第5話
その日中、俺はずっと呆けていた。心ここに有らず、を演じたくもないのに演じているように。
真史との会話はあれきりで、俯いたままの真史がホッとしたように思えたのも確認する事は叶わず、微妙な距離感に戻ってしまった。
淡いピンクの封書の中身は想像通りの内容で、俺は声も知らない女子から好意を寄せられていた。が、今回は何故か有り難いとは一瞬も思えず、ただただ俺の体にどっと圧し掛かっただけだった。
俺は手紙に書かれていたメールアドレスを無視して、鞄の中へと放り込み、心持ち重くなった鞄を肩に掛けて帰宅した。
帰路を行く間、頭の中は手紙の重さと、それ以上に真史を考えていた。
俺と距離が出来てから真史は「並木」と呼ばれる事に少しずつだが慣れていっているようだった。が、友達らしき存在は一人も出来ていないようでもあった。
真史に近づきたい人はたくさんいた。女子もそうだが、男子もまた真史と仲良くしたい様子だった。それはそうだろう。綺麗な男子と綺麗では無い男子と、それ以外は全て同じ条件の二人の内、どちらか一方を友達にしなくてはならないなら綺麗な方を選びたいだろう。俺はどちらもいらないが、真史は違う。
「真史は違う?」
それは勝手に声になっていた。が、誰も聞いている者なんていないから、家の中で空しく消えて行くだけだった。にも拘らず、俺の顔はかぁっと熱くなった。
「いやっ! それはっ!」
なんて言い訳も一人では意味が無い。
俺は俺を
「新着メール……」
まさか、と、汗が急激に冷える。俺は震える指先で受信ボックスを開いた。と、途端に気が抜ける。いや、予想はしていたのだが……、差出人は母だった。
「また遅くなるのか……」
そんなメールを受け取るようになったのは半年位前からだっただろうか。彼女は彼氏の女の影が解ると聞くが、それの逆か、母に良い人が出来たのだろうと俺は感じ始めていた。それは別にどうだって良かった。父とは離婚していたし、この世に居すらしないのだから。
だが――。
「何が嫌いになりたくないから、だ」
もう忘れているくせに。は、一人きりだと解っていても声には出来なかった。何となく、声にしてしまえば全て終わるような気がした。
俺は夕食を食べに家を出た。母の帰りが遅くなってから、俺への小遣いの量は増えた。が、それ以上に出費も増え、その殆どが夕食代だった。流石に休みの日は母が料理を作ってくれたが、母の味を忘れかける位、外食ばかりになっている。
今日の分の外食代しか入っていない財布は、店を出ると重くなった。紙と鉄の重さの違い分だが――。しかしそれは俺の体重にも影響するようで、何となく内臓が重い。食べた分なら時間を置けばいつかは軽くなる。が、この重みは違う気がする。体重計に表れる重さでは無いようだった。
梅雨明けで、夜すらも暑くなってきた街を一人歩きながら俺は溜め息を吐いた。
ガタン。と言う音を聞いたのは、溜め息を吐いて殆どすぐだった。男とは言え高一。しかも喧嘩などした事の無い俺は、自分でも嫌になる程ビクッと体を跳ねさせて音の方へと反射で顔を向けた。
「あ……」
思わず声が漏れたのは、喧嘩なんて言う物騒な何かが起こる前兆など一ミリも感じさせない人の姿が目に入ったからだった。
「真史?」
そう呼び掛ける声は微かに震えていた。が、相手は震えなどに気づく余裕は無いようで、ハッと俺に顔を向けて固まると白い肌をより白くした。
「海翔……」
「うん。……ここ、真史の家?」
「う、うん。まぁ……」
真史は顔を背けて答えた。俺は構わずに真史の傍に寄り、手が届く位置にまで来て話す事が何も無い事に気付いた。が、その気付きはいらない心配だった。
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