第10話 ダンス
予想通りではあったが、普段から一緒にいるジェフやチャルは首を傾げる。確かにシャーリーは美人で可愛らしいとは思っているが、彼女の周りには美貌とスタイルにやられた軟派男共が群がって歯の浮く台詞の絨毯爆撃、これほど注目を集めるものであったか。時折男の間に立って『お嬢様』への接触を阻もうとするも全く相手にされない。
「
シャーリーは、彼女は彼女で上手いこと対応しているので彼らの出る幕は無くなった。二人会場隅の椅子に座って山盛りのオードブルを頬張りフォークにパスタを巻いていた。異様な二人に声を掛けてくる尻軽女もいない。
面白くなくてもナンパする気にならないのはどういうことか。どんな美人やモデル体型を見かけても三秒経てばおぼろげで、視線はシャーリーばかり捉えていた。ひたすら綺麗でセクシーに、でも時折子どもみたいに頬染めてぱっと笑っている。実に可愛らしかった。普段よりずっと彼女のことを見つめて評価している自分が不思議だった。
「きれいだね、シャーリー」
心底嬉しそうに呑気を言うチャルに腹が立つ。「これから仕事っていうのに目立ち過ぎだ」言ってる自分が一番身に入ってなくて苛立った。
「面白くねえ」
一言残すと席を立った。会場内の人気の無い場所、見慣れた銀色のスタンド閑散としていて、喫煙所だと認めると煙草くわえて向かった。
煙草三本喫いながら時計を何度も見返して、作戦開始時刻にまだ少しあると思うと間が持てなかった。頭の中でシュミレーションを試る。指定場所に秘匿された銃を手に入れ途中クオラと合流、マービンの元へ向かい保護した後研究室を破壊、脱出を図るというもの。現実にどんな障害が起こりうるか考えているところで、どうしてもシャーリーが登場してしまう。事実ジェフにとって、ある種の障害は彼女になり得ていた。
「ジェフ」
障害の正体はチャルを伴って現れた。どうあしらったのかあれだけいた取り巻きは一人もいなくなっていた。シャーリーは穏やかに笑いかけながら煙草をくわえた。
「ちゃんとエスコートしてくれなきゃ困るじゃない」
煙草に火を点けてやり、ジェフは途端に先までの苛立ちが消えるのを感じていた。散々男たちからアプローチを受ける一方だったシャーリーが、自分から来てくれたことを光栄に思っていた。
「どうやったんだ。あの男共捌くのにはちょっと短時間じゃねえか」
「ジェフのこと婚約者って言ったのよ」
「彼氏持ちだろうが人妻だろうが奴ら関係ないだろ」
「それでも言い寄られたらバリタチって言ってやったわ」
「ふーん、意味通じるもんだね」
「それで婚約者さん、さっきの不機嫌そうなお顔はどこ行ったの?」
「これが嫉妬してたんだよな。そうやって幾つもの敵を乗り越えて、お前から来てくれたことが嬉しいのさ」
「あら素直」
「俺の性格だ。フィアンセ」
「嘘おっしゃい」
いたずらっぽく笑うとようやくキスをした。
「不思議だよなぁ。これで婚約どころか付き合ってもねえのに」
「恋してるなんて言わないけどね、私が盗られそうで不貞腐れるあんたは可愛かったわ」
頬を一番染めていたのはチャルだった。「僕だけ仲間はずれ。妬いちゃうよ」本気で拗ねそうだったので二人で両脇からピタリ抱き着いた。
「ごめんごめん。愛してるぜチャル」
「私もよ。チャルだーいすき!」
「茶番ばっかり。そろそろ行かないと」
やっと時間になった。三人は会場を抜け出すと複数ある内の一番遠いトイレへ向かった。男女それぞれの天井に兵器が隠されているはず。
シャーリーは一人女性用トイレに入り所定の天井を見つける。傍目何の変哲もないパネル張りだが、一箇所手を当てるとビスが外してあり容易に持ち上がる。腕を入れると袋に手が触れた。
「あったあった。ん?」
袋の中には拳銃と予備弾倉があり、それはいいのだが、予定にはない紙片が入っている。手紙らしかった。
「・・・なによこれ」
シャーリーは一読すると蒼ざめてトイレを出た。外で待っていた二人も同じく顔色が悪い。
「ねえ二人とも、これ!」
「見たかお前も」
互いに同時に示す手紙は同じ内容が書いてあった。
『みんなとはいきません。箱の中の方が好きです』
「ナめんなよあんま!」
頭に血が上って三人は走る。救出経路は頭に叩き込んであったから訳は無かった。上手いこと警備をかいくぐれるような経路だから見つからずに城に元からあった秘密の通路とやらにたどり着くが、ジェフは止まった。
「どうしたの?ヘタな真似される前に早く行かないと!」
ジェフを押しのけてシャーリーが踏み込もうとした。彼は肩を掴んで止めると「もう遅い」暗い壁を指差した。そこには弁当箱のような物が幾つか付いて、オレンジのLEDライトが点滅していた。ジェフは冷静を通り越して蒼ざめている。
「カジノ爆薬だ」
「何それ」
「時限式か反応式か、また信管の構造も見ただけじゃ判らない代物だ。防探コーティングでレーダー使っても解析できやしない。相対する者にとっちゃ賭けだ。だからカジノ」
