第9話

ヴァンパイアハンターという連中が存在する。

彼らはほぼ世界中のヴァンパイアを狩り尽くし、世界からその姿を消した。

ルーマニアにおける、ヴラド三世の討伐が最後のハントだったと言われているが、真偽の程は不明らしい。


現在のヴァンパイア伝説は、このヴラド三世が概ねのベースになっており、それは規格外の能力を持っていたようだ。


曰く、首を刎ねても復活する。

曰く、攻撃を霧になってかわす。

曰く、十字架を差し向けると動きが鈍る。


極め付きは、彼が吸血した相手は眷属になってしまう(と言うよりは快楽によって奴隷にされてしまうようだ)か、眷属になりきれずにただ吸血衝動に駆られて獲物を求め徘徊する怪物に成り果てる。

これが有名なのだろうか?


ちなみに、ヴラド三世は現在では侵略から国を守った英雄として再評価されているが…この話を聞くと裏がありそうでなんか腑に落ちない。


とりあえず、この伝説は事実とは異なるようで首を刎ねても死なないのは有り得ない。

霧になれるのは本当だが、攻撃を交わすのに利用出来るほどには素早く行うことは出来なかったはず。

十字架に弱いのは単純に反キリスト教徒だったのではないか…等、一族の中ではそう考えられているらしい。


「グランデュオ家はハントされたのだ。平和に暮らしていたのだがな」


グランデュオ家は皆殺しの憂き目にあったと悲しげに言葉を吐き出した。

元々、ヴラド三世とグランデュオ家は親交があったらしく、グランデュオ家が滅ぼされた後にハンター達に復讐の牙を剥いた…これが事の真相だそうだ。

結果はヴラド三世の敗北、グランデュオ家は嫡子の若菜を除いて全滅。

各地のヴァンパイア達はハンターを恐れ、徹底的に身を隠して難を逃れ今に至る。


これにより、ハンターは生業としているハントを行えずに時間だけが過ぎ去り、技術の失伝や後継者が居ない等の理由により次々と廃業していき世界には名ばかりのハンターが数名存在するだけになってしまったようだ。


「最も、教会には存在するかもしれんが、最早恐れる程の力も無ければまともな倫理観を持っておればハント等はそう出来まい」


我らとて人間と共存しておるのだからな…と嘯くバルバトスはどこか怯えを見せているような気がした。


「私はリリスを連れて、当時世界一平和だったであろうこの国に逃げてきたのだ。奴等があまりにしつこかったのではぐれてしまったのだが、どうやら生存本能がリリスの生命活動を極限まで低下させ、冬眠のような状態にしていたのだろうな。そうでなければこれ程永きに渡って吸血せずに生きてはおれまい」


そういう事だったのか。

じゃああの時、あの日にあの場所で出会っていなければ若菜は死んでいた…?

その想像は俺の心を冷やすのには十分すぎる最悪だった。


「これが少年に聞かせられる限界だ。これ以上は絶対に聞かせる訳にはいかんのでな」

「まだ何かあんのかよ…もうお腹いっぱいだぞ」

「安心せよ少年。一族ではない君にはこれ以上教えてやれることはないのでな」


今日はもう帰るが良い、そう言って再び隣室へと姿を消してしまった。



月夜の道路を、俺は一ノ瀬と肩を並べて歩いている。

思い返せばこんな風にコイツと歩くのはもう何年ぶりというレベルだ。


会話は無い。

ただズボンのポケットに手を突っ込んでいる俺の腕に一ノ瀬が自分の手を添えて歩いているだけ。

幼いころの約束、当然俺も憶えているし忘れるわけもない。

…仮に、俺と一ノ瀬が結ばれたとして若菜はどう考えるんだろうか?

こんな事を考える事自体が浮気だとか若菜への裏切りになるんだろうか?

横目で一ノ瀬を見ると、俺の考えなんてお見通しとばかりにこっちを見て微笑んでいる。


「悩んでるの?大丈夫よ、私も三枝さんと話をするわ」


月の柔らかい光に照らされた一ノ瀬は、まるで…女神のような慈愛に満ちた目で俺を見つめていた。




……とんでもないことになりそうな予感しかしねえ。

俺の偽らざる本心であった。

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