錯綜
「アリス。リス重装歩兵。いい加減に休憩しよう。さもなくば俺を負ぶって歩け」
背中から聞こえる悪態を無視して、アリスは径もない斜面を黙々と登り続けた。
ゼノはアリスに付いて歩くが、半ば鎖に引き摺られている。アリスの左手とゼノの右手の間には、今も身の丈に足りない程の鎖が繋がっている。
それがゼノの悪戯で済んでいる内は良かった。さっさと外せと、呆れ顔のミストに急かされる中、衣嚢、背嚢、服の裏と、身体中を探り、みるみる蒼ざめていくアリスを見て、皆はおよその状況を覚った。
手錠も鎖も宮廷髄随一の技術を誇る第八特技研鑽房の魔導装備だ。おいそれと切れたり壊せたりできる代物ではなかった。
二人の周囲は急な斜面だ。入り組んだ樹の根と崩れ損ねた岩塊が、人の歩幅など気にも留めないほどの不規則さで、歪な傾斜を成している。
一抱えほどもある高木が林立し、陽射しも疎らな緑の闇に包まれていた。足許も不確かで、立って歩けるのはむしろ稀だ。跨ぎ、跳び、這い登りながら進むことの方が多い。
最初は鎖が地面に掛からぬよう、互いに腕に巻いて歩いていたが、ゼノが遅れがちな今、鎖は解けて伸び切っている。
二人は既に一日を費やし、山稜の登り降りを繰り返していた。無支配地帯の中央から放射状に拡がる峻険な岩山の末端だ。
アリスは辛うじて人の脚で踏破できる場所を選びながら、峰を跨ぎ越している。目指すのは無支配地帯の北西、アステリアナ国交域の深部、四ヶ国合意で封鎖された、禁足の里だ。
奪取した自行車で二組の追手を振り切ったものの、三人は先行きに迷った。
夜の荒野を奇跡的に無事故で走り抜けたものの、裏を返せば単に停まらなかっただけのこと。およそは街道に沿って北上しながらも、行路を計算した道行ではなかった。
以降、連絡のない上官からは、本隊への合流を指示されたままだ。
この場合の本隊とは、隊長の居場所ではなく、第八特技研鑽房の本隊を差している。予定に変更がなければ、アステリアナ山道の登山口から、禁則の郷に向けて密かに移動している筈だ。
だが、気懸かりなのは、列車と共に行方知れずとなった隊長一行だ。そもそも本来の計画に、分隊がさらに分かれる予定はなかった。
「君らは心配される側であって、心配する側じゃないぞ」
呆れ顔のゼノにそう指摘されたが、三人は無視した。ただし、改めて頭を捻っても、取り得る道筋はほとんど変わらなかった。
アステリアナ山道へは、街道から分岐した横道を辿る。外縁を回るため、当然、距離がある。だが、このまま奪った自行車を使えば、二日と掛からない道程だ。軌道沿いに進めば、切り離された先頭車両も辿ることができる。
ただし、特殊な魔動機を積んだ自行車は、非常に察知され易い。位置を晒しながら移動しているようなものだ。
一方、ここからなら、徒歩で尾根を越えて行く方法もある。
一帯は遠征訓練て幾度か訪れたことがあって、地勢の記録は持っている。道を選べば、地図上の道程は直線に近く、なにより早い。
気の遠くなるような悪路だが、それを含めても距離は短い。結果、徒歩でも同じ二日ほどだ。当然、この場合、追跡は躱せても、山道を行くため隊長一行は捜索できない。
そこで、二手に分かれる案が出た。呆れるほど物理的な折衷案だ。
ただし、この計画には人選の余地がなかった。ゼノとアリスが手錠で繋がれているためだ。
襲撃の目的はゼノにあり、彼を追跡の容易な方に置くのも望ましくない。
ミストとエルルが自行車を、アリスがゼノを連れて山越えを選ぶ以外になかった。
「変な事されそうになったら、殺さない程度に殴るんだよ?」
エルルが別れ際に物騒なことを言い、アリスは真面目な顔で頷いた。当然、ゼノの抗議は無視された。
「車の方が楽で良かったな」
背中でゼノがぼやいた。
枝を払いながら振り返り、アリスはこっそりゼノの様子を伺った。
ゼノは追い詰められると口数が多くなるタイプなのか、目的があって喋り続けているのか。岩や木の根を跨ぐ度、彼は溜息と愚痴を吐いている。
「飯と寝床の用意はまだかな?」
覗き見たつもりが目が合って、ゼノはアリスにそう訊ねた。
アリスが焦って前を向く。
それでも、ゼノは意外と保っていた。幾度か休息は挿んだが、基本的にはアリスのペースだ。だが、動くたび身体が慣れて行く。
ゼノが指摘した通り、アリスはワーデンラントの王都、リースタンの宮廷魔装衛士隊だ。
女性だけの衛士隊はリースタンの伝統だが、アリスの第八特技研鑽房は、少し特殊な組織だった。
その中で、アリスは近接戦闘を主とする重装歩兵に属している。兵歴はまだ浅いが、体力は常人より遥かに高い。
