忍ぶ黒影

「レヴァリアのパーティは4人。うち一人が盗賊。そして、獣人拳法の達人のメイという少女が加わっていることは、手の者の報告によって掴んでいました。カマをかけるような真似をしたのは謝罪いたします」

 宿として提供された領主の館の一室で、“勇者姫”ファルネリアはそう種明かしをした。

「よくそんなの覚えてましたね姫様! 俺はよその話なんかさっぱりでしたヨ!」

「ゲイル。黙っていろ。お前の頭の基準で話されるといつまでも話が進まぬ」

 リディックという年配勇者が、赤毛の狼人勇者ゲイルを諫める。

「今回の魔王戦役の大本命、レヴァリアの龍殺したるジェイナス様のことです。我らに先行して討伐に向かっているということでもありますし、どの者も志あらば気にしていたのです。……ゲイルはその、こういう者なので……お気になさらず」

 どうもゲイルのせいで、ロムガルド勇者隊みんながジェイナスを軽んじているように聞こえたのではないか、とファルネリアは気にしたらしく、少し恐縮した様子をみせる。

 が、さすがに短い付き合いでもホークたちも理解していた。こいつは特別アホだ。

「……そういう身と踏んで、何故近づこうとするんですかね。見ての通り、俺たちは……」

「勇者一行を名乗らず、二人でこのピピンにあり、ジェイナス様なくしては楽ではない魔王軍との争いをしている。我々をロムガルドと知り、名乗ることもなく、食料を求めるあたりから見ても、相当にお困りの様子。単純にはぐれただけとも思えませんが、余計なお世話でしたか?」

「……ホークさん」

 ホークたちの「勇者一行」とは思えない惨めな風体(ロムガルドの面々が雨よけの魔術で濡れてもいない中、二人がずぶ濡れになっていたというのもあるのだが)と振る舞いから、姫君は相当に洞察を働かせている。

 とぼけていても、遠からず何もかも見抜いてしまうだろう。

 滅多に近づくことのない才知溢れる貴人の眼力は、ホークたちにとっては底知れない。メイは早くも「隠しきれないと思うよ」といった顔をした。

 ホークも、警戒感からどうにかうまく距離を保とうと言い訳を考え……そして、諦める。

 こうなれば仕方ない。せいぜい「国のメンツ」を盾に取り、正当な扱いをするよう堂々と訴えるしかない。

「我らが勇者ジェイナスはこの先、キグラス亜人領で魔王の眷属バストンと交戦中に戦死しました。神官リュノも」

 口調を改め、レヴァリアの勇者パーティ代表として、精いっぱいの見栄を張る。その程度の教養はホークにもある。

「まあ……」

「バストンといえば遊軍将の一人だったか。それほど武力や策謀に長けているという話も聞きませぬが」

「油断したんでしょうヨ。いくら龍殺しったって、全く隙のねぇ奴ァいないもんっしょ」

「お前は黙っていろと言ったはずだが」

「敗因はわかりますか、ホーク様」

 姫君に「様」付けで呼ばれた事に多少動揺しつつ、ホークは考える。

 確かにそんなに強い相手ではなかった。……と、思う。

 ホーク自身は戦闘に参加せず、様子を窺いながら離れているのが常だったので、バストンの本当の技量まではわからない。

 ……ジェイナスが壮絶な死を遂げた後、部下も尽きて疲れ果てたバストンを密かに始末したのはホーク自身ではあるが。

「魔剣が折られたのが大きな要因とは思います」

 魔剣「デイブレイカー」の喪失は国家機密に値するかもしれない、とは思いながらも、隠しておいたところで当面のこの聡い姫君にはもはや無駄な抵抗だ。素直に答えるのがもう一番いい。

