第7話 都合の良い言葉を並べて

 分隊の拠点はもう一つあった。どこぞの工事現場の地下室に収まるとクオラを鉄骨と椅子に縛り付け、ジェフは大量のペットボトルに水を詰めてきて並べた。


「さあ洗いざらい吐いてもらうからな。一言でも言い淀んでみろ、このペットボトルが黙っちゃいねえぜ」


 ペットボトルを蹴ると照明の光を反射しクオラの頬が揺れる。彼女は不可解な行為に純粋な疑問を持って眉を顰めた。現場周囲の見回りを終えたシャーリーとチャルが戻ってくる。


「何やってんのジェフ」

「猫の嫌いなことをやるってんだ。伝統的な猫避けグッズだ。奴らが透明な容器に入った水を嫌がることは百も承知だ」

「それほとんど効果ないよ。実際に猫ちゃんの実験で、ペットボトルに反射する光は忌避しないんだって」

「じゃあいらねえなこれ」


 ジェフはそのまま水を飲んだ。シャーリーも水を取り、手に持っているタオルに浸した。彼女はクオラに歩み寄ると脚に触れる。ペットボトルの水なんかよりよっぽど怯えた。もっとも、今を以てマタタビは無い。


「ジェフとチャルはあっち向いてて。クオラ、パンツ脱がせるわよ」

「や、やめて!なんでもいうこと聞くからそれだけは!」

「バカね。汚れたまま履いておくことないわよ。汚したのは私だけど」


 時間をかけて足首と腿を揉み、他意のないことを感じさせる。そっと下半身から力を抜くと、シャーリーは丹念に汚れを拭きとり新しい下着に履き変えさせた。

 しかし親切心に絆されているわけにはいかないことは解っているので、言葉だけでも抵抗を試みる。


「ありがとう・・・でも、簡単に口を割るわけにはいかない」

「甘ったれないでよ。マタタビをアソコに塗りたくってあんたを犯したくて仕方ないのは、そこの顔面陰毛星人の変質者だけじゃないんだから」


 鳶色の瞳が鋭く光った。冗談のない語気には委縮するしかなかった。痛い思いをしたどころかこれまでにも感じたことのない快楽であったのは確かだが、だからこそ自分が溶けていなくなってしまいそうで怖かった。


「僕は違うよ」チャルが念のため否定した。

「そりゃそうよ」

「テメーが一番ヤりてえんだろう。俺のヒゲ下の毛みてえに縮れてねえだろうが、あ?」


 三人は仕事用タブレットを覗き込みながら尋問を始めた。まず聞きたかったのはどこから自分たちの情報を入手し追ってきたかということである。内通者もいるとなれば仕事が増えた。


「軍医学校ピルシー出張所からマービン博士と共に誘拐、その他研究資料と実験装置も持ち出され幽閉される。後に国予によって奪取作戦が行われたが撃退された。やったのはお前だな?」

「そう」

「素直じゃんか、その調子で頼む。それで撃退された特機の後釜が俺たちってわけだが、どこで情報を手に入れた」

「元から私たち目立つんじゃない?国予のヒーローで、なんせ人相悪い髭面と大男、加えて三つ編み美少女の三人だなんて」

「自分で言うかよ美少女って」

「あはは」

「違う。衛生管理ファイルにあった血液データから生体情報を編み出して嗅覚から嗅ぎ取った。鼻で感知して初めて見つけた」

「オエ!?」


 聞いたままの言葉は理解する前に三人の嗚咽に変わった。個々特有の匂いから特定されたということは、何百万もいる国予将兵及び職員の体臭が全て記憶されているということである。それも脳にではなく神経に。


「お前、全部知ってるのか、国予の人間全部の匂い!?」

「知ってる。猫の嗅覚で感じ取れる範囲に入れば0.01秒で名前と部隊に登録番号、身体特徴を一致させられる」

「すごいね。博士からどんな人体実験を受けたの」

「耳も手術か?出自は知らんが酷え真似されたもんだ」

「違う、マービンは私が生きられるように変えてくれただけだ!酷いことなんてされてない!」


 急に色を為して吠えた。赤くなった頬に涙まで滲ませて叫ぶのはマービンの擁護、ただ国予に内密で飼われていた実験体としか聞かされていない三人は首を傾げた。マービンにおぞましい人体実験を行われた改造人間という偏見にも似た先入観はすぐには消えなかった。


「浮浪児で野生のケダモノみたいだった私を、ありのままでも生きられるように変えてくれたのはマービンだ。真っ当に生きられない、今更そんな風に生きたくもない、マービンは・・・私の一番欲しい姿をくれたんだ」

