(走)ごぶごぶ
右から突っ込んでくるイエローバイパーに左手に持った盾をぶつける。
半透明の盾の先に跳ね返って地面へと落ちていくイエローバイパーの姿が見えていた。チャーンス。
一気に踏み込むと、再度飛び掛かる為にとぐろを巻き掛けていたイエローバイパーの塊にショートソードを叩き付ける。
叩き付けたショートソードは、胴体の一部を断ち切って地面に刺さり小石に当たったのか小さな火花を生む。
だがそんな事は気にせず、連続で同様の形でシートソードを叩き付けた。5回連続だ。ぐっちゃぐっちゃにしてやる。
ふぅー、死んだ死んだ。局地的に耕されたようになっている地面に、血のシミを大量に付けて細切れになったイエローバイパーの死骸が散乱している。
蛇系のモンスターって、結構しぶといんだよ。身体半分ちぎれているのにまだ噛みついてきたヤツがいたからな。用心用心。
軽く吹き出た額の汗を手の甲で拭き取っていると、いつものようにゴブが騒ぎ出す。
「ゴーブゴブゴブゥー!、ゴブ!(地面痛い! 石有った! )」
いつもの事とは言え、めんどくさいヤツだよ。
「しょーが無いだろ。地面に居るんだから。あいつって猛毒持ちだからやれる時にやらないとこっちが危ないからな」
「ゴブゴーブ、ゴーブゴーブ、ゴブゥー!(でも石ダメ、刃が欠ける、痛い!)」
「欠けても俺のMPで直るんだから我慢してくれよ」
「ゴブゥーゴブ!(痛いのイヤ!)」
全く、何が『痛いのイヤ』だよ。剣が痛がってどうするって言うんだよ。
本当に困ったヤツだよ。
……何でこんなことになったんだろう。いろいろな意味で……
俺は
転生だか異世界転移だかした者だ。
転移なのか転生なのかハッキリしない訳は、16歳の身体でこの世界に降り立った為、良くある転生モノとは違うからだ。
まあ、交通事故でペッタンコになった自分の身体を見たので、転生だとは思うんだけどね。
しかし、あの事故は不運だった。
その日仕事先から車で帰る際通りかかった道で、対向車線側に有った建設中のビルで鉄骨の落下事故が起こったんだよ。
で、その事故で一人が鉄骨でペッタンコになったのを目撃した。
精神的なモノはともかくとして、それ自体は問題なかった。問題はその直後に発生した。
対向車線で目撃した俺と同様に、事故のあった側を走行していたタンクローリーも目前でソレを目撃してしまった。
多分、僅かながら落下した鉄骨が歩道から車道へとはみ出したんだと思う。
結構出ていたスピードと、対向車線側に切ったハンドル、そして急ブレーキ。起こった現象はジャックナイフ。
対向車線側に飛び出た
俺も60キロ近く出していた為、相対速度は多分100キロを越えていたはず。
しかも俺は軽トラック。前方からの衝突にすこぶる安全性を欠く車種。つまりペッタンコ。
気がつけば、多分霊魂(?)のような形でその現場を見ていた。
その際は、霊だったせいか感情が無く、ただ現実を理解しているだけだったよ。ま、後にして思えばって事だ。
その後、よく分からない空間へと移動し、神様っぽいモノと会った。
そして、なにやら選択を迫られ、3つの光の球から左側に有る赤い球を選んだんだが、その球が魂に吸い込まれた途端、魂の有った所に肉体が形成されていった。
あとは、肉体が10代半ばに到達すると別の場所へと立っていた。
一応、仕事の待ち時間等を利用して『異世界転移・転生モノ』の小説は結構読んでいた事もあって、状況の認識はある程度出来た。
それでも、家族の事や仕事の事などを考えてしばらく落ち込んだけどね。
……しかし、死んだ状態で家族の事はともかく、やり残した仕事の事を考えてしまう辺りはブラックに慣れた日本人のサガなのかとため息が出たよ。
で、ある程度立ち直ったと言おうか、気持ちの整理が付いてからは良くあるこの手の小説を参考にして行動した。
街に移動→冒険者
まあ、なぜか最初から最低限の装備と金が有ったおかげで無理をする必要が無かったのはありがたかった。
大抵のこの手の小説では装備無し、金無しってのが相場だからね。ただ、その場合は別途チート有りってのが相場なんだが、俺の場合は……微妙?