「魔剣が折られただと? 確かジェイナス殿の『デイブレイカー』は古の最上位魔剣……そこらの鋼相手では刃こぼれもせぬはず」

 リディックが顎を撫でる。

 が、姫君は少し考え、心当たりがあるような顔をした。

「折れた魔剣は?」

「持っておりますが」

「見せてください」

 リュノの道具袋を開き、言う通りに「デイブレイカー」の残骸を取り出してみせる。

 ローテーブルに並べた二つ折りの剣を見て、姫君はリディックと頷き合った。

「これは……外部の力ではなく、魔剣としての『使用限界』による破損ですね」

 なんだそれは、とホークは眉を寄せる。

 メイに至っては両者の意味が分からず。

「何が違うの? 剣って振るのは斬る時だよね? 外部の力、かかるよね」

「俺に聞くなよ」

 ホークは知ったかぶりをせずに降参する。

 姫君は丁寧に説明を試みた。

「レヴァリアのみならず多くの国で、最上位魔剣と呼ばれるものは……その魔法紛いの威力の顕現を、使い手に資質ある限り無限に使えるものと信じられていました。ゆえに、第五魔王の時代からレヴァリア王家に酷使されてきたにもかかわらず『デイブレイカー』は最高の武器であり続けたのです。……ですが、我々は魔剣を作る側としてその原理を学び……低質にしろ高質にしろ、どんな素材も決して完全には刀身へのダメージを消しきれないという結論に至りました。実際に最上位魔剣が完全に『使い切られた』のは、これを見るのが初めてですが」

 理路整然とした説明にも、メイは微妙についていけていない。

「え、えっと?」

「元々魔剣の乏しいレヴァリアで、ジェイナス以前の勇者から代々振り回されたせいで、『デイブレイカー』はもう限界だったんだろうって話だよ」

「……そ、そっかー……って、今までの使い手のせい? それウチの勇者様めちゃくちゃ貧乏くじじゃない?」

「そうだな。まあ、それに付き合った俺たちも全くもってソレだが」

 ジェイナスはさぞ驚き、困惑したことだろう。

 決して壊れないはずだった最強の魔剣が、大したことのない敵に振るおうとした結果、急に折れてしまうなんて。

 ホークも今更ながら彼に同情してしまう。

 そして空気を読まない狼人勇者ゲイルは、ここでも軽口を叩く。

「まっ、ロクに魔剣も揃えられない国が出しゃばるからそうなったんですヨ」

 懲りない部下の暴言に、ファルネリアは本当に辟易した顔をし、リディックは苦々しい溜め息。

 メイは真顔で姫君に言う。

「ぶん殴っていいですか?」

 姫君は即答した。

「死なない程度であれば」

「姫様!?」

 ゲイルが驚愕する。


 メイは瞬間的にゲイルに迫り、フルスイングの拳を顔に当てる軌道で振るい。

「……やっぱり建物が壊れるからやめます」

 ボッ、と音が立つ速度で、寸前で手を止めた。


 ゲイル自身を含め、誰一人反応できない速度での早業に、ロムガルド勇者陣からも控えめに拍手が起きる。

 リディックもその身のこなしを見て感心しきり。

「素晴らしい。魔剣さえ使えれば是非我が隊に欲しい」

「やりませんよ。こっちも仕事があります」

 ホークはそう答える。荷運び役としても護衛としても、話し相手としても重要だ。例えここでレヴァリアまで人足を10人雇う金を渡されたとしても、承服はできない。

 ゲイルはやられっぱなしではいられないと思ったのか、魔剣に手をかけてなにごとかをしようとしたものの、仲間の勇者たちに羽交い絞めにされて隣の部屋まで連行される。まあ、たとえ抜いたとしてもメイの敵ではないだろう。

「仕事というのは、ジェイナス様をレヴァリアまでお連れするということですか?」

「はい。こればかりは後回しにもできません」

 姫君に真面目くさって答えるホーク。

 姫君はその答えに頷き。

「そうであれば、我が隊から一人、護衛をお貸ししましょう」

「は? 姫、何と」

 慌てるリディック。

「我が隊はこれからディアット攻略という大任があるのですぞ」

「ディアットで任務は一段落でしょう。他の隊がクラトスを陥れるまで、我々が先行してはならないことになっています。それに、レイドラからここまでの旅路も、完全に平定したとは言えません。彼らにまた二人だけで行かせるのは残酷でしょう」

