第4話 姫様と暗器。
すっぽんぽんである。すっぽんぽんである。……私の起伏に乏しい身体が。
一部の神に愛された人々は胸部装甲に邪魔されて、自分の足元が見えなくなることがあるらしい。肩凝り?うつ伏せ不可?動くと胸が揺れて痛い?ありすぎて困っているのなら、少しでいいので分けてください。身体の起伏が乏しすぎて、切実な問題になりつつあるんです。十四歳にもなって、Bカップに届かないのは流石に不味いような気が……。
……自分の体型のことを考えたら、心が折れそうになるから考えない方向で。
アレクシアが侍女服を脱ぎ終わるまで、鏡の前で変なポーズを取っていよう。
絞殺用のピアノ線が内臓されている腕輪とか、投擲用の小型投げナイフがたくさん括り付けられている皮帯とか、侍女服の上着に隠すように収められている鞘の中身――二本の大型グルカナイフとかは余裕を持って無視する。
城内で勤務している侍女の大半が集められた貴族の子女達だ。貴族の屋敷に勤めている平民の侍女に比べれば、格段に待遇がいいとも言える。その分、欺瞞と権謀術数渦巻く魔界のような職場環境になってるけど。
敵対勢力側にいる護衛騎士をクビにできない理由と同じで、城内の人員を全て王家派で固めてしまったら、王家が王党派貴族達に敵対意思を持っていると判断される。そうなってしまったら、果てしない内乱の始まり。相手側を極力刺激しないようにしながら、平民からの支持を徐々に増やしていくしかない。
でもそれって、匍匐前進だけで東京から大阪まで進むようなもの。
ガリガリと容赦なく削れて痛くなるのは、お腹じゃなくて、精神だろうけど。
どこかに国内問題を一気に解決してくれる性格と格好がいい勇者様はいらっしゃいませんか?今なら、ぺったんこ体型のロリお姫様がほいほい付いていきますよ。やっぱり、男の勇者はいらない。……できれば、女勇者で。貞操を失う心配がないしね。
「――ンツィスカ様」
そういえば、ソルフィリア王国の勇者召喚って何だったんだろう?観兵式後に行なわれる予定の晩餐会で、少しは話題が上るのかな?ソルフィリア王国自体が無理な出兵を繰り返して落ち目になってるから、どうでもいい話になるかも?
「―ランツィスカ様」
それにしても、本当に起伏はない体型だよね。貞操を失うことついて、危機感を持っていても無駄になるかな?そもそも考えてみたんだけど、この国の次期王位継承者って私だけなんだよね……。この身体で、本当に結婚できるのか甚だ疑問だ。アレクシアぐらいのナイスバディなら、楽勝で相手の男を篭絡できそうだけど。
「フランツィスカ様。申し訳ありません、お待たせしました」
「ほきょ?」
後ろを振り返った私の間抜け顔の前にDカップの巨乳があった。
◇◇◇
「シア姉、お風呂は命の洗濯だねぇ~」
「誰かさんが私の胸を凝視してなければね~」
着脱不能な胸部装甲がお湯に浮いて、その圧倒的な存在を主張してます………。是非とも顔を埋めてみたいけど、アレクシアに嫌われたくないから顔を埋めるのは我慢しよう。優しく揉めることができるなら、私の薄い胸部装甲に少しぐらい御利益あるかな?はっきり言って、それ凶器だよね。うん、羨ましすぎる凶器だ。
しょうがないので、自分の胸を揉んでみよう。
ぐりぐり、ぐりぐり、ぐりぐり。この感触……胸じゃなくて、骨だよね?
「……まだ骨折したところが痛い?」
「ううん。シア姉のおっぱいが羨ましいだけ」
「……あの時は守ってあげられなくて、本当にごめんね」
「シア姉が気にすることじゃないよ。私もコルセットで、暗殺未遂を起こされるとは思わなかったからね」
子供用のコルセットは大人用のコルセットと違い、締める割合がかなり緩くされている。骨格への悪影響や着用させられる練習を兼ねているからだ。そうだというのに暗殺未遂の犯人は――当時の客間担当の侍女は私の背中に片足を乗せて、コルセットの紐を全力で絞め上げてきた。
今でも鮮明に覚えている。
軋み続ける肋骨の音と、吐き出されたまま吸うこともできない息苦しさを。あのまま窒息と激痛で気を失っていたら、暗殺者に予備のコルセットの紐で私は絞め殺されていただろう。必死に片腕を動かして、目の前にあった姿見の鏡を叩き割って本当に良かった。
「それにシア姉はちゃんと守ってくれたでしょ?暗殺者の手首を切り落として」
「護衛対象が口から血泡を出している時点で、護衛失格だよ」
アレクシアは守れなかったことを気にしているけど、私としては日常と化した暗殺未遂の一つにすぎない。毒物混入が二週間に一度は起こっているのだ。気にするだけ、無駄だと思う。……あれ。これって、アレクシアの胸部装甲を揉むチャンスじゃない?
真剣な顔で、真剣な声色で、自分の本能に忠実になろう。
「うんうん、シア姉は護衛失格だね。主を守れなかった護衛に罰が必要だよね?」
「フランの手つきが……」
そのおっぱい、いただきます!
