三人旅

「魔王軍、いるぞ」

「どんな感じ?」

「数はたった五人。そのうち巨人が一人、鳥人が一人、残りは人間。多分どっかでまともな部隊からはぐれたんだろうな。あまり誰かが統率しているという感じでもないし、ほぼ山賊一党だ。片付ける方が後腐れはない」

「なんか、お姫様たちに会ってからホークさん強気だね。……あの真っ黒女のおかげ?」

「今回は違う。敵が少ないなら、残らず倒しておく方が安全だからだ。お前の実力もあるしな」

「えへへ。了解了解。ロバさんのおかげで疲れもないし、いくらでもいけるよ」

「巨人は最優先で仕留めろ。それ以外は俺でも相手できなくもないが、巨人に俺の戦い方で挑むのは厳しい」

 ホークは短剣を空中で二回転させて掴む。

 身長10フィートを超える巨人族は、ホークにとって厄介な相手の一つだ。

 6フィートにも少々足りないホークでは、一番狙い目の首に刃を入れるのも、相手がしゃがむ状況を作ったり、転ぶ罠を作るなど、ちょっとした工夫がいる。

 もちろん不意打ちナシの勝負は無理だ。身長で常人の倍近い体躯は、その実、重さで言うと10倍近くに達する。

 それを破綻なく動かす骨の強さと筋肉量は、もうホークと力比べが成立する差ではない。

 まともに剣と剣を合わせるとしたら、一合打ち合って剣か腕が折れなければ上出来といえる。

 それをパンチ一発で吹き飛ばすメイの技は、既にホークに理解できる代物ではない。下手に気遣うより素直に任せるのが得策と学んだ。

「人間とか鳥人は大丈夫なの? っていうか、ホークさんって時々すごいのやるよね。なんか一瞬で、パッ、ていう」

「あー……まだ説明してなかったな」

 ホークは今さらながらに、メイに自分の秘密を教えていなかったことに気づく。前回の戦いでメイには教えようと考えたにもかかわらず、だ。

 ならば今のうちに教えよう。そう思って口を開きかけ、そしてロータスも近くにいることに思い至る。

 メイに教えるのはもう構わない。「使った」後にはフォローしてもらう必要もある。

 だが、ロータスはどうしたものか。

 いずれ魔王戦役を終え、ただの盗賊に戻った後まで縁が続くような相手とも思えないが……しかし、他に強みがあるわけでもないホークが、信用できない他人に手品の種を明かすのは抵抗があった。

 少し悩んで。

「まあ、ちょっとした特技みたいなもんで……すげぇ疲れるけど、少しの間だけ死ぬほど速く動けるんだ」

「ど、どういう原理? あたしでも見えないくらい速いの?」

「今まで見えてないってことはそうなんだろ」

 あえて雑な説明にとどめる妥協案。どこまでできるのかも、四半刻に一度の「制限」も、暴発の可能性も教えない。

 ロータスが言いふらしてホークを窮地に追い込むとも思わないが、本当の難点さえわからなければ万一の時にも脅しは利くだろう。

「本当に死ぬほど疲れるから、最後の最後の切り札だ。俺がこれを使ったと思ったら、多分動けないのをぺらぺら喋って誤魔化してるから、できるだけすぐ助けてくれると嬉しい」

「えー……あれって疲れたのを誤魔化してたんだ」

「お前と違って俺は魔王を倒す意味での逸材じゃねえんだよ。逃げる方の逸材なんだ。あと、短剣でできないことはいくらアレ使ったって無理だから、この前のキグラスで会ったバケモノみたいなのに俺が勝つのも期待するな」

「ふーん……でもさ」

「なんだよ」

「そのワザで、この前はあんな風に敵の中に飛び込んだんだね」

「……そういう気分の時もある」

「やっぱりホークさんは“正義の大盗賊”だねっ」

「お前本当にそれやめろよな? 他に名乗るわけにもいかないからこないだはついそう言っちまったけど、本当にそんな名前で定着されたら死ぬほどハズいからな? あの姫君にまでそう呼ばれて俺泣きそうだったからな」

