かばんとキツネたちの旅立ち

マッカレルキャット

かばんとキツネたちの旅立ち 

真っ暗な夜空が広がっていた。

そこに、一点だけ白いモノが浮かんでいる。

それは風に吹かれた白い帽子だった。

帽子は上空から風に流されて落ちてきた。


帽子が落ちたのは、白い雪におおわれた山だった。

誰もいない、静かで寒い夜の雪山。


すると、雪山の斜面の穴からぴょこんとケモノが顔を出した。

キツネだ。

銀色に光る毛並を持つギンギツネ。

まわりを警戒するように忙しく顔を横に振る。


「……おかしい……確かに何かの気配がしたんだけど……」


一人つぶやくギンギツネ。

別の、甘えたようなケモノの声が穴の奥から聞こえた。


「ギンギツネ―、さむいよー、早く閉めてよー」

「静かにして。気配がわからなくなっちゃうじゃない」

「だって寒いもん」

「寒かったら、ここで待ってて。私、見て来るから」

「……ひとりぼっちだとなんかさびしい」

「……あなたねぇ……」


ギンギツネは呆れた声を出した。


「もういいわ、私だけでいく」

「えー」


言うが早いかギンギツネはパッと巣穴から飛び出す。

さっき「気配」を感じた方向へと向かう。

巣穴からあわてて、甘えた声を出していたケモノが飛び出した。

こちらはこんがり焼けたキツネ色をしているキタキツネだ。


「まってー!」

「しょうがないわね、まったく……」


キタキツネの走る速さに合わせるギンギツネ。


「やっぱり、ギンギツネやさしー」

「あまり早く走ると雪崩が起きるかもしれないからよ。別にあなたのためじゃない」


二人はスピードを落としつつ、ゆっくりと先ほど帽子が落ちた場所へと近づいた。



帽子が落ちた場所から、不思議な山が見えていた。

煙や火ではなく宝石のような形をしたキラキラした物質が、噴出口から次から次へと絶え間なく出ている。夜明け前でわずかに色が濃紺へと変わっている空を背景にして不思議な光をあたりに放っていた。


