septembreの都市守護者

(*)翻訳資料


貴婦人の図書館 一級司書 エリカ・ファウファニィ 個人日記


 赤靴下のピッピが亡くなって喪章を取る日は過ぎても、各地区で彼女の名残を都市に刻もうとする動きが下火になる気配がない。

 タイル職人から、ドラゴンライダー用のタイルの図案を赤靴下のピッピが愛用した三角帽子デザインにしてはどうかと提案が上がってくる。街角でヒールキャップを売る店も、ピッピが重用した普及型ヒールキャップが今も品薄になっていた。


 もっとも重症だと感じるのは、我らが王と貴婦人だろうか。

 氷結王と貴婦人が嘆く姿、私は見るに堪えない。


 貴婦人は戦後、赤靴下のピッピが都市へ連れてきたドラゴンで、貴婦人にとっては無二の親友だった。彼女は今度誰も背に乗せることはなく、初代貴婦人クラウンミルの誇りを継承し、ピッピを最初で最後の騎手として生きると、氷結王を介して声明を出したばかりだ。


 政治的な意図も含まれているが、決して強要した訳ではなく、貴婦人自身が望み選んだ言葉であったのだと私は思う。

 貴婦人の行為は始祖・エムロードのアンゼルの威光を思わせ、都市はこれから新たな時代をはじめるという意思を、神話の再来を内外に印象付けた。

 貴婦人は悲しみの中でも、都市の象徴の一翼であるという意思を失わなかった。ピッピは素晴らしきドラゴンを都市へ導いてくれたと思う。


 一方で氷結王の悲しみは、私に計ることはできない。

 彼にとってピッピは、母であったのだと思う。

 その悲しみが癒えるまでそっとしておいてあげたいと誰もが思っていても、彼の立場がそれを許さないのが現状だ。

 彼は人語を理解し、人に変成する都市唯一のドラゴン。

 ピッピ死後ドラゴンマスターが不在の城壁都市において、ドラゴンと人を繋ぐ唯一の絆、ピッピが残してくれた最大の遺産であると言ってもいいだろう。

 貴婦人と共にこの都市の象徴となった彼は、貴婦人の言葉を、彼の意思を、私たちに届ける責任と、それを遂行する力がある。

 いま、私たちは彼にすがるしかない。

 はがゆい。

 私たち貴婦人の図書館の司書たちは、彼の王を励ます術を見つけられないでいる。

 彼にとってどれだけピッピの存在が大きいものだったのか、彼女の死を、無限の時を生きる彼がどれだけ怯えていたのか、私が憶測で計ることはできない。

 どうやって未来を見ていいのか、司書なのに私は分からない。


 明日、ピッピはグランド・マスターを追号される。

 式典は彼女の死を受け入れられない市民たちにとって、ひとつの区切りになるに違いない。

 氷結王は王城から市民に声をかけるが、正直、今の精神状態で市民に何を言えるだろうか。しかし追号には貴婦人や王の言葉が不可欠だ。

 ピッピがグランド・マスターと呼ばれるに相応しく締めくくるのは、彼がもっとも相応しい話し手であるから、代役など考えられない。

 彼の王もそれを分かっている。

 話したい気持ちではないが、話す他にない状況なのだ。

 私たち司書は、彼を酷使している。

 彼の心に寄り添い時間を与えてあげられない。


 ピッピ、偉大なる我らの時代のドラゴンマスター。

 第二次侵略攻防戦時、あなたがが旗手として都市の誇りを掲げ、声明を放った姿を、3区の王城避難所から見た人達の言葉を先日記録したばかりだ。

 「栄光をグロア」と声を上げたあなたは英雄だったと

 誰もが口々に言います。あなたは都市の魂のかたちだったと。


 誰もがあなたを忘れたくないと願い、讃えようとする行為を否定しない。

 でも過去だけで人は生きてはいけない。

 こんなに悲しいことがあるだろうか。

 あなたが、グランドの称号を与えられる存在であったからこそ、あなたの魂は氷結王を悲しみに縛ったままなのです。

 私たち図書館司書はあなたが守り、慈しんだこの都市の未来を背負っている。私はあなたの死を乗り越えて、未来を見なければならない。

 私たちは、悲しみの中で、何ができますか。ピッピ。

 どうか教えて下さい。

 どうか。


側衛官記録

氷結王 臨時側衛官  カロリーヌ・ルイス記録


18septembre H7

 当側衛官は赤靴下のピッピ・グランド・マスター追号式典においてドラゴン・ナイト最高位のロイド・ジハァーゥと氷結王警護のため、7つの鐘と共に王城入りす。

 氷結王は人型をとって当側衛官を迎えるが、顔色は優れない。

 氷結王の健康状態については別紙・医師の経過記録を参考にされたし。

 追号式典進行について確認。

 ロイド・ジハァーゥ、氷結王に市民へのスピーチ内容を確認、氷結王は返答をせず離席する。


18septembre H10

 定刻通りにグランド・マスター追号式典開始。貴婦人の姿を見たさもあってか、市民でごった返し城前広場、混雑極まる。

 カルティエ・プリュイ広場を開放。グラン・マルシェ・オルシェルの屋根道、および水楼閣Viaduc3.5、8.5の開放。

 二級司書官たちによると10の鐘時点で4万人の人出を確認。屋根道にも人が溢れ事故の危険も出たため警備の数を増やして対応する。


18septembre H11

 氷結王の声明がはじまるを察し、城前広場一瞬静まりかえる。

 王城中庭から氷結王の姿がテラスに出ると、広場の市民が一斉に「赤い帽子」「赤い布」などを手にし、振りだす。

 儀典にない行動にあたり、眼下が赤く染まる景色に氷結王も、当側衛官も言葉を失う。