「えー。いいじゃん。たまにいるじゃんそんな感じの……ええと」

「義賊か? それこそ頭悪い肩書きの最たるもんじゃねーか」

「なんで?」

「盗みを誰がやったかバレてる時点で三流。相手を選んでるから良しってのも勝手な理屈だ。盗むってのは戦いとは違う。どれだけ正々堂々とやろうとしたって、『やっていいこと』にはならねえ。正義と盗みってのは相容れないんだよ」

「むー……でもホークさんって実際悪い人じゃない気がするし……」

「お前の味方してないと死ぬようなところにいるからそう思うだけだ」

「でもこの前の街での戦いはそういうの関係なかったよね?」

「……その話は終わり。とにかくこの先の魔王軍をどうしようって話をだな」

 ホークはちょっとした森の中にある山小屋を指差す。

 が、その小屋から破壊音が響き、窓から鳥人が飛び出そうとして、後ろから素早く縄をからめられて落ち、しまいには壁の外から巨大なハンマーで巨人が建物ごと破壊しようとして、糸が切れたように倒れる。

 指差したままのホークが呆然としていると、山小屋からゆっくりと黒尽くめのエルフが歩いて来て爽やかに汗をぬぐった。

「よき仕事をした」

「何やってんだお前は」

「倒しておくのが安全と言っていただろう」

「今さっきの言葉聞いてから殺りに行ったのかよ!?」

「綿密な計画が必要なほどの規模ではあるまい」

 ふふん、と得意げに胸を張るロータス。

「私がただの変質者ではないと認めていいのだぞ」

「わかった。本格的に暗殺者だな」

「違う! その稼業からは前回の魔王戦役で足を洗った!」

「……一気に100歳くらい推定年齢が上がった」

 第六魔王戦役の終結は120年近く昔になる。

「まるでBBAみたいに言わないでほしい。エルフ的にはまだピチピチだ」

「正確にはいくつなんだ……」

「美女は美女としてありのままに受け入れるのが人生を楽しく生きるコツだぞ。女の化けの皮を剥ぐのは大抵誰も幸せにならんからな」

「じゃあそんな怪しい恰好してんじゃねえよ」

 とりあえず、メイと並べられるほどかどうかはともかく、ホークよりはだいぶ強いというのははっきりした。

「というかお前、ついてきてたんだな……」

「見事な隠形の腕と称えてもいいのだぞ」

「実はもうはぐれてるんじゃないかと期待してた」

「…………」

 ロータスは「それはないんじゃないか」とすごく残念そうな顔をした。

「一応、私は貴殿らにとって貴重な援軍のはずなのだが」

「でも変態はちょっとねぇ」

「変質者からより具体的に踏み込んだ!?」

 メイの言葉にショックを受けるロータス。

「というか私は百歩譲って変質者に見える恰好はしているかもしれないが、変態と謗られる覚えはない!」

「この前ホークさんの縛り方に注文付けてたよね?」

「くっ……迂闊な一言だったか」

 悔しそうなロータス。

「認めるのかよ」

「ぜひ次回はもう少し艶めかしい縛り方でお願いしたい」

「お前また俺に縛られる予定あるのか!」

「特に必要がなくても、趣味で縛るのも歓迎しよう」

 堂々たる変態ぶりを見せるエルフに、メイがローキックを入れた。

「っく……お、折れたらどうする……」

「本気でやったら足ちぎれるからね?」

 しゃがんで耐えるロータスを横目に、メイが怒りながらロバを引いて旅を再開する。

 ホークは、メイは人懐こい子だと思っていたが相手によるらしい。というか、意外と自分以外へのエロには厳しい。

「……メイもあれだなあ。意外と女なんだなあ」

「意外って何」

「い、いや、目の前で着替えようとしたりするし」

「それと目の前にいる変態をほっとくかどうかは無関係ですー」

「……確かに」

 今回に限ってはロータスが全面的に悪い。


 山小屋に一応寄り、持って行けそうなものは略奪しておく。

「あ、豆いっぱいあるー。ちょっとそこの鍋で炒っていい?」

「炒り豆ばっかりもう3袋あるんだが……」

「ロバさんいるんだからいいじゃん」

「緊急時にはロバごと逃げられるかもしれないんだからな? ロバに持たせるのはあくまで予備だからな?」

 そう言いつつもホークも干し肉や堅パンは物色する。“勇者姫”との別れ際にも食料は持たされたが、「少し分けてもらう」という建前上、あまり贅沢は言えなかったせいで量は多くない。