隊の中でもアリスの持久力は上位だ。ただし、比較するには男性の体力値がよく分からない。
アリス自身はまだ動けたが、体力を使い切るのは悪手だ。何れにせよ、野営地は確保せねばならなない。
この尾根を下れば渓流があり、それなりの見通しを確保できる場所もある。今日はそこが目的地だ。
アリスは半ば本能的に道筋を選んで歩いた。意識をより多く割くのは、周囲への警戒だ。
人よりもむしろ、危険な動植物に注意していた。
六〇〇年前の災厄で形成された無支配地帯は、制御された鎮守が不在のため、今なお環境が自生に近い。
鎮守とは、粘菌を主体とした広域生態網そのものだ。普通は、土詠職に制御されている。
鎮守は生態部品として、魑魅株を生物に寄生させる。灰色熊や大猪などを保安部品とすることも多い。ただ、手順を踏んだ条件付けのない魑魅株は、ただ闇雲に動植物を変異させてしまう。
古城を擁する禁足の里一体は、鎮守が復活しても長続きせず、余計に野放図な状態に陥っている。
即ち、この一帯には、凶暴な鎮守の成り損ないが徘徊している可能性があった。
渓流の傍に野営地を決め、獣除けと警戒符、念のため鎮守の供え物を配置し終えた頃には、さすがのアリスも疲労を覚えていた。
「焚火はなし? 肩組んで歌ったりは?」
「しない」
「そう、獣除けより効くんだけどな」
携帯食を齧りながら、ゼノは肩を竦めて見せた。どこまでが本気なのか、アリスにはまるで分からない。
じきに辺りは鼻を摘まれても分からない闇に浸かるが、アリスは敢えて火を起こさなかった。
手持ちの装備で暖は取れたし、あかりはランタンの方が制御しやすい。渓流で汲んだ水さえあれば、食事も身支度にも充分だった。
「せめて、次のご飯は豪勢にしようよ」
恨み言と云うよりは、諦めた口調だ。アリスは俯き加減に聞き流した。
確かに、隊の野営は、もっと食事に手間を掛けていた。
匙番と呼ばれたフェリア衛生特技兵の指揮のもと、アリスたち若手も支度と下拵えに奔走していた。
もっとも、料理に関するアリスの評価は、あいつにはマチェットより小さい刃物を持たせるなと云うものだ。
「明日は、合流できる」
そうすれば少しはましな食事だ。
少し拗ねたようなアリスの表情に、ゼノが気づいたかどうか。
文句を言いながらもしっかり携帯食を食べ終わってから、ゼノは陰りの早い空を一瞥して息を吐いた。
「また、あの城まで山登りか。そこからどうする」
アリスは無意識に息を整えた。
ゼノを確保し、何事もなく本隊に合流した場合の次の行動を、アリスたちは聴かされていない。
ヨハンナ副長の分隊には、顧問官も同行している筈だ。
考えるだけで苦しくなった。
「あれはまだ、凍ったままだな」
ゼノが呟いた。
陽か欠け、夜の帳が周囲を、ゼノを闇に包んでいく。
「何かの餌か、俺を吊し上げる気か。セレンが俺を攫わせたのなら、そんなところか」
お互いの顔はもう見えない。アリスの表情もゼノに気取られることはなかっただろう。
「面倒なことだ」
言い残して、ゼノが寝床を確かめる音がした。陣取った樹の根に、羽織った布を敷いている。ゼノがケープの替わりにしていたのは、連れ出された飯場の前掛けだ。煤熊亭と書かれている。
やがて聞こえたゼノの寝息が落ち着くまで、アリスはずっと息を凝らしていた。
愚痴や不満を口にする癖に、結局、ゼノは今あるものを楽しんでいる。前を向いているのとは少し違う。むしろ、何か欠けているような気がする。
渓流の音、枝葉の鳴る音、少し湿った森の空気。瞼を閉じても開いても同じ闇しかない。
鎖が揺れて音を立てないよう気を付けながら、アリスは背嚢を引き寄せた。手探りで身支度の準備を整える。
万一に備えて、ランタンはゼノの手の届かない所に遠ざけた。
アリスたちの軍用装備は、緩い見掛けの上衣に反して、内着が身体をきつく締め上げている。列車の中では気楽な格好で居られたが、襲撃以来、ずっと臨戦態勢だ。
今日を振り返ると、欝々とする。アリスの脳裏に蘇るのは、用を足す折に思い知った状況だ。
日頃の同性だけの状況でさえ、度々エルルに窘められるほど、アリスは自分に無頓着だった。今までこれほど近くに異性が居た経験はなく、あまりに考えが足りなかった。
いっそ手甲の麻痺弾でゼノを気絶させようか、などと真剣に検討したほどだ。
日中はゼノの分別ある対応でどうにかことを済ませたが、それ以来、意識せざるを得ない案件が一気に顕在化した。
脱ぎ捨てた長靴を蹴り飛ばしてしまわないよう、アリスは慎重に装備を外した。
