第16話
夕日の黄金色が海翔を柔らかく包んで、そのさまは「秋の日の田園の王子さま」みたいだ。「王子さま」なんて単語が出てきたのは隣のクラスの女子達がそんな噂をしていたからで、思わず頷きそうになった事もあって強く記憶に残っていたんだと思う。
そんな絵になる美男子も、このクラスでは狼みたいに思われている。
綺麗過ぎる顔立ちは、笑っていないと鋭く思われて、冷たい人に見えてしまうからだろう。人間嫌いに思われる位同性も異性も寄せ付けない態度は、綺麗な顔立ちには似合っているけど、良い印象では無い。
それでも何かと構いたくなるのは、彼のまとう空気が、酷く寂しげな所為だろう。
その上、優しいと来た。
「惚れないわけないよ……」
と、声に出しかけて顔が熱くなった。
淋しさに付け込んじゃいけない。
優しさを勘違いしちゃいけない。
この想いは絶対に気づかせてはいけない。
そう思えば思う程、息が詰まって肺が焼けるような気がした。
ふと僕に気づいて海翔が顔をこっちに向ける。そっと笑うその顔は夕日色の風景よりも綺麗な物に見えた。
気づいて欲しかった。
けど、こうして微笑みかけられると、気付かないで欲しかったと思ってしまう。
微笑み返す。けど、きっと上手く笑えていない。せっかく「笑ってなよ」って言ってくれたのに……。
「話しは終わった?」
「うん。……何読んでたの?」
ん? これ? と、海翔は右手に持ったままの本の表紙を自分に向けた。そして「ふっ」と笑う。
「アンデルセン童話集」
「童話?」
うん。と、頷いた海翔は甘く微笑んで表紙を見つめた。
「【マッチ売りの少女】ってどんな話だったかなって……。記憶してたのよりずっと優しい話でさ」
「……でも、死んじゃうんでしょ?」
「うん。まぁ……」
思わず口を挟んだ僕に海翔はちょっと目を上げて、悲しげに微笑んだ。その顔すら綺麗だったけど、僕は見ていられなかった。
「真史……。帰ろうか」
海翔の声は夏の日の爽やかな風に乗って涼やかに響いた。それは心地良くて、独り占めしたくて……。実際、僕にだけ向けられている物だ。そう思うと胸が詰まった。この痛みはヒビとは関係ない。打撲傷とも関係がない。解っているのに、傷の所為にした。それは義父の暴力を必要な物だったと認めるようでツラかったが、優しい人に向けるべきでない歪な好意を思えばマシな痛みだった。
海翔はちょっとビックリする位過保護だった。治療費と最低限の生活費は稼ぎたいと話したら「一緒に働く」と言い出し、その上シフトを同じにするように、と、店長を困らせていた。
それが嬉しい僕は、やっぱり歪んでいるんだと思う。
薄々は気付いていた、母の僕に対する無関心は、家を出て一週間で殆ど固まり、夏を過ぎてしまった今はもう疑いようもなかった。
母はあの男を選んだ。
けれどその事実が僕を苦しめる事は無く、僕が苦しんでいるのは、恩人に対するやましいそれだった。
どうして僕は、男として生まれたのか、それすら苦しくて堪らない。
もし女だったなら、この気持ちをやましい物だと思わずにいられたのかも知れない。
告白は、今と同じように出来なかっただろうけど。
いや、歪な僕の事だ。とんでもない事を仕出かしているかも知れない。
夢の中でしてしまっている事。
男同士だから、と、諦められている事。
女に生まれていたら僕はそれを我慢出来なかった、と、思う。
それともこのやましいそれは、男だからこそなのか……? もしそうなら、女に生まれていたかった。
精一杯に可愛くして、綺麗な方が好いのかな? とにかく、海翔好みの女の子になって、告白は出来なくても、無垢なフリして目一杯に甘えるのに……。
なんて想像している事を、隣でテレビを見ている綺麗な人は――僕の想い人は、思いもしないんだろうな……。
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