貴婦人の図書館 一級司書 エリカ・ファウファニィ 個人日記


 あの時私は屋根道から、左翼広場の警備指示を担当していた。

 市民たちは赤い布を振り、ピッピのように赤い三角帽子を被り、手をアカフスギリの染料で染め、食用多肉のルージュンドリンクを掲げ、声高々に叫んだ

ジュスィ・ピッピJe suis pippi──私はピッピだ」と。

 広場にうねる赤い波は、まるで水楼閣を勢いよく流れる水のようだった。

 飛行制限をしていたのに、どこかのドラゴンライダーたちが騎竜して王城を周回し、真っ赤に染まったロッカクレンゲの花を空から撒いた。

 都市中が赤く染まったような錯覚を覚えた。


「お前だけが悲しいんじゃないんだよ」「しっかりやりやがれ大馬鹿野郎フールス・キャップ」そんな野次も飛ぶ中で市民の行動に、私は胸が熱く、熱くなった。


 彼の王の側について何もできない私より、街を行く市民ひとりひとりの方がずっと力強い。

 私の警護位置からは、テラスに出た貴婦人の姿はよく見えても、人型をとっていた氷結王の姿は、小さく表情まで確認することができなかった。

 氷結王がこの景色をどう受け止めたかは分からない。


 私たち市民は、ひとりひとりがピッピであり、王の友だ。


 この気持ちは人の言葉を理解し、都市生まれ都市育ちの唯一の四大竜の一柱の彼なら、分かってくれるはずだ。

 グランド・マスターが育てた私たちの愛するドラゴンなのだから。


 私も赤い布を配っていた少女から受け取り、職務を放棄して振り回して、叫んだ「私はピッピだ」と。

 皆泣きながら叫んでいた。


側衛官記録

氷結王 臨時側衛官  カロリーヌ・ルイス記録


18septembre H11

氷結王追号表明

「ひとつ…言っておくが……ピッピはそんなに野太い声でも金切り声でもなかった」

 広場、笑い声が起きる。静まるを待ち、氷結王声明続く。

「私は彼女によって目覚め、彼女に言葉を教わり、育てられいまここに立つ。楽天家のピッピがいまの私の境遇を考えていたとは思えないが、おかげでこうして私は私の言葉で、みんなに今の気持ちを伝えることができる」

 氷結王、前を向いたまま話を続けるが、目には涙が浮いているのを確認できる。

 当側衛官は若輩者のため、涙で前を見ることができない。

 以降は嗚咽を堪え氷結王の発言を正確に記載するを優先する。

「ドラゴンは泣けない。

 そういう構造をしている。泣くということに根本的な理解を得ていなかった。

 そう、永劫の別れに際しどのような思いが巡り、胸を締め付けるものか、私はピッピを亡くすまで知識としてしか理解をしていなかったのと同じように。

 こうして人型をとると、止めどなく涙が流れてくる。止めることができない。

 泣くということは、行動にも影響が出るし色々と不便だが、悲しみの底にあるということを他者と共有し、言葉なくとも理解してもらえる、便利な機能だと思う。

 ピッピの時が止まったあの日から、ずっと私は泣いていたのだ。

 私の眼前を赤く染めたお前達もまた、同じ気持ちであると思う。

 だが今、これから私が流す涙は恐らく違うものだ。そう誓える。

 ピッピは……無くしてから思えば、私の母であり、恋人であり、日々であり、憩いだった。つまり…今眼前に映る、この広い都市そのものだと言っていいだろう。

 お前たちひとりひとりが、石畳の一枚一枚が、水楼閣を流れる水がピッピであるのなら、私はそれらを永劫に守ろうと思う。愛そうと思う。

 お前たちがピッピであるのならば、グランド・マスターはお前達だ。今回の追号は私たちドラゴンと、友であるお前達との誓いの称号を意味するだろう」

 広場全体から拍手が起きる。

 止むを知らない拍手の中で、氷結王は続ける。

「私も貴婦人の真似をして、ピッピ以外を背に乗せないなどと言おうかと思っていたが、やめた。お前たちがピッピであるのならば義理立ては貴婦人に任せるとする。こんなにたくさんピッピがいたら、私はこれから毎日、『だっこ』も『でーと』も、し放題だ。疲れたからまた別の日になんて、もう言わせないからな。

 友よ、ありがとう。

 ありがとう……………ピッピ──────ピッピ達。

 聞け、誇れすべての友、すべての同胞ドラゴンたちよ。私達はグランドの位に相応しい市民をこの時代に生み出した。我々の魂はここに永遠となる。

 Gloire ! ville fortifiée!城壁都市に幸いあれ、我らがドラゴンマスター・ピッピに永劫の名誉あれ! 」


側衛官記録

エマ・グランヴェール記録

18septembre H12

 割れんばかりの拍手と歓声の中で、王城より祝砲、5発上がる。

 祝砲と共に故ドラゴンライダー・赤靴下のピッピを城壁都市のグランド・マスター(OZ)として追号し内外に示す。

 グランド・マスター墓碑は王城、先代貴婦人の碑に並べる。誰もが彼女に触れ、都市の自由と誇りを受け継ぎ対話する場となる。

 本日を名誉市民授与式典日と定め、運用の検討に入る。



(*訳者補足)

貴婦人の図書館所蔵二冊『エリカ・ファウファニィ 個人日記』、6階文庫『側衛官記録』より編集し掲載した。

 この日は後に都市守護マスターとしてピッピが定められ、この日に生まれた市民はミドルネームにピッピを含めるようになった。都市は9月生まれにピッピの名を持つ者が多いが、この追号記念日が由来とみてよい。

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