ムスクテール裁定会議

 ムスクテール裁定会議とは、第二次侵略攻防戦終盤17Marsに行われた、2区ムスクテール館での最高軍事会議を指す。


 第二次侵略攻防戦総力戦前夜、城壁都市の天候は悪く霧が発生していたことが側衛官記録と、都市1区天体記録者アストロフィリによる記録、3区天気予想結晶・エカイーユ・クリスタジオン定時記録によって分かっている。(*1)

 その中で貴婦人クラウンミルは敵陣の中で消息を絶つ。

 そして旗手であるドラゴンマスター・ピッピも重傷を負い、氷結王フールスキャップの助けを得て帰投。都市の象徴と担い手を失った城壁都市は、混乱と不安の中へ突き落とされた。ムスクテール裁定会議では残されたドラゴンマスターと騎士団、魔法院の面々が最後一手を相談しあった会議である。


 この会議で氷結王フールスキャップが初めて公式の場で人型に変成し、会議に同席した。(*2)。

 大きく時代を動かすことになった一夜の会議は、「ムスクテール」というジャンルを確立させ、文芸、芸能、舞台と形を変えて語られることになる。(*3)


 会議では最初に都市残存兵数、負傷兵の報告が上げられ、翌日からの体制について意見を交わしている。これは側衛官記録だけでなく、魔法院側の記録にも詳細が残されており、第二次侵略攻防戦においてもっとも詳細かつ正確な記録として残されている。


 まずドラゴンマスター・グランヴェールが重傷を負った赤靴下のピッピを総大将に据える提案したが、ピッピ自身が提案を受け入れず戦線に立つことを望んだ。

 最終総力戦を前に、戦場に立てるドラゴンの長たる存在はこの時、銀梨王リスシオワンと氷結王フールスキャップのみであった。(*4)

 ドラゴンマスター・グランヴェールはどちらのドラゴンとも心を通わせて(apprivoiserアプリヴォワゼ)いないため、彼らと共に進撃することが不可能だった。

 しかし最後の大局面になったことは明らかで、彼らドラゴンの長たるふたりが戦場に立ってくれねば成り立たなかったと言える。

 そしてクラウンミルの敵陣突入を多くの市民が目撃しており、動揺と混乱の中でも多くの市民は奮い立たされていた。侵略断固阻止すべし、貴婦人奪還の風は半日の間で激しく燃え上がっており、赤靴下のピッピもその意思の元行動していたと見られる。

 躍起になる赤靴下のピッピに対して、会議に同席したフールスキャップは「蛮行と勇気は違うものだ、死にたいのか?」と問うが返答はなかったという。


 都市の倫理や法、知性を司る魔法院は旗印とはいえ、負傷兵を最前線に出して万が一があれば戦意が大きく落ちることを不安視し、アトランテス王国との交渉案も示したが、騎士団長オーレリアンは戦場で姫君を助けにいくのが騎士というものだと赤靴下のピッピを援護する。

 この時赤靴下のピッピは、貴婦人クラウンミルに並ぶ知名度と人気を有していたが、経験、判断力、軍指示系統の把握など、年長者が大将であることを希望したからという説もある。

 ムスクテール裁定会議において、赤靴下のピッピは戦線復帰となる。この異例の判断は、二代目貴婦人の誕生に繋がり城壁都市の未来を大きく変えることになった。


 魔法院はこのときすでに貴婦人クラウンミルの魂は肉体から解き放たれていると判断しており、都市の混乱を押さえるためにも貴婦人クラウンミルが命を賭して守った赤靴下のピッピを総大将に据えることで象徴化し、局面を乗り切ろうと考えていたことがムスクテール裁定会議の発言記録から伺われる。


 騎士団長オーレリアンも同様の失望の中にあったが、翌朝、日が上がり天候が回復した場合、敵軍の手によって貴婦人クラウンミルの亡骸が磔にされ晒されることで市民の戦意喪失に繋がることをもっとも怖れた。

 文化宗教の違うアトランテス王国はドラゴンに捕虜としての役割を見いださない。悪しき獣として足の折れた軍馬と同じ扱いをすることを知っていた。亡骸に敬意を示さないことは十分に理解できており、敵もその心理作戦を有効に使うことが目に見えていた。回避する為にも、戦意上昇のシンボルとなる赤靴下のピッピを戦場に出すことは有益だと判断したのだろう。

 

 捕虜として貴婦人クラウンミルが生かされていた場合の交渉も会議では検討されたようだ。

 だが、フールスキャップにより即無意味な話し合いであると中断させられた記録が残っている。

 側衛官が何人も目視で確認済みであったが、右翼を損失していたため二度と飛ぶことはできず、老齢な貴婦人はその出血に耐えられないと言う。

 翼を持つドラゴンにとって、翼を失うということは死ぬということと同義である。

 またその屈辱を受け、引き裂かれ、貫かれたとしても守りたいものがある時にはドラゴンは手段を選ばないもので、市民はその思いに、負傷者以外は立ち向かうことで応えるべきだと語ったとされる。(*5)


 魔法院と騎士団長、ドラゴンマスターにより、象徴としての役目を貴婦人クラウンミルから氷結王へ一時的に移行。

 このムスクテール裁定会議で、これまで道化竜フールスキャップと笑われた彼は、王して市民から呼称されることになる。

 決定権を持った氷結王はその場で負傷者のピッピの出陣をやめるように通達するが、ドラゴンマスター・グランヴェールと騎士団長によってその意思は通されなかった。(*6)


 ドラゴンライダーは総員出撃が決定し、その先頭に立つ赤靴下のピッピは、銀梨王リスシオワンを伴って暗雲立ちこめる敵陣に睨みを利かせることになる。


貴婦人クラウンミルの城壁都市を、守らなければならない」

 ムスクテール裁定会議は強い意思の元、翌日の総攻撃へ決定を下したのである。


(*1)この時の濃霧は水竜の属性を持ったクラウンミルが敵陣に倒れたため、発生したものではないかと推測している。城壁都市最大のドラゴンクラウンミル自身の水蒸気だけでなく、平原で敵軍と対峙し、激しく大地を踏み荒らしたためではないかとA.D天文学者アーデルハイトは推測している。

彼女クラウンミルの最後のダンスは想像以上にアグレッシヴなものだったに違いない。残念ながら我々は、ドラゴンが命を捨てて望む最後の抵抗というものをこの目で見てはいないが、想像以上であることは間違いない」

(*2)赤靴下のピッピと、側衛官より報告を受けていたドラゴンマスター・グランヴェールを除く。

(*3)ムスクテール裁定会議において、「ケーキの上のサクランボC’est la cerise sur le gâteau」という言葉が生まれた。

演劇では、騎士団長オーレリアンの名台詞である。都市のサクランボは銀色と赤の2色である。この赤い方のサクランボを、赤靴下のピッピと重ねての皮肉めいた言葉として使われる。「これがなくては話にならない」という意味である。都市には象徴が必要である、それはドラゴンだけでなく人にも当てはまるということだろう。

(*4)水竜王トモエリバは背後のエムロード湖の守護を担っていたことと、戦場が地上であることから主たる戦場のリッシーオワル平原において主戦力として扱われなかった。

(*5)氷結王フールスキャップはその時、赤靴下のピッピへ言葉を投げかけていたとされる。

(*6) 舞台においては、氷結王は最後まで最前戦に立とうとする赤靴下を守ろうとする。城壁都市において「(人を)翼の下に入れるPrendre quelqu'un sous son aile」という言葉は、ムスクテール裁定会議から「守る」という意味として使われるようになったと言われる。

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