ドラゴンマスターの活躍 エムロードのアンゼル

 ドラゴンマスターの誉をうけた騎手たちは多くの功績や伝説を残したが、A.D期まで伝承が伝えられている者達の素顔について「図書館」から得られた最新の情報を伝説と共に少し触れておきたい。


エムロードのアンゼル


 「ベルクロヌ口伝」、「ラストッカドミネラ」などに登場する、クラウンミルに騎竜した唯一で最初のドラゴンマスターであるグランドマスター、エムロードのアンゼル。(*1)


 彼は都市から離れた土地、クレールスメ(*2)と呼ばれる地に住む少年であった。

 彼と城壁都市の始祖ドラゴンのクラウンミルが出会ったことで城壁都市は生まれ、何千年もの間栄えた。


「アンゼルはクレールスメでくわ科の多年生つる植物を育てる小作人の息子であった。虫と鳥を愛し自然と寄り添い素朴に生きていた」


 「ベルクロヌ口伝」ではそう彼のことを詠うが、「ラストッカドミネラ」では生まれながらにして自然と同調して操る力を得ていたとも描かれている。アンゼル個人に関してはあまりに古い人物のため正確性を求めることは不可能だろう。全盛期時代の城壁都市においても神話的人物であったことを考えると、現代の私に真実を知る術はないと考えていい。


 アンゼルがモンタンドロー(のち城壁都市)に訪れた理由は分かっている。

 エムロードのアンゼルは彼の花嫁を、モンタンドローに住むアダマント(*3) と呼ばれる先住民から救出するためにやってきた。

 この先住民は、自身を神と称する高度な知識と技術を有する少数民族でありA.D期に匹敵する文明を持ち、周辺諸国に強い影響力を持っていたことが読み取れる。支配を支える無尽蔵のエネルギーは、生贄として差し出される人間であったとされる。クレールスメは神の支配領域下の土地であったのだろう。


 アンゼルが偉業を為した背景には、クラウンミルの存在が大きい。クラウンミルと彼が出会ったのはモンタンドローで、彼女がアダマントと共にいたことははっきりしている。彼女が神に使役されており、アンゼルはその呪縛から彼女を解き放ち信頼を得たと言われている。


 物語はアンゼルとクラウンミルが共に困難を勇気と知恵で打ち破り、神の文明を破壊するまで続く。


「緑に輝く白亜の塔のてっぺんで、アンゼルは神の支配が終わりを告げ闇の穴へと崩れていくのをじっとみていた。このままではアンゼルも崩れる塔と共に死んでしまう。だがもう絶望はしなかった。"美しい竜belle couronne約束apprivoiserをした。君をひとりにはしないよA mon seul désir"」


「ベルクロヌ口伝」で語られる詩編の中に、神話時代からB.D期すべてを貫いて使われた、抽象的な言葉が登場する。

apprivoiserアプリヴォワゼ」は直訳で「相互理解」。心のキャッチボールを繰り返した末の「何か」を意味する。城壁都市においてはドラゴンと市民との関係性のことを抽象的に表現した単語で、他国には存在しない。

A mon seul désirア モンスル ディズェ」は直訳では「我が唯一の望み」、城壁都市の市民章に記されている。(*4)市民の心の在り方、第六感を問い、己を見つめるための言葉で、長い城壁都市の歴史の中で何度も使われることになる。

 神話時代にアンゼルが口にした言葉は城壁都市に息づいている。


 クラウンミルはB.D300年頃勃発した第二次侵略攻防戦争までの1500年以上を生き、その間にアンゼルについて語ることも多かった。その記録は「図書館」所蔵の書庫から発見され解読が急がれている(*5) 。概ね好意・友好的な発言が多い。


 アンゼルは後世にグランドマスターの第一号に冠される。

 継子はいなかったとする資料が多いが、二人いたと記述する書物も存在する。


(*1) Hansel de émeraude (smaragdと記載もあり)

 アダマントから土地を開放し、アンゼルはその後200年生きたとも、300年生きたとも言われるが没年は明らかにされていない。またその墓と言われる場所もB.D期においても諸説あった。

 アンゼルが都市の象徴であるエメラルドを氏名に冠するのには始祖である以外にも理由があるようだが、現在は詳しくは分かっていない。都市地下から発掘される宝石「エメラルド」との関連という説が大きい。都市ではその後滅亡に至るまで、「アンゼル」は男子名、「エムロード」は男女問わずに命名に用いられた。都市の背後に広がる湖も、同名である。アンゼルは自身を神格化しないようにと遺言したと言う。自らが神と対峙した存在でありながらも、人として生き、愛すべきドラゴンとの関係を築いていったことを、語り継いで欲しかったからほかならない。

 彼の思想によって、騎竜は「適性のあるものであれば、だれにでも為せるもの」として市民に浸透した。最終的に都市とドラゴンの友愛都市としての成立の基礎を作ったと言ってもいいだろう。

(*2)Clairsemeクレールスメ、正確な位置は伝えられていない。「閑散たる」の意味を持つ古語にあたる。

(*3)アダマント、 Diamant(adamantと記載もあり、不屈なものの意味。城壁都市においてはのちにこの Diamantが語頭が変化し、神を指す言葉がDieuとなる。

(*4) 城壁都市に籍を持つものに配布される市民章。手の平ほどの大きさで、赤・黄・青・緑・白が存在している。市民であることを示す唯一のもので紛失すると再発行が困難であったという。市内での証明に使用した。

(*5)「クラウンミルによる開祖の記憶」6階文庫

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