手錠に繋がれた左手は如何ともし難く、上衣は中途半端に引っ掛かったままだ。
鎖が鳴らないよう、敢えて巻き付けることにした。
身体を締める内着の留め具を外すと、蒸れた素肌が弾け出た。渓流の水に浸した手布を肌に滑らせると、吐息が漏れるほど夜の空気が心地よかった。
ふと、ゼノの寝息が変わった気がして、アリスは息を詰めた。
咄嗟に身体を抱えて身を竦めながら、闇を伺う。確かめようにも鼻先すら見えない闇だ。
しばらく息を詰めて気配を探る。
変わらぬ気配とゼノの微かな寝息を確認して、ようやく安堵した。
よくよく考えてみれば、自分に見えないものがゼノに見える筈もない。
アリスは身体を拭く手を早めて水気を拭うと、肌に軟膏を擦り込んだ。
肌の保護と内着と身体を連携させる触媒だ。夜戦に備えて匂いを抑える薬効もあり、今はそれが有難い。
装備を整え、アリスは何食わぬ顔でランタンを手元に寄せた。
寝床を確保し、目を閉じる。
普段は寝つきの良い方だが、今夜は回り出した思考が取り留めもなく連なって行く。
手の届くところにゼノがいる。鎖で繋がっている。能天気に寝息を立てるゼノが恨めしかった。寝言であっても、皮肉の一つも言えば良いのに。
今回のことも、アリスの生き方も、すべて半分はゼノの責任だ。彼はそれを憶えていない。
そして、もう半分はアリスの意思だ。もしも、ゼノが思い出したら、きっとアリスを責めるだろう。それはアリスの犯した罪だ。
知らぬ間に握り締めていた手を緩めて闇を見る。
ミストとエルルは隊長たちに会えただろうか。いずれにせよ、明日は本隊に合流できるだろう。この手錠を外す術もある筈だ。
これからゼノをどうするのか、判断は顧問に委ねることになる。そのとき、自分はどうするだろう。今は考えるのが怖かった。
◇
半端に押し拡げた山間の広場には、幾つもの資材の山が築かれていた。黒蟻のように工兵が取り巻き、少しずつ山を切り崩しては、禁足の里に続く山道へと運び込んで行く。
アステリアナ山道の登山口。この引込線の奥地には、名こそあれ、少し前まではただの原野に過ぎなかった。
マグナフォルツ正魔術院の官吏バフェット・アンブラは、苛々と工兵の列を眺めていた。本国から運び込んだ大量の資材は、未だ登山口に留まったまま、禁足の里に続く山道を越えられずにいる。
彼らはわざと大仰に運んでいるのではないか。バフェットはそう疑っている。
実際は、騎馬のほとんどを鍵の捜索に割いたうえ、荒れた山道に耐える荷車が減ったせいだ。だがそれは、敢えて考えないようにした。
踏み締められた草の匂いと、舞う土埃。晴天が恨めしいほど目に痛かった。
こんな筈ではなかった。バフェットは我が身の不運を呪った。彼はマグナフォルツの正魔術院にあって、主席魔術師を冠する一人だ。本来、こんな所にいる身ではなかった。
マグナフォルツの魔導工学は、元来、ワーデンラント、汎テラフロンタに比肩していた。だがそれも、数年前までのことだ。その差が目に見えた時、趨勢は既に確定していた。
二国に目立った革新はなかった。小さな進歩と、小手先の工夫の積み重ねがあったに過ぎない。だが、気付けば、いつの間にか取り返しのつかない格差となって拡がっていた。
分析と云う名の不可抗力の発見を繰り返すうち、そこに共通項を見つけた。両国で暗躍していたのは、一〇年前の四ヶ国事業、アステリアナ使節団の帰還者たちだ。
リースタンの老魔術師が発起人となったその計画には、当然、マグナフォルツも参画した。
当時その人選を行ったのが、バフェットだ。
思惑を孕み、そう成るべくして計画は失敗したのだが、それを責める者は誰一人いなかった。むしろ、当時の正魔術院は皆で悪夢の終焉を祝った筈だ。
それが、今頃になって新たな災厄を呼ぼうとは。
あのとき共に祝杯を上げた者が、すべての責任をバフェットに課した。一〇年を経て築いた地位が、今度は責任の大きさとして膨れ上がっていた。
急ごしらえの資材置き場を縫って、バフェットは布を渡しただけの指揮所を目指した。陣頭で気のない指示を出しているのは、ラルファス・ぺトレスだ。
横目に見える塊は、魔術の機材、食料、野営設備、そして兵器だ。ここには、総勢千人以上の兵士と魔術師を維持する量がある。
目を合わせようともしない工兵の列を睨んで、バフェットは歩調を速めた。雑兵にさえ責められているような気がした。
「これは指揮官殿。もう痺れを切らされましたか」
近づいて来るバフェットに気づいて、ラルファスが自ら声を掛けた。
