ドラゴンマスターの活躍 クロード

 第二次侵略攻防戦において看板となったドラゴンマスターは赤靴下のピッピであることは間違いない。「側衛官記録」に基づいた登場回数の多さが根拠となるが、彼女以外にもこの時代にドラゴンマスターは存在した。

 正史であるクロニクルが発掘されれば状況は変わることだろうが、現時点で私が把握している限りではB.D300頃、戦争前にマスター位を得ていたドラゴンマスターは3名存在した。


 ピッピ、クロード、グランヴェールの3名である。

 中から第二次侵略攻防戦で戦死したドラゴンマスター、クロードについて触れておきたい。彼はドラゴンマスターとしての行動記録以外にも、思わぬところで名前を見つける。ピッピとはまた違った意味での有名人であった。


 彼は1区、都市の水源管理を担う貴族ルノアー家の長男であることが分かっている。フルネームは、クロード・エマイユ=ルノアー。戦争勃発時年は20代後半の男性である。

 城壁都市では貴族の腐敗はゴシップとなり、Bouchonneブルジョネというニュースジャンルで市民間を駆け巡る。クロードはその中でも低俗なゴシップ代表紙である「Voic」で取り上げられる回数が多かった。その殆どが女性を中心とした交流関係だったため、プレイボーイな彼は「プリンス・クロード」と呼ばれその登場回数たるや、妻帯するまでの5年のうち25回に及んだ。

 とぼけた氷結竜フールスキャップと並んで「似たもの同士」「頼りない王子様たち」などと書かれることも多かったが、それを否定したり訴える姿勢は見せなかったようだ。

 しかし実際公的な記録において、彼は社会的地位(noblesse obligeノブレソブリージュ)を遂行する義務である、水質管理や領域管理を怠ったことはない。趣味は絵画と陶器の絵付けと芸術家であった。

 ドラゴンマスター位を授与された会見記録を開くと、その真意が読み取れるような気もしてくる。


「俺はこれまで市民に娯楽を与えることを役目だと思って生きてきた。それがこうして認められたのだと思っている。残念ながら貞淑なる我らが貴婦人クラウンミルの言葉は正確には聞き取れない。少し遊び人が過ぎたかな。これからは高潔に行きたいね」


 彼について、先輩ドラゴンマスターとして所感を聞かれた赤靴下のピッピは同会見上でこう語って笑いをとっている。


「貴婦人はそろそろ、子供わたしと、白髪交じりのおじさん(*1)以外の人と話しがしたいって言ってたから、話ができる日を楽しみにしてると思うよ。クロードは人を笑わせたことはあっても、泣かせたことはないから安心だよね」


 第二次侵略攻防戦8Marsの日に、クロードは側衛官であるアントワーヌ・ドボルジと相棒モーリスに看取られて、4区ヴァン・サン・トリス地区のカンテッサンス広場で息を引き取る。

 彼の最期の言葉は、側衛官によって記録されている。


「貴婦人のドレスの裾を踏んで汚した奴らは排除した。これで貴婦人クラウンミルも俺と一晩遊んでくれるかな…? 貴婦人に栄光あれGloire ! Notre-Dame


 女好きで遊び人と叩かれた彼の素顔を考え、側衛官記録をめくる手を止める。

 クロードは、軽口をたたく放蕩息子、無責任な遊び人であっただろうか。

 彼は市民と貴婦人の微笑みのために、4区を蹂躙した敵兵を一掃した。

 それだけではない、彼は三都市同盟グラン・エムロード・アライアンスを締結させ、敵の兵糧を断ち、都市内治安を守ってきた。

 ドラゴンマスター・クロードは全て都市に生きる人々のための行動をしてきた。そんな男であると思う。 


 資料の少ない彼のことを、私は三日三晩寝ずに調べた。

 戦前の女性ファッション情報紙に、クロードと噂になり「Voic」で取り沙汰された

 手芸屋の看板娘エリーナの話が掲載されており目が止まった。

 話題の人となったエリーナの手芸店は彼と話題になったことで経営を立て直したという。ゴシップに追われた彼女にと毎月資金援助とお茶のお誘いは欠かさず続いていると書かれていた。

 クロード管轄外の4区の水楼閣が劣化した際も、彼は管理貴族の縁者である女性を通して修復資金を投じたことが分かっている。直接、水楼閣管理者と関わらないことで、管理者の誇りを傷つけないようにしたのだろう。水楼閣は復旧して大きな水車が建造された。土地の小麦生産量は格段に上がり、それを確認した頃にクロードと女性の関係は終わっていた。 


 彼の側衛官であるアントワーヌ・ドボルジの記録を読む。

 クロードはメスのドラゴンと心を交わすのが巧くいくつかの騎竜記録が残されているが、オスのドラゴン・モーリス(Maurice)に好んで騎竜した。

 モーリスはクラウンミルの影響が強く、育ての親であるクロードのみに騎竜を許したドラゴンだ。遡ると城壁都市の貴婦人クラウンミルを祖とする、水竜属性の翼を持つ飛行竜であることが分かる。

 野茨の実色(アンカーブラウン)の鱗を持つことから、周辺地区から野茨の貴公子と呼ばれていた。B.D300当時30歳で非常若いドラゴンであり、クロードと年の差もない。

 貴族の育てたドラゴンだけあって、充実した体躯に透き通るような皮膜の翼を持っており、エメラルド杯での入賞経験もある高速飛行ドラゴンでもある。1区に住むドラゴンの中でも抜きんでた存在であった。

