第6話 隙、好き
結局夜になった。クオラを気にしてないフリをするというのは暗黙の了解で間違いないのだが、警戒しすぎて昨晩の仲睦まじい三人の騒動は想起させることもなく鳴りを潜めて交わす言葉もなかった。却ってまずい。襲われる隙が無いということはクオラを引き込むこともままならなかった。互いに超警戒レベルで睨み合っていてはどうにもならない。
ただし、片方の警戒は見てくれだけである。
「にしたってね」
あのベッドに三人膝を抱えて座っている。今度は誰も誰を追い出すこともなかった。シャーリーとチャルはテトリスを揃えるのに夢中だった。
「二人してそんな神経質なゲームすることないでしょ」
「神経!」
「集中!」
「してるように見えるでしょ。あ、外した!もージェフのせいで!」
「そっちに集中してどうすんだよ。ほら、ゲームオーバーだ」
ジェフはゲームを取り上げる手でそのままシャーリーをベッドに押し倒す。「隙を作るってんなら俺たちにもっと適した方があんだろ」文句言われる前に己の唇で塞ぐと、彼女は力を抜いた腕をシーツに落とした。
「・・・ほんとに隙を作れるって思ってる?」
「警戒しながらスるくらいは慣れてんだろ。見てる方からは隙だらけに見せかけられる」
「見せかけにならなかったら?ゲームよりもっと夢中で、ジェフ以外のこと頭になかったら?」
「え」
寝たままくんと顎を上げ、見下ろす瞳は幼く潤う。桃色の唇から短い吐息が漏れて、ハジメテを期待するかのように上気した頬は互いに初体験を錯覚させてしまう程の熱を持った。
ジェフが試しにもう一度重ねる唇は、いつもみたいに舌が入れられない。キスまで新鮮だった。しかし異常なほどの硬さと濡れ方は懐かしい興奮だった。
「いいのか?」
「今更じゃない。何十回ヤったと思ってんの」
「その何十回いつも夢中だったか?」
優しい笑みを以てシャーリーは答えた。どちらともつかないミステリアスな返答と共に目を細めて「好きにしていいよ」と小さく呟くことに、ジェフもまた全てがシャーリーによって満たされていく。
隙ができた。クオラは気配を表して襲撃にかかった。しかしこれもまた彼女の隙となった。二人の情事未遂の間絶えず警戒を怠らなかったチャルが、彼女の気配を察知し突入の寸前立ちはだかった。
割れるガラスと共にチャルにぶつかるクオラは凄まじい跳飛の力がまだ余り、僅かに狂わされた射線のままジェフとシャーリーが重なる枕の横に深く爪を刺し入れた。やっと入った舌が短い水音で抜き出され、シャーリーはベッド横に跳ねのけられ壁の隅へ這う。ようやく戦闘モードに移行したジェフは拳銃で立て続けに撃った。
「避けんなよッ!」
超至近距離の発砲を易々とかわした。細かな瞳の動きで指と銃口の動作は正確に捉えられ、信じられない身体能力でクオラは身を護っていた。彼女の爪は流石に銃弾のように速くはいかないが、ジェフは完全には避けきれない。首の皮が切れ髪がまとまって削がれた。
「ジェフ!」
後ろからチャルが抑えつけようと羽交い絞めにした。怪力を以てジェフから距離を取るも拘束は長く続かず、次なる標的、慌ててスコーピオン機関短銃の弾倉を探すシャーリーに吊り上がった目を向けた。思い切り胴と長い脚を曲げるとチャルの顔面を蹴っ飛ばして跳んだ。
「うわこっち来るな!」
弾倉はやっと見つけたばかりで装填も発砲も間に合わない。えいやと銃と弾倉両方投げつけるも当たらず、近く手に触れた物も投げつけた。硬い手応えのない袋だった。昼間買ったマタタビの残りである。
クオラは顔面に直撃しかける袋を爪で薙ぎ払い、中身のマタタビをモロに浴びた。
「はにゃ!?」
なんとも可愛らしい鳴き声に、姿勢を崩すと宙からシャーリーの胸元に落ちた。刃の爪は収納されたのか丸っこい少女のものに代わり、全身から力が抜けて身を預けていた。汗の球を乗せ紅潮する頬に喘ぐような湿る吐息、シャーリーは瞬時にクオラの身体が陥っている状況を理解した。
「このバカ猫!」
「ゃあんっ!」
クオラは股ぐらに手指を突っ込まれると実に艶っぽい悲鳴を上げた。ついでに尻尾が電撃浴びたみたいに逆立つ。シャーリーが数秒モゾモゾ動かした指を引き抜く頃には、猫耳すっかり垂れて屈服させられていた。透明どころか白い粘液大量に纏わりつく指を、糸引かせて見せつける。
「みんな見て!この子こんなに濡れてる!」
「うげえ」
ジェフとチャルは冷汗かいて目を背けた。「マタタビってこんな効果あったか?」疑問を口にしながら、ともかく無力化できたと見えて捕縛にかかった。吐息も大分収まっているらしかったが、おとなしくお縄についた。人気少ないやらしーモーテルといってもこれだけの騒ぎを起こせば目立つ。
「毛布で包んで車に詰め込め、金置いてずらかるぞ。修繕費と毛布代にイロ付けとけ」
「や、やめろ、私は・・・」
「マタタビ顔に塗りつけてその辺に放っぽるわよ。アヘアへのあんたはどうなっちゃうかしらね」
「よだれ拭いてあげるね」
出立準備忙しい中チャルが顔を拭いてやる。若い桃の唇の中に犬歯ならぬ猫歯が光った。
チャルに優しく横抱きにされてクオラは後席に収まった。
「シャーリーちょい待ち」
エンジンをかけると同時にジェフはシャーリーの首を引き寄せた。重ねる唇の、今度こそは舌を入れてみせて悪態ついた。
「この野郎隙作るためにってもあんなこと言って。これで満足か、え?人の純情さんざ搔き乱しやがって」
「へー真に受けるくらいジェフにもかわいいとこあったんだ」
「俺の中に多少のお前が残るほどにはな」
「ばーか」
戯言残すシャーリーだって満更でもなさそうに小さく頬を染めた。もうちょっと情をこめて抱かれてやってもいいかな、なんて今しがたキスを受けた唇をぺろり舐めると、背後から悪意と怯えの混じるクオラの視線を感じた。
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