幕間

鹿野とゆかいな仲間たち

「なんか、すみません。今日は……その、僕のためにわざわざ集まっていただいて」


 鹿野は真っ赤な顔をしてぺこぺこと頭を下げた。注目されるのは苦手だ。人前で話すのはもっと苦手。相手が気の置けない仲間でも、改まって挨拶するのは身体が震えてしまう。

 目の前には人数分の酒が並んでいた。それと、チンするだけの居酒屋メニューが。

 きっと誰かが株主優待券でも持っていたのだろうが、下戸の鹿野には少し残念だ。どうせ奢ってくれるなら料理のうまい店がよかった。


「いやー、しかしびっくりしたよ。バンビさんのアパート全焼したっていうからさあ」


 あっちゃんパパは大きな声で言って、ぐびり、とビールのジョッキをあおった。


「一番びっくりしたのは僕ですよ。この前のオフ会でいい気分で帰ったら、不動産屋から留守電が何件も入ってて」

「じゃあ夜中にアパート見に行ったの?」


 と、少し寂しい頭髪を撫でながら、サカグチが静かに聞いた。


「いえ、それが留守電に気付いたのが朝なので……」


 面目なさそうに、へへ、と鹿野は頭を掻いた。

 バンビ、とは鹿野のハンドルネームである。

 掲示板を介して集まった投資家の面々は、ひと目見てオフ会と分かるほど統一感のない面々だ。

 常におどおどしている鹿野。

 ギラギラした顔付きの暑苦しい男、あっちゃんパパ。

 定年を迎え、大人らしい落ち着きを持ったサカグチ。

 唯一の女性ラッキースマイル。

 痩せぎす眼鏡の野武士マンは、鹿野に輪をかけてオタクらしい風貌をしている。


「このたびは大変でしたね。私にできることがあったらお手伝いしますよ、バンビさん」


 グループの紅一点、ラッキースマイルに微笑まれて、鹿野は真っ赤になった。

 彼女――ラッキー――は四十近いバツイチだが、見た目が若く整った顔立ちをしている。男ばかりのメンバーの中で、アイドル的存在としてもてはやされている。いわゆる『オタサーの姫』というやつだ。

 ラッキーの言葉を受けて、すかさずあっちゃんパパがすり寄った。


「あっ、じゃあ俺も俺も。ラッキーちゃんと一緒に手伝いにいくよ。ねっ、いいよね、バンビさん」

「いやあ、手伝いも何も全部まっ黒焦げですし……」

「そういえば、あっちゃんパパ殿とラッキー殿、このあいだのオフ会には来てなかったでごさるよね? まさかまさか、ふたりでデートしてたとかでござるか~?」


 野武士マンが気味の悪い表情を浮かべて言った。彼はまだ若く二十代の後半だ。自分を武士の末裔だと信じていて、髪を高い位置で結っている。


「なんだ、もうバレちゃったよ。ラッキーちゃん、助けて!」

「もう、あっちゃんパパさん。始まったばかりで出来上がり過ぎですよ」

「しかし、アパート持つってのも大変だよね。これから賠償とか保険の手続きとかあるんでしょう?」


 サカグチが尋ねると、鹿野は力なく頷いた。


「ええ、一応近隣の家にはお詫びに行って、僕が修繕費を持つことで話がついたんでよかったです」

「えっ? 近隣のお宅の修理までバンビさんがやってあげなきゃいけないんですか?」


 と、ラッキーが口を挟んだ。


「法的にはそういう義務はないみたいなんですけどね。でも、人の家に延焼させておいて何もしないなんて、なんだか後味が悪いじゃないですか。被害者がいなかった分、逆にありがたいなあ、って具合でして」


 鹿野は人の好さそうな笑みを浮かべた。

 サカグチは深く頷いて、「そうだよねえ。自分に非がなくても死者が出たりしたら責任問題だもんなあ。まあでもえらいよ、バンビさんは。それだけの余力があるのもすごい」と言った。


「損失の出た分はぜひ株で取り返していただきたいでござる。バンビ殿」

「そうそう。バンビさんはセンスあるから大丈夫ですよ」


 野武士マンとラッキーに持ち上げられて、鹿野はしきりに照れた。


「そううまくいきますかね……。一応自分でもそう思って、火事が起きたあとも場が動いてる時間帯は毎日通り取引してるんですが」

「すごい。不屈の精神ですね」

「いや、そんな大げさなものじゃ。……ところで、ラッキーさんも取引にはだいぶ慣れました?」

「うーん、正直言ってまだまだ……。どうも自信を持ってエントリーできないんですよね。買った瞬間に下げに転じそうな気がして。自分が永遠の初心者すぎて嫌になっちゃう」

「僕だってラッキーさんと同じですよ。一日三回は自分で決めた損切りルールが守れなくて大負けしてます」


 鹿野は少し大げさに言った。毎日がプラスになるわけではないが、デイトレを始めたばかりの二年前に比べたら百万単位で負けることは減った。


「またまた~。バンビさん、本当は稼いでるんでしょ? 直近で一番利益出たのっていくらです? 手法は?」

「うわー、あっちゃんパパさんのお下品が始まったでござる~」

「まあ、彼はこういう無邪気なところが憎めないんだけどね」


 静かに日本酒を傾けながらサカグチが言った。野武士マンが、うんうん、と大げさに頷く。

 ごく、と喉を鳴らしてサカグチが続けた。


「しかし真面目な話、最近俺も負けが込んでて退職金が底を尽きそうだよ。ああ、バンビさんやラッキーさんくらいに若かったらなあ」

「若かったら、なんでござる?」

「もちろん、デイトレなんてしてないで働くんだよ。その方が確実に稼げる」


 一同のあいだに哄笑が起きた。


「ホント、デイトレで生活するなんて夢のまた夢ですよね。だけど、女はこの歳になると正社員になるのも難しくて。私ももっと勉強して稼がなくちゃ」


 張り切るラッキーに、あっちゃんパパが猫なで声を上げた。


「俺の手法でよかったらいつでも教えるよ。マンツーマンで」

「あっちゃんパパさん」


 サカグチが窘める。


「分かってるよ。冗談、冗談」

「伝授されるのはきっとメンタルでござるね。みんなに何を言われてもめげない鋼のメンタル!」

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