勇者王国の事情

「何なの、この変質者」

「人を見た目で判断するのはよくないぞ、娘よ」

「変質者を見た目以外のどこで判断しろっていうの」

 湯浴みから戻ってきたメイは、全身黒尽くめのエルフ女性の姿にあからさまに警戒感を示した。

「好きな色で全身を固めて何が悪い。だいたい、聖職者は全身白でもセンスをなじられるどころか拝んで称えられるというのに、黒ばかり差別するべきではない」

「でも全身黒って、絶対暗闇に紛れて何かしようとしてる人の服だよね?」

「合理的な色だというのは認めよう」

「よし変質者決定」

「その見解には断固抗議する!」

 ロータスはこの段階で椅子に縛り付けていた。大人しくしろと言ったら妙にあっさり大人しくなったのだった。

 ホークはあまりにも緊張感のない侵入者に呆れていたが、気を取り直して短剣を軽く突き付け、尋問する。

「で、どうして俺たちの部屋に隠れてたんだ」

「ふっ。目的を言えと言われて素直に言う変質者がいるとでも……あっやめ、やめて、眉毛剃るのはやめて」

「いくらロムガルドを自称したってな、お前が礼儀もわきまえずに他人の寝室に潜んでたってのは事実だ。曲者には容赦しないぜ」

「ぶ、文脈的に察しはついておろう! 私は姫が貴殿らにつけた護衛の」

「いらねえって言ったよな?」

「い、いらなくてもつけたものはつけたのだ! 貴殿らが無事に国元に帰ってくれないと我々も困るのだ!」

「なんでだよ。俺らが途中でくたばっても、ロムガルドにとってはそう大差ないだろう」

「それに関しては国家機密で……や、やめい、前髪は女の命だぞ!」

「で?」

「……ジェイナス殿の力は必要だというのが姫の見解だ」

「魔王を倒すのは、このままいけばロムガルドの手柄だろうに」

「姫はそこまで楽観していない。今代の魔王は、既にアスラゲイト魔術師団を退けている。かの魔術師団の攻撃力は、まともに発揮されれば半日で城塞都市が更地になるほどのものだ。相手するとなれば、我らロムガルドの精鋭とても決死の覚悟をするほどの……ゆえに姫はこうおっしゃっている。我らが時機を掴み、本命になったのではない。我らの番が回ってきただけである、と」

 二大国の片方があっさりと負けている。その事実をファルネリアは重く見ていた。

 魔王相手には魔剣を使う「勇者」が勝つことが多いとはいえ、特に魔王に対して魔剣使いが強いということはない。

 大した戦果を挙げるでもなくアスラゲイト帝国の戦力が敗れたということは、本腰になればロムガルドのかき集めた「勇者隊」とて瞬殺される危険が大きいということだ。

 ならば現在最強の「勇者」と目されるジェイナスの力が待望されるのもわかる。しかし。

「……逆に、ジェイナスが本当に必要って話なら……ジェイナスが復活するまではお前らは狩られる側になるぞ」

 大量にいる自国の「勇者」ではなく、ジェイナスが生き返って戦線復帰しなくてはならない、ということは……つまり、魔王と決戦できるだけの力はないことを理解したうえで戦おうとしているということになる。

「承知している。ゆえに姫は無理押しをせず、慎重な作戦を取っているのだ」

「わざわざ蛇の出る藪をつつきたくないってことか? それなら自国で守りを固めてた方がいいだろうに」

「それは世論が許さない。ただでさえ出遅れているだけでも他国に笑いものにされているのだから」

「……つくづく気に食わない国だな」

 ホークは吐き捨てる。

 実利的といえばそうなのかもしれないが、やることはビビりながら守りの弱そうなところにそっと攻め込んで「戦っている事実」を作りたいだけか。

「もっとも、そこまで把握して動いているのはファルネリア姫だけだ。他の王子や王女は動けば勝てると考え、クラトス侵攻に全力を注いでいる」

 ロムガルドは王族それぞれの親衛隊として「勇者隊」を編成しているが、本人も一級の戦闘力を持つのはファルネリアだけと言われている。

 魔剣には適性があり、ある程度の才能がなければ効果を引き出すことができない。例え親が勇者であってもその才能がまともに遺伝するとは限らず、ファルネリア以外の王族は「勇者隊」の指揮官ではあっても「勇者」ではない。

