冒険家の動機を知る者

 城壁都市発掘の開祖、冒険者マルタン・フィーニーには助手がいたという。

 彼の直系子孫であるアンヌマリーから聞いたその助手の存在は、私の興味を引いた。


──助手の名前は?

「祖父はロワと呼んでいました。母は彼と家族のように接していましたから、それなりに長く祖父に師事を受けていたのだと思います」


──特別な助手だったのですか?

「祖父は彼を助手においてから、城壁都市探索に積極的になったのだと母から聞きました。当時はドキュメンタリー映像で流されていた通り、小さな遊牧民のお伽噺のような存在であったと聞きます。それが実在するなどということは誰も信じていなかったでしょう、もちろん冒険家であった祖父もです。祖父は城壁都市に傾倒する前はマウイリア諸島の遺跡に心血を注いでいたのです。それは一生変わらないことだと周りは思っていたようですから、祖父の関心を引く何かをロワは持っていたのでしょう」


──興味関心を引く何か、ですか

「私はロワが祖父に城壁都市の実在を確信付けた存在なのではないかと思うのです。いま思うと、ロワは少し不思議な人でした」


──不思議?

「母のことを彼はピッピと呼んでいました。母の名前はローズです。そういった愛称で母を呼んでいたのは彼だけです。これまで特に気にしたことはなかったのですが、あなたがドキュメンタリーで城壁都市のドラゴンマスターには、そういう名前の人物がいたと話をしていましたよね。その人物の存在が明らかになったのはごく最近のことだと」


──マルタン存命中に氷山の一角として現代に残されていた知識と伝承は「クラウンミル」つまりバックレースの存在だけです。発見当時はピッピのことは誰も知りませんでしたよ。

「そのようですね。だから私は……あのピッピという愛称は、どういうことだったのだろうと思いはじめて……こうしてあなたにお話しを聞こうと思ったのです」


──偶然ということもありますが……他に何かロワ氏についてご存じの事は

「祖父はモンタンドローから、ドラゴンの鱗を発掘しましたよね。あれが城壁都市最初で最高の発掘だとあなたは言って下さいました。あの発掘にはロワが同行していたと聞いています。祖父は遊牧民たちの伝承を彼から聞いたと言います」


──ロワ氏は草原の民リール・クールの出身だった可能性があるのでは?

「ドキュメンタリーを拝見してそう感じました。素性はよく分からないままでしたが祖父がとても信頼していた──いいえ、祖父のロワへの接し方は助手というより、崇拝に近いものだと母は日記に残しています。ロワは祖父の導き手だったように思います」


──発掘のきっかけになった「クロヌドレ叙事詩」は草原の民リール・クールにのみ伝承されるものなので、間違いはないと思います。

「母の日記によると、祖父はロワの言葉を信じ、家族のことも顧みずに発掘のすべての神経を城壁都市へ注ぎました。結果ロワは家族を壊したことに少なからず罪悪感を感じたのか、フィーニー家から去りました。」


──別れはいつ頃の話でしょう

「私の記憶には残っていませんが、相当前の話です。喧嘩別れのように大きなもめ事が起きてそしてロワは家を出ていったと言います。彼が残した所持品はこれだけです」


──宝石? きれいな緑色をしていますね…… これは……

「そうです、あなたがドキュメンタリーで、城壁都市には音声や映像を記憶する石が存在すると言っていましたね。発掘後に世界中に輝石として流通してしまって回収困難になってしまったという魔法鉱石シネマというものではないかと思うのです。 特徴とされる印がここについています」


──これをロワ氏が?

「幼心でおもちゃにすることもありました、大したものではないと思っていましたが、今のように関心もなく、発掘もまだ進まない城壁都市を眺めていたはずのロワが、最新の発掘で見つかった魔法鉱石シネマを持っていたというのも、私にはなんだか恐ろしく思えるのです。この石の中にある記録を再生することは現代ではできないのでしょうか」


──マルタンはこれについては?

「祖父がこの石の特性について理解していたようには思いません。ロワが残したものだから大切にしなさいと重ねて言われたことは聞いています」


──マルタンは魔法鉱石シネマを知らなかったと考えていいのでしょうか

「もしこれが本当に魔法鉱石シネマだとしたら、そうだと思います。分かっていたら研究者である祖父が母に渡したままにすることはあり得ないと思いますから」


──B.D期の技術ですでに滅び、現時点では難しいと言われていますが、発掘が進むことでその技術を我々が再度得る可能性は十分にあります。ロワ氏が他に残したものはありませんか

「今ロワについて残されているのは、母の日記による彼の行動や発言の記録だけです。彼は祖父を手伝う姿は見られても祖父のように論文や発表をすることはなくあくまで付きそうだけだったと聞いています。写真もありませんが、背が高い若者の印象が今も残っています。母は彼がいなくなって祖父が発掘を止めると思っていたようですが、その様子はありませんでしたね。その後祖父や母がロワについて触れた記憶は私にはありません。」


──もう亡くなっている可能性はありますが、ロワ氏が草原の民リール・クールならば故郷に戻り、彼の子が今もモンタンドロー周辺に住んでいる可能性はあります。これを手がかりに後を追ってみます。

──アンヌマリー、この石やお母様の日記をお借りすることはできますか

「はい、そのつもりでいます」


──ロワ氏の知る知識がどこから来たものなのか、私もとても気になります。彼はもしかしたら、壁外の民である草原の民リール・クールではなく、壁内の市民の子孫なのかもしれない。『貴婦人の図書館』が後世へ在り方を残した方法とはまた別のアプローチで、城壁都市を残そうと受け継がれてきた市民の意思の連鎖、その先端なのかもしれない。

「私もそんな気がします。今思えば彼は詳しすぎると思うのです」


──アンヌマリー、今私が研究者の端くれとしてあなたに伝えられることがあるとすれば、ロワというのは城壁都市の古い言葉で「王」を意味します。城壁都市の王の系譜は現代にも残されているのかもしれない。ロワ氏に会えば、魔法鉱石シネマを再生する技術を知ることができる可能性もある。

「私は祖父の発見を偉大だと思ったことはありませんでした。私たち家族は祖父の好奇心に振り回されることの方が多かったので。冒険家の子孫がすべからく冒険家になるわけではないでしょう? ただ、こうして物事が明らかになるにつれて浮かび上がってくるロワの存在は、特異な存在だったと思うのです。だから城壁都市のことは分かりませんが、ロワのことは知りたいと思うのです」


──どうして私を呼んで話をしてくれたのですか

「あなたは祖父のことを尊敬して、讃えてくれます。私とは真逆だから、相談できると思ったんですよ。あなたの目は輝いていました。祖父も同じように純粋な歴史探索の虜であったのだと、見直す機会を貰えたからです」


──マルタンは私に夢と希望を与えてくれました。私はあなたたちフィーニー家の人達へ、マルタンが払った犠牲を取り戻すために尽力を惜しみません。

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