第八章 再会
ゲスは大統領執務室で、電子メールで送られて来たララルの報告書を見ていた。
「ネオモントは予想以上に遅れているな。マレクめ、口を出さないのをいいことに呑気に仕事をしておったな」
もともとネオモントは、月に住みきれなくなった人口を分散するために計画されたものだったので軍事用ではないため、地球攻撃用の前線基地とするのに手間がかかっているのだ。それはゲスにもわかっていた。しかしそれにしても、マレクは怠けていたとしか考えられなかった。
「科学者という連中はいつも手綱を引き締めておかんと、すぐに勝手な方向に進み始めるからな」
ゲスはそう呟いて椅子に身を沈め、報告書を机の上に放った。
「ディズムがどう出るかだが……。それにギギネイからの連絡がないのが気にかかるな」
ゲスは目を閉じた。
レージン達は地球軍本部に到着し、まず名簿で確認をされ、訓練所に行って軍服に着替え、本部脇にある体育館に集合させられた。
「諸君には、一週間後に出発する月反乱軍討伐部隊の艦に乗艦してもらう。この作戦は非常に重要である。何故なら、この作戦において我が軍の秘密兵器である新型宇宙空間用爆撃機スキュラを投入するからである」
壇上から説明をしているのは、ジョリアス・ダロネンという。彼はガールスの失脚により、司令長官の地位に就いていた。しかし彼の顔色は冴えなかった。自分もいつガールスと同じ運命をたどるかわからないからである。彼は目の前にいる男達を見た。全部で二百名いることになっている。
「よって諸君には、スキュラ用の訓練を受け、出撃に備えてもらうことになる。今後のスケジュールについては、参謀総長の方から説明がある。以上。諸君の健闘を祈る」
ダロネンは敬礼して壇上から降りた。
(新しい爆撃機か……)
レージンは不安になっていた。
(何か、軍のやっていることって、月より一歩遅れているんじゃないか?)
レージンには参謀総長の説明など耳に入らなかった。やがてレージン達は解散させられ、食堂に行って昼食をすませるように言われた。
「あんな恐ろしい作戦聞かされて、飯なんか食えるかな」
レージンの横に並んだリカスが言った。レージンはハッとして、
「恐ろしい作戦?」
「あんた、あれ聞いて何とも思わなかったのか? スキュラには、核弾頭付きのミサイルを搭載するっていう話をさ?」
レージンはリカスの話に仰天した。
(核付きのミサイルだって? 死にに行くようなもんじゃないか?)
しかしリカスはレージンの反応を見ないで、
「まァ、訓練で落とされることを願って、今は腹ごしらえのことだけ考えよう」
と言うと、レージンの先に立って食堂に向かった。レージンはしばらくボンヤリと立ち止まっていたが、
「考えても仕方ないか」
と歩き出し、食堂に入って行った。
食堂は巨大な倉庫をそっくりそのまま使っており、千人は同時に食事できるスペースがあった。
「すみません、ここ空いてますか?」
女の声がした。レージンは、今の声、どこかで聞いたことがあるな、と思いながらも、そちらには目を向けずに、リカスの隣に座った。するとまた女の声が、さっきよりはっきりと聞こえた。
「ちょっと、何するんですか、私はそういう女じゃありません!」
「君、やめるんだ!」
という男の声にも聞き覚えがあった。
(まさか……)
レージンは声がする方を見た。するとそこには、二人の軍服姿の男にからまれたカシェリーナと、それを止めようとしてもう一人の軍人に押えつけられたマーンの姿があった。
「カシェリーナ!」
レージンはバッと立ち上がると、猛烈な速さでカシェリーナのところに走った。
「おい!」
と声をかけられて、カシェリーナにからんでいた男の一人が振り返ると、いきなり正拳が顔面に飛んで来て、その男はもんどりうって倒れた。もう一人も腹にフックを食らってもがきながら倒れ伏した。マーンを押さえつけていた男が気づいてレージンに向かった時、すでにレージンの右ストレートが彼の顳かみをヒットしていた。
「カシェリーナ、どうしてここにいるんだ?」
「レージン!」
カシェリーナは取り敢えず会えた嬉しさと、助かった喜びで、レージンに抱きついていた。マーンが、