 モーリスは、第二次侵略攻防戦8Marsの日に、クロードを眼前で失う。

 クロードの側衛官であるアントワーヌ・ドボルジをはじめ、複数の側衛官記録で彼の嘆きようについて触れられている。

 本来感情的な記載は控えるように指示されている側衛官記録であるが、その場に居合わせたどの側衛官記録にも感傷的な記載が残されていることから、その悲しみの深さを計ることができる。


「当側衛官、15の鐘と共にマスター・クロードの心停止を確認。彼の側を離れないドラゴン・モーリスをなんとかなだめ竜舎へ戻す」(アントワーヌ・ドボルジ) 

「ドラゴンマスター・クロード騎竜のモーリス、慟哭に涙禁じ得ず」(ヴァレリー・ルイス)

「悲痛な鳴き声がしばし響いた。ドラゴンマスター・クロードがいかに素晴らしいマスターであったかを思い計ることができた」(アン・マフタン)

「マスター亡き今、モーリスが何を亡骸に話かけているのか、我々側衛官には分からないが、悲痛な叫びであったことを記す」(ジャスミン・フーバ)


 モーリスはその後、親友クロードの側衛官であったアントワーヌ・ドボルジと、クロードが計画していた奇襲作戦に参加し、5日後に駆け足でクロードの後を追った。

 奇襲作戦に参加し1人だけ生還した、竜騎兵アントン・ベフトォンは、クロード隊戦時回顧録で彼らについてこう語っている。


「これまでモーリスはマスター・クロードしか背に乗せなかったが、あの早朝の奇襲でモーリスはアントワーヌ・ドボルジを背に乗せた。(*2) 騎竜ができない、言葉も分からない側衛官にドラゴンが騎竜を許すのは、ドラゴン側に高潔な魂がなくてはできないことだ。作戦時には、俺の気のせいであったかもしれないが、ふたりは意思の疎通もあったように思う」


 友の死を悲しみ、その意思を継ぐものを理解する力があったモーリス。モーリスに「魂の継承」を理解する力が備わっていたから他ならない。

 彼に認められていたクロードは、同じだけの魂の気高さがなくてはならない。

 彼の素顔については不明点が多いが、赤靴下のピッピが言った「女の人を笑わせたことはあっても、泣かせたことはないから安心」という言葉が全てを貫いているように思うのだ。

 彼は貴族の義務を着実に遂行し、笑顔のために命を賭したのだろうと。

 

 クロード騎竜の相棒モーリスは奇襲作戦翌日、戦場であったリッシーオワル草原の片隅で亡骸として発見される。

 

「草原右翼デアムの沼付近で1区モーリスの亡骸を確認。敵兵により切断され投石機へ運ばれる最中に、当騎士団フゥファニィ介入。紺碧の騎士団長ジハァーゥの名の元で遺品として鱗5枚と角を取り除き、炎の魔術によって弔う」(フゥファニィ側衛官 ブネ)


 モーリスが息を引き取ったであろうリッシーオワル草原のデアムの沼とおぼしき場所は現在、城壁都市観光への市道が整備されている国道ルート82上であると思われる。

 デアム沼とおぼしき周辺の発掘調査で発見されたドラゴンらしき骨格の骨は、モーリスのものであればいいと私は思う。城壁都市の資料館では常設展3階フロアの南翼に「3-D-23」の名前で陳列されている。私はいつもその展示の前に立つと、彼らのことを思う。

 いつか調査が進みこの骨がモーリスのものだと分かったその時には、ドラゴンマスター・クロードと側衛官アントワーヌ・ドボルジの展示の隣に移動されればと願うばかりなのだ。

 「赤靴下のピッピ」と人々が彼女を呼ぶように、私はクロードをこう呼びたい。

「微笑みの貴公子クロード」どうだろうか、少し…盛りすぎだろうか。



(*1)ドラゴンマスタ-・グランヴェールのこと

  ドラゴンマスター・グランヴェールは、老齢でひとつ前の時代のドラゴンマスターと認識されることが多いが、豊富な経験と知恵は貴婦人にも重用された。側衛官ヴァレリー・ルイスは老マスターとは不釣り合いなほど若かった。姓の「グランヴェール」は城壁都市でいうところの「ゆかしき大いなる緑」の意味で、城壁都市の鉱物エメラルドのことを指す。都市で比較的多い姓になる。

(*2)アントワーヌ・ドボルジは、Bibliotheque du Notre Dame(貴婦人の図書館)の一級司書で、当時の図書館司書・側衛官で最上級位の人物であった。そのため彼の側衛官記録は信頼あるものとされ、私も冒頭で引用を行った。(ドラゴンマスターの側衛官としては、ヴァレリー・ルイスと比べると私情の入った記載の違いが明らかである…良い悪いは見るものによるだろう…)

 活躍により戦後、ドラゴンマスター位を栄誉称号されるが、家族がそれを辞退し、代わりにヴァレリー・ルイスによって、アントワーヌ・ドボルジの名誉の印「一級司書バッジ」が家族に返されたことが側衛官記録に記されている。

 彼は命が燃え尽きるその時まで側衛官として記録を残した。(最後の側衛官記録は、奇襲作戦より生き残った竜騎兵アントン・ベフトォンが持ち帰っている)遺書などない。彼が生きて記録した事実こそが、彼の全てなのだ。

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