第14話

あの騒動から一月ほど経過した。


一ノ瀬は間違いなく俺の眷属化したが、特段変わった事はない。

何やら学校や通学路、はては俺の自宅にまで着いてくる様になったが変わった事などない…多分。


それに伴ってウチのお姫様の機嫌が悪くなって来ているとかそんな事もない…と良いよな。ウン。


普段は二人共仲が良いはずなのにどうして自宅ではここまで険悪(?)なんだろうか。

二人の笑顔が怖いです。


「若菜さん…そこをどいてくれないかしら?『私の』翔にご飯作ってあげたいんだけど?」

「未悠こそ邪魔しないでくれるぅ?『私の』カケルは慣れた味のほうが良いと思うわ」

「「ぐぬぬぬぬ…」」


「うむ…今日も平和であるな」

「いや、日和ってんじゃねえよバルバトス…」

「少年、何処の世界でも男には足を踏み入れてはならぬ領域というモノがあるのだよ」

「…なんか格好いい事言ってる風だけど逃げてるだけだからなそれ?」


年頃の女の子にあるまじき唸り声を上げている二人から目を逸らし、アホな事を言って逃げようとしているバルバトスにツッコミつつも俺も視線を外して、テレビなんぞを見たふりを。


まああの二人も今こそいがみ合ってるものの、いざ調理が始まってしまえばあぁでもないこうでもないと騒ぎながら仲良くご飯を作ってくれるのだ。

そこまでの心配はない。


そんな事よりも俺たちが心を砕かねばならないのは、やはりハンター関連だろう。

あのハンターは正直言ってザコも良いところの三流ハンターだったからこそ、あんなに簡単に倒せたと思って良い。

尋問したら涙鼻水垂れ流しでガクガク震えながらアレコレ白状したからな。


分かった事はと言えば、教会が関与しての襲撃では無かったこと。

ヤツが教会内部での権力闘争に敗れた、出来損ないの聖職者であること。


これが一番驚かされた事なんだが、教会では最早ヴァンパイア一族を迫害する意志は無いということ。

最も、情報源はあのハンターもどきのザコである。

情報の鮮度や信頼性の面ではお察しのレベルだ。

悔しい事に俺たちの側からソレを確認する術がないのが悔やまれる。


悪い事では無いんだろうし、今はそれが真実として生活するしかない。

俺の好きな小説でも言ってるしな。


「悲観論で備え、楽観論で行動せよ」


あれ、逆だったかな…。

でも良い心構えの訓示にはなると思う。

確かに心配ばかりしていてもいざって時に動きが悪かったら目も当てられないからな。


その辺りはバルバトスを始め、若菜や一ノ瀬とも相談して行動指針を決めていけば良いはずだ。

とにかく、ヤツを始末したことで教会との全面戦争!なんてことにならなくて良かったと心から思う。

世界規模の組織から常時狙われるとか絶対に避けたかったしなー。


…ところであの二人、やけに静になったけどどうしたんだろう…?


その時、若菜と一ノ瀬が鍋を持って居間にやってきた。

二人揃って俯いて無言である。


「二人共どうしたんだ?何か…あったのか…?」

「待て少年!クッ…なんだこの悍ましい気配は…悠久の時を生きたこのバルバトスがこんな…」


二人に近づこうとした俺をバルバトスが決死の表情で引き止めるが、その顔はまるで抗ってはならないナニカに出会ってしまったかのような絶望感溢れる顔だった。


「「ねえ…私達の事好きよね?愛してくれるよね…?」」


ハモりながらそんな事を言ってきた二人の震えた声を聞いて、俺も理解した。

ヤバい何かの気配が二人から感じる!

まさかまた敵襲なのか!?


得も言われぬ恐怖感に戦慄していると、二人が持っていた鍋をテーブルへ置いた。

そしてゆっくりと蓋が外される…!?


何だあれはマズイヤバイ早くここから逃げないと絶対死ぬヤバイ身体が動かない…!!!


俺の頭に一瞬で破滅のイメージを叩きつけてくる鍋の中身。

あのバルバトスが泡を吹いて卒倒し、若菜は顔を覆って崩れ落ち、一ノ瀬は真っ青になりながらも鍋から目を離さない。


その瞳からは滂沱の如く涙が溢れ、ハイライトが消えている。

俺もまたSAN値がゴリゴリと削られるのを感じていた。

正気を保つのが難しいほどの圧倒的な気配に俺は…。







鍋を厳重に梱包し、庭に埋めた。

アレは人間が手を出してはならない存在である。

記憶に留めおくことすら命に関わる。


俺達はアレの存在を永久に忘れることにした。

以後、我が家では鍋物は作られていない。


そして、若菜と一ノ瀬が共同で料理をすることも二度と無かった。

かくして、我が家の台所では料理は単独で行うこととする鉄の掟が産まれ、平和が保たれたのであった。

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