「レージン、良かったよ、ここで会えて」
「先生、一体どうしたんですか?」
マーンは周囲を見た。皆の目が三人に集中しているのがはっきりとわかった。
「とにかくここを出よう。話はそれからだ」
「はい」
レージンはカシェリーナの腕をほどいた。
三人は食堂の外の一角で話をしていた。
「総帥に会いに行くですって? できっこない」
レージンが呆れ顔で言うと、カシェリーナは、
「いえ、大丈夫よ。ここまで私達はカンサイ支部から借りた高速ヘリで来たのよ。でなきや、ニュートウキョウへこの時間に到着するのは無理よ」
「ヘリで? どういうことです?」
レージンはマーンを見た。マーンは肩をすくめて、
「とにかく何とかしてみるよ。君を死なせたくないって、カシェリーナが言うもんでね」
「まァ、先生の意地悪!」
カシェリーナは赤くなった。レージンは笑って、
「先生は不思議な人ですよね。地球で只一人、この戦争を予測していた人なんですからね」
「まァね」
マーンはニッコリした。レージンはさっきの作戦のことをもう少しでしゃぺりそうになったが、何とか抑えた。そして右手を差し出して、
「また会えるといいですね」
「ああ」
マーンも右手を出して握手を交わした。カシェリーナがムッとして、
「縁起でもないこと言わないでよ」
と言った。マーンとレージンは顔を見合わせて笑った。
ピュトンは、ディズムの差し金で空港に立ち入ることを阻止され、憤激しながらも、ニュートウキョウの湾岸沿いにある支社ビルに向かった。彼はそこにイスメネを呼び寄せ、プライベートルームにこもっていた。
「ディズムめ、自分の力を過信した者がどうなるか、そのうち思い知らせてやる」
ピュトンはワイシャツのボタンを外しながらそう呟いた。イスメネはシャワールームからタオル一枚の姿で出て来たところだった。
「早くシャワーを浴びてらして。楽しみましょ。そして、そんな嫌なこと忘れちゃいなさいよ」
「ああ」
ピュトンはワイシャツを脱ぎ捨て、ズボンを放り出すと、シャワールームに入って行った。イスメネはそれを見届けてから、自分のハンドバッグの中にある盗聴器のスイッチを入れた。
(あんなジジイに抱かれるのは嫌だけど、金はたくさん持ってるし、ヒュプシピュレ様にはそのためにとてもよくして頂いてるし。我慢しなくちゃね)
ピュトンはよほどイスメネのことが気に入っているのだろう。たちまちシャワールームから戻って来た。タオルも着けず、全裸のままで。イスメネはピュトンのその姿を見て心の中で嘲笑い、
「早くいらっしゃい、坊や」
と手招きをした。ピュトンは、すっかりその気になってイスメネに迫った。イスメネはタオルを取り、美しい胸をあらわにして、ベッドに横になった。ピュトンはイスメネに馬乗りになって、顔と言わず、首と言わず、舐め回し、触りまくった。イスメネはピュトンの顔を抱き寄せて口づけした。舌が互いの口を探り合った。
「アン……」
イスメネは感じてもいないのに、喘ぎ声をあげ、目を瞑り、仰け反った。ピュトンの両手がイスメネの胸を愛撫し、口が耳たぶを噛んだ。
「ああ……」
イスメネの演技力は、女優も逃げ出すほどだ。ピュトンはすっかり騙されているのだ。
「フーッ」
しばらくの余韻の後、イスメネはピュトンの腕を振りほどいて、シャワールームに駆け込んだ。そして、皮膚が剥がれるくらい力を入れて身体を洗った。彼女はフウッと小さく溜息を吐き、タオルを巻いて部屋に戻った。そして、ピュトンに甘えた声で、
「ねェ、貴方、私とはいつ結婚してくれるのよ?」
と尋ねた。ピュトンはバスローブを着ながら、ベッドに腰を下ろし、
「まァ、待て。今は妻と離婚訴訟の真っ最中だ。もう少しだ」
「そう。それより、どうしてここにいるの? 私、てっきり南極に帰ったのかと思ったわ」
イスメネはピュトンにくっつくように隣に座った。ピュトンは彼女の肩を抱き寄せ、
「ディズムの奴が、空港を閉鎖して、私の専用機を接収しおったんだ。だから仕方なくここへ来た」
と忌々しそうに言った。するとイスメネはニッコリして、