支給された軍服を勝手に着崩し、顎に無精髭を散らしている。軍人よりも色街の女衒が似合いそうな風体の男だ。
辺境の紛争に火種を抱えたマグナフォルツは、傭兵の人脈に富んでいる。ラルファス周辺軍務顧問もその一人だ。
ラファルスの本業は契約軍人の斡旋、云わば傭兵の元締めだ。山賊部隊と呼ばれた敵補給線の私掠部隊の出身で、正規の軍職と呼ぶには少々難がある。
とかく曰く付きだが、こうした境界上の軍務には重宝される人物だった。
「状況は訊いた。が、もう少し何とかならないのか」
挨拶も労いも省略して、バフェットは仏頂面でそう言い放った。
「これ以上人手を割くと、ここは手薄になりますが、よろしいか?」
しゃあしゃあと不穏なことを呟くラルファスに、バフェットは苛立った。
こちらは狩る側、攻める側であり、脅かされる身ではない。聞くに、敵の衛兵は十名に満たず、列車を壊して遁走したと云う。
「そうは言っていない。他にやりようがある筈だ」
「で、あれば、捜索隊を引き揚げましょうかね」
言われて、バフェットは言葉に詰まった。ラルファスは嫌味と知って言っている。無能な弟子より質が悪い。
確かに、搬送の遅れは、焦ったバフェットが荷車を使い潰したことに一端があるかも知れない。だが、ラルファスがそれを皮肉で指摘するのは思い上がりだ。督促は国の意向であり、バフェットの意思ではないのだから。
城の復活には、その秘密を知る鍵の確保が必要だ。むしろ、それなしに城に辿り着いたところで意味がない。知識と資質が魔術の両輪であるように、二つは同時にあらねばならない。この天啓を逃すわけにはいかなかった。
アステリアナ使節団に発展の要因があると分かって以来、禁足の地、かの古城は幾度も極秘裏に調査されて来た。バフェット自らも、足を運んだことがある。
だが、死に絶えた里と、鏡の如き異相の古城には、現代の魔導工学では成す術がなかった。むしろ怪異の類だ。
そこに打開策が見えたのは、魔術師協会の接触が切っ掛けだった。正しくは、その内に台頭する、理性派を自称した過激勢力だ。
非公式に正魔術院を訪れた彼らは、マグナフォルツに助力を請うた。ワーデンラントが古城の復活を画策していると云う。その阻止だ。
寓話と魔術の決別を謳う理性派にとって、古城や禁足の地そのものが容認できない存在だ。古城の復活など認められる筈がない。
だが、本当にそれだけならば、告発して済む話だ。
魔術師協会の真意は、古城に対し、己の手の及ばない管理者を就かせないことだ。
ワーデンラントの魔術的権威は、協会も無視できないほど強い。寓話の象徴である古城を独占されれば、今後の舵を奪われることにもなり兼ねなかった。
即ち、彼らはマグナフォルツと組んで、利権と管理を共有したいのだ。
二大国への立ち遅れが深刻化するマグナフォルツにとって、ワーデンラントの動きは技術の独占に他ならなかった。彼らもそこに手を結ぶ機会があると踏んだのだろう。
立ち回りさえ誤らなければ、マグナフォルツは新たな技術と後ろ盾を得ることになる。二大国に対して、優位にさえ立てる筈だ。
何より、魔術師協会は、古城復活の糸口を掴んでいた。
「城の生存者が、もうひとりいる。その者が、城を凍り付かせた元凶だ。彼は城を復元する方法を知っている」
魔術師協会から派遣されたヒメネスと云う名の正道監査官は、炯々と燃える目でそう言った。ワーデンラントが先んじて動いているのは、その者の確保だ。
この計画に同行した彼は、今もこの野営場の片隅から、まだ山稜の向こうにある古城を睨んでいる筈だ。
かくして、バフェットは、責任と名誉の薄刃の上に立って行動に出た。預かる兵は一〇〇〇人、魔術師は一〇〇人に及ぶ。向かうのは禁足の地、その氷漬けの古城だ。
一方で、ワーデンラントが極秘裏に確保しようとした鍵を追った。
しかし現状、計画は既に当初のものから大きく変化している。
本来、城の鍵は、主線の大分岐点ゲイレンで奪還する筈だった。そこならば、マグナフォルツの最短航路上にあって、万一の場合も政治的な庇護が期待できた。
確保の後は、そのまま本国に連行し、尋問にせよ何にせよ、鍵の解明は念入りに行える筈だった。
番狂わせの要因は、本国の督促の激化だ。関係筋の圧力が増し、正魔術院は早急に目に見える成果を期待された。
策として挙がったのが、その鍵を直接城に連行し、その場で復元を迫ると云うものだ。
ワーデンラントが少数で活動するこの機に、大部隊が一気に城を占有し、政治的な膠着を画策する間に、城の技術を奪取するのだ。
