都市の色彩 -ひととドラゴンの光-
ここまで都市の象徴「緑」そして同じく愛された「赤」の紹介をした。
この2色を混ぜてみるとどうだろう。闇色、黒が生まれる。
そしてその対極にあるのは、光の色、白である。
A.D1700、ニゥトンはスペクトルの6色を合わせると白色ができることを証明した。地上には7種類の白を見分ける民族も存在するという。明るさや艶のあるなしだけでなく、力強さも表現している白は、多くの肯定感をもたらしている。
画家ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)は「白色からは静謐が生じるが、その静けさは死ではなく、可能性に満ちたもの」としている。
多くの宗教において、白は変容を象徴する色であり、すべての頂点に位置し、誠実と純粋さを示している。
無彩色は文化レベルの低い国でも初期に認識される色彩であると言われる。
B.D初期の都市の「黒」と「白」は明度として表現・混同して表記されるこ時代があったことが『都市色彩の倫理』によって解説されている。
先述した「赤」が「明るい」の意味を有していたのと同じである。色という認識の前に、明るさの基準として表現されていたわけである。色として認識・名前が付けられるまでの期間があるのは、どの文明も変わらないといえる。
我々に認識される両極端の色「黒」と「白」は都市の人々にどう認識されていたのだろうか。
首から上の世界の象徴、「
城壁都市の市民たちに親しみのある白とは、
都市の精神において「象徴とは白い」そして「首から上」の高い視点の世界の色なのである。
『都市色彩の倫理』では白をこう解説する。
「白(ブラン)は精神界の色彩であり、天と水と光と風、結晶の色彩、日射の源、暁の色であり、貴婦人の
とにかく美しいもの、美徳とされるもののてんこ盛りである。神聖な色彩であることが理解できる。
ここで注目したいのは、都市の人々は太陽、水、風の色を同じ色として捉えていた点である。彼らは本来無色透明であるエネルギー源となる概念を、白と捉えていたということだ。
都市では水は水楼閣上、つまり自身の背よりはるかに高い場所を流れるものという基本認識があり、王城もまた都市最頂点に建造されている建築物である。
光の支配する空は白く、白と表現された風もまた、空を流れ風車を回転させた。清廉で明るい世界を市民達は見ていたことになる。
では
繰り返しとなるが、
市民たちは外へ向かう思考は頭に、内へと向かう思考の基点は心臓にあると考えていた。
つまり
対象がドラゴンに限ったことではないだろうが、自分以外の第三者を受け入れようとするとき、諸兄の脳に浮かぶ色は何色だろうか。
市民たちはそれが「白」であるのだ。
これからどのような色にもなる、輝きに満ちた色彩で相手を受け入れ、つながろうとする、高潔で無垢な相互関係が思い浮かぶ。
そして白の高潔さを支えたのは都市の象徴である女主人のドラゴン・
言わずもがなこの愛称「
ドラゴンを形容する際には、ドラゴン色を用いるのが相応しい訳であるが、白はどう表現されていたのか。
「貴婦人は白の中でも
とある。意味は「乳白」「遊色」で、先駆者マルタン・フィーニーが彼女の鱗を「乳白色」と呼んだ由来とともいえる。
禁色として権力者のみ使われることが許される色がA.D期にもあるが、固体が固有の色表現を持つというのは神格化された存在を持つ文明によくある。
本来ドラゴンの色彩にのみ使われる色表現であるが、象徴である貴婦人の色に関しては一般的色彩表現としても頻繁に使われていたことが分かる。この
白を基本としながら、個に与えられた色彩を右に左に変えたドラゴンもいる。
二代目氷結王フールスキャップである。
彼の王のドラゴン色は、現出当時の史料を見ると
「氷結王直子竜フールスキャップ・ドラゴン色は白金」
とだけ書かれている。
金、つまり黄色を含んでいたのは彼が道化竜と言われ調子者だと言われたためであろう。都市において黄色は子供・奔放・気さくを意味するところがある。そこを輝色の金にすることで「白黄」としないところに、市民のドラゴンへの敬意が見てとれるところだ。
しかしのちのB.D300『新・都市色彩』(アルバ・ローデュ・クエリユーズ著)には、城壁都市象徴代理となった氷結王の色彩について触れている。