「でもそのおかげで、私と会う時間ができたんでしょ?」
「まァ、そうだな」
ピュトンはベッドの脇にある小物入れの上の煙草を取り、口にくわえた。イスメネが素早くライターを取り、火をつけた。そして、
「どうしてディズム総帥は、貴方にそんな嫌がらせをするの?」
「私が、月とも取引していることが気に入らんのだよ。だが、私は商人だ。しかも中立領に会社を持っているんだぞ。どちらに加担するわけでもない。それなのに何でこんな目に会うんだ?」
(それはあんたが、どちらにもいい顔してるコウモリだからだよ)
イスメネは心の中でそう言った。しかし、
「そうね。そうよね。みんな勝手よね」
と正反対のことを口にした。ピュトンは大きく頷いて、
「そうだとも。折角カロン・ギギネイが地球に来ることを教えて、総帥の命を狙っているらしいことまで報告したのに、まるで恩を仇で返すようなやり方だ」
と言い、煙草を灰皿にねじ伏せた。イスメネは再びニッコリして、
「ね、もう一度愛し合いましょうよ。シャワー浴びて来て」
「ああ」
ピュトンは立ち上がり、シャワールームに行った。イスメネはそれを見届けると、部屋の入口のドアを開いた。
ピュトンはイスメネを本当に正妻にしようと考えていた。今の妻はただのブタだ。そう思っていた。
「さァ、イスメネ、また天国に行かせてやるぞ」
ピュトンがバスローブを着て、シャワールームから出て来ると、そこにはイスメネではなくカロンとヒュプシピュレが立っていた。
「カ、カロン……」
ピュトンは仰天して、やっとそれだけ口に出した。カロンはギラッとピュトンを睨みつけ、
「貴様のようなクズに、ファーストネームで馴れ馴れしく呼ばれる覚えはないぞ、ピュトン」
ピュトンはますます焦って、
「あ、いや、ギギネイさん。何のご用ですか?」
カロンはピュトンのバスローブ姿を軽蔑の眼差しで見て、
「お楽しみの最中申し訳なかったな。何故俺を売った?」
「……!」
ピュトンはすっかり仰天していた。恐怖で縮み上がる思いだった。ヒュプシピュレが笑って、
「あらあら、ピュトンさん、病気なの? 顔色が悪いわよ」
「説明してもらおうか」
カロンはピュトンにズンと一歩近づいた。ピュトンの額から汗が吹き出した。
「ま、待ってくれ、ギギネイさん」
「何を待てと言うんだ?」
カロンの右手が、ピュトンの胸ぐらを掴んだ。ピュトンは、
「うわァッ!」
と叫んだ。カロンは今度は左手でピュトンの首を掴み、
「どういうつもりだ? 俺を売ってどうするつもりだ?」
「ディ、ディズムが私を疑っているんです。月と取引していることで。でも、私はどちらの味方もしません。それをわかってもらうために、パイア・ギノに聞いたことから、貴方が総帥を暗殺するために、地球に降りているらしいことを話したんですよ」
カロンは眉をひそめて、
「パイアから? あの女、何と言ったんだ?」
「部下の一人が、貴方が月政府の役人と会っているのを、銀行のロビーで見かけたそうなんです。それで、私に連絡がなかったかと」
「そうか」
カロンはピュトンから手を放し、ヒュプシピュレを見た。ヒュプシピュレは肩を竦めて、
「貴方、ドジッたわね。パイアの部下に取引現場を見られるなんて」
「パイアも俺が何のために月の役人と会っていたのかは、お前に話さなかったんだな?」
カロンは再びピュトンを睨みすえた。ピュトンは作り笑いをして、
「はい。ディズム総帥を暗殺するためというのは、私の考えで総帥に話したのですよ」
「ならばパイアは悪くない。悪いのは貴様だ」
「えっ?」
ピュトンは自分の死を認識できなかったであろう。カロンの手刀が、一瞬のうちにピュトンの首の骨をへし折っていたのだ。ピュトンはそのまま前にドサッと倒れ伏した。カロンはヒュプシピュレに、
「イスメネという娘の収入源を断ってしまったが、構わんか?」
「別に。あの娘の愛人は、まだ他にもたくさんいるから、大丈夫よ」
ヒュプシピュレは平然として言った。カロンはフッと笑って、
「なら心配ないか」
と応じた。
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