バフェットは、国外に身を置く間は責任の追求から逃れられると云う一点で、その乱暴な策に賛同した。
一方で、後から変更を聴かされたヒメネス監査官は激怒した。不確実性が増すのはもちろんのこと、彼には城の生存者を検分し、協会本部に報告する任務があった。
結果、彼の城への同行は余儀なくされたが、バフェットにとっては、彼がこちらを監視しているのではなく、こちらが協会の手駒を押さえているに他ならない。
「鍵を取り逃がしたのは貴官の責任だ。確保の見通しはどうなっている」
バフェットは言い放った。
己の言葉に矛盾はない。ラルファスが現場を指揮している以上、その不備を追及するのはバフェットの仕事だ。
「範囲は、まあ、絞れておりますよ」
それがどれほどの広さかについては、ラルファスも口にする気がなかった。
確かに、ラルファスがこの修正案を出した。どうせ禁足の地で合流するならば、途中のゲイレンで捕らえるよりも、アステリアナ山道の近くまで列車を待った方が遥かに効率的だったからだ。
あの地点での作戦決行は、焦るバフェットへの妥協に過ぎない。
「ただ、その」
言い掛けて、ラルファスはバフェットの表情を伺った。
彼が待っているのは、泣き言と言い訳だ。このまま許しを請うか、疑念を話して混乱させるか。束の間、ラルファスは思案した。
「思いの外、手間取っておりまして。なにせ広いものですから、騎兵を割かざるを得んのです」
結局、前者を選んだ上で、バフェットの言葉を待たずに続ける。
「どうでしょう、お抱えの先生方に荷運びを手伝って戴く訳にはいきませんかね?」
案の定、バフェットの頬に血が昇った。
工房から引き連れて来た配下の魔術師に、工兵と一緒に荷を担いで山を登れと言ったからだ。
「魔術師に人足の真似事をせよと言うのか」
「いいえ、いいえ。そんな、滅相もない。人の手当てはこちらで遣り繰りします」
ラルファスは何度も謝った。
バフェットの神経を逆撫でするのは承知の上だが、余計な口出しでこれ以上現場を掻き乱されたくはなかった。
上官の機嫌を受け流すなど、職務の内の一つに過ぎない。ラルファスにとっての成功とは、けして計画の成否ではない。程よく苦労して見せて、無事に生き延びることだ。
若い頃、上官に教え込まれた処世術を、ラルファスは今も信奉している。
先手を打つべきは敵ではなく、指揮権を振り翳した味方の介入だ。まず自陣の不測を抑えておかねば、状況に対応できない。現状は既に混迷している。
鍵を警護するのは、リースタン宮廷魔装衛士隊、かの第八特技研鑽房だった。女ばかり、しかも数人の分隊に過ぎなかったが、ラルファスは念を入れて戦力の分断を図った。
それでも、動力車は瞬く間に制圧され、早々に離脱せざるを得なかった。
魔動機を暴走させ、工作員の逃げ込んだ貨物車を切り離して逃走し、辛うじて鍵との合流を阻止したのが唯一の成果だ。
だが、問題はそこからだ。
向こうにも別動隊がいるなど、想定していなかった。しかも、多数の自行車を運用する機械化部隊だ。ラルファスはむしろ、相手は無駄な抵抗を避け、鍵を手放すだろうと踏んでいたのだ。
状況は一気に複雑化した。大型戦車ならともかく、小型で高速の自行車となれば、汎テラフロンタの独壇場だ。面倒な予感しかしない。
しかも、逃走した自行車の行動が読めなかった。何を目的として動いているのか、まるで予想ができなかったのだ。
ラルファスは思考と表情を切り離すことができた。これも訓練の賜物だ。
視界の隅には彼の指示を待つ兵の列が見えており、そう長々とバフェットに付き合ってもいられない。ラファルスは、バフェットが感情的に満足できるような神妙な面持ちを維持したまま、この状況の落としどころに頭を捻っていた。
◇
軌道に立ち往生する動力車の残骸を見上げ、ミストとエルルは途方に暮れた。
場所はアステリアナ山道の引き込み先を少し過ぎた辺り。点々と切り離された貨物車の先でそれを発見した。
「誰もいない。でも、隊長たちはこっちにいた筈だ」
道中に見つけた貨物車の中には、拘束された乗務員が詰め込まれていた。列車を奪われた際、賊に頭を布袋で覆われたようで、なんの情報も得られなかった。
列車は制動器を壊され、魔動機を暴走させられていた。隊長たちが暴走する動力車を放置する筈もない。
安全を優先して減速するなら、魔動機内部の焔陣を徐々に解術して行くのだが、この有様を見るに、触媒を断って焔陣を上書きし、一気に停止に追い込んだようだ。
外装が王冠の縁のようにささくれ立っている。冷却用の給水が途絶えたため、魔動機が融けて破裂したのだ。