 ゆえに彼女を指して“勇者姫”と言われるのだ。

 そして、どうやら戦略眼なども他の兄弟には足りていないと思われる。

「それでそいつらは見殺しにして、あの姫君は時間稼ぎか」

「他のご兄弟のもとには、それぞれに歴戦の勇者が多くついている。この隊には十年を超える戦歴を持つのはリディック殿と私のみ。それで見殺しと言われてはどうしようもない」

「……そりゃ、そうかもな」

 ホークは少しバツが悪くなる。気には食わないが、彼らなりには最善を尽くしているのだ。

 戦いに絶対の間違いはあっても絶対の正解はない。

 事実としてジェイナス以外は魔王に対抗できないとしても、他国で勝手に戦うジェイナスに頼って祈るだけというのは、正解とは言えまい。

「だったら、それこそ共同戦線をレヴァリアに申し入れてくれたらよかったのに」

 メイは口をとがらせる。

 ロータスは肩をすくめる。

「だから私がいるのだと理解してほしいものだ」

「……恩を売るためにか」

「それも口実に必要なのだ。例え姫が両手をついて頼みたくても、その屈辱を嫌がって王が依頼を取り消したりすれば、話が終わってしまう。相手が恩を感じて助力を申し出てくれるならば、話が簡単に済むのだ」

「なんなんだよロムガルド王族っていうのは。馬鹿しかいないのか」

「……姫が気に入るのもわかる。貴殿のように道理のわかる無法者は話していて気持ちが良いな」

 ロータスが苦笑し、ホークはグッと喉で音を立てる。

 本当なら「なるほどね」とでも呟いてニヤつけばいいところなのかもしれない。

 どうせ恩義を背負うことになるのはジェイナスとレヴァリア王家なのだ。ホークは仕事が楽になるな、と喜んでおけばいいだけなのだった。

 それなのに他国の王家の愚鈍さに怒りを感じたり、回りくどさに辟易したり。まだまだ悪党としての態度が甘い。

「まあ、勝つと意気込む勇者たちの気持ちもわかってやってほしい。ジェイナス殿がどれだけ強いとしても、自分の才能がそれに劣ると思って諦める若者は勇者になどなるまい。この遠征でメキメキと成長してジェイナス殿以上になることも、……魔王がジェイナス殿のように、万に一つの不運で倒れるということも有り得る。姫はそんな偶然を信じるような方ではないというだけだ」

