都市の色彩 -至高の緑-

 都市の象徴たる色「ヴェル


 緑は現地語で Vertヴェルと呼ばれ、その中でもエメラルドグリーンから黄緑までを含む色彩のÉmeraudeエムロードが最も尊重されるべき緑色として認識された。

 

 都市地下から採掘される都市の経済の基盤を支える鉱石エメラルドの色であり、グランドマスター、エムロードのアンゼルの名と紐付き、揺るがぬ最上の色とされた。

 (都市において最高の宝石とは、ダイヤモンドではなくエメラルドなのである)


 私の感じる緑とは、青春、恋の色、新奇であり自然感情を思い起こさせる色だ。

 同時に深い森への畏怖、魔の気配を感じる色で、正負の感情を起こさせる両義性を持っているが『都市色彩の倫理』でセシル・ヴィリアは緑についてこう書く。


「緑はあらゆる世界の中間にある色であり、豊穣と正義、そして友愛と礼節、永遠の循環を象徴する都市最高の色彩である。青と共にあれば憩いを、菫色と並べれば愛を、薄紅色に添えた時は名誉を意味する。白と寄り添うとき、永遠の豊穣、無限の力を象徴した。旅人と騎士はこの色を身につけるべきで、衣服に添える時は5月に良い」


 B.D500頃の貴族ローデュ・カルティエアノーの死後財産目録を紐解くと、衣服の財産87点の中に緑の女性用ドレスが18点存在する。

 宝石類の項目では256点のうち89点が緑の宝石と記載されている。その多さから重要さが分かるだろう。


 緑の染料は、都市周辺の植物由来染料をかけ合わせて生成された記録がある。

B.D1500頃の染織家の記録『B.D1,500:3区職人色彩事情』(正式題名なし・管理番号C4-265)によると


「都市の緑は、レセダ・ウェルド(黄色の染料となる植物)で染めたのち、ペルシカリアチン・クトリア(青の染料となる多肉植物)で色を調整し、水楼閣から取水しサラマンダーの炎から沸かした40~50レオ(*1)の水に通し、生地に色彩を固定させる」

「イラクサの葉、イボタの葉と実、ミュゲ(mugue)の葉での染色」

とある。


 染色に二重の手間のかかる色であったため高価である。まずこの手間をおしてでも緑という色彩を重んじた城壁都市には職人気質を感じさせる。

 

 B.D840の貴婦人の衣裳係の記録には

Mugueミュゲ(*2)の葉で染めた緑は1Mai(*3)の祭りで貴婦人のマントとなる」

「都市の旗には白・緑を中心に使うべき」

 との記載から、都市の象徴を包む色でもあったとされる。


 また多くのドラゴンたちを象徴する色も「緑」とされることが、貴婦人の図書館に残された絵画から分かる。

 なぜか。それはひとえに、ドラゴンの血液を緑と表現する都市の認識があってのことだろう。


 ドラゴンは種族による違いや飛行高度によって、血液色を2~3色変えることが文献に多く残されているが、平均的に緑色を持つ固体が多かったようだ。

 SangVertソンヴェルという城壁都市の古語は、かつてドラゴン色(後述)で「ドラゴンの血」を意味し、単語直訳は「緑の血」の意味を持つ。

 (後期に入ると医学用語として残り、表現上はPrasinプレザンまたは Jardinジャルダンへ変化する)

 彼らの血の色が緑であるのは、多くが草食(ドラゴンホップという植物)でありその影響も考えられるが、巨大な体躯での活動の維持のために、太陽光からもエネルギーを得ていた可能性もあると言われる。(葉緑素に近い認識が定説である)

 エメラルドが特に愛されたのも、彼らの血液色であったからかもしれない。


 緑は植物の色彩である。都市は緑に富んでおり特に初夏の頃は大変美しい新緑に囲まれた。B.D 2000 頃の旅人の日記(4階文庫 E-T678)にこうある。


「4区の坂道をあがると、頭上に日差しを遮るように木々の緑が覆いかぶさる。地上から見上げるその緑は宝石のように美しく、都市が緑色の宝石に包まれているように感じた」

「家々の間に計画的に植林された木には、時に死んだドラゴンの名前を冠した記念樹もあった。ドラゴンは死してもなお地域に根ざしている。緑とは彼らにとってドラゴンと近い色彩なのだろう」