「おまえの師匠、やることは派手だよな」
見た目は大人しいのにと、ミストがエルルに言う。この施術は恐らくカーラ・サトゥだ。第八特技研鑽房の専任施術官であり、エルルの師匠でもある。
工房の徒弟ほど強固ではないが、衛士隊でも特技は師事する慣習だ。ミストは副長のロタに、アリスは隊長のラーズに手ほどきを受けている。
「でも、どうしよう? このままいても、軌道協会の修繕車が来ちゃうよね」
エルルが不安げに呟いた。
協会の感知器や解放した乗務員から、既にこの状況は軌道協会に知られている。当然、大騒ぎになっている筈だ。無支配地帯で、しかも汎国家機関の財産を破壊した案件だ。いち衛士には対応できない。
「戻って引込線を辿ろう。どっちにしたって登山口で合流するんだから」
ミストが言って、茂みに隠した自行車に向かった。
巨大な鉄屑と化した列車をもう一度見上げてから、エルルはミストの後を追った。
二人して、少々歩き方がぎこちないのは、自行車に揺られ過ぎたせいだ。
アリスとゼノを降ろして以来、二人の自行車は軌道に沿いながらも不規則に走った。
追手を巻くためと云えばその通りだが、実のところ、エルルが自行車の性能に興奮して迷走を重ねたせいでもある。
徴用した自行車は、高い機動力と自在脚を備えており、蜘蛛のように山道も這い登ることもできた。調子に乗ったエルルが、山と云わず谷と云わず暴走したおかげで、ミストもエルル自身も、まともに歩けないほど腰を痛めた。
「おまえ、もう運転するな」
ミストが顔を顰めてエルルを振り返る。
「だめだよ。ミスト、すぐに停めちゃうもの」
「いきなり山に登ったりするよりましだ。ミストは索敵盤を見てればいいだろ」
「あんな状態で盤なんて拡げられないよ」
緩衝機構はあっても、荒野を走れば瓶の中で振り回されているのと同じだ。舌を噛まないようにするのが精々で、とても索敵盤など拡げる余裕はない。
「アリスと一緒に行けば良かった」
ミストがお尻を押さえながら呟く。
「径のない所でアリスに付いて行くなんて、無理だよ」
エルルが口を尖らせた。
アリスはラーズ隊長の秘蔵っ子だ。獣のように速く、格段に強い。
宮廷衛士隊の合同鍛錬で熊殺しのマリッサ・アンブラに見込まれ、引き抜きを巡って隊長とひと騒動あったのもつい最近だ。
「そうだな。あいつ今頃、山ん中でぼろ雑巾みたいになってるかも」
ミストはゼノの困った顔を想像してほくそ笑んだ。
「山道か」
不意にミストが真顔になった。
「アステリアナ山道を越える気だったんじゃないか?」
「誰が?」
「ジウって汎テラフロンタだよな」
一拍の間を置いて、ミストとエルルは吐息のような声を洩らした。
「サハルだ」
ジウ自治圏は魔動機の一大生産地帯だが、その技術的基盤はサハルの魔導工業会にあった。
魔道工業会は魔動機発展の立役者だ。それを築いたのは王族の一人、ディース・フォーベルガ。禁足の里に因縁のある魔術師のひとりだ。
二人は蒼白になったまま、言葉少なくのろのろと、出立の準備をした。
結局、操縦席をエルルに譲って、ミストは隣で揺さ振られている。ありったけの布や毛布を敷き込んで、尾てい骨の保護を目論んだ。
エルルの操縦席は、加速と制動のペダルに脚が届くよう、背中に背嚢を置いて調整している。四脚移動となれば、ほぼ直立して操縦するため、その方が都合が良いらしい。
出立前に索敵盤で広範囲を調べ、予め、ある程度の道筋は選んでいた。
二人は打ち捨てられた動力車から主線軌道を逆に辿り、アステリアナ山道の引込線に入った。
協会と出くわさないよう、軌道からはできるだけ距離を取った。地図によれば、引込線の終端は無人の停車場だ。
天中の陽は欠け始めている。陽が隠れるのは瞬く間だ。
「触媒は持ちそう?」
「うーん、たぶん」
エルルの返事は心許ない。
列車の魔動機と異なり、自行車に使用される触媒は化創燐と呼ばれる特殊なものだ。未工業化の魔術師製造品であり、人的コストが非常に高い。
万一、切らせば自行車はただの鉄の箱だ。
「エルル、停めて」
引込線に沿って走る車上で、不意にミストが言った。
砂利を擦って自行車が停まると、ミストは軌道に駆け寄り、しゃがみ込む。ランタンを取り出し、レールを照らした。
きょとんと眺めるエルルも、ようやくその意図に気が付いた。普段使われる筈のない引込線のレールが輝いている。
「列車の通った跡?」
自行車に戻ったミストに訊ねると、彼女は神妙な顔で頷いた。軌道が輝くほどだ。通った車両の規模も、それなりにあるだろう。
