ドラゴンライダーの資格

 城壁都市特有の職業、ドラゴンライダーについてもう少し紐解いていこう。

 

 まずドラゴンライダーになるには騎竜適正検査を受ける必要がある。ADD (Attribut des dragons)と呼ばれる都市の公的な資格証明試験だ。


 多くの城壁都市の市民は15~18歳頃には最初の騎竜適正検査を受ける。

 この適性結果でドラゴンライダーになれるか、なれないか(*1)進路が見えてくる。市民は試験は何度でも受けることができたが、規定回数以上の検査は有料となる。

 都市の公的な騎竜適性検査ADDがもっとも信頼性が高い証明となるが、私設の検査機関も存在した。


 試験項目は「R、AW、SE、H」の4項目設けられ、それぞれ「A、B、C、N」の評価がつけられる。Aが最も高い評価で、Nは適正なしとなる。


R ドラゴンとの意思疎通が図れるか?触れることができるか?

AW 制御可能か?

SE ドラゴンの四属性の相性と汎用適正

H 身体的・精神的な相性


 全項目A(4A)が出ることはほとんどなく、平均3Aでドラゴンマスターとしての器があると言われる。

 著名なドラゴンマスター・赤靴下のピッピは、10歳前半ですでにドラゴンマスターとして頭角を現しており試験を経ずに実力を示した例外の人であるとされる。


 というのも、検査を経ずとも「R(ドラゴンとの意思疎通が図れるか?触れることができるか?)」と「A/W(制御可能か?)」はドラゴンと共に暮らしていると自ずと分かることであり、「SE(四属性の相性)」「H(身体的・精神的な相性)」に関しては、相性診断に近い要素があるため、前者「R」「AW」が重要視されるのである。


 ドラゴンマスターとしての地位を確固とした後の赤靴下のピッピが、試験を受けにきた際の記録が、適性検査試験管アダン・ピエの勤務記録に残されている。


「当人は記念受験気分であったので、こちらは緊張した。天然の才能でドラゴンマスターとなった者にわざわざ枠をあてがうのもどうかと思うが、公的な証明というものは大切なものだ。結果は4A。適正審査に長く関わった人生で、最初で最後と言ってもいい、完璧な結果という他ない。今日はADDの記念となる日だ」


 適正検査を経て己に騎竜のセンスが備わっているか、相性のいいドラゴンたちを理解することができれば、ドラゴンライダーを名乗ることができる。

 あとは経験を積み、「apprivoiserアプリヴォワゼ」(以降の章で詳しく解説する、ドラゴンとの親交と考えてよい)をし、相互理解を高め、功績を重ねれば、竜騎士と呼ばれ、最後にはドラゴンマスターと呼ばれるようになるわけだ。

 当然、その道は険しい。


 ドラゴンライダーとドラゴンとの交流の道を阻む多くが、事故である。

 ドラゴンとの友好な関係が基礎的に構築されている城壁都市であっても、当然騎竜による事故は発生する。


 身体面での大きさがまず違う。振り落とされて地に落ちれば、簡単に骨折をするし命も危うい。ドラゴンが気づかず踏みつけてしまう事故も容易に発生した。

 ライダーたちは大きなドラゴンに自分がいまどこにいるかを正しく伝え事故を防ぐことが求められた。

 滑空するための翼を持たず、地上に住まう火竜との相性が高い者は心配することはないが、空を駆け抜けるとなると、さらに事故は増えた。

 振り落とされることがあれば即死である。

 ヒールキャップ(CDT)の装着を誤ったり、天気や風、ドラゴンの気持ちを汲み取ることができないと、即、死に繋がった。


 上空でドラゴンたちがぶつかるという大事故を防ぐために、交通規制が行われており、一定のルートが上空に存在したことがわかっている。またライダーたちによる通信(アンブ・エムロードやドラゴイエを使った。『城壁都市のエネルギー生産』の章で説明する)やハンドサイン・発光による伝達などで、上空の意思疎通が行われた記録が残されている。

 

 騎竜による事故で人生を変えた兄弟がいる。

 ドラゴンマスター・赤靴下のピッピが活躍した、B.D300頃の出来事である。

 都市ではドラゴンライダーたちの栄誉を飾るための競竜試合「エメラルド杯」と呼ばれる競竜のレースが定期的に開催されている。

 ただスピードを競うだけではない、2日に及ぶ長いレースで途中棄権も多い大会だ。現代でいうトライアスロンの要素を伴う過酷なレースである。

 58回エメラルド杯でそれは起きた。

 

 赤いブーツの騎手、赤靴下ピッピは当時ドラゴンマスター位を得ていない。

 まだ一部でしか名の通っていないドラゴンライダーで、エメラルド杯においては騎竜以外の要素の経験不足でトップに立てずにいたようだ。

 劣勢の中、レース中の接触事故でピッピは年の近い少年と出会う。

 それが4区春風通りのコランタンである。


 コランタンの兄トリッソ は高名な竜騎士で、ピッピも知る人物だった。

 騎竜による事故で足を負傷してから、ドラゴンライダーの道を諦めこのエメラルド杯の実況解説をするようになった人物である。

 コランタンは兄トリッソとは真逆で騎竜のセンスも恵まれていないと自身で語っているが、予選を通過しているため、年齢を加味すれば相当の才能を持っていると考えてよい。

 (その後の適正試験の結果は「B,A,B,C」と記録が残っている)