「3区ビュイリー通りの宝石商を覗く。都市で採掘される緑の石エムロードは大変美しい。高価なものだが他国で買うよりは安値であるので、土産に1キュラ買い求める。加工を頼むと分厚い図案書と職人を丁寧に紹介してくれた。ひとりひとり職人には不思議な能力があるという…」

 

 旅人の目から見ても、都市の色彩はまばゆく美しいものに映っていたことが分かる。


 その一方で城壁都市を疎ましく思う周辺国からは、ネガティブな認識とされる色であった。

 B.D300頃の第二次侵略攻防戦で城壁都市と刃を交えたアトランテスとの記録に、敵国の彼らが城壁都市を示唆しながら、緑を「悪魔の色」として表現した記録が残されている。

 私の文化圏が緑に「魔の気配」を感じる背景には、アトランテス文明から現出し、現代へと引き継がれた可能性も考えている。

 緑に正の印象を強く持つ文化をもつのは、現代は膝元である草原の民の他、グレス半島、ルスイキヤレ地方の民族に色濃く見られる。

 城壁都市において緑が身近であり、重要な色であったことはここまでで明白である。


 さてドラゴンを示す色は「緑」と言ったが、都市ではさらに色の表現が存在する。

 都市特有の色彩表現であるドラゴン色(*4)と呼ばれる色だ。



ドラゴン色について


 ドラゴン色とは「通常の色彩の中で、ドラゴンに適応・表現される色彩」のことである。もっとも顕著な色彩体系は「オア」と「アージェント」である。

 この2色は特に輝色とも呼ばれた。 


 具体例を挙げるとしよう。

ヴェルの中には、Émeraudeエムロードをはじめ、多くの色表現がある。その中でドラゴン色はPrasinプレザン Jardinジャルダンと呼ばれる。

 さてこの緑はどんな緑であるのか。

 『都市色彩の倫理』を紐解くとB.D1900頃はPrasinプレザンはドラゴンの血を示す俗語であると記される。

 若芽のような黄色を帯びた緑色で、Émeraudeエムロードによく似ている。ただこの色調は実際の色見本を見ると違いがはっきりと分かる。

 Prasinプレザンアージェント色を帯びており、 Jardinジャルダンオア色を帯びているのである。


 また市民が Prasinプレザンと表現するのはドラゴンに関わる事案に限る。「ぎんいろの緑(Prasinプレザン)」「こんじきの緑( Jardinジャルダン)」は例えば市民の洋服であったり髪や装飾の緑を表現する色名ではない。

 ドラゴンの血であったり、緑がかった鱗であったりに使うべき言葉だ。

 ドラゴンは種族や特性様々あるが、それぞれ「金」と「銀の」色彩を個別に持ち、それに合わせて市民はその色表現を使い分けた。


 B.D1700頃に発表された論文『ドラゴンの系譜』(ジョルジュ・キウヴィエ著)は「ただの金、ただの銀、ドラゴンの金、ドラゴンの銀はまったく別の色だ。前者はひとの作る固定色であり、後者にはさらに六大元素の色調(*5)が加味されて表現される」としている。

 


(*1)レオ (Réa)  B.D1500から定着した城壁都市の温度を計測・表示する単位である。

(*2)鈴蘭に似ている。濡れると花弁が半透明から透明に変化した。都市の5月月初の祭りで隣人に贈られる幸福の花。緑が5月と縁深いのも、この祭りに由来する説も多い。

(*3)A.Dの暦でいう4/28-5/5頃

(*4)魔法色、内包色(Inclusionsアンキュルジオン)とも。

 今回はB.D前期から一貫して使用される呼称の「ドラゴン色」で表現を統一した。

(*5)六大元素の色調とは「赤・青・黄色・緑」そしてイレギュラーカラーの「黒・白」6色のことである。

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