 路銀はあるが、倒した敵からタダで物が手に入るならそれに越したことはない。そのあたりのみみっちさは、ここしばらくの旅でホークからメイにも伝染していた。

「ホーク殿はもう少し良い剣は持たなくてよいのか」

 ロータスもしれっと復活して一緒に物色していた。

「この短剣が一番慣れてる。あまり長いと飛んだり跳ねたりの邪魔になるだろ」

「そうは言っても、随分刃こぼれもしている」

「たまに研いでるから大丈夫だ。普通の剣士みたいにあんまチャンチャンバラバラやるわけでもないし、多少こぼれててもまだ保つんだよ」

「……その剣で、よく獣人の首など斬れたものと思うが」

「前の街の話か」

「うむ。肉は柔らかいとはいえ奴らには剛毛があった。それほど刃先がボロボロでは、やろうとしても滑ってしまう」

 ホークは言われて短剣を見る。

 確かに切っ先は折れて欠け、刃はギザギザにこぼれて鋸状になっている。

 気にはしていなかったが、これを売り物として露店に並べたら、どんな由緒を語ったとしてもガラクタと吐き捨てられるのがオチだろう。

「なるほど。ちょっとは手入れしないとな……」

「刃物研ぎにはちょっとした自信がある。私に指導させてくれないか」

「……百歳超えのご指導は効きそうだな」

 ロータスが喜々としてホークに研ぎの基本から講釈するのを、メイがチラチラと気にしながら豆を炒る。

 これが逃亡中じゃなければ結構幸せかもしれない、とホークは思う。二人とも歳とか素行とか問題はあるが美人には違いない女二人に引っ張り合いされながら過ごす、平和な昼下がり。

 ……いや、倒した魔王軍兵の死体は外に積み上げてあるし、そろそろ腐敗が心配なジェイナスとリュノもいるが。

 そういうのを無視して平和とか幸せを感じられるようになったらいよいよ危ない。

 ホークは若干壊れ始めた現実感覚を首を振って持ち直し、刃物研ぎに勤しむ。


「夜になる前に次の街に着きたいな」

「魔王軍がいたらどうするの?」

「まず調べる。戦えるようなら倒しておく。無理ならそっと逃げる。夜ならやりやすい」

「またこの前の関所みたいなことやらないでよ、ホークさん」

「同じ失敗はしねえよ」

 ロータスもいるし、メイに頼れる範囲も把握した。同じ状況でも、あんな無茶はしなくてもいい。

 足下の危ない旅路は昼のうちに終え、夜は休むか戦いに充てる。それがホークにとっての必勝コースだ。

「ディオス湖畔の東側では最大の、エフラって街がこの先にある。“勇者姫”が通ってきたなら、多少は敵の戦力も甘くなってると思うけど、勝てそうになかったら無視していく」

 大きい街はそれだけ魔王軍も押さえるのに大戦力を置く。もちろん街が大きい方が収奪もしやすく、占領する側も贅沢ができるので、兵たちの人気も出る。

 ロータスが突然近くの木陰から顔を出した。

「確かにエフラで姫たちは大立ち回りを演じ、抵抗する者は倒し尽くしたが、勇者隊という名を聞いたとたんに散って逃れた者には目が届かなかった。再集結している可能性も高い」

「そんなヘナチョコの奴らもいたのか」

「貴殿らはジェイナス殿を失ってのち、身分を偽って歩いていたのだろうから実感はないのやもしれんが、勇者という名はそれだけで魔王軍の戦意をくじくだけの力がある。魔王軍と言えど思想統一された精兵ではない。誰もが身の程知らずの突貫馬鹿というわけではないぞ」