 なぜ少年が過酷なレースに参加したのか、赤靴下のピッピも動機を知りたかったようだ。

  

 理由は「兄に勇気を取り戻してもらうため」であったと言う。


 事故によってドラゴンライダーとしての道を閉ざされたトリッソ は、幼馴染の恋人セヴリーヌへの求婚を諦めた。竜騎士として華々しい功績を上げる自身を失ったことで、自信を喪失したのである。

 コランタンは、姉のように慕っていたセヴリーヌや、兄の人生を思い多くの方法で兄トリッソを励ましてきた。

 怪我が治っても騎竜を避けるようになった兄と何度も口論をしたという。

 一時の激情で「お前が過酷なエメラルド杯に挑戦し、1位に与えられる金のゴブレットを掲げることができたら、その勇気に応え、竜騎士の道に向き直り、恋人への求婚をする」とトリッソは言い放ってしまった。

 それほどまでに、トリッソが竜騎士としての己を取り戻せないトラウマを得た事故であったのだろう。騎竜による一度の事故が、人生を変えてしまったのだ。

 当時の資料を紐解くと、仲間を救ったことによる落下事故であったことがわかっている。


 共に上位に滑り込もうと誓う二人には別の影が迫っていた。

 不穏な影の名は、ラッシェ・ドルモン。出版業で財を得た4区の商人である。コランタンのトリッソ の恋人セヴリーヌに横恋慕し、諦めることができない男だった。

 

 ラッシェはエメラルド杯に不法に関与し、コランタンが万が一にでも上位に食い込むことがないように参加者を買収し、あの手この手でレースを妨害をしたのである。

 赤靴下のピッピはその妨害に巻き込まれてコランタンと接触事故を起こしたのだ。

 ラッシェの部下を取り押さえ全ての事情を把握した赤靴下のピッピは、コランタンと再びレースへ戻る決意をする。彼の肩を抱いて、こう励ましたと言われる。

「トリッソは勇気ある人だ。君の努力を絶対に見ている」

 

 結果として接触事故により負傷をしたコランタンは1位を得ることはできなかったが、傷だらけでゴールへ辿り着く。

 ピッピは先頭集団に入りラッシェの息の掛かったライダーたちを蹴落とし未来のドラゴンマスターとしての片鱗をここで見せ優勝した。

 そして優勝者の証、栄誉の金のゴブレットをコランタンへ投げ渡すのである。


 エメラルド杯特集記事でのちに赤靴下のピッピはこう語る。

「私は一着であって一位じゃない。今回の一位はコランタン以外いないんだ。彼は兄、竜騎士トリッソの誇りを取り戻すために、傷だらけになり、ドルモンの汚い計略にも負けずにエメラルド杯を駆け抜けた。私は家族を思う誇り高い魂に敬意を払いたい」


「私は順位はいらない。でも一緒に飛んだドラゴンのニーシモーネには一着をあげたかったし、手を抜いて優勝をあげるのは勇気に対する最大の侮辱だと思ったんだ。結果と報酬は別のものだ」


 2位、3位と次々に辞退の連鎖が続き、優勝の栄冠はコランタンの頭上に輝いた。

 弟が涙を流しながら金杯をかざす姿を見ても、不貞腐れ背を向けるほど兄トリッソは腐ってはいなかったようだ。

 実況回線を私用してその場で恋人セヴリーヌへ結婚を申し込む。

 トリッソとセヴリーヌ二人が対面した時、セヴリーヌはコランタンが1位になる単勝券を握りしめていた。それがプロポーズの返事であった。

 夫妻となった二人の家には、換金されないままの記念の単勝券が飾ってあったと言われる。


 まだ幼く実績もない少年の1位に賭ける者は、コランタンの身内や春風通りの市民以外はいなかった。

 「1位」の栄誉を受けたコランタンに賭けていた春風通りの市民は、換金を祝儀として夫妻やコランタンに贈ったり、コランタンが騎竜した地区のドラゴンの育成費に回すなど、自分のために金を蓄えたりする人はいなかったとされる。

 勇気に対して無粋な心で接する者は一人もいなかったようだ。


 トリッソは地元記者のインタビューにこう応えている。

「私は竜騎士としての道を負傷によって一時絶たれた。あの時に仲間を守らなければよかったと、最低の考えをしたこともある。そんな自分は空を飛ぶ価値はないのだと思ったし、また負傷することが怖かった。何もかも失ってしまったと自棄になってしまったが、弟やセヴリーヌは見捨てずに待っていてくれた。勇気を示してくれた。私は家族と最初からやり直し、貴婦人に恥じぬ市民として歩き出したい」


 トリッソは竜騎士の称号は返上したが、ドラゴンライダーとして騎竜を生涯続け、騎竜による事故保険や飛行ルールづくりに尽力した。

 ドラゴンライダーの資格とは、騎竜の適正を得て、ドラゴンと共に生きる中で多くの挫折、事故、経験を重ねていく中でランクだけで定められるものでないということがよくわかる。


 コランタンは第二次都市攻防戦で竜騎士となり、赤靴下ピッピと城壁外を守護し都市を守るドラゴンライダーとして家系を繋いだ。やがてドラゴンが死に、幻想も絶え、その痕跡が残るだけになる、その時まで。


(*1)騎竜適正の低いものは、ドラゴンライダーへの道を諦めることになるが、それでもドラゴンと密接に関わりたいものは、司書の道に進み、側衛官としてドラゴンと係わる道へ進む。

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