「言いたくはありませんが、他国は他国。志を同じくする同士として、この場で共に食卓を囲む程度はやぶさかでもありませんが、それ以上は」

「リディック。それこそ私からも言いたくはないのですが。……レヴァリアに我が隊の勇者をつけることが、それほどに無意味な行為とでも?」

「……!」

 リディックは目を見開き、一歩下がる。

 ホークは目の前でそんな言い合いを見せられてゲンナリした。これだからロムガルドは、と言いたい。

 リディックが引いたのは、つまりファルネリアの親切が「レヴァリアの勇者パーティの首に鈴をつける」という意図あってのことだ、と目の前で説明されたようなものだ。

 ロムガルド王国の対魔王戦は、この姫君と勇者たちですら、ごく一部。多方面から魔王を目指して勇者を進撃させる作戦なのだろう。

 となれば、これからもそう素早くは話が進まない。これから国元で復活の儀式を経て、「デイブレイカー」の代わりを用意してから復帰してくるジェイナスの動向さえも、できれば逐一知りたいくらいのゆっくりした戦いになるのだろう。

 ホークたちに一人護衛をつければ、それができる。国元まで行くのはもちろん、帰りがけも同行してくるのが道理だろう。

 さらに、もしジェイナスが魔王を倒すことになっても、復活までの護衛を与えられた恩は王家としては無視できまい。

 そういう魂胆が見え透いているのに、流れに乗って「お願いします」と頷くのはさすがにはばかられた。

「……せっかくですが、護衛は遠慮させてもらいますよ。俺たちはこれ以上、生臭い話を抱えていきたくないので」

「そうですか。お力添えができず残念です。ですが、せめて今夜の宿くらいは」

 ぬけぬけと言う姫君に、今はあまりドキドキもできない。


 岩陰に隠しておいたジェイナスたちの死体も回収し、ホークとメイは久しぶりにまともな部屋で寝られることをとりあえず喜ぶ。

 ……部屋に案内した女神官勇者マリンは、二人で一部屋を使うことに顔をしかめていた。

「部屋数はあります。何も男女同室にならなくても」

「悪いね。本当に厚意には感謝してるが、俺たちは隔離されるのは困るんだ」

「今までずっと一緒に寝てたんだから同じですよー」

「いや一緒には寝てないぞ? アンタもその顔やめろ。本当に。こんな子供に手を出してるなんて! とか顔だけで訴えないでくれ」

 姫君なら一種の冗談なのだろうが、この女神官勇者だと本気で思っていそうで困る。

「むー。言うほど子供じゃないんだけどなぁ……」

 メイは不満そうだったが、例えメイがどう思っていたとしても、ホークとしては少なくとも旅の間はこの距離感をこじれさせるつもりはない。

 ジェイナスとリュノは「肉体関係があるのではないか」という噂もあり、実際に妙に親密な素振りもちらほら見せていたが、旅を始めてからは「おっ始める」ようなことはなかった。一蓮托生な四人旅の中でそんな真似をされたら、どんな空気になるか……考えるだに気が滅入る。

 本当に考えナシなら、メイが懐いていて無防備なのをいいことに好き放題イタズラでもするかもしれない。しかし悪党と言えども先々のことは考えるのだ。

「まずはメイ、身づくろいして来い。さすがに今日は暴れ過ぎた。その恰好じゃ、こんないい寝床を汚しちまう」

 小さな町とはいえ領主の屋敷だけあって、ちゃんと暖かい湯に入れる水浴場が館内にあるらしい。庶民はあまりやらない贅沢だ。

 この雨の中をずっと行軍していたせいで、服もしっかりとは洗えないし乾かせない。もう普段は鼻が馬鹿になっているが、まともな場所に落ち着いてしまえば、だいぶ臭うようになっていた。

