第8話

リリス=グランデュオ


グランデュオと言うのはヴァンパイア一族の古語で希少とか高貴とかって意味があるらしいんだが、そんな血筋の若菜がどうしてあんな屋敷で寝てたのかが理解できなかった。


分からなければ聞くしかない。

俺は若菜が居ないときを狙ってバルバトスに会いに行ってみた。


そこは相変わらず薄暗い空間で、相変わらず全裸の女の子達がいた。

青少年にとってここほど悪影響をもたらす場所はこの町には無いだろうな。


「む?少年か・・・しばし待て。見ての通り食事中だ」


そう言ってバルバトスは手近な女の子の腰を引き寄せ、首筋に舌を這わせた後躊躇いなくその牙を突き立てていた。

それだけでその女の子は身体を紅潮させて喘ぎながら、身体を震わせていた。

俺が入ってきた時は、間違いなく恥ずかしがっていたのに今はと言えば、むしろ身体を見せつけるようにして恍惚の表情を浮かべている。

…あれ?この女どっかで見たような…?


全くもって目の毒だ。

健全な俺が思わず前かがみになるのも無理は無いはずだ。うん。


「なんだ少年。リリスを抱いていないのか?なんなら彼女たちに相手をさせようか?」


性交は困るがな、等と言って笑ってやがる。

おっと、そんな事を話に来たんじゃないんだった。

ハニートラップとは高度なマネを・・・。


「そ・・・それよりバルバトス。聞きたいことがある」

「ん?女の口説き方かね?」

「んな訳があるかっ!若菜のことだよっ!…グランデュオってのは高貴な血筋なんだろ?なのになんで一人で、しかもあんなオンボロの屋敷で寝てたんだ??」


そう聞いた途端に、バルバトスは一瞬だが確実に怒気を孕んだ顔を見せた。

気圧される。温和な顔をしているがッコイツは間違いなく最強クラスの人外なんだと改めて思った。


「…それを聞いてどうするのかね少年?リリスはリリスだし、彼女も君を伴侶に定めている。それで良いのではないかね?」

「俺は若菜の事を何も知らない。それじゃ満足なんて出来ないし、いざって時に何も出来ない」

「そうか…」


そう言ったきり黙り込んでしまった。

間が持たずに視線を外すと、俺と同じ学校の制服を着た女の子が冷たい紅茶を持ってきてくれた。

ってコイツ一ノ瀬じゃん!

同じクラスの一ノ瀬 未悠だった。


「…」

「…」

「…一ノ瀬…お前、何やってんの?」

「…バルバトス様にお仕えすることにしたのよ」

「そうか…」


そんな話をしていたら他の女の子達も身繕いを終えたのか、ゾロゾロと出てきて壁際に整然と並び始めた。

当然のように一ノ瀬もその中に混じっていく。

ぶっちゃけ俺だって普通の感性を持った男だ。

女の子達を可愛いと思う。

一ノ瀬はその中でも群を抜いて可愛いと思う。

若菜が居なければ俺も熱を上げていたかもしれない。

肝心の一ノ瀬が俺を嫌悪してるんだけどな!

でも考えて見れば、さっきの一ノ瀬の表情には俺への嫌悪が全く無かった。

どうなってんだ…?


「ふむ…未悠よ。少年と話でもして退屈しのぎになっているがいい。その他は帰って構わん」


バルバトスの一声で女の子達が動く。

一ノ瀬は俺の方へと来て、部屋の隅の応接セットのような所へ案内してくれ、他のコは全員が一礼しながら部屋を出ていった。


「少年。済まないが少し考えをまとめたい。しばし待つと良い…さっきも言ったが未悠に毒を吐き出しても構わんのだぞ?」


そう言い捨てて、隣の部屋へと姿を消した。

一ノ瀬は顔を赤くしながら、俺の股間に顔を埋めて…って!


「おい一ノ瀬ちょっと待て!何してる!?」

「バルバトス様の御意に従って貴方に奉仕しようとしているのだけど?」

「しなくて良い!何を考えてんだ!」

「…そうね。過去の私の言動を考えたら私に欲情できないか」

「ちげえし…むしろお前が俺を毛嫌いしてたんだろうに」

「…気づいて無かったのね。私は教室でも貴方に襲われたって喜べたのに」

「…‥‥…は?」

「照れ隠しって難しいのね」


衝撃の事実だった。

照れ隠し?じゃああれはツンデレ発言だったのか?

…やっぱツンデレとか現実にやられたらたまったもんじゃないな。


「だって子供の頃に結婚するって約束したでしょう?」

「いやしたけど、お前忘れてたんじゃ…」


そう言おうとしたが、それに被せるように一ノ瀬が口を開いた。


「忘れるわけないでしょう!?私にとってあれは何よりも重要な契約だったの!適当な彼氏と付き合えば少しは嫉妬してくれるかもって思ってたのに少しキツイ事言ったら私に素っ気なくなって!」


まさに感情の爆発と言った所だった。

知らなかった、一ノ瀬ってそんな事を思ってたのか…。


「ヤケになってバルバトス様のナンパに乗ったらあの方は人間じゃないし何なのよもーっ!!!」

「ほう…そういう関係だったか。良い、未悠。私の下を離れることを赦す」


「「!!!」」


いつの間にかバルバトスが別室の扉に寄りかかりながらニヤニヤしてこちらを見ていた。


「バルバトス様…」

「良いのだ。少年は好ましいぞ。我が愛妾として生きるよりもやはり同じ人間として少年と共に歩むが良い。リリスもそれは認めよう」


待て。日本では一夫多妻は認められてねえぞ。


「少年、君はリリスを勘違いしてはいないかね?」

「何?」

「彼女は間違いなくヴァンパイアなのだよ。この国の法に縛られない存在だ」

「だって…アイツ学校に…」


そこまで言った時理解できた。

俺の家族に混じったときのような荒業を学校でもやったのか!

俺の表情から理解の色を読み取ったのだろう、バルバトスは静に告げた。


「この国の戸籍に若菜=リリスという少女は存在しない」

「…」


俺は何も言えなかった。

じゃあ、俺と若菜の道には未来が無いってことじゃないか。

足元が崩れていくような感覚に襲われたが、俺を横から支えてくれたのは一ノ瀬だった。


「だが、先程も言ったとおりリリスは法に縛られない。良いではないか、法に定められた伴侶でなくとも」

「そうね、戸籍上は私が妻で実際は三枝さんが妻で良いじゃない?私は2番目でも良いし…貴方と居られればそれで」


一ノ瀬の目からハイライトが消えた!?


「さて、それではグランデュオに何が起こったのか?話そうではないか。覚悟は良いかね」


バルバトスは重い口を遂に開いた。

それはやはりぶっ飛んだ話だったが、俺の脳みその中ではそんな事がマジにあるのか…とアホな事を考えていた。

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