「象徴代理・氷結王の色彩は
彼は
彼自身が「作りやすい」色が「白銀」であったことが由来とする説もある。
人間の形に変性することができた氷結王フールスキャップの人形は多様であったがその髪色は必ず白銀であったことが数多くの
当の本人(本竜?)が、自身に割り振られた色に対してどう思っていたかは、氷結王フールスキャップと二代目貴婦人の記録のみ現在は確認できている。
氷結王に関しては、自身の色について無頓着であったが、養い親の赤靴下のピッピへの愛情があってか、赤い色には他の色より思いが深かったようだ。
二代目貴婦人は
ドラゴンの色から市民の営みの中の「白」に話を戻そう。
都市では首から上、つまり髪の色が白みを帯びた者や老人は完全に近づくものとされ尊重された。
都市では加齢による白髪に至る現象は、年を重ねることで、水と光と風、結晶の色彩、思考、謙虚、調和を得て白くなるものだと認識されていた。
学者・研究者の肖像画で若者も白髪で描かれることが多いのは知識者の象徴として白が認識されていたことに由来する。
その代表格として上げられるのが、神話時代のドラゴンマスター、「ラドンテル」の白の魔導士ドロテアである。原始の魔法使いドロテアはその名に「白」を冠している。
また地上からはるか高い場所を飛び日射を強く受けるドラゴンライダーたちも髪の色素が抜けやすく白みを帯びた髪色になることから、同様に尊重された経緯があるとみていい。
重要なのは「白色による尊重」は首から上の色彩に限るということである。
都市では白い服は貴賤問わず着用された。
といってもここで注意したいのは、都市染織においての白は、我々の認識するような漂白された白ではない。都市由来の植物繊維「ダンドリット」麻布のような黄色みを帯びていたし、羊毛はウールの白さである
鉱石としては浄化作用のある鉱石ランティクス石、水竜の作る水楼閣の石グラップ、ディアマン(ダイヤモンド)が白の象徴石とされた。
話がそれるが、最後にダイヤモンドとドラゴンの鱗の話をここで触れておきたい。
我々にとってはまばゆいばかりのダイヤモンドであるが、都市では重要な位置はなく、宝石としての価値もエメラルドと並ぶか、むしろ下がる位置にあった。
「天然の物質の中」では最高クラスの硬度10を誇るA.D期の至上宝石は、城壁都市市民の認識ではドラゴンの鱗よりは脆いという認識で、二番手であったのである。
発掘により見つかったドラゴンの鱗、現時点で2510片を数えるが、科学調査とリールマン国際研究チームの硬度実験により、ドラゴンの鱗の硬さはダイヤモンドと同等、またはそれ以上であることが分かっている。
硬度とは即ち「傷つきにくさ」である。ドラゴンライダーたちの騎竜アイテムCDTにダイヤモンドが用いられていたことも多いという。ダイヤモンドが使い捨ての道具に使われていたと聞くと目眩がするのは、私がA.D期の人間であるからだろう。
硬度と靱性は別の問題である。硬さの方が気になる方も多かろう。
A.D期のジョルジュ・シヤルピの衝撃試験値で貴重な鱗の靭性実験をしたサトクリフ博士によると「室温(24度)で20、0度でも同数値、-200度になると40まで落ちたがそれでも異常といえる衝撃耐性を持つ」と発表されている。
(シヤルピの数値は数字が低いほど硬いことを示す・一般的な金属の数値は室温(24度)で90前後である)
低温になると脆さが見えることから、硬度性質は金属に似たところがあるようだ。
もちろんドラゴンの種族によって異なるだろうし、ドラゴンの鱗は決して鉱物でも金属でもないが、身近にそれだけの物質があれば、市民たちの「光るもの」「硬いもの」への価値観がA.D期の我々とは大きくことなることは察してもらえるだろう。
城壁都市にとって白とは、精神性の色、首から上の世界を示す色、水と風、そして敬愛する貴婦人の色である。
(*1)貴婦人の図書館資料の熟読を重ね城壁都市当時の発音に対し、考えを改め、これまで尊敬すべきマルタンの時代、記述に習った「クロヌドレ」「バックレース」との表記を改める。新表記の発音「
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