 この恰好で貴族屋敷のベッドに入るのは、さすがに気が引ける。

「じゃあ一緒に行こうよ。隔離されちゃ困るって言ってたじゃん」

「一緒に水浴びはさすがに御免だ」

「子供子供ってゆーくせに。ホークさんってそういうとこ男らしくないよねえ」

「最近お前が実はスケベなんじゃないかと疑っている」

「いーっだ」

 ようやくメイは水浴びに出て行った。

 ホークはやっと一人になり、部屋の隅にある椅子にどっかりと腰を落とす。

 色々とありすぎた。“盗賊の祝福”の暴発という大失敗だけでも、一日じっくり凹むには充分な出来事なのに、ロムガルドの姫君との遭遇、レヴァリアの勇者一行という身元バレ、そして思いがけぬ貴族屋敷宿泊。

 ここの主はピピン占領時に殺され、占領部隊は別の場所にある宿屋を接収して使っていたため、この屋敷は半ば放置されていたそうだが、ファルネリア到来に際して元使用人が集まり、一刻で慌てて掃除されたらしい。

 言われてみれば埃の積もった場所は多少残っているし、空気の入れ替えも不十分なのか、どこか黴臭さもある。

 だが、それでも廃屋や洞窟を選んで寝床にしていた昨日までを思えば充分すぎる贅沢だ。乾いた部屋というのはこんなにもありがたい物か、と、椅子にふんぞり返って深呼吸。

 そして。


「…………」

 ホークは気配を感知する。誰かが自分を見ている。


 自分の中の“盗賊の祝福”の有無を確認。

 もう、使える。そういう感覚がある。

 それを今度こそ暴発させないように注意して、気付いていないような演技をしながら気配のもとを探る。

 窓か。ドアか。あるいはベッドの下か。

 今さら魔王軍兵? いや、それにしたって、よりによって自分を狙うのか?

 いや、この部屋にはホークよりもっと「重要なもの」がある。

 ホークを始末して、それを処分しようというのか。

 ナメやがって、とホークは気持ちだけを沸騰させながら、リラックスしたようにもう一度深呼吸。

 気配は……クローゼット。

「ふんッ!!」

 ホークは椅子の背を掴んで横に回転するように立ち上がり、勢いで椅子を振り回しながらクローゼットに飛び掛かる。

 クローゼットはバンッと開き、中から人影が飛び出してくる。

 椅子は勢いでクローゼットの外板を傷つけながら砕け、ホークはその足を一本握って、もう片方に短剣を抜いて振り返る。

 椅子の足でも軽い剣なら弾けるし殴りつけられる。さあ、相手は……と。

「……なかなか見破るのが早かったな」

「誰だ。やりあおうってんなら付き合ってやるぜ」

 いきなり“盗賊の祝福”で息の根を止めても良かったのだが、相手の攻め手が残るうちに使うのは昼間もやった大失敗だ。今回こそは慎重に、と自分を戒めながら構える。

 相手は黒尽くめの服に黒いマント。黒髪は後頭部で縛られ、その手には黒い刃。

 何もかも黒い。口元も黒い布で覆っていて、僅かに見える目元と長く伸びた耳だけが白い。

「……エルフが魔王軍にいるなんて知らなかったぜ」

「む」

 ホークのつぶやきに、相手は気分を害したように唸り、そして構えを解いて口布を下げた。

「私は魔王軍ではない。心外だ。取り消せ」

「はぁ?」

「田舎の盗賊は物知らずと聞いていたが、まさかこの私を知らぬとは」

「有名人気取りかよ。そんな暗殺者みたいな風体で」

「“正義の大盗賊”などと名乗る貴殿に言われる筋合いはない」

「そ、そんなのどうでもいいだろうが! お前は何だ! 狙いは何だ!」

「私はロータス。ロムガルドの者だ」

「……はっ?」

「ロムガルドを旅立ってひと月。私を見破ったのは姫とリディック殿を除けば貴殿が初めてだ」

 なぜか嬉しそうにそのエルフは胸を張った。

 よく見れば女だった。エルフは男でも女のような風貌なので紛らわしい。

「気づかれぬのが最上であったが、私にこうも早く気づくとはそれはそれで頼もしい。良き旅になりそうだ」

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