークには理解できないが、それにしても。

「なんでそんなに『デイブレイカー』に詳しいんだよ……って」

「第五魔王戦役までは勇者気取りだったと言っただろう。第五魔王はレヴァリアの勇者が魔王を討ち取った。その戦いを間近で見ていたからだ」

「って、そんな古い話をはっきり覚えてるのかよ」

「長生きが取り柄のエルフ族よ。それに、ああも鮮烈な戦いは忘れられぬ……」

 遠い目をするロータス。

 しかし、そうなるとますますとんでもない人材ということになる。

 魔王戦役に少なくとも過去二回、今回含めて三回も参加している凄腕。

 長く戦った経験はそれだけで得難い物。そして暗殺者としても、魔剣使いとしてもただならぬ腕前。

 変人ぶりはネックだが、この実績を持つ戦士はどんな国でだって重用されるだろう。

「いくら勇者の数が余ってるとはいえ、よくあの姫さんはお前をこっちに寄越す気になったな……」

「それだけジェイナス殿にかける期待が大きいということだ。……それに、姫は」

 ロータスは、何かを口に出すことを逡巡する。

「なんだよ」

 おそらく国にとって都合が悪いことなのだろう、と察しつつも、ホークは続きを促す。


「……姫は、悲観的な方だ。あるいは、第四隊が生き残れなくともよいと踏んでいるのやもしれん」


「どういうことだ」

「魔王やその創造体と直接やるなら、ロムガルドの者たちでは難しい。ただ魔剣を振り回す才能だけでは話にならぬ。どうしても一騎打ちに堪える『個』の力が必要になる。……ジェイナス殿が間に合わないまま魔王と戦う羽目になったら……もはやそれまで、潔く散ろう、と自らの命さえ割り切るのであれば、たとえ魔王軍攻略のための戦力が足りなくなろうと、ジェイナス殿の復活に戦力を回すのが正解となるだろう」

「実際のところ、そんなに戦力キツキツなのか、あの隊。……勇者の腕の差がどういうところに出るのか、俺にはさっぱりわからねえから……あれだけいればなんとかなる気がしちまうんだが」

「本当に才能ある勇者は、魔剣の性能を限界以上に引き出せる。私とジェイナス殿なら同じ魔剣を振っても威力に倍も差が出るだろう。それに、例えばゲイルやマリンといった若い勇者は魔剣攻撃の加減もできん。一人倒すのにも三十人倒すのにも、同じだけの力を放って、次を撃てるまで耐えるしかない」

「そういえばジェイナスは小さく撃つのとか得意だったな……」

「そうそう。チョイッて感じで、木の上の弓手だけ倒したりね」

 ホークとメイは、ジェイナスがいかに巧みに「デイブレイカー」を操っていたか、そしてそれがどれだけ並みの腕の「勇者」には難しいことなのかを思い知る。

「私は魔剣を扱えるが、三十年修練しても、威力は大して上がってくれなかった。それでも身のこなしを鍛えればなんとでもなると意気込んだが……やはり魔王相手に戦うには脇役がせいぜいだった。それで魔剣を持つのはやめたのだ」

「持ってれば便利そうなものだけど」

「魔剣は数に限りがある。私は他にできることがあるのだから、私が持つくらいなら他の者に譲るべきだろう。……まあ、ロムガルドの量産魔剣が実用化されてからは通じない理屈だが、頼らぬと決めて何十年と通した後だ。変えられなくてな」

「…………」

 長い長い、何百年もの時間を「魔王」と戦うことに費やした女の歴史。

 古臭く怪しい言葉遣いも、それほど昔の生まれと思えば仕方なく思える。

 あるいは、その「黒」にこだわり、隠れるのを好む珍奇なスタイルさえも、「勇者」として挫折した過去を捨て、別の形の一流になるために自らに課したものの結果でしかないのかもしれない。

 たった17年しか生きていないホークにとっては気の遠くなる重みが、この変人の一挙一動に隠れている気がした。


 魔剣はとりあえず、ジェイナスが復活した時のための予備、あるいはそこまでの道中でどうしても必要になった時にロータスが振るうためのものとして、今のまま失敬することにした。

「また“正義の大盗賊”のいらねえ噂が立つのは嫌だな……リンズの野郎が自分の恥を嫌って口を噤んでくれたらいいんだが」

「なんと。そんなに“正義の大盗賊”の異名を嫌っておられるのか」

「そんなの馬鹿みたいだろ。盗賊は盗賊って時点で正義じゃねえだろうが。しかも聞いて広めろとばかりに堂々と名乗る奴があるか」

「多少矛盾がある方が愛らしいと思うが」

「多少どころか、どこから見てもただの目立ちたがりの馬鹿野郎だ」

 ふて腐れて言いながら、廃屋の暖炉で燃える火に薪を投げ入れる。

 初夏の山間の夜にはまだ冷たい風も吹く。火の暖かみはありがたかった。

「私が勇者でないように、貴殿が盗賊であるというのも自らに課したものに過ぎん。“盗賊”という概念は、いつか“正義の大盗賊”という全く別のもので塗り替えられるかもしれん」

「いや、俺はそういうのじゃねえよ。俺が盗賊であることは……もう、抗えないんだ。どこまでいってもさ。人目を盗んでチンケな盗みをする本物の盗賊が、俺の正体だ」

 ホークの脳裏に、古い記憶が蘇る。


 ──自分ができることなんて、特別じゃないと思っていた。

 誰でも、その気になったら他人にわからないうちに盗むのもすり替えるのも簡単で、みんなやっているものだと思っていた。

 みんな、本当に欲しいものに出会ったら、いつの間にかポケットに入れているものだと思っていた。

 それがみんな、明るみに出たあの時。

 今まで優しかった家族が、友達が、みんなホークの卑しい“祝福”の被害者だとわかり、指を差して罵ったあの時。

 ホークは、自分がそこにいるべきじゃない、と理解するしかなかった。


「そんなこと、ないよ」

 メイが沸かした白湯を飲みながら、優しく否定する。

「ホークさんはそんな人じゃない」

「そういう奴なの。お前が付き合い浅いだけ」

「違うよ。例え今までそうだったとしても、ホークさんは本当はそうじゃないものになるのが自然だよ」

「しつけえなぁ」

 鳥が鳥であるように。魚が魚であるように。

 ホークは盗賊である必然があり、住むべき世界がある。

 メイにもロータスにも、それを隅々まで説明する気はない。しても惨めなだけだ。

 だからそんな話は、もう切り上げたかった。


 だが。

「ときに、ホーク殿。……ふと思ったのだが、貴殿は投剣術や弓に興味は?」

「なんだよ。本当にいきなりだな」

「いや、な。……貴殿の絶技、間近で拝見して思ったのだ」

 ロータスはどこからともなく三本の短刀を取り出し、軽く放る。

 綺麗に分かれたそれらは、ホークの足元に等間隔にストトト、と突き刺さる。

「危ねっ……何すんだ」

「それを、かの絶技を使って投げてみてはいかがか」

「は? なんで?」

「一瞬で、正確に結果が生まれるのだ。何故それを手が届くことに限定するのか」

 ロータスはジッとホークを見つめる。


「貴殿の可能性は、まだ深いやもしれんぞ?」

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