第5話 街歩き

 起きるとまた配置が変わっている不思議。しかし最後はシャーリーが動いたのだろう、ベッドに収まるジェフとチャルの上で腹を出して寝っ転がっていた。男は二人とも16トンの錘に潰される夢を見つつ、頬に垂れてきた彼女の涎に「うへえ」と目を覚ました。

 案外広かった浴室でシャワーを同時に浴びようとする三人は昨晩の騒動を繰り返さんとしていた。しかしベッド争奪戦で慣れたのか、順繰りにシャワーや洗顔を上手く済ませていった。


「じゃ、女の子はお風呂長いから。先に出てよね」

「へい」


 締め出される男共は先に身体を拭き服を着る。「そういやチャル、シャーリーのハダカ見ても興奮しねえの?」「しないよ今更」「ふーん」代わり映えしない会話を終えると浴室からも声がかかった。


『ねえ、今日はどうするの?』

「街歩き」

『のんきねー』

「侵入経路決めねえとよ。特機が一度襲撃しちまって連中の行った道は使えねえし」

「そっか、空からは行かなかったんだっけ」

「あの辺りで空から降りるとなりゃ敵サンのヘリポートしかないからな。非常に具合の良い陸路、というか唯一隠密に侵入できるとこから行って撃退されてやがんの。さて、どこから入るか」

「何かおいしいものあるといいけど。昨日の食事は無個性でジャンキー過ぎよ」


 シャーリーが浴室から出て、渡されたタオルで身体を拭いた。ジェフはハリのあるきめ細やかな肌を、そのまま褒めればいいのに指で腹をつついた。


「少し太ったんじゃねえか。おめえ上になると重い気がすんだよ」

「バカ!」


 タオルで首を絞められるジェフを放ってチャルが湯を沸かしていた。淹れてもらったコーヒーだけ飲んで三人は街へ出た。


 ハナからビルトン城へ向かうのは早計で、手近なところから街の様子を掴みたい。しばらく歩くと市場の雰囲気があった。世界のどこにでもあるような露店の並ぶ市場は賑わいを見せ、しかし小銃や機関短銃背負った人間を時折見かける。イスベルタの私兵であろう。名目上は街の自警団であった。

 そんな物騒な街でも、観光客然とした格好の者が大多数を占めていた。イスベルタの支配地域であるとはいえリゾート地でもある。治安は安定していた。麻薬が取引されているといってもイスベルタに抗争しかけようなんて輩はいない。国予に至っては、観光客含む一般人を大量に抱え込むこの地では正面切っての掃討を行えなかった。


「でもどっかでバレってかなあ俺たち」

「そうだね、僕たちの正体が割れてることを前提に動いた方が良いかもね」


 身元が割れるミスをした訳ではないが当然の用心、寝首かかれることだけは避けたかった。目立たない行動をとらなければいけない。ジェフは頭を傾げた。


「どうすっかな。城への裏道でもあれば知りたいんだけど。おい、シャーリーも・・・」


 気づくとシャーリーは近くにいなかった。またナンパでもしてるのかと二人立ち止まって見回すと、今来た道に人だかりならぬ猫だかりができていて、中心に彼女がいた。


「迷子になるぞ。何してんのさ」

「見てみて!こんなん買ったの!」


 シャーリーがにこにこと手に持つのは小さな袋で、猫たちはその中身に夢中のようだった。マタタビの粉だという。色とりどりの猫たちがじゃれついて如何にも可愛らしかった。ジェフは恍惚と寝ころぶ一匹を抱いて苦笑した。


「クオラもね、こんな風だったら連れ帰りやすいんだけど」

「あら、ヌターっとしてるとこ抱いたってつまんないわ」

「テメーそれしかねえのか」

「僕にもやらせて!」


 チャルは猫から一番モテた。普段の穏やかさが惹きつけるのだろうか。頭からつま先までたちまち猫だらけになり、往来の注目を浴びるところとなった。屈強な巨体が猫まみれとなる姿に幾度も無許可のシャッターが切られるが、身体があまりにも猫に覆われてフサフサしたモザイクと化す。


「チャル目立ちすぎだよ」

「だってにゃんちゃんたちが」

「いーんじゃない、どうせ誰か判らないわよ」


 今更正体がバレなくたっていい、とっくにこの三人のことなんか把握されていた。物陰から二つの耳がぴんと張っている。三人への確度を上げて、頭の中でぼやけていた像がはっきりしてくる。ついでに小さく鼻を鳴らした。


「マックィーン、クエイ、ペック」


 やはり脳内で呼んだ。国予兵籍登録証に写る三人の顔、何百万と在籍する将兵の中から探り当ててピタリ。

 前に嗅いだ血の香りとも重なった。


「もういいや、下手に動くの止めて観光しよう。猫人間連れてちゃどうにもならん。なあ」


 ジェフがシャーリーとチャルの肩を叩いた。ついでにチャルの顔、即ち猫たちの間に頭を突っ込んだ。シャーリーの後頭部も掴まれて、同じく猫の毛だらけ。彼女の唇が黒い頬にキッスした。


「なによ」

「見られてるぞ俺たち。今更、スマホのカメラにだなんて言うなよ」

「やっぱり?」

「視線乾いてるわね」

「分かるようになってきたじゃん。追手には違いないけど、こっちから侵入路探す手間が省けた」

「にゃんちゃん?」

「そ。でもこの子たちみたく友好的じゃないらしい」


 かっこつけて例の視線の方角らしき先を睨んでみる。しかしまるで見当違いだった。全員方々に向いているあたり、強襲遊動701はどこか抜けている。猫の樹と化した三人はそのまま移動を始める。


「もうちょっと近くで拝んでみたいわね。せっかくだから手懐けたいし」

「特機で手に負えなかった奴だぞ。スケベ心起こすと裏かかれる」

「でもきっと僕らの居場所を確かめてから戻るよね。そしたら良い道がわかるかも」

「その場で連絡せず戻ればの話。まあ今更街中で見張ってるようじゃ俺たちの拠点は未確認だろう。どの道お迎えが来る、敢えて敵をおびき出して逆上陸してみっか」


 マタタビを隠してしばらく街を歩いた。猫がだんだんと離れていき、残る一匹愛想もにべもなく三人をつけ狙う。しかし猫らしかった。ピタリ気配を消して逆に撒いた。

 

「まあ、勝手についてくるだろうよ」


 視線が透明化されてもうどこから見られているか判らない。心配しても仕方ないから、昨晩みたく暴食の限りつくして帰路についた。

 要はモーテルに大迷惑かけるつもりで、自分たちの部屋を罠とする。ジェフはニーノに如何にして損害経費の十割を国予に負担させるかばかりを考えていた。

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