都市の色彩 -対なる赤-

始まりの時が到来し 生命は血のごとく赤い一日を映し出した

そして私は生まれ変わり、愛の世界に入ろうとしていたのだ

(シャンタル・シャワフ 1943- ) 


神が最初の人間を赤い粘土より作ったことからヘブライ語で「domドム」が血を意味し、「adamaアダマ」が人間の大地を意味するからと言われる。

赤は他どの色よりも力を持つ魅力的な色なのだ。


もっとも鮮烈で明るく美しい色「ルージュ


 赤は都市創世期より重用されてきた色で、長い都市の歴史の中で緑と共に愛された色である。

 現代的な色彩学において、赤は緑の補色であり調和がある。互いを引き立てあう色なのである。都市の人々の色彩感覚が非常に優れていたことが分かる。


 ただしこのA.D的な補色概念はB.D期の城壁都市に適応されていたかというとそうではない。(補色の概念はA.D1750から10年ほどの間に誕生したものだ)

 都市では赤の反対色は緑ではなく、白と青と認識されていたようだ。


 城壁都市のドラゴンたちは最大6色型色覚をしたとされるが、中でも赤はもっとも認識しやすい色としてB.D500頃の都市ドラゴン研究者たちに認識されていた。(*1)

 ドラゴンマスター・赤靴下のピッピの二つ名の由来となった彼女のシンボル「赤いライダーブーツ」はドラゴンに視認されやすくするためのものであったとされる。(*1)


 だがそれはひとの目から見れば眩しすぎる=奇抜な色彩であったことも同時に分かる。赤靴下のピッピを見守ってきた同時期のドラゴンマスター・グランヴェールの記録にこうある。


「以前よりひと目よりドラゴン達からの見え方を気にする娘だったが、全身赤い装いになった際はさすがに驚いたものだった。都市をどう探してもこんなに眩しい娘はいないだろう。当の本人はケロリとして、この方が見つけやすいだろうから、などという。ドラゴンマスターとしては褒めてやるべきだが、年頃の娘としては、いささか心配なところがある。貴婦人はピッピらしいですよと言うだけだ」


市内の注意標識色も赤が多用されていたことで市民・ドラゴンの注意を惹く色であったことが分かる。

 都市の人々にとって「輝度」の高い、明るい色彩認識であったといえる。

 

 都市の赤は幅広く、すべての赤を総じて Rougeルージュと呼ぶが、その中から大きく2つに分けて、重要とされた色彩の順から紹介しよう。


 もっとも鮮烈な赤は、ドラゴン色のGulesギュールズと言われる。「ドラゴンの舌の色」という意味であり、ドラゴンブレスの炎の色もこう呼んだ。


 ドラゴンブレスの炎の色を見たことがないA.D期の我々は、その赤をこの目で確認することはできないが、資料を通してその色を推察することはできる。

 『都市色彩の倫理』では炎で染められる色とされ(おそらく比喩表現だろうが…)

 赤と紐づくオアアージェントともにGulesギュールズとは「金・または銀の煌めきを有する。ドラゴンの舌の色のような赤」と記される。

 私は焚き火や蝋燭に反射する炎の色を思い浮かべる。沸き立つように生み出される輝きのある炎の色だ。コンロで焚くような出量が一定の炎ではない。ゆらめきのある炎の中にある色を感じさせる。

 勉強熱心な諸兄は気づいているだろうが、ドラゴンに紐づく「金赤」「銀赤」となれば、思い起こされるのは4区の1~4街区の果物を守り育てるドラゴンである。

 1街区「金のりんご」守、3街区「銀のさくらんぼ」守である。彼らを称える色表現こそ「Gulesギュールズ」なのである。


 日常にもっとも浸透した赤は、現代でいうところのスカーレット、都市の赤の最上級 Écarlateイキャルラである。

 もっとも古く伝統的「赤」の表現でもあった。

 このイキャルラは時代を下るにつれて価値が上がっていく。 

 B.D2800頃は明るさの表現総称とされ「バラ色のイキャルラ」といえばピンクよりの赤を意味し「菫色のイキャルラ」「孔雀色のイキャルラ」などの表現として使われた。時代を下るにつれ、イキャルラはただの明暗を示すだけの言葉から、鮮烈な赤を示す言葉へと変化する。

 これから赤は、熾火を意味する言葉 brésilブレジルと呼ばれる低木や、多肉植物のルージュン、都市から染料として作られる他、樹液を吸った昆虫からも作られた。

 紅木、アルカネット、マダーなど赤は染料の入手経路が多く、安価で大量に作れる色、ヴァリエーションに富み、庶民にも親しみ深い色であったことが分かる。


 そして赤といえば、我々人間の命をつなぐ血液の色でもある。

 ドラゴンと人間が共存した城壁都市においては、ドラゴンと並べてひとを示す際に赤を用いることが多く、都市においての紋章ではドラゴンに緑、ひとに赤を配置するものが多い。


 また決意や契約、節目の正装などはÉcarlateイキャルラの赤が史料に多く登場している。3区仕立て屋の仕立て帳記録を覗くと、頻繁にÉcarlateイキャルラの文字が綴られている。


 都市1区の花章であるアネモネの花が赤で描かれることが多いのも、都市において赤い色の重要性が示される根拠だろう。赤い花弁とすらりと伸びた緑の茎、羽のように伸びる葉はドラゴンの羽の付け根に似ている。

 アネモネは再生、花冠と風を意味する花で、都市の精神にふさわしい花と言われる。B.D2900頃ガーデナーのメトル・バジュリエルが都市に持ち込んだのが最古の記録とされている。


 色に対応する鉱石はルビーとされ、止血の薬剤とみなされていた。B.D1900頃の水の聖堂の僧の手記には「赤い鉱石や実は毒・魔除けとなる」という記載がある。


 都市の赤とは即ち、ひとの象徴色、注意を引く色、輝きと明るさを示唆する色である。



(*1)

「マスター・ピッピの騎竜装はライダーブーツ、外套を含めすべて赤く、目深に魔術礼装の帽子を被りその帽子も赤であった」

「特徴的な全身の赤は、ドラゴンによる識別を考えてのことである」

 城壁都市貴婦人の図書館司書 アントワーヌ・ドボルジ 記録 とある。

 彼女は死後、始祖エムロードのアンゼルが冠した最上級のドラゴンマスターの称号「グランド(OZ)」の称号を得たことから以降より一層「赤」の人気は上がった。

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