遠目にそれを眺めるギンギツネ。


「今日はサンドスターがやたら多いわね……」

「ねーねー。このへんだったよねー。気配がしたの」

「そうね。あなたも気配がわかったのなら間違いないわね」

「あった!」


キタキツネが見たその先に、先ほど空から落ちてきた白い帽子をかぶったケモノが倒れていた。


「ギンギツネー。なんか見たことのないのがいるよー」

「えっ?……これは……」

「ギンギツネ、わかる?」

「見たことのないフレンズね。雪男にしては小さすぎるし、雪豹にしては紋がない」

「なんなのー?急にガバッて起きて僕たちを食べたりしないかな」

「大丈夫よ、食べられやしないわよ」


すると、倒れていたフレンズがビクッとなって叫んだ。


「えっ、食べるの!?僕を? たっ、食べないでくださいー!!」

「食べないってば。二人して似たようなこと言わないで」


苦笑しながら、ギンギツネは相手の視線に合わせるように座った。


「どこから来たの?あなたは誰?どこへ行くの?」


やさしくたずねるギンギツネ。

先ほどまでの警戒するような顔とは裏腹に穏やかな表情だ。


「ぼ、僕は……その……気がついたら、ここにいたんです」

「気がついたら?その前のことは覚えてないの?」

「はい。それに、その……いま、とても寒くて……クシュン」


相手はつるつるな肌をあらわにしていて、たしかにとても寒そうだった。


「とりあえずあったかいところへ行きましょ。夜が明けるまではまだ時間があるし」

「は、はい!」



「そういえば、キミ、名前はなんていうの?」


並んで歩いていたキタキツネがたずねた。


「名前……えーっと……わかりません」

「自分の名前も知らないんだ」

「すみません……」

「キタキツネ、ムリして聞いちゃダメよ」

「じゃあ、このコ、なんて呼んであげればいいの?」

「んー。そうねえ……」


見るとそのフレンズは大きな袋を背負っていた。


「その……大きな袋は何?」


興味しんしんで眺めるキタキツネ。


「え、これはカバンですけど」                

「カバン。カバン……じゃ、『かばんちゃん』だ」

「えっ」


キタキツネの唐突な発想に目をぱちくりさせる。


「かばんちゃん、いこっか!」

「えっ…あっ…はい……」


とりあえず、大人しく二人についていくことにした。




***




キツネたちの巣穴で、3人はいろんな話をした。


かばんが本当に何も覚えてないこと。

キツネたちがここで二人だけで暮らしていること。

晴れていても急に天気が変わる雪山のおそろしさ……


「まるで以前の記憶がないとなると、これは、図書館に行くしかないかも」

「としょかん……ですか」


見つめられたかばんは不安げにつぶやく


「そう、わからないことがあったら図書館に行くの。もっとも私も行ったことがないんだけどね」


そう言ってギンギツネは肩をすくめた。


「そこで、あなたが何者なのか、何のフレンズなのか調べてみましょう」

「ギンギツネと二人で行ってきてねー。ばいばい」

「キタキツネ、あなたも行くのよ」


意外な言葉に思わず叫ぶキタキツネ。


「えー!やだー。ゲームしたいー」

「でも、図書館に行ったら、そこはなんでもあるらしいから、新しいゲームもあるかもしれないわよ」

「新しいゲーム!」


ゲームという単語を聞いて急に目が輝きだす。


「今やってるゲームよりも、もっとおもしろいゲームもあるかもね」

「僕、行く!早く行こう!いつごろ、着くかなぁ」

「まったく、気が早いんだから……」


呆れながらもホッとするギンギツネ。


「いいんですか。僕のために二人ともついてきてくれるなんて」

「いいのよ。キタキツネだけここに残して行くわけにもいかないしね。それに、私も他のちほーがどんなところか興味があるし」

「早く行こう!」

「待って。もう少しして完全に夜が明けてからね」




***




夜明け頃、3人は巣穴を出た。


「見て。おひさまが昇ってくるよー」


キタキツネが指さす方向を見ると、先ほどまで濃紺だった空が青色に澄み渡り、巨大な橙色の太陽が昇ってくるのが見えた。山の稜線から太陽の光が徐々に広がっていくと、空の色はいちだんと青みを増し、雪山の白い斜面を照らしていった。


「わぁ……きれいですねー」

「そうね。太陽が上がるところは何回見ても飽きないわ」

「ねーねー、図書館ってどっちに行けばいいの?」

「えっ。えーと……そうねえ……」

「とにかく、歩けばいいと思います」

「えっ?」

「歩けば、そこが道になります。図書館の場所は僕もわかりませんけど、歩いていくうちに今の僕らみたいに誰かと会うと思うんですよ。わからなければ、その人に聞けばいいんです」


さっきまでと違い、自信たっぷりに話すかばん。


「それもそうだけど……。どうしたの、急に?」

「さっきまで、自分一人だったから不安でいっぱいだったんですけど、お二人と話しているうちに、なんだか元気が出てきました。一人じゃなくてみんなで行けば大丈夫かなって」


だが、ギンギツネは心の中で思った。

何の根拠もなくこのまま進んでいいのだろうか。


「ねー、はやくはやくー。お天気、変わっちゃうよー」


キタキツネが二人をせかす。


「それもそうね。じっとしててもしかたないわ。少しだけでも進んでみたら何かわかるかもしれないし。行きましょう!」

「はい!」


「で、キタキツネ。とりあえずはどっちに行くの?」

「んー、今、おひさまがある方向。おひさまに近くなるからあったかそう」

「あなたらしいわね、まったく……かばん、道中、このコのおもりもお願いね」

「は、はい……」

「えー、ひどーい」



3人は太陽の方向に向かって歩き出した。

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