「……そりゃあ、ジェイナスだって最初から最強だったわけじゃないだろうがな」

 ホークもしぶしぶ短剣を下ろす。

 ロータスの話は、全部聞いてしまえば頷かざるを得ないものだった。

 なんとも据わりが悪くはあるが、ロータスを殺したり、姫君に突き返したりなどするのも益はない。

 自由に、合理的にやれない自国を嘆く姫君の態度にも、改めて納得する。

 勝てない戦いと分かっていて、なおも見栄を張らなくてはいけない彼女なら「気に食わない」「仲良くできそうにない」と腐すホークに同意もしたくなるだろう。

「では改めて、よろしくやろうではないか“正義の大盗賊”殿」

「だからそれはやめろって……」

 ホークが嫌そうな顔をするのにもかかわらず、ロータスはスッと手を差し出す。

 ホークはその手を躊躇しながら握りそうになって……縛っていた事を思い出す。

「おい。なんでお前、手が自由に」

「あの縛り方では一呼吸する間に抜けられるが」

「てめえ」

「まあ縛られておいた方が安心して話もできよう。そう怒るな。あと、できればもう少し凝った縛り方が好みだ」

 ロータスは座った状態から綺麗にバック宙を打ち、そしてクローゼットに収まる。

「何でそこに入る!」

「私はこういう場所で眠るのが一番安らぐのだ。まあ気にするな。その娘と何かしていても私は関知しない」

 黒に異様にこだわることといい、微妙に人を食った態度といい、変な女だ。

「……結局これ連れてくの、ホークさん?」

「……あまり贅沢言えないのは事実だからなぁ」

 部屋の隅に転がしてある二人の死体を横目に、ホークは何度目かわからない溜め息をつく。

 一人増えれば、危険が格段に下がるのも確かなのだ。

「でも盗賊と暗殺者と武闘家かぁ……」

 バランスが悪い。

 と思ったら、ロータスはくぐもった声で反応してきた。

「私は暗殺者ではないぞ」

「なんだよ」

「強いて言うなら……護衛官だ」

「暗殺者でいいだろ」

「違う、全然違う! ここ二十年ほどは基本的に守るために潜んでいる!」

「お前いくつなんだよ……」

 最低でも30代以上だというのはわかった。


       ◇◇◇


「では、旅の安全をお祈りします」

「そちらもご武運を」

 ホークは姫君に挨拶をして、「勇者隊」と別れる。

 雨は上がり、街は勇者隊の姿に歓呼の声を上げている。

 ホークたちは姫君の便宜で希望通りにロバを二頭手に入れ、二人の遺体は自分で背負わなくてもよくなった。ロバの口綱をそれぞれ引きながら、ホークとメイは小さな町を後にする。

 ロータスの姿は見えないが、どこか見えないところでついてくるのだろう。

「あとは敵が出なければいいんだけど」

 メイはファルネリアからいくつかの贈り物をもらったらしく、それらを歩きながら身に付けて少しうれしそうにしていた。

 姫君が身に付けるには少し簡素だが、庶民が持つにはだいぶ目立つアクセサリー数種。

 きらびやかな装身具で喜ぶのは、やはり女の子なのだなあ、とホークは今更ながらに思う。

 ホークから見るといくらぐらいの値段か、という目でしか見られない。そういう意味では価値はわかるのだが、自分が身に付けたいとか、誰か女性に身に付けてもらいたいと思うことはない。

「その指輪、銀か? 手入れ大変だぞ」

「クリー銀だって。普通の銀と違ってほとんど錆びないらしいよ」

「珍しいもの持ち歩いてんだな……魔王討伐作戦だっていうのに」

「なんなら路銀にしてもいいですよ、って言ってたけど、そこまで困ってないよね?」

「家宝にしとけ。どうせ魔王戦の費用は王家持ちだ。個人的に合法的にもらったものを経費のために手放したら損だぞ」

「あ、でもこれだけは絶対手放すなって言われた」

 メイは胸元から綺麗な宝石の嵌まったペンダントを取り出す。

 色々な財宝を漁った経験のあるホークも、見たことのない宝石だ。

「なんだそれ……」

「わからないけど、また会うまでは絶対に手放さないで欲しい、って言われた」

「姫様なりの願かけなのかもな」

 またメイがファルネリアに会うことがあるなら、それはジェイナスが蘇り、ファルネリアが時間稼ぎの戦いを全うした時だろう。

 そこまで耐えきれれば、彼女の持つ魔王戦のビジョンは成就する。

 そこから勝てるかどうかはジェイナス次第だが、少なくとも魔王に勝つためのそれ以上の方策はないだろう。

「俺にもひとつくらい、くれればよかったのに……いつ貰ったんだ、それ」

「え、昨日の湯浴みの時に、あとからお姫様も入ってきて……銀髪には金が映えて羨ましいとか言いながらいろいろ」

 想像する。少女同士の微笑ましいスキンシップ。

 ひとしきり思い浮かべてからホークは真顔で一言。

「……胸どんなもんだった?」

「叩くよ?」

「じ、冗談だよ」

 ロバの足音を聞きながら、今までの旅路とは打って変わったのんびりした足取りで、二人は湖畔の道を行く。

 この国に勇者隊がいるということは、今までのように魔王軍にただ怯えなくてもいい。

 もし出会っても、彼らは勇者隊との戦いこそを急務としているはず。自分たちは一番の標的ではないし、それならば多少無責任に暴れても後の心配は少ない。

 思った以上に世話になるな、と思いながら、ホークは真面目に姫君の武運を祈った。

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