封鎖された区域に列車を乗り入れるからには、相応の目的がある筈だ。今回の件に関係がないとも思えない。
もちろん、自軍に引込線を使う計画はなかった。
ヨハンナ副長の率いる本隊が予定通りこの先に駐留していたとして、人員は二〇名ほどだ。贔屓目なしにも戦闘力は高いが、正面切っての力圧しは第八特技研鑽房の得意とするところではない。切り込みと殲滅が役割のアリスと隊長は、どちらかと云えば例外だ。
「ここで車を隠して、こっそり行こう」
いよいよ周囲は闇に落ちた。
自行車の偽装を済ませると、二人はできるだけ音を立てずに次の停車場に向かって歩き始めた。先にあるのは車両用の資材置き場だ。アステリアナ山道の口はさらにその奥にある。
先立って索敵盤で周辺を探った折、エルルは近くに微かな影を見つけた。
誤差の範囲だが、穿って見れば索敵干渉かも知れない。第八特技研鑽房が駐留しているならば、寧ろ在り得る反応だが、近づかなければ確認はできない。
停車場の周辺は身を隠す場所も疎らだ。野天を行くのは不安だが、拡張された色の少ない視界には、動きのあるものが判別しやすい。
二人は先だって使用した視覚拡張薬を点眼した。ミストの薬瓶はどうやらアリスに渡し切りにしてしまったらしく、エルルの背嚢から新しい薬瓶を探し出すのに少々手間取った。
停車場と云っても、軌道の端に積まれた資材があるだけだ。簡単な風除けの傍に、補修用の鉄材や枕木の山が、黒い影を成している。
二人は停車場に近づいて行った。
最寄りの低木に身を落ち着けると、ミストはエルルに留まるよう合図した。隠形の行動はミストの領分だ。頷くエルルを一瞥して、ミストは停車場に駆け出した。
刹那、背中にエルルの悲鳴が聞こえた。振り返ると、エルルが地面に伏している。驚いて踵を返そうとしたミストの喉に、宙から湧き出したような刃が押し当てられた。
不意にミストの視界が白く弾けた。
停車場の資材と思われた辺りに自行車が群れを成している。槍のような燈火が一斉に夜を裂き、ミストの身体を野天に炙り出した。
◇
山道口からうねうねと続くアステリアナ山道は、峻険な山嶺の斜面に削り出された建設用道路の残滓だ。恐らくは、この先の里、かの城のために整えられた、四、五〇〇年来の未整備の道だろう。
切り立った山を登り、底の知れぬ谷を下り、山道口より最後の渓谷と森を抜けるまで、およそ一日ほどの道程がある。
辛うじて、多頭引きの馬車が通る道幅はあるが、地面が荒れている上に傾斜が急で、並みの車では一往復も車体が持たない。
それは、マグナフォルツの輸送車が既に実証済みだ。
行き着いた禁足の里は、起立する絶壁に挟まれた扇形をしている。ホールケーキを切り欠いた隙間のような場所だ。
里の左右は、閉じかけた屏風のような岩壁。その軸に向かって小高い丘がある。鋭角に蛇行する一本の坂道を登った頂きが古城だ。
丘を登り詰めた先は、思いの他広い。
幾筋も白い落水を引いた断崖を背に、無秩序な立方体で構成された城がある。前庭、堀、渡しの前の広場は、荷車が二、三〇は停められそうな広さががある。
夜、丘から里を覗き下ろすと、簡易宿舎の灯が見える。周囲の黒々とした山は、運び込まれた資材の塊だ。
マグナフォルツの工兵は、早々に荷車を壊して以来、人力を主にした輸送を行っていた。夜も昼も、ただ輸送と整理と休息に割り振られている。
目と鼻の先の山頂の、鏡のような古城の傍に、こうして敵兵が陣を築いているなど、彼らは知りもしないだろう。
ヨハンナは気紛れの遠眼鏡を外して、踵を返した。疲弊した敵兵の寝首を掻くのは容易いが、まだ毒になるほどの数ではない。
リースタン魔装衛士隊、第八特技研鑽房二十二名とその顧問官は、古城の傍らに潜んでいる。
マグナフォルツの列車が山道口に乗り入れるより僅かに先行し、ヨハンナたちは禁足の城に遮蔽陣を築いていた。城周辺の駐留は計画の内だ。
予定が少々早まったに過ぎない。
打ち捨てられた金属塊、あるいは埃に塗れた鏡の如き古城は、容赦なく周囲に陽光を捲き
散らしていた。目下の課題は、如何に日中は陽焼けを避けるかだ。
「副長、分隊より伝信です」
天幕から飛び出たクリスが、ヨハンナを見つけて駆け寄った。
位置と大きさと反射する光量から、日中、隊員が城に移り込む心配はないものの、さすがに夜間の灯は慎重を期する必要があった。灯火はすべて天幕の中に、外に出る者は光量を絞ったランタンを携行してる。
クリス・アリアンは、短く揃えた髪も相まって、線の細い少年のような容姿をしている。砲術特技兵を務めており、砲術指揮官のヨハンナに師事していた。
