城壁都市植物学会誌「貴婦人の冠」
(*)翻訳資料
城壁都市の空を舞う枯冠竜クラウンミルを植物学者が双眼鏡を使って見上げる版画が、今回の城壁都市植物学会誌の表紙なりました。
多くの植物学者たちは、クラウンミルの頭上の花冠に、尋常ならざる興味を持っていたといいます。彼女の花冠となっていた多肉植物は、当時都市には存在しない、絶滅種である可能性を示唆されていたからとされていたためです。
双眼鏡を持って彼女を追う姿は研究熱心な学者の姿を風刺したものなのか、讃えたものなのかは分かりません。
なぜ長い間、彼女の頭上の植物について詳しいことが分からなかったのかと言うと、彼女の花冠は、クラウンミルが唯一マスターと定め生涯を見守った、エムロードのアンゼルが彼女に与えた栄誉の印であったからと言われます。
クラウンミルはその後騎竜を許した人間にすら、花冠に触れることを許さなかった伝説が残ります。
学術的な理由だけで、その不可侵領域を侵すことは許されず、市民からも調査の理解を得ることができなかったようです。
彼女が人間にその冠を調べることを許してくれる日を、学者たちは待つほかありませんでした。
ですが彼女は、城壁都市を侵略から守るためその命を落とします。
そして亡骸は、当時のドラゴンマスター(ドラゴンに携わるマスタークラスの呼称)赤靴下のピッピの一存で焼かれ天に還ることになるのです。
その独断に対して、城壁都市市民の間では意見が真っ二つに分かれ戦争責任に問われたことが、当時の新聞からも読み取れます。
植物学会は当然軽率な行動であったと強く批判を行っていたそうです。古い学会誌にも当時の研究者からの糾弾が残されています。
遺体が焼き払われたことで、彼女の亡骸から花冠を採取することができなかったからです。クラウンミルの花冠の詳細を調べるという学者たちの長年の夢はそこで潰えてしまったのです。
ですが、今、我々は、クラスレイス科シダム属クラウンミルを知っています。
第二次侵略攻防戦が歴史の一ページになってからの、現在の城壁都市でよく見ることができる多肉植物です。
ひょろりとした茎にぽつぽつと丸い多肉質の葉をつけ、秋になると開花する小花は、淡いラベンダー色に色付きます。花は白から紫のグラデーションで、ポンポン玉のような可憐な花を咲かせるのです。花言葉は「繋ぐ思い」、「貴婦人」
この花は、決してクラウンミルの偉業を讃えて適当に名付けられた訳ではありません。城壁都市植物学会が戦後に復活させた、クラウンミルの頭上を飾っていた冠の絶滅種そのものなのです。
城壁都市4区にある国立植物資料館で、去年開催された『ドラゴンと植物展』の資料を読むと、奇跡的復活の足跡を知ることができます。
展示室に入って最初のガラスケースに展示されていた、ドラゴンの頭を模した古い額金を覚えている方はいるでしょうか。
従軍しクラウンミルを焼いた赤靴下のピッピの額を、槍や剣から守ったその額金に、城壁都市最古の植物の復活の鍵が隠されていたのです。
展示図録の解説にはこうあります。
『ドラゴンマスターの友人であった学会所属のガーデナー・マシュー・ローアンは、最後にクラウンミルと接触した際の衣服に、枯花冠の種子、花粉などの付着の可能性を考え、調査した結果、竜冠(額金)にクラウンミルの枯花冠の種子が挟まっていたのを確認したという
(ドラゴンと植物展・図録P.5)』
当時学会の討論会に招集されたドラゴンマスターの聴取記録によると、クラウンミルの枯花冠の状態が伺われる。
・クラウンミルは倒れてのち敵陣に放置されていたため、敵兵による蹂躙、爆風や戦闘の影響を受けて花冠は傷ついていた。
・倒れたクラウンミルの花冠は半分以上ほころび、回収する事は不可能だった。
(城壁都市植物学会研究誌 205 号、ドラゴンマスター発言)
採取された種子を育てたマシュー・ローアンは、植物学者や側衛官記録どおりの特徴を持つ植物に成長した「クラウンミル」を見て確信を得たと記されている。
マシュー・ローアンはその後、貴婦人の王冠の復活の功績で取材を受け、こう発言している。
「植物学会は、もうだれも、赤靴下のピッピを非難してはいけないと思います。
彼女を責めることができるのは、都市を守り抜くことができたからです。
傷ついた武具は、痛ましい戦争の傷跡が圧縮されているように思いました。今でもその時の、例えようもない不安と悲しみを忘れることはありません。
額金についた傷の隙間に、クラウンミルの花冠の葉が挟まっていました。
彼女が戦ったからこそ、今、私たちはあの冠の種子の真実にたどり着くことができたのです。終わりがあったからこそ、こうしてはじまりを得る事もあります。
私たちガーデナーも侵略戦争で大切な都市の種子を守るために奮闘しました。
奮闘の末に失うもの、絶滅するものがあったとして、それで個人を責めるのは酷です。それは運命であり、個人が背負う重荷ではありません。彼女は責任あるドラゴンマスターであると同時に、ひとりの戦士で、少女で、市民です。
彼女にも、助けられる命と、助けられないものがある。ひとりの人間なのだから。
ピッピがクラウンミルを焼き天へ送ったのも、貴婦人の願いを守るためであると、私は考えます。
始祖アンゼルと交わした友愛、誰にも触れて欲しくなかったクラウンミルの花冠への思いを、彼女はドラゴンマスターとして守ったのだと思うのです。
これは私の想像ですがピッピは彼女を生かそうとした。
息があれば、私たちの待つ都市へどんな手を使っても連れ帰そうとしたはずです。
それが叶わず、亡骸に、彼女の
私はたったひとりで、敵軍に辱められた貴婦人の亡骸と向き合い、心が張り裂けそうであっただろうドラゴンマスターの心を思います。自分の悲しみより、貴婦人の願いを優先し、市民からの追求を受ける覚悟をしたピッピを誇りに思います。
転がり落ちてきた花冠の種子は、クラウンミルが友人であったピッピとの最期の別れに彼女が流した涙だったのかもしれません。
私たちは、お互いに絆で結ばれた、ふたりの涙からこうしてかつての都市を彩った緑を再現するに至ったのです
悲しみを誰かに押し付けて叫ぶことは簡単なことです。我々は都市の自然と植物を預かるものとして、心に寛容と癒し、感動と許しを持っていかねばなりません」
(城壁都市植物学会 シーズンレター マシュー・ローアン)
城壁都市植物学会の記念号に、クラウンミルを双眼鏡で追う装画が選ばれたのは、都市の植物たちを増やし、守り、管理することの大切さと同時に、草花に込められた思いを忘れない組織であることを願ってのことでしょう。
クラスレイス科シダム属クラウンミル
花言葉は「繋ぐ思い」、「貴婦人」
私たちが次の世代の城壁都市へ、繋いでいくべきものとは一体何でしょう。
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