「それはそれで厄介だな……」

 強い敵にはコソコソと逃げ回り、敵がいなくなったと見ればまた大きな顔をして舞い戻る。

 ホークが人のことを言えた義理ではないが、そういう小賢しくしたたかな連中は安全地帯を作ってくれないので面倒臭い。

「まあ、精兵じゃないってんなら俺たちでやれると考えることもできるけど……でも魔法使いがいるとな」

「あー……ごめんね、あたしそういうのに全然弱くて」

「魔法に強い奴なんて滅多にいないからしょうがねぇ」

 この前のマナボルト使いのように、魔法をひとつ、ただぶっ放すだけの才能者は一般人にもたまにいる程度には多い。

 ちゃんとした勉強をして、回復や補助、属性付与といったところまで学んで使うとなると、それなりの教育を受けなくてはいけない。そこまでいけばエリートと呼ばれるだろう。

 そしてさらにそれらを極めて、他人の魔法に対抗する手段まで揃えるのはほんの一握り。高位神官や宮廷魔術師といった者たちくらいだ。

 それほどでなければ、魔法を撃たれても笑って構えていられるものではない。

 今は死体となって運ばれているリュノは、その貴重な一握りだったのだが。

「本当にリュノがいればなぁ……二人で前衛後衛やるだけで大抵の敵は楽勝だったんだが」

「ジェイナス様だけ死んでリュノ様が生き残るのも、多分なかなかないシチュエーションだけどね……」

「まあ……リュノが生きてるうちはジェイナスをみすみす死なせるはずもないか。どう見てもホの字だったもんな」

 たとえジェイナスが逃げろといっても、リュノは聞き入れなかっただろう。二人はそういう関係だ。

「とにかく、着いたらまずは偵察だ。……せっかくだ。ロータス、暇なら二手に分かれて見て来ようぜ」

「それはよいが、私が攻め手で有能なところを見せすぎると暗殺者という評価が定まってしまわないだろうか」

「どっちでもいいじゃねえか……ってか偵察なんだから攻めるな」

 ホークはロータスの隠密斥候の腕を信用することにしたのだが、メイはどうもそれが気に食わないらしい。

「むー……ホークさん、あたしも偵察行く」

「ロバたちとジェイナスの死体はどうすんだよ。二人が偵察行くなら俺は残るぞ」

「ならば私も残ろう」

「あたしも行かない」

「お前ら、ジェイナス持って帰るのが一番大事だってちゃんとわかれよな!?」

 ロータスが出て来てからメイが難しくなって本当に敵わない。


 ちょうど日暮れの頃にエフラの街の郊外にたどり着く。

 ちょっとした丘の上から見るエフラの街は、たくさんの明かりに彩られ、一見して魔王軍の気配は感じられない。

「意外と魔王軍はいないかもな。自警団とか作って追い払ってるかも」

「それならばよいのだが」

 ホークとロータスは囁き合う。

 いなければそれに越したことはないのだ。堂々と宿も取れるし、メイが義憤に拳を握ることもない。

「なんだアンタら。よそから来たのかい」

 ちょうどすれ違おうとしていた農夫が、街を眺めているホークたちに目を向ける。

「急ぎの用でね。レイドラまで行きたいんだ」

「そりゃあそうだな。俺だって先祖代々の畑がなければ飛び出してえ」

「この街は魔王軍はいるのか?」

「しばらく前にロムガルドの連中が追い出してくれたおかげで、少なくともデカい顔はしてねえな。でも奴らも鎧兜脱いだら流れの連中とも変わらねえ、もしかしたらどこかに隠れてるともわからねえが」

「なるほど。ありがとう」

「でもよ」

 農夫は声を潜めて。

「……妙な『勇者』がいるんだ。もしかしたら魔王軍よりめんどくせえ。先を急ぎたきゃ絡まれるなよ、アンタ」

「なんだそりゃ」

「俺は関わり合いになりたかねえからさっさと出てきたんだ。これ以上は行って聞きな。いや、聞かずに抜けた方がいいんじゃねえか」

 農夫はそう言って、疲れた猫背越しに手を振って離れていった。

「……ロータス、どういうことだと思う?」

「さて。わかりかねるな」

「ねえ、確かお姫様のとこ以外も勇者隊ってあるんでしょ? 他の隊じゃないの?」

「姫以外の隊はみなクラトスに行ったはず。だとすれば妙な話よ」

 三人はエフラの街を前に首を傾げた。

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