オモルフュスの手紙
城壁都市ドラゴンマスター・ピッピへ
アトランテス第3王子妃 オモルフュス
この手紙が届く頃、わたくしのことを貴方は心の底から憎んでいらっしゃることでしょう。それでも貴方の間で結ばれた友情を、わたくしはかけがえのないものであったと思っていたことだけは真実であると伝えたくこの手紙を残します。
わたくしが城壁都市へやってきた最初の目的は、異国見物でした。
偵察などでは断じてありません。
父が許してくれた、独身最後の自由の時だったのです。
あの頃はまだわたくしの国は、城壁都市のように独立した市国でしたね。
帰国してすぐにアトランテス王国に属することになったのは、残念なことでした。
偶然だと若い頃は思っていましたが、今思えば、わたくしに城壁都市を見て覚えさせ、のちの侵略戦争に使おうという大人たちの意思があったのでしょう。
それも今だから思うこと。
あの時はそんなことを察する力もない、はじめての国外、束縛のない自由な世界に羽を広げることに喜ぶ、ただの小娘であったのです。
貴方がわたくしをドラゴンの背に乗せて、自由な空を教えてくれた。
あの景色を血と惨劇で汚すことになるなんて。
貴方の笑顔を、涙と苦痛でゆがめることになるなんて。
オモルフュスとしての個人の思いなど握りつぶされ、第3王子妃として、
ここで自由になれるなら、ずっとここにいたらいいじゃないか。
君の歌はドラゴンに嫌われるかもしれないけれど、私は君の歌が好きだよ。
ほらこんな風にすらすらと貴方の言葉を綴れるように
貴方と過ごした、宝石のような2ヶ月間は宝物であったのです。
貴方のはじけるような笑顔と、高らかな声色はいつどこであっても正確に思い出せるのです。
わたくしはあのあと、当時8歳であったアトランテス王国第3王子ディオス殿下と婚約しました。貴方との思い出があれば、政略であろうが、愛がなかろうが、歌だけを愛して一生を生きていけると思いました。
しかし不安をよそに、殿下はとても聡明で賢い御方でした。
わたくしが守らねばならない大切な存在になりました。命狙われる日々からお救いするため、いかなる時でも付き添い「王子の片目」などと呼ばれることもありました。
苛烈な王位継承争いの中で、城壁都市侵略の総大将として選ばれてしまったことが、不幸でなりません。
ちっぽけなわたくしが1人足掻いたところで、国の在り方を変えることができないことも分かっています。
わたくしたち夫妻は激流の中から抜け出せず、生きるために貴方の都市を踏みにじりに行きます。
市国の家族、領地の人々、かけがえのない殿下……たくさんの命をわたくしも背負っています。裏切れば城壁都市の次は、我がルツォーネ市でしょう。
そう生きるしかないと決められた道を、わたくしは覚悟を持って歩きたいと思います。
誤解され、誹られ、恨まれ、汚され、醜く果てることがあっても、受け入れるつもりでいます。
ピッピ
貴方は歴史に名を残すでしょう。
そしてわたくしも、歴史に名を残すでしょう。
同じ時代に名前を残し、歴史書の1ページの中で貴方と共に並ぶことだけを
ただのオモルフュス、貴方がルーフォスと呼んでくれた愚かな娘の無垢な夢として残そうと思います。
わたくしは最期の歌を、愛する殿下と貴方へ捧げます。
愛を込めて
貴方の友 ルーフォス
この手紙は、ドラゴンマスター研究のチャールズ氏が図書館調査中に研究資料の中から発見した。年代測定の結果B.D300頃で間違いなく、手紙の封蝋の成分と紋章からアトランテス王家の刻印に間違いないとされが、その後の研究で捏造疑惑が立ち上がり、完全な証明は為されていない。
時代に翻弄された友情の真実は、現代を生きる私たちにはまだ分からない。
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