何故『微妙?』なのかと言うと、俺のギフトは『武具化』と言うモノだった。
冒険者登録を行った受付の男性によると、初めて聞くギフトでレアギフトだろうと言う事だった。
ちなみに、この『武具化』は以下のようなギフトだ。
武具化:モンスターを一定条件で武具に変化させる事が出来る。
武具化させた物は本人しか使用できない。
武具化は種別を指定できない。個体によって限定される。
同一種類の武具化を実行している状態では新たな武具化は行えない。
武具化できる種別は、武器類、鎧、盾、手甲、脚甲、ブーツ、ヘルメットとなる。
ただし、個別では無く全身鎧のような形で一式の防具として武具化する物も有る。
とまあ、こんな感じ。
で、この『武具化』に必要な条件ってのが、モンスターを一定以上弱らせる事。殺すとダメだけど、死ぬ寸前まで弱らせないとダメ。
その上で、そのモンスターに手を触れて実行する必要がある。
最初、このギフトってヤツを見た時には、「チート来たー!」って思ったよ。
でも、実際使ってみると結構微妙だった。
先ず、『武具化』できるモンスター=自分が倒す事の出来るモンスターって事に成るんだけど、その倒せるモンスターによって作成できる武具の性能がそれほどでも無いと言う事だ。
そのモンスターを倒すのに使っている武器・防具と大差ない物にしかならないんだよ。
そこら辺を報告したら冒険者ギルドの受付男性も「微妙だな…」と、これまた微妙な顔で言われた。
挙げ句の果てに、一番問題となったのが『同一種別の武具化を実行している状態では新たな武具化は行えない』ってヤツだ。
つまり、現在『武具化』した物でフル装備状態だったら、『武具化』は全く実行できず、特定の武具が必要な場合はその部分の武具を
剣が欲しければ武器系のモンスター武器をキャンセルし市販武器を使い、手甲が欲しければ手甲系のモンスター防具をキャンセルして市販の手甲を使用する、って訳だ。
その上で、どの種の武具に『武具化』出来るのか全く分からないと言う事もあり、非効率極まる事に成る。目的の種類に武具化せず、他の種類を全て『武具化』していた場合は空振りで終わってしまう。何もなしだ。
さらに、俗に言う『鑑定』が無い事もあって、一回一回冒険者ギルドで鑑定して貰う必要があるのも大変だった。鑑定料も掛かるから金銭的にもキツかったよ。
結局最初の頃は、武具化→鑑定→武具化キャンセル→武具化→と言う流れを何度も何度も繰り返して、各種別ごとの性能表を作成して一番高い性能の装備を見つける事に費やしたよ。
そんな訳で、かなり長い間最初から持っていた装備を付けていた。って言うか、今もまだ宿屋に置いてる。
だって、さらに上の武具を入手する為にはその種類のモンスター武具を
正直、かなりめんどくさい。ゲームや小説で、マジックボックスとかストレージ有るだろ。アレがホントに欲しいよ。
アレがあれば常時予備装備を持ち歩いて、その時々によって求める武具にしたがって装備変更が自由に出来るんだけど……
だけど、残念ながらこの世界にはそれに類する物は無いらしい。もちろん、ギフトの形で存在している可能性は有るが、魔法やマジックアイテムとしては存在しないのは間違いない。
ギルドの男性受付クーガさんから「そんな物や力があれば国が放っておかないぞ」と言われた。まあ、そうだろうな。
取りあえず、俺のギフトで有る『武具化』の詳細はこんな感じだ。
数の制限が無かったり、他人が使用できるのであれば、MPの限り武具化して販売すれば良い金になったと思うんだが、世の中そんなに甘くないって事だ。
