第8話
冷凍してあった、いつかの残りの白飯を解凍し、お茶漬けの素で作った軽食を二人で食べた。この時も、そして今も、真史の表情はどこか硬くて蒼白に見えた。
言ってはいけない一言を言ってしまったのかも知れない。いや、確実に言った。だが、「笑ってなよ」がどうして地雷なのかは全く見当がつかない。理由を訊いても良い物なのかも判らない。
俺は真史の横顔をチラチラと盗み見て、テレビの光に因って色の変わる肌の光沢を見るともなく見ていた。その視線が真史の表情を硬くするばかりなのも気付いてはいたが、そこに居る事を確認しないと不安で仕方無かったのだ。
何か話題を、と考えてそれに思い至った時からは、見もしないテレビに目を釘付けられてしまったが――。
「……俺の両親さ、三年前に離婚したんだ」
と、家族の事を話題にしなければならない程、俺の脳は働いてくれなかった。しかし、俺にはそれしか無いとも言える。だって、母方の故郷に引っ越ししてから友達と呼べる相手はいなくなり、この土地で遊ぶ場所と言えば? と、訊かれても答えられないのだ。出て来る話題と言えばどうしても家族になってしまう。
「離婚してすぐ、親父が事故で死んでさ。それを知った母さんが泣き崩れたのを見て、「何で離婚なんかしたの?」って訊いちゃったんだよね。そしたらさ「嫌いになりたくないから離れた」だって」
どう思う? は、声に出来なかった。真史の視線に誘われて顔を向けるだけで精一杯だったのだ。そしてそこにあった真史の目と表情が、俺から言葉を奪っていった。
「……それ、解る気がする」
ぽつ、と、呟いた真史は視線を落とし、そっとテレビの光へと投げたが、すぐにまた俯いた。
「……帰りたくないなぁ」
次いで出て行った言葉は呟きよりも微かな声で、溜め息のような声だった。
「泊まっていけばいいよ」
と、俺も呟くように言ったが真史の声程は繊細にならず、俺の心に向かって戻って来るなりチクリと刺さった。真史は先よりももっと微かな声ではあったが「うん」と頷いてくれた。
朝になって目を覚ました俺はキッチンに人の気配を感じイライラで小さく唸った。が、すぐにハッとして上半身を起こすと辺りを見回す。いくら暑くなってきたからと言って
慌ててキッチンを覗き見た俺は思わず嘆息してしまった。
そこには何十年着ているか知れないジャージに身を包み化粧もしていない俺の母親と、昨晩のままの服装でありながらしゃきっとしている真史の姿があった。
「あ、おはよ~」
俺の視線に気づいた母がいつもの呑気な声で、いつもは無い筈の微笑を向けて来る。その様子に俺の頭の中に「嫌な予感」がぎっしりと詰まる。
「ごめん。起こした?」
と、不安げな顔を傾げる真史は、それでも昨夜の居辛そうな顔よりは表情が柔らかくなっているようで、その事に気付けた俺は少し安心した。
「や、大丈夫。……それより、何してんの?」
「朝食の準備よ。真史くんは私より手際が良いの~」
母の声は相変わらず緩い。謙遜して真史はペコペコと頭を下げているが、俺の母相手なのだから気にしなくて良いと言ってやりたくなった。声と同じで頭も少し緩い人なのだ、と、俺は思っている。が――。
何故かいつもはしないニコニコ顔で近づいてきた母は俺の耳にそっと囁いた。
「海翔~。良い子選んだじゃない」
前言撤回。女の勘はこうも恐ろしい物なのか。昨日になって漸く気付いた事をもう見抜いているらしい。
「ただの友達だよ」
と、真史には聞こえないように返したが、母の顔は笑顔のまま変わらない。それはもう、見慣れ無さ過ぎて不気味な顔だった。
「片思いね~」
ふふんっと笑った母は朝食を運んで来る真史を手伝い始めた。
ああ、嫌な予感は当たるなぁ。と、他人事のように思いつつ、いや、予感と言うより「嫌な笑い方」だったが……。とにかく、三人で摂る朝食は普通に美味かった。
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