「だったら、いつ爆発するかも」
「いくら揺らしたって構わんぜ。振動探知だったら今頃死んでる」
「走って!」
踵を返して走ることには振動も騒音も甚だしいが、ジェフの言った通り爆発は無かった。
「ねえなんで!そんなにまで来てほしくないの!?」
遠くなる通路を振り返ってシャーリーはまた足を速めた。
「来てほしくないってんならもっとわかりやすい爆弾にするだろ、死んでほしいんだよ!撤退戦で殿でもないのにあれ使ったバカがいて、後から来る味方が大勢死んだこともある、あの爆薬を!」
息を整えるのに時間がかかった。共用トイレで休んでから出てくると通りがかった警備のチンピラ、ニヤニヤ下品に笑って「3Pかよ、ご苦労なこった」注意すらしない。
「バカ野郎ケツブチ犯すぞクソ」肩で息しながらひっそり呟く。
「どうするのこれ」
「どもこもあるか。脱出にクオラは同意したんだぜ。たとえ未だマービンが反対ってもあんな手あるか」
「でも爆弾仕掛けたのはマービンだよ。特予のことは嫌いだもの」
訳が解らぬままメイン会場に戻った。バンドの演奏は現代からジャズ隆盛期に回帰している。皆手を取り合って自由にダンスを始めていた。三人は集中した思考を取り戻すため定期的な振動を欲しがった。そんな習慣有りはしなかったが、自然とリズムを刻み始める足は群衆に向かっていた。
それほどまでに混乱していた。三人じゃ一人余るから、まずチャルとシャーリーが手を取り腰に手を回した。ジェフも仏頂面で適当な相手を見つける。誰もダンスの経験がないのに不器用さは見られなかった。
「クオラはマービンに、一緒に逃げることを伝えたかな?チャル」
「当然。だからマービンは僕らのことを警戒し始めた」
シャーリーは頬に美しく影を宿した。チャルも締まった彫り深い鼻筋と目元を際立たせまるで俳優。声も心なしか普段より低く落ち着いていた。
適当にチャルと交代する。ジェフばかりいつもと変わらない顔つきで、ただ険しいばかりのハードボイルドが多少は増幅されていた。
「クオラはそんな奴か。イスベルタの恐怖を植え付けて、アーニャの言葉で国予に安心感を抱かせる。それが嘘か本当か裏付けがないのに、彼女単純に信じたじゃないか」
「言ったじゃない、猫の心は気まぐれよ。猫に騙されたのよ私たちは」
「こんな爆薬まみれの中で今更騙されてたまるか」
「死ぬの?私たち」
シャーリーの眼に薄く涙が浮かぶ。女の涙は嫌いだった。しかし彼女はこの上なく美しく映って、それは自分への悪意が込められていない涙だからか。だとしたらもっと悲惨だった。死への恐怖が最期に身を輝かそうとして美しさを引き立てているのだとしたら。
実際カジノ爆薬はどこに潜んでいるか判らない。この兵器があると判った今、相当数がこの城に敷設されて今にも爆発するかもしれなかった。ジェフも決め切らない覚悟の隙間を埋めんと、シャーリーをきつく抱いてダンスに揺れた。「何があったって、俺もシャーリーもチャルもいる」彼女の熱い涙を頬に感じながらチャルの腕を引いた。互いの匂いは、よく晴れた日曜に軽い音楽を聴くような懐かしさを伴って三人の心身に流れた。
本式の踊り方にこんなスタイルがあるかは知らないが、三人腕を取り合いシャンデリアの下回る。ジェフは自ら放った言葉に安心する気がした。生きようが死のうが一人ではない。誰もが助かるか誰も助からないかの二択しかない。だったら寂しくなかった。
どうせならもっと長く生きられる方法を考えたくなった。
ヤケッパチなアイデアが浮かぶ。多少無理な根拠は妄想を現実に根付かせた。
「マービンがクオラを殺すか?」
誰も思ってもみなかった選択肢、クオラが死ぬという想定はどこにもない。「あるわけないよ」チャルとシャーリーが声を揃える。
「だよな。クオラが巻き添えになる手を奴は採らないだろう」
「あの爆弾の威力は?私たちが行くはずだった道で爆発しても研究室に被害はないようになってるはずよ」
「カジノ爆薬の欠点は信管の構造に関わらず誘爆に弱いってのがあるんだよ。通路にあった分、あの間隔で配置されてりゃ研究室だって吹っ飛ぶ」
「じゃあ何あれ、見せかけ?」
「とも言えない。けれども遠隔式か時限式かは確かだ。罠線や赤外線探知は彼らにとっても不意打ちになるから薄い」
「どっちみち研究室にいたら危ないよ。逃げなきゃ」
「でも外には出てないさ。これだけ外部の人間が出入りする中を、いくら多少の自由を与えてたからって被監禁者を今日ばかりは出すはずがない。客に紛れて逃げやすいからな。城内にいるさ」
また三人は走りだす。元の共用トイレに戻るとビルトン城図面を検めた。「特機が襲撃した時と様式が変わらないなら・・・」ジェフが一つ指差す。
「猫は狭いとこが好きだ」
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