第11話

一ノ瀬が姿を消した。


なんの前触れもなく、俺達の前から居なくなった。

バルバトスでさえもその居場所を知らないようだったし、隠している訳でもないようで捜索には積極的に協力してくれた。


3日後に俺に手紙が届くまでは、なんらの痕跡すら見つからなかった。

裸に剥かれて血まみれの一ノ瀬が映った写真付きの手紙。

切手は無い。差出人の名前も宛先も書いていない。

直接ポストに入れていったのだろう。

俺は一瞬なにが映っているのか理解できず、若菜に見せてしまった。

というよりも見られてしまった。


若菜も一瞬だけ呆けてそれを見つめた後で…変化した。

琥珀色の瞳が真紅に染まり、艶やかな黒髪は銀髪に変わって神様ですら泣いて土下座しそうな憤怒の顔を浮かべ、最早殺意の塊としか言いようがない。


気持ちは痛いほどに理解できた。

俺も同じ気持ちだから。

俺たちに共通したのはたった1つの事。


『誰がやらかしたかは知らない。でも見つけて殺す』


煮え滾るような怒りを押さえ込み、手紙を音読した。

若菜にも何が起こっているのか、教えたかった。


『背信者よ、添付した写真の女が誰だか理解できるか?

これは汚らわしい人外に身を捧げた愚かなお前達への聖なる制裁である。

私に浄化されるのを座して待て』


手紙はもう一通あった。

一ノ瀬にも書かせたのだろう。

彼女からのもあった。


『私には構わなくてだ

いじょうぶ。痛いけどい

まはまだ。若菜さんさ

えいれば貴方はまん

ぞくな人生を送れるでしょう?廃

人みたいに生きればいい。工

場ででも働いていれば生活にも困らない。場

あたりに生きて死んでいって』


小さな紙にそんな恨み節のような文章。

何か違和感しかない。痛めつけられている最中に書かされたのか、血で汚れた手紙の文字は震えていてその苦しみを嫌でも理解させられる。


俺も若菜も最早冷静さを保っていられる限界だった。

いや、冷静ではなかった。

こんな簡単なメッセージに気づかなかったのだから。



そこからは早かった。

バルバトスと連絡を取り、写真を見せて場所を特定し向かう。

一ノ瀬の手紙の意図にはバルバトスが気付いた。


「これは…第3廃工場か」

「「?」」

「む?気がついていないのかね?不自然な書き方だしすぐに分かりそうなものだが」


そう言われて改めて手紙を読んでみると、確かに不自然だった。

どうしてすぐに気が付かなかったのか…。


『私には構わなくてだ

いじょうぶ。痛いけどい

まはまだ。若菜さんさ

えいれば貴方はまん

ぞくな人生を送れるでしょう?廃

人みたいに生きればいい。工

場ででも働いていれば生活にも困らない。場

あたりに生きて死んでいって』


そもそも一ノ瀬 未悠という女はこんな事を言うような女々しいヤツじゃない。

苦痛でそこまで回らない頭で必死に考えたのだろう。

見方によっては、こんな事になったのはお前のせいだとでも言いたげな手紙。

そこが犯人へのカムフラージュになったのかも知れない。

それぞれの行の末尾に浮かび上がるメッセージ。


『だいさん廃工場て』


最後の『て』は余計なんだろうけど。

場所さえ分かれば後は向かうだけだ。待ってろ一ノ瀬…必ず助ける!

やっと分かり合えたのに、これからだってのに死なせてたまるもんかよ!

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