◇◇◇
湯浴みを終えた私に向けられた視線は変わったものだった。
ある者は熱に浮かれたように目を潤ませ、ある者は汚物を見るような冷めた視線を私に向けていた。お風呂場は暗殺を避けるために開口部が一つしかない密室のはず。そんな視線を向けられる謂われはない。アレクシアの巨乳を揉んで、顔を埋めて、ちょっとだけサクランボの先端を舐めただけだ。
「……どうかしましたか?おかしな方々ですね」
私の濡れた髪から、水滴がポタポタと床に落ちる。それなのに周囲にいる侍女達は私の身体を拭こうとしない。
「今日も予定が詰まっているのです。早く身体を拭いてください」
叱責するような私の言葉を聞いて、呆けていた侍女達が慌しく動き始める。お風呂場で、アレクシアの巨乳を眺めることはいつものことだ。私はマゾヒストじゃないので冷めた視線を向けられても、私を暗殺する可能性がある者と一緒に入るつもりはない。情事の声を聞かれていたとしても、私の新たな醜聞が社交界で噂されるぐらいなものだ。
ふわふわのバスタオルで、身体の隅々を拭かれていく。私の身体を侍女達が拭きやすいように動かなければならない。左腕を上げてくださいと言われれば左腕を上げ、右足を上げてくださいと言われれば右足を上げる。
……まるで、自分が人形劇に出てくる人形に思えてくる。
着替えも同じような感じになる。退屈でピクピクと顔が引き攣りながら、着替えが終わるまで立っていなければならない。寝巻きから着替えて、お風呂場に行くまでの一回目。お風呂が終わり、今回の着替えで二回目。朝食と今日の予定確認を終えたら、観兵式に向けての本格的な三回目の着替えになる。
私と同じように着替えているアレクシアのほうをチラリと覗き見る。
私がまだ下着姿だというのに、アレクシアは着替え終わろうとしていた。実用性重視の侍女服を一人で着るのだから、私よりも早いのは当然か。明らかに過剰な飾りを付けられたドレスなんて、実用性皆無だもんね。私も侍女服のほうを着たい。着ていた寝巻きを脱がす時はアレクシア一人だけなのに、着替えをする時は複数人が必要になる。それだけ、着替えているドレスに無駄が多いということ。
明鏡止水的な死んだ魚のような目をしていたら、いつのまにか着替えは終了していたようだ。
「グラードル卿、フランツィスカ様のことをよろしくお願いします」
護衛役の交代。Dカップの巨乳美少女から、四十代のムキムキ脳筋スキンヘッドへの護衛役の交代である。鷹揚と頷く壮年の男性騎士の名は、ハンス・フォン・グラードル子爵。子供の頃からの傅役であり、私の護身術の師匠でもある。
お母様が待っている食堂に向う途中、ハンスに小声で話しかけられる。
「姫様の人間嫌いは理解しているつもりですが……、今日は特に酷いですな」
「……何のことでしょう?私には皆目見当がつきません」
私が望んでいるのは柔らかいアレクシアの胸部装甲なのだ。体脂肪率5%以下の色気皆無な男の胸筋に興味はない。それにハンスは間違っている。私は人間嫌いではなく、極度の人見知りのほうだ。
「感情的になった姫様は、何をするか分かりませんからな」
護身術の訓練中に本当の殺し合いに発展することは良くあることらしい。当時、重度の人間不信に陥っていた私は、自分の固有魔法を全力で使いハンスのことを殺そうとした。薄い板金が重ねられている鉄鎧と鉄盾を簡単に貫通することができる散弾銃のスラッグ弾を使用して。
記憶にない過去の出来事を蒸し返すハンスに少し苛立つ。
「観兵式の準備は順調そうなのですか?」
「支給された銃器の試射も終わり、用意した的の設置も完了してあります」
「本当に観兵式が楽しみですね。魔物の生命を容易に奪うことができる新たな武器の発明。権力の上に胡坐をかいている貴族と教会の司祭達がどんな顔色するのか」
「姫様、気味の悪い笑みを浮かべておりますぞ」
暗殺未遂を繰り返されて、ストレスが溜まらないとでも?
固定砲台として重宝されている魔導師も、薄い板金製の鎧を身に纏った騎士も、銃器を装備して集団化された平民に勝てないことを私が証明してあげる。現有戦力の相対的な低下は権力にしがみついている貴族や宗教家とっての悪夢。
「……私は観兵式を機に魔物を被害を少しでも減らしたいと思っているのです」
私の言葉を嘘と分かりきっているハンスは呆れたように肩を竦めた。
私に対する暗殺未遂を繰り返さなければ、全ての貴族に銃器を支給する予定だった。私の善意を仇で返してきた相手に容赦するつもりは毛頭ない。誰かの死を望む者達は、自らの命も狙われていると自覚し死を覚悟すべきなのだ。
「これでも私は自重しているつもりですよ?だって、観兵式のために用意した銃器は、旧式のシングル・アクション・アーミーとウィンチェスターライフルだけなんですもの」
訓練用の木剣を頭に受けた私は、ハンスに向けてAA-12を連射したらしい。
それにしても、シングル・アクション・アーミーの通称に笑いが込み上げそうになる。その通称はピースメーカー。罪も無いアメリカ先住民族を虐殺しておいて、何が調停者?傲慢な者達に向ける最初のメッセージが調停者。この皮肉が通じるのは私しかいないだろうね。
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