そして、こんな『微妙』能力である上にさらなる問題が発生した。……いや、その問題は現在進行形で今なお続いている。
それは、10個目の武器を『武具化』した時だった。
それまでの間、突撃ウサギ→ナイフ・鎌・短剣、鎧モグラ→片手斧・片手ハンマー・短剣、アッシュウルフ→短槍・弓矢、スライム→ナイフが『武具化』されていた。
その中で扱いやすさから考えて鎧モグラを『武具化』した際出た
ちなみに、『武具化』したモンスター武具は全て微妙に違っており、物によっては元々のモンスターの特徴がハッキリ出ている物も有る。
その為、名称と言うか種別が同じ物でも性能は全く違う事に成る。……おかげで鑑定料が掛かるんだよ。
と言う訳で、当座の武器として鎧モグラのショートソードを使う事にし、再度『武具化』でソレを手に入れる事にした訳だ。以前『武具化』したヤツはキャンセルして消滅しているからね。
そんな鎧モグラター狙いで出没地点をうろうろしていたんだが、初見のモンスターで有るゴブリンに出会ってしまった。
幸いこのゴブリンは大集団でおらず、3匹だけだった為、奇襲を掛けて殲滅した。
初見ではあるが、冒険者ギルドの資料である程度の強さは理解していた為、奇襲で1匹を殺すか戦闘不能に出来れば2匹ならなんとかなると分かっていたからね。
まあ、最悪無理そうなら逃げるという手もあった。なぜなら、ゴブリンの解説に『足は遅く、10歳程度の人間の子供と同等の速度しか無い』と書かれていたから。
実際、さくっと終了したんだが、胸のカラータイマーの位置にある魔石を取り外そうとした際、1匹の息がまだある事に気付いてしまった。
そう、気づいたでは無く、気づいてしまったんだよ。
そこで、初見のモンスターだった事もあり、試しにと『武具化』してしまった。そして、不幸にも空き武具で武器しか空きが無い状況なのに『武具化』が成功してしまった。
このゴブリンの『武具化』可能種別がたまたま武器類だった訳だ。防具系なら空きが無い為『武具化』失敗でMPだけ消費して何も起きなかったはずなんだが……
瀕死のゴブリンが消滅した場所に現れたのはショートソードだった。スライム系武具のように半透明だったりすることも無く、鎧モグラ系のように鞘が分厚く鋼殻になっている事も無い。
最初から持っていた剣とほとんど変わらない物だった。
木製の鞘から抜いても刀身も普通で、特に切れ味が良さそうだと言う事も無い。
試しに周囲に生えていた背が高めの草を切ってみたが、やはり切れ味は普通だった。
だから、即座にキャンセルして、予定通り鎧モグラのショートソードを入手しようと考えた訳だ。
だが、キャンセル出来なかった……
通常は、その武具を持ってキャンセルを意識すれば、まもなく白い光に包まれて完全に消えてしまうのだが、そうならない。
それどころか、キャンセルがキャンセルされるんだよ。一瞬キャンセルが実行され掛けるが、次の瞬間には実行が停止される。
どうなってる!! と慌てると、急にそのショートソードから声が響いてきた。
「ゴブ!(ヤダ!)」
「どわぁーーー!」
微妙な振動と共に響いたその声と、副音声のように聞こえてくる声にびっくりした俺は、持っていたショートソードを取り落としてしまった。
携帯のバイブ程では無いが、瞬間的とは言え確実に振動があった。オーディオのスピーカーに手を触れたような感じだ。
何だ? 今のは何だ? 声? 音声多重で聞こえたよな? いや、片方の声は耳じゃくなって頭に直接?