彼女はアリス、ミスト、エルルと同じ年少組だ。仲も良いが、その中にあって生真面目さは群を抜いている。ヨハンナの秘書のような役回りも、それを買われてのことだった。
「こんな時間に?」
ヨハンナが振り返ってクリスの手を見下ろした。抱えているのは送信盤と受信管が一体になった伝信器だ。
「読みますか?」
ヨハンナが頷くと、クリスは受信紙に目を走らせ、少し困惑した表情を噛み殺した。
「虎の求婚を思案中。我が側室に入らぬ内に作戦を決行されたし」
ヨハンナが舌打ちした。読み上げたクリスが首を竦める。
遊びのない直毛の金髪と、怜悧な碧の瞳を持つ美貌の上官は、氷のような装いの隙間に、時折、野卑な仕草を織り交ぜる。
「どうして隊長はロタに伝信を書かせるのかしらね」
ヨハンナは固まっているクリスに呟いて、下がらせようとした。
「つ、続きがあります」
我に返ったクリスは、慌てて伝信器のハンドルを回して受信紙を手繰った。
「えっと、ポンコツを二機回収。放蕩娘は馬の骨と旅行中の由、折檻の順を判断されたし」
読んでしまってからその意味不明さに気づき、クリスは文面を見つめたまま再び硬直した。ヨハンナの表情が怖くて顔を上げられない。
「天災より質が悪いわね」
冷えた上官の溜息がクリスの耳に掛かった。
「顧問官は何処?」
変わって燐としたヨハンナの声に、クリスは反射的に背筋を伸ばした。
「零番地にいらっしゃいます」
軽く頷くと、ヨハンナはクリスを置いて歩き出した。ふと立ち止まって振り返る。
「あの娘たち、無事なようね。ロタにお仕置きされてなきゃだけど」
輝いたクリスの笑顔を一瞥して、ヨハンナは広場を横切った。
闇の中に蹲る古城の正面、堀に渡された石橋の前に、灯の反射を抑えるための簡単な天幕がある。覆いはなく、四隅の柱に布を渡してあるだけの簡単な物だ。
中には木組みの壇があり、硝子と真鍮で出来た魔導器が収められている。この零番地の他に、同様の物が六つ、古城を取り巻くように設置されていた。
闇に蹲る鏡の城。風に弄ばれる木組みの小屋。巨大な竜に挑むかのような痩せた背中を暫し堪能して、ヨハンナは人影に歩み寄った。
「顧問官」
佇む背中の右手に回って声を掛ける。痩身の男は微かに手を上げ、少し待つよう身振りで伝えた。
魔動器を開き、挿した記述盤に術符を書き加えている。ヨハンナが見つめるのは枯れた長身痩躯だ。そこにひ弱さは微塵もない。
振り返った顧問官の頬は、連日の作業に感けて髭もなおざりだった。顔立ちは優しく端正だが、黒い眼帯に覆われた左目が凄みを与えている。
「分隊より連絡がありました」
顧問官は頷いて、ヨハンナに先を促した。
「分隊は現在、殿下の機械化部隊と合流し、敵駐留地の後方にて待機中です。重装歩兵一名が保護対象を伴い、旧合流点を目指していると思われます」
平坦に告げたつもりだが、顧問官は微かな苦笑を浮かべた。
「苦労を掛ける。だが、あれにはそのまま、本来の役目を果たして貰おう」
「よろしいのですか?」
顧問官は魔導器を振り返り、次いで闇の中の古城に目を遣った。
「明日、頃合いを見て施術を開始する。恐らく夜通しの作業だ。私の資質では簡易術式を交えてもそれだけの時間を要するだろう」
魔術は概ね、魔術師の資質と術式の難度に比例する。
難度の高い術式を分解し、定型術符を簡易術式に代替させることにより、自動化と時間短縮を目論むのがこの魔動器の役目だ。
「施術は死守します」
ヨハンナの言葉に隻眼を眇め、顧問官は苦い顔をした。
「問題はその後だ。この城が戻れば餌は意味を失う。敵は押し寄せて来るだろう。ここの護りは未知数だ。むしろ地の利だけだと考えた方が良い」
顧問官はヨハンナを振り返った。
「正面切って戦う必要はない。殿下の合流を果たした先は、護身のみを考えるように」
言葉に気遣いはあったが、あくまで施術の意思は揺らがない。ヨハンナは微かに息を詰め、微笑んだ。
「御命令のままに」
敬礼し、踵を返した。
自身の天幕を目指しながら、ヨハンナは算段を巡らせる。浮き立つ歩調を意識的に抑えた。
決行だ。目を付けておいた手駒と、この地を最大限に活かして、まずは気取られぬよう敵兵力を削いで行こう。物言わぬ獣に頼るのは些か気が引けるが。
殿下をお迎えし、顧問官の隣に並べたならば、さぞや見栄えが良いだろう。
「実に尊い」
想像に小さく呟いて、ヨハンナは天幕の衛士に招集を命じた。
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