第8話 トラバント車中の紳士淑女たち

「本気で信じてるってのは分かってる。でも、どこまでを本気で信じてるの?」


 口を開く度香水の匂いが鼻についた。ドレスに着飾ったシャーリーは自然と良家のお嬢様に見え、運転するジェフはひたすらにその不思議を考察することで色香に下心を惑わされないように必死だった。


「あんまスケベな匂い振りまいて喋るな」

「なによスケベって。下品ね、今日は上流層でいなきゃいけないのに」

「クオラが寝返ってることに賭けて上流階級でいるんだろうよ」

「猫の心は気まぐれよ。銃まで渡しちゃって」

「でも僕たちが安全に城内に入れるようにしてくれたよ」

「チャルは呑気ね。わざわざ罠の中に入りに行くかもしれないのよ」

「フェリーニ兄妹と会わせて約束もさせたろ。やることはやった」


 クオラに話した、味方に付かせるための方便をより具体化すべく呼ばれたニーノは妹アーニャを伴って数日前に現れていた。相変わらず空から落下傘降下という派手な方法で登場した彼は三人からフクロにされて、当然発見された退避する輸送機とイスベルタ私兵軍との地対空戦の顛末は知りたくもない。アーニャの方は自然と暴行が免除された。

 しかし陸島連合高等文官と総合調査部調査官の二人から保護の説明を受けた甲斐もあって、クオラは計画に納得した素振りで隠匿を頼まれた武器と共にビルトン城へ去っていった。

 ヒビの入った眼鏡をしきりに拭くニーノは厭味ったらしく毒づいていた。


「しかし・・・チャル君ですらこんな暴力に訴えるとはね。見損なったよ」

「おめえ全殺しにしたろか。俺たちやあの輸送機に死人出たら首吊って死ね」

「偽装身分証と偽の経歴まで綿密に作ってきたんだ。少しは感謝してもらいたいね」

「内容を考えたのは私だよ、お兄ちゃん」

「ヘボ兄貴」


 登場に多大な問題があったものの、アーニャが作った経歴と身分というものは納得がいった。クラシックカーディーラーを幾つも持つ実業家の娘がシャーリー、これを主役として配下ディーラー幹部を付人にジェフとチャルがいる。クラシックカーを扱う者のコレクションとしてトラバントに乗っているのもまた一興と思えさせた。

 ちょうど良い身分だった。ガチャガチャ高名を連ねても怪しい、有名ではないがそこそこ金持ちの実業家というのがビルトン城へ近づく一歩であった。


「ヤクの品評会というのが本当の目的、でも俺たちには関係ない。ダミーパーティーに招かれた金持ち連中に混じってればいい」

「僕ダンス踊れないよ」

「私もよ」

「俺だって踊れねえよ。踊らんでいい、適当に抜けて武器拾って博士のとこに向かうんだ。ただ」

「ただ?」

「今日のシャーリーあんまり美人だから、目立たねえ法ってのが無いんだよな」


 至極真面目に言ってみせるのが他人事みたいでシャーリーは腹が立った。腹立つ理由もないのだけれど、この前純情の片鱗を見せたジェフにこうした態度を取られるのはなんというかシャクで、要は手玉に取られている彼を可愛く思ってしまっていた。拗ねたような乱暴なキスも望むべくもない。

 シャーリーは後席に顔を向けるとぶっきらぼうに言った。


「ねえチャル、私とキスしてよ」

「え、えっ!?」

「いつもと違った格好だからいつもと違ったことしてみたい」

「何言ってんだバカ。チャルの尊いファーストキスをぞんざいに扱おうとするな」

「バカはどっちよ」

「絡むじゃねえかよ」

「もっと丁寧に言って。上流階級なんだから」

「今日のお嬢様の御機嫌はおよろしくないようで。いかがなされましたかな」

「ある殿方の純情を拝見いたしましたのに、当のご本人はちっともワタクシの掌で踊ってくださらないの」

「気持ちわる」


 トラバントは二、三度大きく蛇行する。腫れるジェフの頬が冷めやらぬ内に、派手にライトアップされたビルトン城の門をくぐった。灯りの漏れる無数の窓のどれかにクオラがいるはずだった。


「猫は気まぐれ、ね。ちょうどええだろ、俺たちだって気まぐれな戦い方してんだから」


 エスコートが始まるシャーリーはジェフの言葉に反応せず、既に余所行きの顔を固めて彼の掌に導かれた。

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