そんな事を考えていると、またさっきと同じ二重音声擬きが聞こえてくる。地面に横たわるショートソードから。
「ゴゴーブ、ゴブゥゥ!(落とすダメ、拾う!)」
……剣からだよな、確実にあのショートソードからだよな。……何なのアレ!!!!
「ゴブゥゥ!(拾う!)」
………………
「ゴブゥゥ!!(拾う!!)」
地面にあるショートソード周囲の草が声(?)と同時に細かく揺れたいるのが分かる。……確実にこの声(?)はあの剣から出ているようだ。
そして、片方の音声(?)が脳内に直接届いているのも間違いない。……テレパシー? いや、念話ってヤツか?
正直状況について行けなくなっている。そんな俺をあざ笑うかのごとく、さらに非常識な自体が発生した。
地面に横たわっていたはずの剣が、背筋の力で起き上がるアレのようにピョンと立ち上がったのだ。
そして、鞘に収まった状態で鞘ごとグッとたわむと、今度は俺に向かって跳びついてきた。
悲鳴すら上げる余裕も無く、なんとか半身になって体をかわす。
俺の横をギリギリで跳んでいった剣は、1メートルほど後方に鞘に入ったままの状態で10センチ程刺さって斜めに立っていた。
「ゴブブゴブ!!(避けるない!!!)」
また声(?)を響かせると、先ほどと同じように身(?)をたわませて跳びかかって来る。
ピヨーン
サッ
グサッ
………………
「ゴーゴブブ、ゴブッ!!(なぜ避ける、いくない!!!)」
ピヨーン
サッ
グサッ
………………
「ゴゴブゥー!!!!!(受け取る!!!!!)」
……これが、図らずも長いつきあいとなってしまうゴブとの出会いだった。
この『コブ』はいわゆるインテリジェンスウエポンの一種らしい。
インテリジェンスウエポン……思考する武器ってヤツだ。ゲームなどで時々出てくるアレだな。サイコガンな男の話でも出ていた。
通常ゲームなどに出てくるコレは、特殊能力を持ち、
だが、その後の検証によって、この『ゴブ』には特段の特殊能力はもちろん、基礎能力すら市販のショートソードと大差ない事が分かっている。
そして、インテリジェンスウエポンの肝たる知性に関しても、『ゴブゴブゴブー』な訳で、5歳児程度の物と見るのが限界だろう。
当然、超古代文明の遺跡のありかを知っているって事も無い。なんせ、元はゴブリンだから……
正直、なんとかして『キャンセル』して、鎧モグラのショートソードを手に入れたかったんだが、頑として『キャンセル』が拒否された。
こうなると、武器の『武具化』は全く実行できなくなってしまう。
なんとか説得して見ようとしたんだが、「ゴブゴブブ!!(死ぬのイヤ!!)」と言われるとそれ以上何も言えなくなってしまった。
そりゃあそうだ。俺にとっては『キャンセル』でも彼(?)にとっては『死』だからな…… 「ヤダ!!」ってなるよ。
なまじ意思の疎通が出来てしまった事もあり、強攻策が打てなくなってしまった。
まあ、強攻策であれなんであれ、対処する方法が有るかどうかすら分からないんだけどね……
後は、日を追うごとに情が湧き、ドツボにはまって現在に至っている。
一応、こんな『ゴブ』でも、利点は有るんだよ。
先ず、刃が欠けたり切れ味が悪くなっても、俺のMPを消費する事で最高の状態に戻る事が出来ると言う事だ。
次に、知性はアレだが、話し相手には成る為、寂しくはないかな。
……以上。
正直、武器としての性能で言えば、現在俺が狩っているモンスターのレベル帯ではちょうど良い性能と言える。
それは逆に言うと、もう少し強いレベル帯に行けば通用しなくなると言う事でもある。
どうやら、俺はこの先武器に関しては市販武器を購入する以外ないようだ。
……はぁー、どうせならショートソードじゃなくってナイフだったらかさばらなくって良かったのに。
長いつきあいになりそうだな…… 図らずも、ね。
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