「耳まで生やされてもか」

「この耳・・・マービンがかわいいって」


 染まる頬の事情は察しがついた。ジェフは背後のシャーリーとチャルに苦い顔を向けて同意を求めると、二人とも頷いた。


「物語にはよくある話だあな」


 拾ってくれた博士の研究の手伝いをしていた少女が、彼の親切と優しさに絆されて想いを寄せることになったのは順当な成り行きである。彼のためにならなんだってしてあげたいくらいには慕っていた。好意を自覚していたかどうかは定かではない。

 博士は、自らの研究成果を試すには禁忌を犯さねばならないことに日々悩んでいた。人体と他生物との融合体、より完璧な生物を創り出す方法を、見つけ出しても安易に行うことはできなかった。悩む博士の御為に、クオラは人身御供を志願する。断られること幾度目か、覚えたての動物用麻酔を自分で行って手術台に寝転がるなんて危険極まりないことまでやり始めた。これには閉口した。


「私の気持ちを何度も確かめたマービンは私に麻酔をかけた。そして、目が覚めるとすばらしいこの姿をくれたんだ」

「くれたんだって、レーダーみたいな鼻まで付けられてるじゃん。そんなの人間兵器よ人間兵器」

「マービンが手に入れた研究成果は何でも盛り込んでって言ったから。私は研究内容を全部知ってるし、もし入ってないことがあったら怒るって言った」

「メンヘラやないけ」

「シャー!」


 余計な一言に猫そのままの威嚇を行う。危うく鼻先噛まれかけたジェフはチャルにつっつかれて振り向いた。


「ジェフ、聞くこと聞かないと」

「身の上話聞いてる場合じゃなかったな」

「ご飯も食べようよ」

「魚の缶詰で開けるか」


 チャルがオイルサーディンの缶を開けサンドウィッチを作った。やはり猫らしく魚が好物なのか、綻ぶ頬でクオラは咀嚼していた。「ピザにアンチョビ乗っけて食べたいわね」食べさせるシャーリーが言うとまたしても唾を飲む。


「タダ飯食わせる気は無え。お前には協力してもらいたい」


 空腹満たされ拘束されてることもあやふやになるくらい落ち着いたクオラは、ジェフの出し抜けな言葉に再び耳を緊張させた。


「ちょっとジェフ、この子に何させるのよ」

「博士のいるとこまでルート作ってもらうんだよ。もう色々考えるの面倒くせえよ、手っ取り早くやりたい」


 言いながら一匹残ったイワシをクオラの前に摘んだ。少し考えた素振りをして彼女はぱくりとくわえた。


「何言ってるの、私敵なんだけど」

「俺たちは博士と研究資源を取り戻せれば良い。飯食いながら聞いた話だと、お前らは好き勝手に研究を続けられればそれでいいんだな」

「そう。だから研究に介入してくる国予に嫌気が差してる。イスベルタの方が好きな研究をしやすい」

「そりゃすぐ金になる研究だったからだろ。研究で副次的に出る薬物をヤクにして売ったりよ。改造人間作る方法だって、そのテの性癖を持つ富豪だの人間コレクターだのに破格で売れる。でもそのうち邪魔にされるで」

「邪魔?」

「特機の団体に勝るクオラを作ったんだ。奴らの施設軍隊を凌駕する集団を作れると認識されてみろ。使えるだけ使われてあとはコレだ」


 首を伸ばして掌をチョンと当てた。クオラの眼が見開かれて、眩しいものを見るように瞳孔が縦長に狭くなった。


「よく考えろよ。奴ら組織持ってるだけでヤー公やど。寧ろ組織がデカい分タチが悪い。使用済みのカスを処分するのにえげつない手も使う。国予が問うてる博士の罪はクオラの無許可開発だけだ。ある程度言うこと聞いてりゃ殺されることはなかろうよ。片手間に趣味しながらでも研究はしてもらわなきゃいけないから」

「でも、私が国予と戦ったことを知ってる」

「お前は洗脳された線で話が進んでるんだよ。知り合いに陸島連合高等文官がいるから手荒な真似されないように話しておく。あとは俺の報告書に、『適度な趣味研究を要す』とでも書いておきゃいいんだ」

「フェリーニさん協力してくれるかな」

「人道保護って筋があんなら案外誠実に助けてくれるよ。もし嫌がろうもんならゲンコと俺が持ってるあいつの醜態データが火を吹く」


 いつしかニーノが誤ってアダルトコンテンツを示したことがあった。ジェフはいつか彼の弱みにつけ込むためにそうした情報を収集している。頬を染めるチャルを不思議がるクオラは傾きかけていた。


「そんなに国予は素直なのか?」

「お前が洗脳解かれて脱出を手伝ったってストーリーでも組みゃいいだろ。功績として認められれば帰順後の自由度ももっと上がる」

「・・・マービンの心次第。私じゃ決められない」

「じゃあ心を聞いとけよ」


 縄が解かれてクオラは自由になった。彼女はすぐには逃げ出さず、痺れる腕を鳴らすと三人を見据えた。


「で、私は何をすればいいの?」


 猫にしては芯の通った声だった。

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